外道事件簿1999

 世紀末にふさわしく1999年は外道な事件が多かった。毎年恒例の”チンチン切られる事件”は、タイらしくて笑えてしまうが、凶悪な性犯罪や精神異常としか思えない事件も多く、急速な近代化とストレスによって、何事ものんびりしていて、バランス感覚に優れたタイ人の精神が壊れ始めているのではないか?と、この国に住むオレは思えてしまった・・・タイ人の持つ妙な緊張感の無さが気に入っているオレとしては、「バンコクがどんどん都会になって、便利になるといいなー、でも都市化が進んで東京のようなザラついた都市になったら嫌だな」という気持ちが強く、酷い事件に対しては暗く漠然とした不安を感じました。・・・此処では主にタイに関係する事件を取り上げたが、これらは皆表沙汰になったモノだけだから、裏に隠れて報道されない事件も相当あるのだろう・・・皆さん極端に走るのは止めましょうね!はっきりと腕力で劣る女の子を無理矢理強姦するくらいなら、お風呂屋に通い詰めて帰りの航空券代が無くなり、オレに金を借りて未だに返さないS君の方がずっと健全だと外道紘は思っています。
外道の細道

胸触った元千葉県警巡査長に実刑判決

 職務中に巡回先で不法残留の外国人女性(31)の胸を触ったなどとして、特別公務員暴行陵虐と強制わいせつの罪に問われた元千葉県警巡査長の久保木守被告(35)=9月16日付で懲戒免職=に対し、千葉地裁は24日、懲役1年4月(求刑懲役2年)の実刑判決を言い渡した。
 判決によると、久保木被告は4月下旬、千葉県銚子市内の銚子署海鹿島駐在所の警察官として、制服姿で巡回中にタイ人女性宅を訪れ「(胸を)見せて」と数回要求し、胸を露出させた。約1週間後、再び同じ女性宅で女性の着衣の襟元から手を入れ、左胸をつかんだ。
 荒川裁判官は「女性が不法残留者である弱みにつけ込み、被害を申告しないだろうと考えた犯行だ。巡回制度の信用を傷つけ、地域住民に衝撃を与えた責任は重い」と量刑を説明した。


17才の叔母  10才と11才の姪に売春強要 - パタヤで外国人相手に斡旋

 今月十四日午後二時、バンコク都ドンムアン区の住民が、児童保護財団のモントリー秘書官に対し苦情を申し出た。近所の若い女性が十才と十一才になる自分の姪二人を、毎週末チョンブリー県のパタヤに連れて行き売春させている、というのだ。

 訴えを聞いたモントリーさんは、ドンムアン区にある二人の姉妹が通っている学校を訪ね、担任教師を通して彼女たちから詳しく話しを聞きたいと申し出た。

 十一才になる姉のエーちゃんは小学校四年生、十才の妹ビイちゃんは小学校一年生。二人から詳しく話しを聞き出したモントリーさんは、三人でドンムアン警察に赴き、エーちゃんたちの叔母にあたる人物を逮捕して欲しいと願い出た。

 警察の事情聴取に対し、エーちゃんら姉妹は素直に事実のすべてを証言した。

 「私たちの父は、殺人罪で留置所に入り、終身刑の判決が出されています。母親は、パタヤでボクシングのショーに出ていましたが、この前ヤー・バー所持で逮捕され、懲役五年の判決を受けました。母が服役中の五年間は、叔母のデーン(仮名/一七)とお祖母さんと一緒に暮らすことになりました。去年の終わり頃から、デーン叔母さんに、男性のマスターベーションのやり方を教え込まれ、その後、エカマイのバスターミナルからバスに乗って、中央パタヤのビーチまで連れて行かれました。

そこで、迎えに来ていた叔母さんの知り合いの女性と一緒に、ミニバスに乗って、ある外国人の男の家に連れて行かれたのです。その男は四十五才位で、猿みたいに体中に金色の毛がいっぱい生えていました。そのとき、男の人は、別の十四才位の女の子と一緒にいましたが、何をしているのかは分かりませんでした。叔母さんの知り合いの女性は、外国人と何か話しをして、その後、私と妹を連れて家から出ました。その日はそのままバンコクに戻りました。

次の週の金曜日の午後、デーン叔母さんは、再び私たちを連れてパタヤに行きました。そのときは、前の週に迎えに来ていた女の人と、五十才位の外国人の男性が、一緒にミニバスで迎えに来ていました。ミニバスの中は、後部座席が、ベッドの様に改造されていました。五人が乗ったミニバスは静かな所で停車すると、叔母さんとその女の人は、外に出て待つことになりました。それから、私と妹は、車の中で外国人の男性のマスターベーションをさせられました。終わった後、男は私たちに一〇〇〇バーツをくれ、デーン叔母さんにも一〇〇〇バーツを渡していましたが、知り合いの女の人に幾ら渡したのかは見えませんでした。私たちがもらったお金は、叔母さんに預けました。

それから一年間、デーン叔母さんは、毎週土・日と祭日には私たちを連れて、パタヤに行きました。時々、私たちとセックスしたいと希望する外国人もいましたが、そういうときは、私たちをトイレなどに隠して、デーン叔母さんが自分で相手をしていました」。

 二人の事情聴取を終えた警察は、デーンの家を捜査、たまたま家で休んでいたデーンを逮捕した。

 デーンは警察の取り調べに対し、最初は容疑を全面的に否定していたが、姪二人からの確認がなされると、突然泣き出しすべてを自供した。

 「私が、この商売の中心ではありません。ミニバスの持ち主の女性が、外国人を相手に売春の斡旋をしていて、すべてを仕切っているのです。姪二人には、何人かの常連さんもついてます。他にも、十五才に満たない女の子たちが、たくさん売春をしています」。

 デーン逮捕後、警察はパタヤでの売春斡旋の中心人物を捜し出し、逮捕を急ぐとしている。




寺の住職、3歳の幼女を騙し強姦し淋病を感染させる。

仏教界に汚点を残す事件が、また起きた。

22日昼頃、ナコンラチャシマ県パクチョン郡の警察に、Wさん(54歳)から、孫のDちゃん(3歳)が、近くのS寺院の住職W(56歳)に強姦され、性病をうつされた、と訴えた。

Wさんによれば、『Dちゃんは両親に捨てられたため、私が面倒を見ていた。私は、住職が行事の為,寺から出かける際には、運転手役を買って出ていた。今朝、親族が、Dちゃんに水浴びをさせていると、性器の周辺が赤くはれ上がっており、膿が出ているのに気がついた。尋ねてみると、数日前に、住職にだまされ、寺院内の住職の部屋に連れこまれ、そこで強姦された、と話した。ずっと黙っていたのは、誰かに話したりすると、警察に知らせる、とか、殺す、と脅されていたから・・との事であった。』

警察は、寺院に出向き、丁度出かけようとしていたW住職を署に連行、事情聴取を行なった。署に連行の際、寺周辺の住民や商売人がW住職を取り囲み、罵声を浴びせながら、暴行しようとしたが、警察が、まだ黄色い袈裟をまとっている僧侶に暴力を振るってはいけない、と警護した為、大事には至らなかった。

警察署での取調べで、W住職は、Dちゃんを騙して自室に連れ込んだことを認めた上で、『自分の性器と指をDちゃんの性器に入れただけ。奥まで挿入しようとしてみたが、できなかった為、強姦にはならない。』と主張。警察は、パクチョン郡内の寺を管轄している寺の住職M師を招請し、W住職の僧籍を剥奪した上で、13歳未満の少女強姦の疑いで逮捕した。

一方、被害者のDちゃんは、パクチョン郡社会福祉課の職員により、病院に運ばれ、医者の手当てを受けさせた。

W住職は僧侶になって15年、しかしながら住民からの評判はよくなく、部下の僧侶とホモの関係にあるとか、夜毎、寺を訪ねてきた女性を部屋に連れこんでいる、など噂が絶えなかった為、付近の住民は、常に住職の行動を注視していた。


日本人男性が児童買春 タイ少年が賠償提訴

 タイの少年が愛知県豊橋市に住む日本人男性に現地のホテルで無理やりわいせつな行為をされ精神的苦痛を受けたとして、この男性を相手取り、一千万円の損害賠償を求める訴えを名古屋地方裁判所豊橋支部に起こしました。
 海外での子どもに対する性的虐待をめぐって、日本国内で民事訴訟が起こされたのは初めてだということです。
 訴えを起こしたのは、タイの十五歳の少年です。 訴えによりますと、少年は平成八年九月、知り合いから誘われホテルに行ったところ、タイを訪れていた豊橋市内の五十二歳の会社員の男性に、裸になるよう脅され、無理やりわいせつな行為をされたということです。 男性は現地の警察に強制わいせつの疑いでその場で逮捕されましたが、事件が現地で報道されると、当時十一歳だった少年は、友人らからいじめを受けたり、教師から体罰を受けたりして学校に通うことができなくなったということです。
 このため少年は、性的虐待を受けたことにより生涯消えることのない精神的苦痛を受けたとして、この男性を相手取り、一千万円の損害賠償を求める訴えを、きょう名古屋地方裁判所豊橋支部に起こしました。
 この男性は、その後保釈され、帰国後、強制わいせつの罪で愛知県警察本部に告訴されていますが、「少年に対する強制的なわいせつ行為はなかった」と説明しているということです。
 東南アジアなど海外の子どもたちの性を日本人が金で買ういわゆる「買春ツアー」は大きな社会問題になっていて、子どもを性的虐待などから守るための「児童買春・児童ポルノ処罰法」が今年十一月に施行されましたが、海外で子どもに性的虐待をしたとして日本国内で民事訴訟が起こされたのは、初めてだということです。


鬼のような若い母親、乳児を井戸に投げ捨てる。

 12月20日、午後11時半頃、ドンムアン署に、陸軍最高司令部官舎前の井戸に、若い女が、乳児を投げ捨てた、との通報があった。警官が現場に駆けつけたときには、乳児は既に、付近にいた人に助けられ、病院に運ばれた後であった。

 助かった乳児は生後7−8ヶ月の男の子で、肺および腹部に水が入っていたため、救急治療室で医師・看護婦から手当てを受け、何とか危機を脱することができた。しかしながら、肺に入った水から雑菌に侵される恐れが有る為、引き続き様子を見る必要がある。

 この不幸な乳児を救出したのは、現場近くに住む、Cさん(42歳)と彼の息子Sさん(20歳)の二人で、彼らによれば、『夕方あたりから、身長160cmくらいで、パーマをあてた30歳くらいの女が、乳児を抱き、誰かを待っているような様子で現場近くに立っていたが、長時間経過しても、誰も彼女を迎えにくるものはいなかった。その時、何か重いものでも、井戸の中に投げ入れるような音が聞こえ、振り返ってみると、その女が抱いていた乳児を井戸の中に投げ捨てた後であった。女はすぐにバイクタクシーに跨り、現場から去った。私は急いでこの件
を息子に伝えると同時に、乳児を助けるため井戸の中に降りた。だから、女がどこに逃げたかは判らない。間もなく乳児を助け上げることができたので、応急処置をしてから、病院に運んだ。』

 警察では、C氏に現場検証に立ち会ってもらい、鬼のような母親を乗せたバイクタクシー運転手からも聞き取りを行ない、母親の逃走先を聞き出したが、既にそこにはいなかった。事件の原因に関し、警察では、この鬼母が男に捨てられた、または、乳児を捨てることにより、鬱憤を晴らせるような何か、と見ている。


片思いのタクシー運転手、少女を強姦未遂。

 12月22日午前0時過ぎ、管轄区域内の薄暗いソイを巡回中のP警察中佐のところに、ソイの中ほどに停車しているタクシーの車内で少女が強姦されていると、付近の住民が通報にきた。急いで現場に駆けつけると、そこでは、付近の住民達がタクシーを包囲していた。

 全ての扉がロックされた車内では、後部座席に素っ裸の少女が驚いた表情で怯えながら座っており、運転席には下半身を剥き出しにした男が座っているのが見えた。

 少女は警官の姿を見つけると扉を開き、泣きながら助けを求め、同時に前部座席に座っている男を指し、私を強姦しようとした男だからと、その男を捕まえるよう訴えた。P警官はその男の身柄を拘束し、両人に服を着させた後、取り調べの為、両人を署に同行させた。男はカラシン県出身のS(22歳)で、タクシー運転手。Sは少女を強姦しようとしたことを認めた上で、取調べに応じた。

 Sの供述によれば、Sと少女の家族とは近くに住んでおり、Sが少女に一目ぼれ、以降、少女の職場への送迎を無料でするなど、ずっと少女の気を引こうと勤めてきたが少女が一向にその気にならず、それどころか反って、Sから離れようとしていた。

 当日、Sはポルノ雑誌を購入し、気分を高めた後、午後10時、いつものように少女を迎え行き、途中、人気の少ないソイの中ほどに車を停車、強制的に少女を素っ裸にした。その間少女は泣き叫び大声で助けを求め、付近の住民の知るところとなった。住民達は警官が到着するまで協力し、車が動けないよう、囲い込んだ。

 取調べの後、警察では、Sを、14歳未満の少女強姦未遂の容疑で逮捕。その時まで、犯人のSは、彼女が14歳未満であるとは知らなかった。


タナヨン高架鉄道 問題抱えるテナント経営 -メンテナンス、広報、乗車マナーと課題山積み

 開通初日は四十万人の乗客と好調なすべり出しをみせたタナヨン高架鉄道(スカイトレイン)であるが、その後利用者は急減。いまでは朝夕のラッシュ時でもそれほどの混雑をみせず、一日六十万人の採算サインをクリアするのが難しい状況となっている。

 このなかシステム、広報など、ソフト・ハード両面の問題も続出。今月九日にはオンヌット駅で乗客のひとりが昇降ドア横の緊急停止レバーをひいてしまい、オンヌット〜アソーク駅間の三十三車両が運行停止。その間何の放送もなく、乗客らはホームや車内で約二十分、不安な時を過ごす事となった。

 自動改札機の故障も多く、オンヌット駅では、職員が改札横に立ち、乗客がチケットを挿入すると同時に機械を数回叩くという姿もみられ、周囲の失笑を買っていた。メンテナンスの問題は今後の大きな課題ともいえそうだ。

 またタイミングがあわず自動改札機の開閉扉にはさまれる乗客など、改札通過に失敗する乗客も少なくない。さらにスーツケースや大きめの荷物を持ち込む場合には、改札機より高く掲げて通過しないと、機械が反応してしまうことがある。

 チケットの購入で戸惑う乗客もいる。カード形式の乗車チケットはシングルとマルチの二種類。シングルカード(Single―Journey Ticket)は普通乗車券で、利用できるのは当日限り一回のみ。自動券売機で購入する。行き先のボタンを押してから、コイン(一、五、十バーツ硬貨のみ使用可)を投入、日本とは逆の手順となっている。駅窓口で両替サービスをしているが、混み合うこともあるので、事前に小銭を用意した方が無難だ。チケットは改札を出る時にも必要となるので大切に保管。紛失したり、破損した場合には四十バーツの罰金となる。

 一方、マルチカード(Stored―Value Ticket)は日本のオレンジカード、イオカードと同様、複数回の使用が可能。「最低金額は三百バーツ」との掲示が自動券売機横にはあるのだが、実際には百―二千バーツの幅で購入できる(デポジット三十バーツを含む)。残余金額は改札口を出る時、右側の液晶画面にデジタル表示される。しかし画面は非常に見にくいため、カードを引き抜いてからじっくり見ようとすると、開閉扉に挟まれてしまうこともある。カードは使い切る毎に新規購入するのではなく、窓口に持参して度数を補充してもらう。まだ度数が残っている場合はそれに加算してくれる。

 乗り越しの場合には差額を支払うことになる。日本の入場券システムはないが、最低料金の十バーツチケットを購入することで代替可能。しかしチケットには有効時間があり、十バーツの場合には三十分、これを超えて構内・車内にいる場合には四十バーツが追加徴収される。

 有効時間は十五バーツ〜二十バーツが六十分、二十五分以上が九十分となっている。超過した場合は一律四十バーツの追徴金が科せられる。構内の混雑防止策のひとつであるが、この有効時間規定は駅構内のテナントに深刻な影響を与えることにもなっており、見直しを求める声も上がっている。

 複数の高架駅にメガネ店を出店しているホーウェン・グループ社販売促進担当アナンチャイ専務は、契約時の合意ではチケットの有効時間が三時間となっていたはずなのに、開通日前日の発表では、最高で九十分と一方的に変更されていた、と憤慨する。「これではショッピングする時間などない。三時間と聞いたから出店を決意したのに」と、有効時間の延長を要請していく考えだ。現在の売上は一日数千バーツ、店舗当たり月三十五万バーツの売上が採算分岐点となっており、「非常に難しい状況」と顔を曇らす。「三―六ケ月は様子見。その後、撤退するかどうかを考える」としている。

 さらに乗車マナーも軽視できない問題だ。車内で走りまわる子供、ドアが閉まる直前に飛び乗ろうとして車体にぶつかる男性、降りる客を待たずに乗ろうとする者など、乗客に対する「マナー教育」も必要不可欠といえそうだ。

 「家を出る時間が遅くてすむようになった」(デパート勤務・一八)、「景色がいい」(自営業・二四)、「時間の節約になる」(大学生・二〇)――など、都民の反応はおおむね良好だ。しかし三・五バーツという市バス料金と比較した場合、割高感があることは否めない。バンコク郊外に住むタイ人工場労働者は「便利だけど、毎日利用したら給料の半分が交通費になってしまう」との感想を漏らしていた。公共輸送機関の利用客の多くが低所得者層であることを考えると、タイ初の高架電車、今後苦しい経営を余儀なくされることになりそうだ。  


サッカー賭博の悲劇 -ビデオ屋店主を射殺

借金返済のもつれから

 今月九日午前九時三〇分、スパンブリー県内の市場近くにあるレンタル・ビデオ店「エド・ビデオ」で殺人事件が起きたとの通報が入った。

 警察が現場に駆けつけると、店の前には事件を聞きつけた近くの住民が大勢集まっていた。

 店内はメチャクチャに荒らされ、棚に並べられたビデオ・テープの一本に打ち込まれた銃弾を発見。外に倒れている負傷者を病院に運んだが、間もなく死亡した。

 死亡したのはビデオ屋のオーナー、デーッポンさん(愛称エド/三三)。背中から撃たれ、弾は心臓を貫通。顔面にはオートバイで轢かれたタイヤの跡があった。

 妻のチャンタナーさん(三二)は、突然目の前で起こった夫の惨事にショックと悲しみに耐えながら、次のように証言した。

 「夫が、店の中で本を読んでいると、近くの市場に住んでいるソンティチャイ(四二)という男がオートバイに乗って夫に会いに来ました。ソンティチャイは、夫が外国のサッカー試合の賭けで作った借金十三万バーツの返済を迫りました。夫は、はじめに十万バーツを返し、後で残りの三万バーツを返したいと交渉しましたが、ソンティチャイは夫の言う事に納得せず、大声で『今日中に全額返してもらうからな!』と怒鳴りました。

夫はそこを何とかして欲しいと懇願しましたが、カッとなったソンティチャイは持っていたピストルを取り出すと、夫目がけて発砲しようとしたのです。夫は彼に飛びかかり抵抗し、ソンティチャイは二発発砲しました。異様な音に気づいた近所の人達が店を覗きに来ましたが、誰もソンティチャイを止められませんでした。

夫は隙を見て外に飛び出しましたが、ソンティチャイは夫の後を追いかけ、また、発砲しました。その弾は外れましたが、さらにビルの角を曲がって逃げようとする夫に向ってもう一発発射、今度の弾は夫の背中に命中しました。ソンティチャイは、道路に倒れた夫の顔の上をオートバイで轢いて、そのまま逃げて行きました。逃げる途中、オートバイを乗り捨てて車に乗り換え、逃げ去ったのです」。


妻の嫉妬 -警察官の夫を射殺!右眼から後頭部に貫通

 今月八日夕方、チャイナート県内の警察官住宅で殺人事件が起きた。

 チャイナート警察の警察官タノンサックさん(二七)が右眼をピストルで撃たれ、弾は後頭部に貫通。すぐに病院に運ばれたが、間もなく死亡した。

 警察の調べによると、タノンサックさんは、当番勤務を終え、自宅の職員用フラットに帰り、私服に着替えると再び外出した。その直後、妻のムクダポーン(二七)が部屋に戻った。ムクダポーンは、夫のいない事に気づき、また新しい彼女に会いに行ったのではないかと疑い、イライラしながら夫の帰りを待った。タノンサックさんが部屋に戻って来ると、二人の間には激しい言い争いが始まった。頭に血が上ったムクダポーンは、夫のピストルを取り出すと、夫に向けて発砲。弾は夫の右眼に命中した。

 夫を撃ち殺したムクダポーンは、その足で自首、警察は、夫殺害の容疑でムクダポーンを逮捕した。

 その後、タノンサックさんの親戚が病院から遺体を引き取り、彼の出身地のシンブリ県で葬儀を行ったという。


有名実業家 射殺 -プロの殺し屋か?助手席の娘は無事

 今月二日午前七時三〇分、タイ南部ヤラー県で射殺事件が起きたとの通報があった。

警察が現場に駆けつけると、トヨタ・ピックアップの運転席の窓ガラスが粉々に割れており、運転席に座っていた同県出身のポンラワットさん(五九)が、九ミリメートルのピストルで右顔面横を撃たれ死亡していた。弾は左頬に貫通していた。

 助手席では、娘のジラパンちゃん(一二)が、突然起こった悲劇にパニック状態になり、泣きじゃくっていた。

 ポンラワットさんは同県でも指折りの実業家で、幾つもの事業を営み、PTTガソリン・スタンドも経営していた。

 事件当時、ポンラワットさんは、いつものように子どもを学校まで送りに行く途中だったが、三台のバイクに分乗した五人組が家を出た後からつけて来ていることには気づいてなかった。交差点で信号待ちの間、二人乗りのバイクが車の運転席側に近づいて止まったかと思うと、後部座席の男が、ジャケットからピストルを取り出し、ポンラワットさんの頭部目がけて発砲。銃弾は右側顔面に命中、即死した。隣りに座っていた娘のジラパンちゃんは無事だった。その後犯人たちはバイクで逃げ去ったとのことである。

 警察は、銃弾が一発で命中していることから、借金の返済から逃げるためにプロの殺し屋を雇いポンラワットさんを殺害した可能性が大きいとしている。

 ポンラワットさんは何人もの債務者を抱えており、その中の誰かが借金の返済を迫られた挙げ句に計画した犯行かと思われる。

 また、取り引き上のトラブルか、女性問題の可能性も考えられるため、さらに詳しく調査を進め犯人の割り出しを急ぐとしている。


金貸し老女 惨殺 -覚醒剤中毒者の犯行か?

 今月四日正午、ナコンナヨック郡で殺人事件が起きたとの通報が入った。

 事件の現場になったのは、村から約二キロ程離れた松林の中に建つ一軒屋で、周囲を塀で囲まれた二階建ての豪邸であった。

 その家の二階寝室で、女家主であるチェオさん(七七)が血まみれになって床に倒れて死んでいた。死体は左耳上と右腿数ヶ所を鋭利な刃物で切られており、体中には強く殴られたと思われる打撲の痕が見られた。さらに首には絞められた痕が残されていた。

 死体状況から見て、死後八時間は経過していると推察。

 部屋の中は、荒らされた形跡があり、ドアと窓は無理矢理こじ開けられていた。部屋のあちこちには犯人の物と思われる指紋が残され、さらに浴室には血痕の付着した鋸が落ちていた。

 第一発見者であるチェオさんの娘(五四)は、次のように語った。

 「母は郡の中の金持ちの一人で、金貸しを営んでいました。母は精神障害のある息子と二人でこの家に住んでいました。事件の起きた日の午後母を訪ねたところ、既に死亡している母を発見したのです」。

 警察は、近くの村に住む覚醒剤中毒の若者がチェオさんを殺害した可能性が強いと推察。

 犯人は、鋸を使ってドアをこじ開け部屋に侵入。金品の保管場所を聞き出そうとしたが、チャオさんが言わなかったため、カッとなった犯人は殴る蹴るなど暴力を加え、さらに持っていた鋸で体のあちこちを切り付けて脅した。しかし、チェオさんがそれでもかたくなに口を閉じたままだったため、首を絞めて殺し、その後、部屋の中を物色、金目の物を盗んで逃亡したものと見ている。


新聞協会、タイラット紙の、強姦殺人事件の被害者の写真掲載に、抗議。

12月16日、タイ新聞協会は、「新聞におけるニュース写真の掲載」に関し、次のように表明した。

“去る12月11日付け、タイラット紙に掲載された、強姦殺人事件の被害女性の写真は、掲載するに相応しくなく、大衆に悪い印象を与え、且つ、多数の読者から協会宛てに抗議が届いた。協会としても、タイラット紙の掲載するニュース写真にはプロとしての倫理面に問題があり、タイラット紙に今後の写真掲載に関し検討するよう、また新聞発行者会議にも検討を要請する書面を送った。”

発表は、新聞業界の全紙に対し、タイ国新聞発行者会議の職業新聞倫理の骨子となる、15条および17条を厳格に守るよう求めた。
同倫理15条は、ニュースまたはニュース写真の掲載において、その対象となる人の人権を侵してはならなず、特に、子供・女性・弱者の人権は厳格に保護されねばならない。17条は、新聞は、読者の印象を考慮することなく、猥褻・淫ら・ぞっとするニュース写真を掲載してはならない。

新聞協会会長S氏は、『既にタイラット紙には、この件に関し、苦情のあったことを伝えてあり、同紙が、どのように処理するかは、タイラット紙の判断による。新聞は、法律ではなく社会により管理されているのであり、我々が法的に処罰することはできない。これは、法的に管理されるのであれば、政治が介入し、報道の自由が失われる可能性があるためでもある。いずれにしても、17日午後に、新聞協会は定例会議を開き、この件が議題に上がるものと思われる。』


幼い姪姉妹に売春させていた叔母、客と共に逮捕される。

子供保護財団事務局長M氏の告発により、幼い姉妹にパタヤで売春させていた、女性C(21歳)が逮捕された。

去る12月14日、M氏は、Cの家から助け出された幼い姉妹を連れ、ドンムアン署に届を出した。被害者の少女M(11歳)によれば、『姉妹は以前、パタヤで両親と共に生活していたが、父親が殺人罪で逮捕され終身刑になってから、女性キックボクサーとしてショーをやっていた母親が、売春婦をやっていた叔母のCを呼び寄せ同居するようになった。当初は何の問題も無かったが、今年の10月、母親が覚せい剤で警察に逮捕され、懲役5年を言い渡された。それ以降、叔母が、私と妹にパタヤで売春させるようになった。あらゆる手段で男性に性的サービスをするよう強制された。私達以外にも、幼い少女が同様に売春させられていた。顧客となるのは、ほとんどが外国人であった。初めて客を取る前には、叔母は自ら私達に、男性を喜ばせるテクニックを教え、それから客を取らされた。私達が拒否すると、叔母は私達を殴り、客からもらったお金は全て叔母に取り上げあれた。最後に取った西洋人の40〜50歳くらいの客は、マイクロバスを改造、後部にベッドを取り付けていた。私達姉妹はまず車の中で服を脱がされ、サービスを強要された。車の中でサービスをしている間、叔母は車外で待っていた。その後、更に他の客と寝る為、ホテルに行ったが、私達が嫌がったので、叔母が代わりに客と寝た。勿論、叔母が家に帰ってきてから、ひどく殴られた。』

警察では、届けを受理後、すぐにCを逮捕、Cは観念して、容疑について全面的に認めているとの事。犯人Cは、幼い姪姉妹に売春させていたことを認めた上で、『姉から預かった2人の姪を育てる金を稼ぐためにやった。』と語った。『今までもこの仕事(売春)をしてきたが、最近は客が若い女を欲しがるようになり、少女を捜していたが、他人の娘にやらせたのでは、問題が起こるのを恐れ、姪達にやらせることにした。そのほうが管理もしやすいと思った。客を外国人に絞ったのは、金払いがいいし、私も寝たことがあるから安心でもあった。それにタイ人の客を取れば、客から警察に密告されるのが怖かった。』

ドンムアン署では、少女買春をした顧客についても、Cおよび姉妹から口述を得、アメリカ人S(55歳)、フランス人D、L(55歳)を少女買春の容疑で逮捕。ドンムアン署では、パタヤ署に、引き続き、少女買春をしていたその他の西洋人を探し出し、、刑に処すよう要請した。


国会議員の娘の車を奪った犯人、国境に現われる。

 AKライフルと短銃で武装し、プラチュアッブキリカン県選出の新希望党国会議員U氏の娘さんの4輪駆動ピックアップを強奪した犯人4人組は、逃走の途中、警察と銃撃戦になり、双方の車が破損。犯人たちは、もう一台のピックアップを強奪、それを運転して逃走、チュンポン県ターチェ郡の椰子園の中に逃げ入った。

 警察は警官100名を動員、犯人の捜索にあたったが、手がかりが掴めていなかった。犯人たちは、近辺で車を強奪しては、タイーミャンマー国境で売りさばいていたものと見られる。

 この事件に関し、警察では、12日、国会議員の娘さんが車を強奪された現場付近を検証、その後、犯人たちが現場に残した証拠物件を検証するため、フアイヤーン署にて会議を行った。会議の後、警官達は捜査班毎に、捜査方針に基づき、犯人探しに出かけていった。

 A警察少将の発表によれば、現在のところ、チュンポン警察と共同で、犯人が車に残していた血痕のDNA検査を行い、その結果を容疑者の血液型との照合をしている。
また、W警察少将は、犯人たちは、車で逃走しながら振り向き、警察官の車に定めをおいて発砲できるほど、武器の使用方を熟知しており、以前に取り締まったことのあるギャンググループとは異なる、新しいグループと見られる、と語った。

 最新の情報によると、犯人グループと思しき怪しげな人物達を、タイーミャンマー国境にて見かけた、と言う報告があるが、国境には31個所の検問を設けているため、それを突破し、ミャンマー側に逃走することは、不可能であるとの事。


泥酔警官、値引きに応じない食堂のオーナーを銃殺。

 12月12日、午前1時過ぎ、ノンカイ県パクカード郡の警察署に、ガーデンレストランにて撃ち合いがあった、との通報があった。

 警官が現場に駆けつけたときには、店内には血痕がおびただしく、テーブル、イスは倒れ、グラス、瓶などが多数破損していた。9ミリ口径のピストルの薬莢が5個落ちており、証拠として保管した。負傷者2名は付近に居た人により病院に運ばれる途中死亡。後、死亡したのは、レストランのオーナーBさん(42歳)と、客のSさん(45歳)と判明した。

 調べによると、事件が起こる前、4人の警官が店を訪れ、ビールを飲んでいた。半ダースほど飲んだところで酔っ払ってしまった。勘定の時になり、丁度レストランのオーナーBさんがビジネスの話をするため、Sさんを伴って店に入ってきた。警官の一人WがBさんに歩み寄り挨拶をした後、飲食代金の割引をしてくれるよう要請したが、Bさんは無視しWを追っ払った。そのことにWは腹を立てテーブルに戻り、ピストルを抜き、Bさん、Sさんに向け発砲。その後酔っ払っていた警官達はそれぞれ現場から逃げ去った。

 当日朝、第4管区警察本部副本部長W警察少将がパクカード署を訪れ、捜査状況を視察、事件の背景に付き長時間に渡り聴取した。その後、警官が引き起こしたこのひどい事件を決してうやむやにすることなく、公正に処理する、と語った。今のところ、犯人のWは管轄区域外に所用に出ており、2日以内に自主するとの見通し。残りの3人の警官についても、既に職務不履行で訴えている。

     
おかまのキックボクサー、プリンヤーさん、性転換手術で女に。

 おかまのキックボクサー、プリンヤーさんが、12月7日、性転換手術後、初めて心境を語った。プリンヤーさんは、12月5日、バンコク市内の病院で性転換手術を受けたことを認めた。経費10万バーツ余りのうち、半分を病院側が負担、残りの額も、彼の後援者が負担してくれた。今は手術後の痛みが激しいが、2週間もすれば、普通の女性と同様の生活が送れるようになるらしい。

 手術後、トイレは、男性用、それとも女性用を利用?との記者も問いに、「もちろん女性用です。小用も女性と同じように足してます。」との返事。性転換して後悔していないか?との質問には、「そんなこと考えたこともないわ。子供の頃から女になりたいと思っていたし、ボクサーになってお金を貯め、やっとチャンスが来たのよ。それで思い切って手術をしたの。話題作りのためなんかじゃないって事、ファンの人達にも理解して欲しい。キックボクシングの世界から引退することもありません。ただ今は、試合の予定が入っていないだけ。これはプロモーター次第ですから・・。でも今後はリングに上がるとしても、地方または外国になるでしょうね。だって、女になってしまったからタイの公式戦に出場する資格無くなってしまったの。芸能界の仕事もまだやてるわ。ファッションショーやショー番組に出演したり。手術の後も普段の生活に変化はありません。生まれたときから精神的には女だったから。今回の手術は下半身だけ。豊胸手術はするつもりありません、あれやると、ボクシングに差し支えるから。女性ホルモンを沢山摂っていれば自然に胸も大きくなるわよ。」

 将来は、お金を貯めて、外国人向けのボクシングジムを開きたいとの夢を持っているらしい。記者からの報告によれば、インタビューの途中でプリンヤーさんはビキニ姿に着替え自慢のプロポーションを披露してくれたらしい


看護婦がテレビドラマに夢中の間、妊婦が流産。

 ロッブリ県パナニコム郡の保健所職員Uさん「30歳)は、「サラブリ県の、プラプタバート病院職員の職務怠慢により、臨月の妻が十分な看護を受けられず、3時間も苦しんだ末、子宮破裂で流産、胎児が死亡した。この件を例に、病院職員の職務怠慢さを世間に知らしめて欲しい。」と記者に訴えた。

 Uさんによると、妻のPさん(28歳)が病室のベッドの上で、陣痛に耐えながら医師を待っているとき、看護婦達は全員テレビドラマに夢中であった。ドラマは丁度、主演女優が出産し、母子共に死亡するシーンであった。主治医のM医師は、看護婦が患者に気を配り、常に患者の様態の変化に注意していれば、このようなことは起こらなかったのに・・・と残念そうに語った。

 12月7日、厚生省において、医師会会長のS医師が、記者会見を開き、委員会はこの件を重視、職員を現地に派遣して真相を調査させ、また12月9日には、被害者のMさんからも事情を聴取し、病院側に手落ちがあったかどうかを検討、手落ちがあったと判断された場合は、即刻、調査委員会を設置すると語った。

 また、看護婦会のある幹部も、看護婦会としても、すでに会長Wさんが、サラブリ県の責任者に指示を出し、被害者夫妻、および事件当時、勤務についていた看護婦全員からの事情聴取を行い、看護婦にミスがあった場合は、規定に基づき相応の処罰をする方針を決めた。

 一方、プラプタバート病院院長D医師も、同日病院にて記者会見を開き、次のように語った。「今回の事故が起こったとき、医師・看護婦たちは通常どおりの勤務をしており、患者の看護にあたっていた。ただし、細かい点において、たとえばテレビを見ていた、等の手違いがあったかもしれない。調べたところ、確かにテレビを見ていたという看護婦はいたが、職務を疎かにしていたわけではない。空き時間を利用して、私用に使っていただけである。患者の子宮が破裂し、胎児が死亡した件は、不可抗力であったと考えている。兎に角、病院としても委員会を設置し、再度、原因の究明に取り組む予定である。」
 今回のミスは大きいと言えるか?との問いには、「このようなミスは、医師の秩序・倫理上のミスであり、処罰はそんなに重いものとはならないであろう。看護婦は患者を看ていなかったわけではない。一時的に目を離していただけだから。」

 主治医であったM医師は、今回の件に関し、「この患者は入院してきた当初より私が担当していたので、子供の命を救えなかったことは非常に残念である。しかし、事件が起こったとき、私は現場に居合わせなかったので、事件に関してはコメントしたくない。私が駆けつけたときには既に手遅れの状態だった。」と肩を落とした。

 病院の手落ちにより子供を失った当のPさんは「元気な赤ちゃんを出産するため健康管理に気を付け、育児用品も買い揃え、名前まで決めていたのに、何人かの無責任な人の為に全てがアワと化してしまった。私はもう子供を生めない体になってしまった。あの看護婦たちには謝罪してもらいたいし、病院にもきっちりと責任を取ってもらいたい。さもなければ、私はこの件を行き着くところまで訴えるつもりでいます。だって、もうすぐ目を開き、世界を自分の目で見ようとしていた大事な息子の命をなくされたのだから・・・。」


妻ら4人を売る「犯罪とは思わなかった」 中国・重慶

 中国重慶市の警察当局はこのほど、自分の妻ら4人を人身売買しようとした疑いで同市郊外の農民を拘束した。中国では内陸の貧困農村で、人身売買目的の若い女性の誘拐事件が多発しており、当局は取り締まりを強化している。
 同市の夕刊紙「重慶晩報」によると、この農民は20歳代後半の男性。昨年4月、「河南省では女の子が3、4000元(1元は約13円)で売れる」と聞いた。出稼ぎに行くといって妻を同省に連れて行き、子どもを欲しがっている農民に3500元で売った。

 さらに妻の叔母を同様に売ったほか、弟の妻と16歳の女性も、誘拐し売りに出たが、逃げられたり、買い手がつかなかったりした。妻の叔母が先月、当局に保護され、犯行が発覚した。農民は「手っ取り早く金が手に入る方法だと思った。犯罪だとは思いもしなかった」と話しているという。


アイコラ・サイト タイ人女優、警察に被害届
ウエブマスターは大卒エリート

 セクシー女優として知名度の高いアンカナさんが先月二十二日、他人の裸身と自分の顔の合成写真がインターネットで流されたとする被害届を警察に出した事件は、その後、さらに二人の女優が同じ理由で被害の届け出をするなど、連日新聞紙上を賑わせていたが、警察は三十日、男性容疑者宅を捜索、証拠品及びコンピューターを押収した。

 この男性(三一)は名門チュラロンコン大学政治学部を卒業したエリート。問題となったポルノサイト『Thaisexy(タイセクシー)』は六ケ月前に開設、「インターネットを勉強するためで商売目的ではなかった」と供述している。

 しかしアイコラ(有名人の顔写真を別人のヌード写真に張りつけること)を売り物にした同サイトは好評を博し、一日のアクセスが七千件に。このため広告会社三社がコンタクト、性関連商品(ポルノ写真・ビデオなど)販売の広告を掲載するようになった。「報酬は歩合制で売上に応じてマージンが入ってきた。平均すると一月に約五百米ドル。さらにスポンサーのサービスを利用する者がひとりいる毎に六セントがキックバックされた」という。

 警察では同男性を名誉棄損、及びわいせつ物頒布で起訴する方針であるが、タイの刑法では公共性が強い媒体による名誉棄損罪は懲役二年以下、及び二十万バーツ以下の罰金。わいせつ物頒布は、三年以下の懲役、または六千バーツ以下の罰金、もしくはその両方が科せられることになる。被害者のアンカナさんは「民事上の損害賠償はまず犯人と話をしてから考える」としている。

 捜査の過程でタイ警察は、KSCコマーシャル・インターネット社、ロクスレー・インファメーション・サービス社などタイ国内のプロバイダー十七社に対して、アイコラを含むサイトを削除するよう指示、仮に会社が故意に削除しなかったことが発覚した場合には、名誉棄損で起訴する可能性もあると警告する。

 アイコラはこれまでにも問題視されていたが、タイではこれを規制する法律がなく、同じく合成ヌード写真がネット上で流された有名美人女優プリヤヌットさんの夫ノッパポンさんも、「これまでにも二人で相談したことはあったが結局は無視することにした」と憤慨しながらも結局は泣き寝入り。ポルノサイトのウエブマスターが摘発されることはなかった。

 しかし今回のアイコラ騒動では民主党女性議員が国会の人権委員会に動議を提出したほか、警察もポルノサイトやわいせつチャットを徹底的に取り締まっていく方針を発表するなど、規制の機運が高まっており、今後具体的な討議が進んでいくことになろう。とはいうものの、「情報提供の規制は国民が敏感に反応する」(スパトラ国務相)との声もあり、意見調整にはいましばらくの時間が必要といえそうだ。


元ミス・タイランドワールドのヌードカレンダー

 毎年、年末になると、各企業や商店は、顧客に配布する。中でもヌードカレンダーは人気の的である。見る者とっては、どの会社が、モデルを裸にするのにどれだけ投資しているかが気に掛かる。

 これまで、ほぼ毎年のように、人気があったのは、有名酒造メーカー、エンジンオイル、カーディーラー、のヌードカレンダーであった。しかし、新世紀を迎える2000年は、普通のヌードカレンダーの他に、タイのスーパーモデル、ヘレンとルクケートの元ミス・タイランドワールドの両人が、共同出資で、初めて自らのヌードカレンダーを発表する事により、業界に新旋風を巻き起こした。カレンダー以外にも、ヌードアルバムを出し、インターネットを通じ、全世界に向けプロモートしている。

 記者会見でヘレンは、親友のルクケートと共同で今回ヌードカレンダーを出そうと決心したわけは、タイモデル業界のレベルアップを目指すものであり、タイのモデルも世界レベルのモデルに負けないだけの、美と能力を兼ね備えていると思う。私とルクケートはモデルである以外に、元ミス・タイランドワールドと言うタイトルも其れを裏付けている。 

 この、タイのスーパーモデル2人の写真アルバム”ガールフレンド2000”は3万セット印刷され、今月9日より、1セット170バーツで発売される予定。

 このアルバムを撮影した、タイの有名カメラマン、A氏は記者の質問に対し、今回のアルバム撮影には、ホアヒンのリゾートホテルで、11月始めに4日間、フィルム200本を費やして撮影した、と語った。 撮影場所は、海岸とプールサイド、セクシーさを強調するため、ツーピースの水着を着用、一部写真は、裸で両手で大事な部分を隠しているだけのモノもある。インターネットで流布しているのも、この水着姿の写真であり、アルバム ”ガールフレンド2000” も元ミス・タイランドワールドの、二人のイメージを損なうことはない、とのこと。              


美人歌手、コンドミニアム15階より飛び降り自殺。

 12月1日、午前9時、ノンタブリの警察は、コンドミニアムから飛び降りて死亡した人がいる、との連絡を受けた。警官と救助隊が現場に駆けつけると、15階建てコンドミニアムの駐車場ビル5階屋根部分に、15階に住む独身の女性Nさんの遺体を発見した。遺体はうつ伏せで、顔からは血が流れ出、足は骨折、頭は割れ血と脳が散らばり異臭を放っていた為、救助隊が急いで病院に運んだ。

 コンドミニアムの清掃婦Tさん(47歳)によると、昨日夕方、屋上でNさんを見かけたが、ひどく悲しんでいる様子であった。彼女は、大声で泣いていたかと思うと、暫くして笑ったり、歌を口ずさみながら踊るように歩いたりする事があったが、誰もその事を気に留めてはいなかったし、私自身こんな事になるとは思ってもいなかった。今朝、掃除をしていると、人が飛び降りた、との叫び声が聞こえたので、走って見に来ると、Nさんが死んでいたので慌てて警察に通報した。

 Nさんの妹で、同コンドミニアム7階に住むCさん(24歳)が、泣きながら警官に語った事によれば、姉はカフェで歌手をしており、ここの15階に住んでいた。自殺の原因は私には見当が付かない。姉の部屋からは3通の遺書が見つかり、内容は、『自分の人生に不満。全てに渡って援助してくれる人がいても、結局私はその人の妾に過ぎないから、全然幸せじゃない。それにカフェの同僚の中にも、一人として信用出来る人がいない。誰もが、争ったり、陰口をたたくばかり。生きていても幸せを感じないから、いっそ死んだ方がまし。』と書かれていた


浮気者の警察官幹部、妻にイチモツを切り捨てられる。


 最近、首都警察の警察官の間で、ある警察官幹部が、イチモツを嫁さんに切り取られ、公務につけず、未だに病院で手当を受けている、という噂が広まっていた。

 記者が、警察官に尋ねてみても、警察の恥なので、誰もが口を閉ざし詳細を語ってくれなかった。しかし、記者の粘り強い努力で、以下のような情報を得た。

 去る、26又は27日の夜、都内某警察署のN警官が、同僚より警察署裏にある官舎にて警官が暴行を受けたとの、連絡を受け、現場に急行した。

 5階建て官舎の1階にあるS警官(40歳)の部屋の前で、本人がズボンを血で真っ赤に染めて呻いていた。その横では、元看護婦の妻(28歳)が冷静に様子を見ていた。S警官を警察病院へ送ると供に、残りの警察官全員で、懸命に切り捨てられたイチモツを捜したが、妻は口を閉ざしたまま、どこに捨てたか、語らなかった。

 1時間ほど経って、妻が重い口を開き、官舎裏の下水道に捨てたと供述したため、泥にまみれたイチモツが発見され、氷漬けにし、縫合手術のため、急いで病院に届けたが、S警官は、細胞の一部が既に死んでおり、また不潔な状態であったため、縫合を拒否した。医師によれば、縫合すると、体が細菌に侵され、更に様態がひどくなる恐れがあるため、やめておいた方が良いとの判断であった。

 事の起こりは、妻からの話と状況を加味すると、S警官は妻と正式に入籍しているにも拘わらず、浮気者で女と見れば、誰彼かまわず手を出していた。妻が勤めを辞め、家事に専念してからも、S警官の浮気癖が直らなかった為、堪忍袋の緒が切れ、事に至った。

 長い間我慢してきた妻は、いつか夫を痛い目に遭わせようと計画していた。当日は官舎内の同僚の警官を多数招き、酒盛り開き、酔わせた上、夫のコップには念を入れ、隙をみて睡眠薬を入れた。酒盛りがお開きになってから、S警官が、酒と睡眠薬で熟睡している間に、妻は前もって用意していたナイフでひと思いにS夫のイチモツを切り取った。

 痛さと苦しみで我に返ったS警官は、大声で助けを呼び、前述の様なことになった次第である。

 その後、妻は暴行障害の容疑で逮捕され、留置されている。一方のS警官は、病院を移り、ニュースとして取り上げられたく無いため、事件を早急且つ内密に処理してくれるよう嘆願している。


花嫁71歳、花婿は80近く、50年の愛、遂に成就。


 二人の老人の夢が、実現。『赤い糸で結ばれているから、離れられないわよ。』花嫁は、愛する人を待ち、半世紀以上も独身を通した。

 78歳と71歳の老人が結婚。若かかりし頃、二人は相思相愛であったが、男性側が身を引かざるを得なくなり、50年にも渡り、引き離されていた。男性側は他の女性と結婚し4人の子供をもうけた。妻が亡くなってから寂しくなり、初恋の人に会いたくなった。40歳になる自分の娘を後見人にして結婚を申し込んだ。ずっと待っていた女性側も戸惑うことなく、喜んで受諾。

 11月28日午前9時から、サムットソンクラム県の花嫁Mさん(71歳)の実家にて、両人の親族や親しい友人40〜50人を招いて簡単な結婚式が執り行われた。花婿Sさんからの結納は現金2万バーツと純金4バーツ(約60グラム)。式典のあと披露宴に移り、二人を、花嫁の寝室である、愛の巣に送り出した。

 花婿Sさんによると、『若かった頃、精米所で働いて貧しかった私は、網元の娘、Mさんと恋に落ちたが、Mさんの親に引き離され、50年も経ってしまった。その間、私は他の女性と結婚し、4人の子宝に恵まれた。2年前に妻が亡くなって以来、残りの人生で、初恋の人Mさんを探すことにした。やっとの事で住所を突き止め、彼女が未だ独身でいる事を知った時にはとても嬉しかった。会いに行き、結婚を申し込むと、彼女も躊躇しなかった。そこで娘を後見人にし遂に結婚出来た次第です。』

 一方、花嫁のMさんは、『彼から連絡があったときはとても嬉しかった。彼から結婚の申し込みがあった時は、同年代の話し相手が出来るので、迷うことなくOKしたわ。こんな年になって結婚するとは夢にも思ってなかった。なぜなら、彼と別れ別れになってから、誰も好きになれなかったから。』

 結婚後の生活は、他の家族同様、簡素なものである。


葬儀の最中、死んだハズの本人、現る。

 この変な出来事は、母親が、身元不明人の遺体を自分の息子と勘違いしたことから始まった。 

 ナコンシータマラート県の当紙記者からの報告によると、11月28日午後7時、慈善団体の事務所に、殺人事件の被害者の遺体が送り返されてきた、とのこと。

 当初、被害者の親族と名乗る人間が遺体を引き取っていったが、後になって、その遺体が親族ではないと判り、返却されたもの。

 事の始まりは、去る11月20日、スラタニ県のヤシ園の中で、顔面を銃で撃たれ殺されている遺体が発見された。遺体は身元が確定できなかったため、慈善団体に引き取られ、親族が現れるのを待つことになった。23日になり、ナコンシータマラート県に住むS夫人(53歳)とその親族が、その遺体は、一ヶ月前に家を出て以来音沙汰のない息子W(26歳)ではないか?と警察を訪ねてきた。

 遺体と面会するとS夫人は、イレズミから判断して、遺体は自分の息子であると確信し、ショックのあまり、気を失いそうになった。遺体を引き取り、その日から自宅にて葬儀が始まった。毎晩、親族や近所の人が葬儀に訪れ、30日に荼毘に付す予定であった。

 ところが、28日午後になって、死んだハズのWが、葬儀の現場に現れ、参列していた人達は、幽霊が出たのでは・・・、とびっくり仰天。S夫人も声を上げてびっくり。正気に戻り、息子がまだ生きていることを知ると、涙を流しながら息子を抱きしめたのであった。

 息子Wさんの話によると、一ヶ月バンコクで仕事をしていたが、家族には全く連絡していなかった。実家で自分の葬儀が行われると知り、あわてて帰ってきた次第。親族が、遺体がWさんであると勘違いした原因は、イレズミがそっくりだったためで有るが、よく見てみると、Wさんと身元不明の遺体のイレズミは左右反対の位置にあった。

 葬儀は、即刻中止となり、再び身元不明となった遺体は、慈善団体に返却され、真の親族が引き取りに来るのを待つことになった。


13歳以下のHIV感染者-来年は35万人突破

 タイ政府は二十二日、「HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染している十三歳以下の子供の数は、来年にはタイ全土で三十五万人を突破する」と発表した。これは、現在の二十六万人から、九万人も増加することになる。

 子供がHIVに感染するのは、妊娠中の母親から母子感染した例が圧倒的に多い。タイの保健省の統計によれば、妊娠中の女性がHIVに感染している率は、妊婦全体の二%を超えている。タイ赤十字の調査では、二〇〇〇年までに、HIVに感染した母親のうち、約十万人が死亡すると予測している。

 タイ政府では、ここ数年、HIVの知識を広めるための啓蒙キャンペーンをタイ全土で意欲的に行っている。その結果、北部ではHIVの感染者数が減少したのも確か。だが、東北部では逆にHIV感染者の増加傾向が見え始めており、タイ全体としては数が増えているのが現状である。
 保健省によれば、HIV感染者数の増加を食い止めるためには、地道ではあるが、現在の啓蒙キャンペーンを拡大するしか方法はないという。そのためには、年少者への性教育をさらに充実させることが必要である、と保健省では結論付けている。


19才未亡人レイプ後惨殺される-犯人は近所に住む男

 今月十一日午後、サムットプラカン県にある『パイブン・ビル』二〇号室で、バンプー工業団地内の某製造会社勤務で、若くして未亡人のスダラットさん(一九)が殺害されているのが発見された。

 死体状況から、スダラットさんはレイプされた後鋭利な刃物で首を切られ、さらに電気コードで首を絞められて殺されたものと推察された。 この事件が発表された翌日午前、サムットプラカン警察は、同工業団地の会社に勤める、ペチャブン県出身のサウェー(二四)を婦女暴行及び殺人容疑で逮捕。

 事件後、警察が付近の住人に聞き取り捜査を行った結果、一七号室に住むサウェーの体のあちこちに傷跡が見られ、指にも噛まれたような跡があるという情報を得た。そこで警察は、サウェーを署に連行し取り調べを行った。サウェーは、最初、警察の「体のその傷はどうしたのか?」との質問に対し、「転んで怪我した」とうそぶいた。しかし、その後の執拗な詰問に観念したサウェーは、ついにスダラットさん殺害を自供、次のように供述した。「事件前、俺はビルの前の美容院で、仲間と一緒に酒を飲んでいました。部屋に戻ってもなかなか寝付けず、そのうち、男を部屋に連れてきたことのあるスダラットさんのことを思いだし、急にムラムラした気持ちになり、どうしてもセックスしたくなったのです。彼女の部屋に行くと、ドアは開いたままで網戸だけの状態だったので、網をナイフで切り開き、内側の鍵を外しました。部屋に侵入しても、寝入っていた彼女は全く気付きませんでした。そこで、ベッドにそっと近づき、毛布をまくり上げ、腹部を強く殴りました。スダラットさんが大声で喚くので首を強く絞めようとしたら、激しく抵抗、俺の右手中指に思い切り噛みついてきたのです。噛みついたまま放そうとしないので、カーッとなった俺は、さらに膝で腹部を強く蹴り上げました。その後、動けなくなった彼女の衣服を剥ぎ取り、レイプしました。他人に喋られることを恐れた俺は、彼女を殺してしまおうと決意、ナイフで首を二ヶ所切り、それでもまだ不安だったので、アイロン・コードで首を絞めて殺しました。彼女が完全に死んだことを確認した後、自分の部屋に戻り、何事もなかったように寝ました。翌朝、仕事に出掛けようと家を出たところ、逮捕されたのです」。

 警察の発表後、現場検証を行ったが、一目犯人の顔を見ようと集まった千人近くの野次馬を整理するため、百人の警察官を動員、警備に当たった。


女子高生、輪姦の後、絞殺され池に捨てられる。

 11月25日、午前7時半、ナコンパノム県ターウテン署に電話で、ターウテン町町会議員のK夫人より、家の近くの池に、死体が浮いている、と連絡があった。

 現場に急行すると、家に隣接する、1ライ程の大きさの、魚を養殖している池の中に、裸で死臭を漂わせながら、うつ伏せ状態で浮いている女性の死体を発見。調べで、死者は、サコンナコン県の商業高校3年に在学する、Sさん(17歳)であることが判った。

 死体の顔部分右側は、固いモノで殴られた後があり、右頬骨が陥没していた。顔面と体に赤い斑点があり、喉は緑になっていた。医者の見たところによると、死因は、窒息死で死後3日経過しているとのこと。 その他、詳細に検死してみると、性器に強姦された痕が見られ、切り傷がついていた。

 当初、警察では、Sさんは強姦された後、殺され、証拠隠滅のため池に捨てられたものと見ている。死体発見現場から300メートルほど離れたところから、強壮ドリンクの瓶、カッターナイフ、手鏡、直径5センチ、長さ1.5メートルの、血痕の付着した木が発見され、証拠物件として収められた。

 被害者は、2人以上の悪者に、人気のないところへ連れて行かれ、素っ裸にされ輪姦されたものと、警察では見ている。被害者は苦痛に耐えきれなくなって、田圃を走り抜け、林の中に逃げたが悪者に追いつかれ、殴られ意識不明になってしまい、その上首を絞められ死亡に至った。 

 悪者達は死体を池に捨てたが、後になって浮かび上がってきた。調べによると、殺されたSさんは、22日の夜から、ロイクラトン祭りと友人の誕生パーティーに行くため、ネン、ノイ と言う二人の男と出かけていき、その後行方不明となっており、23日午前9時半に親戚の人が、警察に捜査願いを出していた。

 24日午後4時頃、警官が、藁を積み上げてあるところで、被害者のものと思われる黄色のシャツ、黒の長ズボン、ピンクのパンティー、ブラジャーそれとサンダルを発見。その後、死体が発見されたのであった。

 被害者のおばTさん(54歳)の話に依れば、Sさんは父親に、『ロイクラトンのお祭りと、友達の誕生パーティーに行って来る。』と言ったきりで、どこに行くかは、言っていなかった。22日の午後4時頃、Pという友達が迎えに来、そのまま出かけてしまった。

 死体が発見されるまでに、警官が、衣服が見つかった、と伝えに来てくれたが、翌日になり死体が見つかった。父母は勿論のこと、親戚一同悲しみに暮れながら、自宅にて葬儀を執り行う為に、遺体をターウテン病院に引き取りに来た。

 Sさんが生前親しかった男性Wさん(23歳)の話によると、Sさんは職業訓練のため、ターウテンの土地事務所に来ており、私の自宅の近所の寮に泊まっていた。22日、ちょうどロイクラトンの日、私は彼女を、とあるレストランまで送っていった。そこでは、エク、ネン、ノイ、ビアの4人が酒を飲んでいた。その後、Sさんは私を家まで送って来、4人とまた語り合うために戻り、それから、行方不明になってしまった。

 警察では、状況から判断すると、悪者は2人、プラスその共謀者として疑わしい人物があと何人かいると見ている。既に、容疑者全員の住所・氏名を把握しており、今日にでも逮捕出来るであろう。この事件は、この町に於ける、ここ50年の内で最も驚いた事件である。

 警察は、容疑者の内一人、ノイを既に逮捕しており、バンコクに逃げているネンに対しても、逮捕状を出している。その後、警察は、容疑者、エクおよびビアを署に連行し、事情聴取を行った。合わせて3人の容疑者が既に捕まったことになる。


麻薬パーティー摘発。

11月24日、午前4時30分、第5管区警察は、チェンマイの麻薬撲滅部隊と特別班、計120名、保健所の医師2名、麻薬捜査犬2頭が、尿検査器具等を携え、チェンマイ市フアイケオ通りにある有名なパブ“マーブル”を捜査したと発表した。

捜査部隊がパブ内に押し入ると、店はまだ営業中で、18〜20歳位の若者達が、麻薬吸飲中、大音響で音楽をかけていた。麻薬により酩酊状態にあった男女j若者達は、警察官が押し入ってきたのに気がつくと同時に、吸飲中の麻薬を床に捨てた。

警察は、エクスタシー、大麻を隠し持っていた7人の男女を拘束し、その他の若者については、尿検査を行った。警察では、店の1.2階が、若者達が、エクスタシー、覚醒剤、大麻などを吸飲するための溜まり場であった、と判断した。

その後、一部部隊が店の3階部分を捜査すると、そこは多数の小部屋に仕切られており、各部屋では、若者のカップルが寝ており、警察の急襲に気づいた彼らは、部屋から逃げ出してきた。男女の中には、素っ裸で飛び出してきた者もいた。捕まった若者の話によると、麻薬吸飲の後、寝るために3階に上がって来た、とのこと。

警察は、そこにいた全員、約50人を拘束し、尿検査をした。

午前5時半、捜査員が若者達の尿検査を執り行っている最中、パブのオーナーである、と言う男が店にやって来て、捜査官達に文句を付けた。自分の母親に電話をかける前、『自分は内務大臣の甥である。なぜこの店を捜査し、逮捕者を出すんだ!!』と怒鳴り、警察官の一人に電話で、母親と話をさせた。

その後、警察との話し合いにより、その男は、麻薬を所持していた若者の逮捕に応じた。後、パブのオーナーであると言っていた男は、雇われオーナーであることが判った。

当初、警察は、麻薬を所持について捜査したが、雇われオーナーについては、無許可で営業していた容疑で捜査。麻薬を使用、尿検査で麻薬の使用が確認された者については、警察は、警告したのみで、拘束せずそのまま帰した。

床に捨てられていた麻薬は、ヘロイン3包、覚醒剤5錠、エクスタシー大麻 であった。それらを所持していたことを否定している7人の容疑者については、署に連行の上、法に基づき処罰する予定


ニセ警察官、逮捕される。

11月25日午前0時過ぎ、警察は、善良な市民より、タリンチャン地区にある、マッサージパーラー バレンタイン2の駐車場付近に、ニセ警察官らしき人物がいる、との通報を受けた。

署員を派遣し、疑わしい動きをしているその男S(34歳)を調べてみると、サイフの中に、ニセの公務員証とキャッシュカードを持っていた。

車の中から発見されたその他の証拠物品、警察官の制服、肩章、ニセの名刺、などについても、すべて自分のモノであり、警察官の   ふりをするために使っていたことを認めた。

調べによると、Sは元軍人であったが退役後、自分で事業をやっていたが、警察官にあこがれ、真似をしていた、と自供しているが警察では自供をあまり信用ぜず、ギャングでは・・との疑いを持っている。

マッサージパーラーの従業員の話によると、容疑者Sは警察官の真似をして、もう約4年になる。店に遊びに来るときは、いつも金持ちの旦那を連れて来て、話をしていたから、従業員の多くは、Sが本物の警察官だと思っていた。

Sの身柄は、タリンチャン署に連行された。もし、Sに騙された事のある被害者があれば、被害届を出してください。
  

美人歌手、頭を撃ち抜かれる。

11月23日午前6時40分、カンチャナブリ署は、アパートで人が撃たれて死んでいる、との通報を受けた。

署員が現場に急行すると、既に野次馬が100人以上も集まっており、まず、関係者以外の人間を現場から閉め出した。事件の起こった405号室に立ち入ると、水色の半袖の服を着、黒い半ズボンをはいた、死者が血を流しながら、うつ伏せに寝ていた。調べで、死者は、独身女性のCさん(18歳)と判明した。

Cさんは38口径のピストルで撃たれ、銃弾は左こめかみから右こめかみに貫通しており、脳の一部が飛び散っていた。もう一人の負傷者は、既に病院へ運び込まれており、調べで、Cさんと同郷の独身女性Mさん(20歳)と判った。Mさんも38口径の銃弾により、右手首にキズを負っていた。

Mさんの話によると、友人とロイクラトンのお祭りに行き、午前4時頃Cさんの部屋へ行き、そこに泊めてもらうことになった。部屋ではCさんが 恋人のP(20歳)と喧嘩の最中であった。その原因は、Pの嫉妬から。

市内のレストランで歌手をしているCさんは、美人で若いため、客に大変人気があった。それが原因で、Pとの間に毎日喧嘩が絶えなかった。事件当日、店がはねた後、Cさんは同僚や客達と、ロイクラトンのお祭りに行き、帰宅が普段より遅くなった。その事をPが不満に思い再び喧嘩。 Mさんが仲裁に入り、Pを部屋の一方の端に寝かせ、自分が真ん中で寝た。Cさんが寝入った後も、Pは寝付かれず、隠してあったピストルを取り出し、銃弾をすべて抜いた後、1発だけを再び装填した。その後、思いも寄らぬ事が起こった。

PはピストルをCさんのこめかみにあてがい、引き金を引いた。Cさんの頭を貫通した銃弾は、Mさんの左手首に当たった。寝ていたCさんは即死。Pはピストルを持ったままその場から逃走した。その後の捜査で、Cさんのバッグから、Pの写真が発見され、それには、『君がこんな事するから、僕は悲しく、気分を害するんだよ。』と書かれていた。

警察では、Cさんに新しい男が出来るのでは・・・、との嫉妬からPがピストルを準備していた、と見ている。銃弾を1発だけ装填し、Cさんのこめかみにピストルをあてがいロシアンルーレットをして、Cさんを脅かそうとしたが、何と、一回引き金を引いただけで、発射してしまったらしい。警察はPの身柄を捜索しているが、近い内に捕まえれると自信を持っている。 


ロイクラトンのプレゼントに妻を差し出す。

11月23日午前0時20分、ラヨーン署で執務中のY警察少佐の元に、コンクリート柱職人Wさん(38歳)が、頭から血を流しながら、届けを出しに来た。

Wさんに依ると、『50センチ位の材木で顔面と左耳を殴られた。犯人は今も私の家にいるので、捕らえて欲しい。』とのこと。届け出受理の後、署員を派遣し、Wさんの家にいた 農業Y(21歳)の身柄を、証拠物件の血糊のついた材木と供に、Wさんの妻Sさん、同行のもと、署に連行してきた。

署内にて、双方が対面すると、WさんはYを指さし、『こいつが私の妻と密通し、私に暴行を加えた男です。』と、証言。そこで、Y警察少佐は、妻のYさんを真ん中に3人を並んで座らせ、話を聞くことにした。

夫のWさんに依ると、『妻Sと私は、再婚で、前の夫との間に3人の子供がいる。私とは7年間一緒に暮らしているが、二人に間に子供はいない。しかしながらその事により、妻や子供達のことをイヤに思ったことはない。しかし最近になってSが他の男と密通していることを知った。事件が起こった日、Yが家の近辺をうろついているのが見えた。彼の行動を注視していると、Yは私の家に入り、裏の暗闇で、妻Sの手を握り、ロイクラトンのお祭りに行こうとしていた。私は大いに嫉妬し、家に入り、Yの顔を殴り、妻を引き寄せ、話し合おうとしたが、一言も話さない内に、今度はYが材木を片手に、私の頭を殴打し、頭から血が噴き出した、それで走って警察に届け出た次第です。』
    
取り調べの後、Y警察少佐は、Yを傷害容疑で送検すると供に、3人に今後のことを尋ねた。妻のSさんは、『新しい恋人のYと一緒に暮らしたい。』Yも、『Sさんを愛しており、子供の面倒も見る。』と言ったため、Sさんの夫Wさんは、『7年間生活を共にし、子供も大きくなったが、何もいいことはなかった。ロイクラトンのプレゼントとして、妻SをYに差し上げましょう。』と言い放った。

その後、Yは署員により、牢に入れられ、Sさんは暫しの別れを惜しんでから、それぞれ家路についた。


半ズボンの若者6人、教師夫婦を撃ち、妻は死亡、夫は重傷。

警察の発表によると、19日午後9時、ナコンシータマラート県シーチョン郡にて銃撃事件があった、との報告を受け、警官が現場に急行した。現場はヤシ園の中に立つ2階建て家屋で、家の前にはピックアップトラックが一台停まっていた。車の傍らと、玄関前に大きな血痕があり、撃たれたのは2人であることが判った。被害者は既に、親族により病院へ運ばれた後であった。

初期現場検証では、何の手がかりも掴めなかったため、被害者に会いにシーチョン病院へ向かった。病院に到着すると、被害者の一人は既に死亡していた。後に、死亡したのは地元の教師、Kh夫人(43歳)であることが判った。Kh夫人は38ミリ口径のピストルで口元に一発、更に喉に2発撃たれていた。

もう一人の被害者は、同じ学校で教師をしている、Kh夫人の夫、K氏(46歳)で、マハラート病院に運ばれていた。K氏も同様のピストルで胸を2発打たれており、重体であった。

調べによると、事件が起こる前、Kh夫人はピックアップトラックで村内の市場で商売をしている妹を迎えに行き、家の前に帰り着いたところで、暗闇に隠れていた、半ズボン姿の若者6人の内の一人がいきなりピストルでKh夫人の口元を撃ち、更に喉元を2発撃った。
  
同時に、ピストルの音を聞き、家内から夫のK氏が飛び出してきたところK氏も胸元に銃撃を受けその場に倒れた。 犯人達は、Kh夫人が身につけていた金のネックレスを取り上げ、バイクで逃走した。

事件の背景ははっきりしていないが、警察では、

    1 金を盗むのが目的。 (被害者は最近、ヤミ宝くじに当選し、数十万バーツを得ていた。)
    2 夫婦が最近、家を新築するために買った土地の件で、地元有力者といざこざがあった事が原因。
    3 教え子とのいざこざが原因。

以上3つの内、証言によると、犯人6人全員が半ズボンをはいていた為、3番目をもっとも重要視している。  
                          

シンガポール人男性宝石商、イチモツを焼かれ死亡。

チェンマイ警察署の発表によると、19日午後4時、市内にあるアパートAの室内で外国人が死んでいる、との通報を受けた。警官が現場に急行すると、2階206号室にて床の上で仰向けの状態で死亡している、外国人男性を発見。

死体の状態は、余りに淫猥で、灰色のシャツを身につけてはいたが下半身は裸であった。性器の先は、火であぶられたのが一目で判るほど真っ黒であった。浴室に落ちていたパンツには黄色い焦げ跡が残っていた。

名刺から、死者の身元は、シンガポール人宝石商Sさん(50歳)と判明。室内を詳しく調べると、顧客名簿、銀行送金関連の書類、マレー語で書かれた手紙、名刺などと供に、袋に入れ隠してあった宝石200粒を発見。その他、被害者がチェンマイ市内の成人学級の中学3年生クラスの学生であることを示す、学生証と教科書が見つかった。

アパートの女性管理人Pさんの話によると、Sさんは10月15日から206号室に入居し、人付き合いも少なく、室内に籠もっていた。頻繁に地方に出かけていたようだが、どこへ行ってたかは判らない。時々、オカマ数人を伴って帰宅することがあった。Sさんの死体を発見する前、掃除婦が部屋の前を何回も通り過ぎ、水道の栓が、長時間開きっぱなしになっていることに不審を抱き、ドアをノックしてみたが何の応答もなかった。仕方なく合い鍵でドアを開けるとSさんが裸のまま横たわって死んでいた。

警察の調べでは、室内から、Sさんのパスポートと財布の中の現金が紛失していた。警察では、Sさんは、長期間にわたり北部で宝石を買っていたため、宝石の密輸に関係していたのでは、? また、オカマを部屋に招き入れ夜を供にしていたところから、同性愛者であった、との疑いを持っている。

Sさんが部屋に招き入れた、少なくとも2人以上のオカマが、Sさんが金を持っていることに目を付け、その隠し場所を白状させるため、性器を火であぶるなどの拷問を加え、耐えきれなくなったSさんが死亡したものと見られる。犯人は部屋中を物色し一部の金目のモノを手にしたようだが、200粒の宝石の入った袋は見つけることが出来なかったようだ。Sさんの正確な死因は病院での検査の結果を待つ必要がある。


お妾さん、夫を騙し、酒に殺虫剤を混ぜ無理心中。


 11月17日 19:00 マハサラカム県パタナ村の住人から、同村50番地の家で、毒薬を飲んで二人が死んでいる。との通報があった。
 警官が現場に急行すると、現場は木造2階建家屋で、一階客間に並んで横たわっている死体を発見。室内には争った形跡が無く、酒が約半分残っている酒瓶、殺虫剤の臭いが少しするコップ一つ、それに、女性の死体の傍らのテーブルの下に、殺虫剤の瓶が転がっていた。

 その後の調べで、死者は、男性がPさん(54歳)で、死体は既に死後硬直しており、口からは泡をふいていた。女性の死体は、Tさん(47歳)でこちらも口から泡をふき死後硬直していた。 警察では二人の死体は死後8時間経過したモノと判断した。

 同村村長、Sさんの話によると、両人は夫婦であるが、二人の間に子供はいない。しかしながら、夫のPさんにはブリラム県に本妻がおり、Tさんは2号さんであった。Pさんは、本妻と2号さんの家を行き来していた。

 事件が発覚する前、近所の住民が、Pさんの家にいくら声をかけても、扉を閉めたままで何の応答も無かった。 仕方なく村長を呼んで来て、扉をこじ開けると、二人が毒薬を飲んで死んでいた。

 状況から判断すると、事件の前に二人が、Pさんがまた本妻の家へ行くのでは、との、Tさんの やきもち から言い争いになり、Tさんが前もって用意していた殺虫剤入りの酒をPさんに飲ませて殺害。そのあと、Tさんも服毒自殺したものと思われる。


警察官、結婚式の費用を両親から貰えず、ピストル自殺。

 プーケットの警察官 Yさん(28歳)が、官舎内にて、自らが携帯していたピストルで左胸を撃ち抜き自殺。Yさんは、ホテルに勤めている恋人のTさん(23歳)と今月20日に結婚式を挙げる予定で、約500人に招待状を出していた。事件がおこる前、Yさんは、実家に戻り、結婚式の費用に充てるため、両親にお金をもらいに行ったが、貰えなかったため、思い悩みノイローゼー状態であった。

 事件の当日も、Yさんは友人と酒を飲みに出かけ、深夜に帰宅。同棲中のTさんが、話しかけても、Yさんの落胆は癒えず、そのうちにTさんは先に寝入ってしまった。 銃声で目覚めたときには、Yさんは既に死亡していた。

 上司の話によると、Yさんは、努力家で真面目、同僚からも好かれる好人物だった。 自殺の原因は、落胆によりノイローゼに陥り、自殺に至った、のであろう。                     

学生に広がる麻薬汚染 約28万人が「経験あり」

 タイの麻薬汚染は、とどまるところを知らない。 タイの麻薬取締委員会とアサンプション大学が先頃、タイ国内三十二都県の公立学校千二十校を対象に行った共同調査によると、約二十八万人の学生が、ドラッグの経験があることが判明した。また、自らは麻薬を服用しなくても、「麻薬は悪くない」と答えた学生も五万六千人に上っている。

 この調査は、学生の間に広がる麻薬汚染の実態を探るために行われたものだが、その結果、麻薬常用者のうち、三十四・二%が中学生、二十六%が職業学校生、二十四%が高校生であることがわかった。麻薬の中で最も多く服用されているのは、予想通り、覚醒剤であり、マリファナが、これに続いている。中には、十二歳で覚醒剤中毒になっている者もおり、麻薬常用者が低年齢化しているのを裏付ける形となった。 

 同調査報告では、麻薬汚染が低年齢層まで浸透していることを理由に上げて、「麻薬がタイを滅ぼす」と警告。この調査報告を受けた教育省では、学生たちが麻薬を服用しているかどうか、タイ全土の学生に対して、尿検査や血液検査を一斉に実施するよう提案している。


日本―児童買春・ポルノ処罰法施行− 児童買春規制に日タイ協力体制

タ イ 増加する浮浪児が売春予備軍に

日本では十一月一日より児童買春・ポルノ処罰法が施行。これにより日本人観光客が海外で十八才未満の少年・少女を買春した場合、日本の法律でも裁かれることになった。これに先立ち、日本の警視庁はタイ警察との協力体制を確認しているが、実際、児童買春を目的として来タイする外国人観光客は多く、また日本人もその例外ではない。タイ国における児童売春の現状を概観してみた。(倉林義仁記者)

地下に潜伏、困難な実態把握  

児童売買春が深刻な社会問題としてタイ国内で認識されるようになったのは二十年ほど前。そして八〇年代中ごろからは、政府機関・民間団体も積極的にこの問題に取り組み始めるようになった。

 まず最初の作業は児童売春婦(夫)の数を正確に把握することであった。九二年八月には児童売買春をテーマとした全国レベルのセミナーが開催、ここで各機関・団体が独自に調査した児童売春婦(夫)の数を発表しているが、八十万人(児童権利保護センター)から一万五千四百四十四人(保健省伝染病制圧局)と大きな開きがあり、実数に関しては統一見解をまとめることはできなかった。しかし、「無視できないレベルに達している」ということでは合意に至っている。

 しかしその後、この八十万人という数字が〃一人歩き〃。内外のマスコミや国際機関で引用されるようになり、タイは「児童売春天国」との悪名を冠することになっていった。この評判がさらにロリータ趣味の観光客を呼び寄せることにもなるという、悪循環にも陥っていった。

 当時、バンコク都内には冷気茶室とよばれる簡易売春宿がチャイナタウンを中心に営業しており、十代前半の少女らが売春に従事、人権団体の非難の的となっていた。しかし「五月の流血事件」(九二年)以降、人権意識が急速に高まったこともあり、多くの店は閉鎖に追いやられている。

 さらに九六年に売買春禁止法が改正されたこともその傾向に追い打ちをかけた。同法では十八才未満(十八才の誕生日を含む)を「児童」と規定。買春客・ブローカー・施設オーナーへの罰則規定を強化した。

 例えば、十五才以上十八才未満の少年・少女と買春行為をした場合には一―三年の禁固刑、及び二万―六万バーツの罰金が科せられる。また、買春相手が十五才未満(十五才の誕生日を含む)の場合には二―六年の禁固刑、及び四万―十二万バーツの罰金が科せられることになる。さらに十八才未満の子供が売春行為をすることを容認した保護者への罰則が新設されるなど、児童売買春の制圧に重きを置いた内容となっている。

 この後、政府系機関が発表する児童売春婦(夫)数は統計上減ることになったが、これには売春施設が地下に潜ったり、またカモフラージュのためレストラン・古式マッサージ店に改装するなど、摘発逃れに躍起になった結果、実数把握がいっそう難しくなったという背景もある。また人権意識の高い都市部を嫌い、地方(国境地帯)に施設が拡散したことも摘発を困難にしている原因だ。

 現在の児童売買春の現状であるが、保健省伝染病局では今年一月一日から三十一日までの一ケ月間、全国の性風俗施設を調査、八月二日にその結果を発表している。この報告書では、性風俗施設は全国で八千四百三十一ケ所、売春従事者は六万九千百三十九人と推計。うち十八才未満の売春婦(夫)数は三千六百六十四人(全体の五・三%)と推定している。

 しかしこれに対しては民間団体からは「実数はこれを上回る」との声が上がっている。児童売買春問題に詳しいワンラロップ上院議員(児童創造協会理事長)は「二―三年前は一万五千人程度だった児童売春婦(夫)が、現在では二万人を超している」と低年齢化傾向に警鐘を鳴らす。

 ワンラロップ氏は低年齢化の原因として、家庭崩壊による浮浪児の増加を挙げる。浮浪児問題は現在、バンコク都庁や政府機関も保護対策に真剣に取り組むようにはなっているが、それでも保護が新たな浮浪児増加にまったく追いつかない状況のようだ。浮浪児の平均年齢が九才と、これまでより三才ほど低年齢化していることも危惧されるところだ。

 一方、児童売買春のもうひとつの問題として外国人児童の増加も指摘されている。九七年の国立マヒドン医科大学の調査では、外国人売春婦の数を全売春婦の二〇%にあたる一万八千二百四十八人と報告。さらに、このうち三〇%が十八才未満との調査結果も出ている。国籍ではミャンマー・ベトナム・ラオスなどのメコン流域国からの密入国が大半を占めているという。

 八〇年代まで少女売春婦の供給地は色白美人の多いタイ北部だった。しかしラダワン民主党議員(タイ北部パヤオ選出)やNGOなどの児童売春撲滅努力によりその数は減少。さらにエイズの恐怖も両親の「子供売り」にブレーキをかけた。

 このためブローカーらは国境を接するメコン流域諸国に目を向けることになった。特にそのターゲットとなったのは色白美人の多いミャンマー及び山岳民族の少女だ。当然、違法入国であるのだが、売春施設の多くが当局と癒着関係にあるほか、外見上はタイ人との見分けがつかないこともあり、摘発はあまり進んでいないのが実情だ。「パスポートがなく、また国内に親戚縁者もいないため警察に駆け込むことがない」(某ブローカー)ため使いやすい従業員ともいえるのだろう。

 先日、ニューズウィーク誌で「タイで誇れるものはセックスとゴルフ」との記事が掲載、タイ政府は抗議したが、買春をひとつの目的とする観光客が多いというのは否定できない事実だ。なかでも児童売買春に対する国際機関の目は厳しさを増している。「売春天国」の汚名挽回に躍起になっているタイ政府としては、より厳格な対応が必要といえるだろう。


パリ郊外にタイ人女性の惨殺死体 ---恋人のドイツ人男性も殺害

謎深まる犯人像
女性は妊娠六ヶ月

 フランス・パリのタイ国大使館によると、先月三十日、タイ人女性チョンティチャーさん(仮名・二八)の惨殺死体が同市郊外の森で発見されたという。

 死体はパリ南部メーラン町入口にある森の中に捨てられており、身体中を鋭利な刃物でメッタ刺しにされていた。これまでのパリ警察の調査で、女性は妊娠六ヶ月、殺害される二日前にパリに到着したことが判明している。

 犯人は既に逮捕されており、取り調べに対し、先月二十八日にチョンティチャーさんが、観光ビザで恋人のドイツ人男性と一緒にバンコクを出発してドイツに渡っていたこと、そこで犯人はドイツ人男性からチョンティチャーさんを紹介されたこと、その後犯人はチョンティチャーさんを連れてパリを訪れたことなどを供述。

 さらにその後の調査でチョンティチャーさんと一緒にいたドイツ人男性も既に殺されていることも発覚している。

 このため警察では、この犯人がチョンティチャーさんとドイツ人男性の両者を殺害したみて取り調べを進めている。また精神異常者である可能性もあることから精神鑑定もする方針だ。

 殺されたチョンティチャーさんは、チョンブリ県バンラムン郡出身。パリのタイ国大使館からチョンティチャーさんの母親の元に事件の連絡が入ったが、実家は貧しく、遺体を引き取るためフランスを訪れるお金が無いとのことでパリのタイ国大使館に遺体の処置などを一任することになっている。


「泥棒を逮捕してくれた警察官に娘をあげます!」−この噂に署内は大パニック
家族の中に警察官が居てくれたら、と母親が〃英断〃

 プレー県内で雑貨屋を営むブアリアンさん(四六)は、プレー警察の警察官の誰でも良いから娘のランプン(二六)と結婚して欲しい、と公表、大きな話題を呼んでいる。

 ブアリアンさんの家には過去四回程泥棒に入られているが、これまで一度も犯人は逮捕されていないことから、犯人を是が非でも逮捕して欲しいと思い余った結果の決断だという。しかし、ブアリアンさんの娘婿になるためには条件があり、先ず独身で性格が良い人、本当に娘を愛してくれる男性に限るという。

 この噂が世間に広がると、警察署内は大騒ぎとなった。

 今月三日、マスコミはブアリアンさんの自宅を訪ね、噂の真相に迫った。

 ブアリアンさんはインタビューに応じ、次のように語った。

 「私が発表した事は本当のことです。今まで何度も泥棒に入られて、不安で夜もおちおち眠れない状態なのです。どうしても家族の中に警察官が居て欲しいのです。そうすれば家族の者も安心出来、守ってもらえると考えています。いずれにせよ、最終的には娘の判断によるのですが・・・。」 また、ブアリアンさんの夫シンホンさん(五六)も、「警察が本当に犯人を逮捕してくれたら娘の件については反対はしません。噂が広がりこんなに大きなニュースになってしまったことには、かえって喜んでいます。娘婿になる人に関しては、良い人だったら警察での役職にはこだわりません。」と話している。

 マスコミは噂のヒロインである娘のランプンさんに、母親の発表についての感想を聞いてみたが、ランプンさんは顔を赤らめて恥ずかしがるばかりで、自分の意見を語ろうとはしなかったという。

 ワントン警察署のシーブット警察官は、「ブアリアンさんの発表は、四回も泥棒に入られて落ち込んだ自分自身を力づけるためのものではないでしょうか。ランプンさんは美人でスタイル抜群の女性のため、きっとじきに期待にそうような相手が現れることでしょう。プレー警察では現在犯人を捜査中ですが、ブアリアンさんの婿になりたいためではなく、警察官の任務として捜しているのです。私の部下にも真面目で将来性のある若い警官が何人かいるので、ブアリアンさんの娘婿になる機会があるかもしれませんね」とコメントしている。


小学校教師、12才の少女を一年間性的虐待!!性病にかかり母親が気づく

   去る九月二十七日、娘のノーイ(一二/仮名)が学校の音楽教師から性的虐待を受けた上、性病を移されたと母親が警察へ訴え出た。

  母親は次のように訴えた。

  「九月二十四日の夕方、娘は学校から帰って来ると、ボーッとして元気がなく、そのうち局部が痛いと泣き出しました。何も言わないまま泣き続けるので、不審に思った私は体を調べたのです。すると、局部が赤くただれて黄色い膿と血がにじみ出ていたため、私はレイプされ性病にかかったのだと思い、すぐに警察病院で検査を受けさせました。医師の診断によると、局部内が炎症を起こし、ただれている状態で、無理矢理レイプされた形跡がみられると言われました。その後娘の回復を待ち、誰にレイプされたのかを問いただしたところ、ケーンシー(五〇)という音楽の先生だと言うことが分かったのです」。

  被害者のノーイちゃんは、

  「小学四年の終わり頃のことです。朝登校すると、先生から校内の理容室の部屋に呼ばれ、床に散らばっている一バーツ硬貨を拾うよう言われました。私がしゃがんで硬貨を拾っていると、いきなりケーンシー先生が後ろから抱きついてきて口を塞がれたのです。そして部屋の中に隠れていた二人の男子生徒を呼んで、私の両手両足を押さえつけるよう命令し、その男の子達の見ている前でレイプしました。その後、先生は二人の男子生徒に一〇〇バーツずつ渡して追い払うと、私の首にナイフを突きつけて『誰にも言うな! 言ったら殺すぞ!』と脅しました。私は怖くて誰にも言うことが出来ませんでした。その後も先生から何回も呼び出されレイプされたのです」と証言した。 

 十月二十八日、警察は、母娘から再度事情聴取。今後、ノーイちゃんを再検査させ、同時に容疑者のケーンシーを、詳しく取り調べる方針だ。


健康祈願のため8才の双子の兄妹が結婚!信じる信じないは自由ですが…

  男女の双子は、結婚させないとどちらか一人が早死にする

 今月二十三日、マスコミはラブリ県市内で、八才の双子の兄妹を結婚させる準備をしているという噂を聞きつけた。

 男女の双子は、『結婚させないとどちらか一人が早死にしてしまう。もし結婚式を行えば、どちらも健康で長生き出来る』というタイの昔からの言い伝えに、半信半疑ながらも結婚式を挙げることを決心したとのことである。

 双子の叔母にあたるスワニーさん(三三)は次のように語った。

 「双子の、兄はベース君、妹はビームちゃんと言います。二人は今結婚式の準備中です。ベース君とビームちゃんは生まれてしばらくは病気がちでした。その内二人とも肺炎に罹り、近所の年寄りから二人を結婚させた方が良いとすすめられましたが、まだ二人とも小さかったので取り敢えず聖なる紐で手首を繋ぐ儀式だけを行いました。それだけでも二人の病は急速に回復したのです。

 ベース君とビームちゃんが一才になる前に両親は離婚、母親はプーケットに出稼ぎに行きました。父親はその後音信不通で行方知れずです。そこで両親に代わって親戚が二人の面倒を見てきました。双子は別々のところで育てると病気にならないと言われているため、ベース君は別の叔母のもとで面倒を見てもらうことにしました。

小学校に通う都合上、ベース君とビームちゃんは再び一緒に暮らすことになり、現在小学校二年生です。一緒に暮らし始めると、二人は信じられない程しょっちゅう病気になり、行きつけのクリニックではまるで専属の患者という感じです。大抵肺炎に罹るのです」。

 ビームちゃんから『お母さん』と呼ばれているスワニーさんはさらに話しを続けた。

 「普段は二人とも元気で、ベース君は一人遊びが好き。多少乱暴な面もあり、時々学校の友達をいじめることもあるようです。ビームちゃんはちょっと身勝手な性格で、二人はあまり仲良くありません。ビームちゃんは姉のボーちゃんと仲が良いようです。双子がだるそうにし始めると、危険信号です。大抵ベース君の方が先に具合が悪くなります。

 この前学校が休みの間に二人をチョンブン郡の寺院に連れて行き出家させました。その後は二人とも元気になったのですが、学校が始まり一緒に暮らすようになると又病気がちになってしまったのです。その時姉のボーちゃんから二人の結婚式を挙げた方が良いのではないか、との提案がありました。

 プーケットにいる母親の了承も得たので、今度はどのように結婚式を挙げるべきか悩みました。そんな時、テレビで西暦二〇〇〇年を記念して、二〇〇〇組のカップルの結婚式を行うという企画を知り、申し込むことにしたわけです。

 最初は特殊なケースとして受け付けてもらえませんでしたが、その後上部からのオーケーが出、現在、結婚に向けて準備中です」。

 スワニーさんが結婚式の話を二人に伝えたところ、ベース君は特に反応もなく、ビームちゃんはとても喜んだとのことだ。

 今年の四月にも同様の理由から、ペッブリ県で十一才の男女の双子が結婚式を行った。

 この二人の場合は、生後三ヶ月の頃、原因不明で三日間泣き続けたことがあり、その時から十一才になった時点で結婚式を行うことを決めていたという。


ヤー・バー輸送路線変更!空路で大量輸送!
チェンマイ→バンコク
乾燥唐辛子とひまわりの種で臭いを消す


 これまで陸路でバンコクに輸送されていたヤー・バーが、最近は飛行機を使って運ばれているという。

 今月二十二日、警視庁麻薬撲滅班は今回逮捕したヤー・バー輸送グループの容疑者三人を連れてマスコミの前に現れた。

 容疑者の三名は、女性のソーイ(二一)と男性のナコーン(二五)とアーン(二八)。全員がドンムアン空港国内線到着ターミナルで逮捕された。

 ソーイはチェンマイからタイ国際航空に乗ってバンコクに到着。空港ロビーで待ち合わせていたナコーンとアーンにヤー・バー六八〇〇〇錠と現金七〇七〇バーツ、そして携帯電話三機を渡そうとしている時に現行犯逮捕。

 今回の逮捕に至るまでの過程は以下の通り。

 今月二十一日夕方、警察がクロントイ地区にある大きなヤー・バー取り引き組織におとりのヤー・バー注文を入れ、ノンタブリ県にある病院の駐車場で薬を受け取る約束を交わした。その後、同場所でメイ(二六)ら女性三人(一五才の少女一人を含む)と、陸軍騎馬軍人(二一)を含む男性二人の計五人を逮捕。同時に二〇〇〇〇錠のヤー・バーと現金五〇二八三バーツ、そしていくつかの銀行に分けて合計数百万バーツが貯金されている通帳数冊を押収した。 

五人を取り調べた結果、メイがアーンに注文したヤー・バーはチェンマイから飛行機で運ばれ、ドンムアン空港で受け取った後はノンタブリ県チェンワタナにある借家に保管、その後それぞれの顧客に流される仕組みになっている事が判明した。

 警察が借家を家宅捜査したところ、お茶の葉のパックを保存する段ボール箱に隠されていたヤー・バー三二〇錠を発見、その家の管理人も逮捕した。

 その後の調査によって、二十二日の朝と夕方、ドンムアン空港に到着する便で、ソーイが大量の薬をチェンマイから運んでくるとの情報をつかんだ警察は、綿密に逮捕計画を立てた。

 当日警察は空港で張り込みを続け、ソーイが乾燥唐辛子とひまわりの種と共にスーツケースに隠して運んだ十九包のヤー・バーを押収した。ヤー・バーを乾燥唐辛子とひまわりの種に隠して運ぶのは、薬の臭いを消して発見されにくくするためだという。

 ソーイは警察の取り調べに対し、

 「これまでに何回も飛行機を使って薬を運びました。飛行機代などすべての経費はナコーンが負担しました。運んだスーツケースは、空港に迎えに来ていたナコーンに渡すことになっていました。今回運んだ量が多かったのは、チェンマイのヤー・バー取り引きの人から一緒に運んで欲しいと頼まれたからです」

 と、供述した。

 警察は今のところ、タイ国際航空の職員の中に薬の輸送に関与している者がいるかどうかは不明としているが、余りにも簡単に輸送が行われている事実を重視し、今後更に詳しく調査を進めるとしている。


元亭主を二挺拳銃で撃ち殺す。合計14発を発砲。異常な嫉妬から身を守るため, 射撃特訓1ヶ月

   今月十五日、パトゥムタニ県プラトゥナム・チュラロンコン警察に、プリチャー住宅地で人が撃たれて死亡したとの通報が入った。

 警察が現場に駆けつけると、二階建て家屋の一階リビングルームでうつぶせに倒れて死亡している男性を発見。男性はジーンズに白い薄手のジャンパーという姿で、左胸部に三発、右肩に四発、右耳と左耳にそれぞれ一発ずつ、そして後頭部に一発の三十八口径と二十二口径のピストルの銃弾を受けていた。

 死亡したのはチャンチャーイさん(二七)。部屋の中は争った形跡が見られ、滅茶苦茶に荒らされていた。また、死体近くには、大型の斧が一本落ちていた。

 チャンチャーイさんを撃ち殺した犯人は、どこにも逃げずに、リビングルームのソファに座り警察が来るのを待っていた。

 犯人の女性はスルター(二九)、その家の家主であり、賃貸アパートの経営者でもある。犯行に使われたと思われる二挺のピストルはスルターの手元に置かれていた。

 スルターは泣きながら次のように犯行を自供した。

 「私はパトゥムタニ県のランジット大学前にある学生寮を経営しています。チャンチャーイと結婚して二才の子供が一人いますが、夫とは既に別れています。離婚の原因は、チャンチャーイが仕事もせず、また異常なほど嫉妬深いことに耐えられなかったからです。別れた後、チャンチャーイは他の家に移り、私は自分の持ち家であるこの家に子供と一緒に住んでいます。チャンチャーイはこれまでもしばしば家に来ては、『怒らないでくれよ…。もう一度やり直そうよ…』などと執拗に復縁を迫ってきました。しかし、私の気持ちが変わらない事が分かると、今度は怒って怒鳴り出すためいつも言い争いが絶えませんでした。事件の前にも、チャンチャーイは家の中に入って来て私と言い争い、『他の男をこの家に連れ込んでいるんだろう?!』と怒鳴りまくり、私のことを強く突き飛ばしたのです。私が床に倒れると彼は斧を持ち出したので、頭に血が上った私は二階の部屋から二挺のピストルを持ち出し、彼に向けて次々と発砲しました。その後、自分で警察に通報したのです」。

 警察はピストル二挺を押収し、スルターを殺人の容疑で逮捕した。

 スルターは、二ヶ月前にもチャンチャーイから『殺す』と脅され、警察に被害届を出していた。

 スルターは護身用にピストルを二挺購入し、ラムイントラー通りの射撃練習場で一ヶ月間射撃の特訓を受けていたという。

 事件前夜、スルターの親しい女友達が家に泊まりに来たことがチャンチャーイの耳に入り、男を泊めたと誤解、嫉妬に狂い、斧持参で家に押しかけたということだ。

 スルターは二挺のピストルを使いチャンチャーイに向け合計十四発を発砲。

 警察は泊まりに来たという女友達にも事情聴取を行ない、さらに詳しく調べる。

 一方、殺人容疑で逮捕されたスルターの親戚からは、一八〇万バーツの保釈金で身柄釈放願いが出されている。

女性として生きた22年間!実は正真正銘の男性だった
逮捕がきっかけで明らかになった自分の『性』

 今月六日、ヤー・バー所持で逮捕されロブリー刑務所に拘置されている女性が、男女両方の『性』を持っていることが分かり、男女どちらの刑務所に入れるべきか混乱したため医師の診断にまかせることにしたという。

 ロブリー刑務所のグンティー所長は、次のように語った。

 「容疑者の所持しているIDカードに従えば、ロブリー県出身の女性で、名前はペンシー・ジャンペンガン(二二)です。現住所はタイ古式マッサージ兼カラオケの店になっています。今月二日、ペンシーはヤー・バー一錠を所持していた容疑で逮捕され、四日まで拘置されました。四日に、拘置期間延長の手続きをロブリー県の裁判所で行っている時に、書類上は女性と記してあるにもかかわらず、ペンシーに胸がないことや喉仏があることに担当官が気づき、もしかして男ではないかとの疑問を持ったのです。そこでペンシーの身体を調べたところ、なんと男性器と女性器の両方を持ち合わせていることが分かりました。その事実に慌てふためいた私達は、ペンシーを男女どちらの刑務所に拘置すべきか悩んだ末、取り敢えず病人用の刑務所に一時的に預けることにしたのです。翌朝、ペンシーをロブリー県の公衆衛生担当官の元へ送り再度検査を受けさせましたが、そこでもやはり両性器を持っているため男女どちらかは判断しかねると診断。そこで、そのままペンシーをロブリー病院に転送しました。ペンシーの体をレントゲン写真を撮るなどして、外側からと内部からも詳しく検査したところ、子宮は存在せず、内部は男性であると判明しました。今月五日には、『ペンシー・ジャンペンガンは身体検査をした結果、男性であると判断された』という医師の証明書が発行されました。ペンシーの体にある女性器は外見的にはかなり完璧で、排尿もそこからされているようです。しかし、同時に男性器と睾丸と思われるものもついていて、女性から体を触られたりすると勃起して、二センチ程長くなるということです。本人の話では、これまで一度も男性とセックスした経験はないということです。職員達とも相談したのですが、女性用刑務所に入れて何か起こっても困るし、男性用刑務所に入れるとレイプされる可能性も懸念されます。結局男性用刑務所の病人棟に入ってもらい特別に管理することになりました」。

 面会に訪れていたペンシーの母親ペットさん(四四)は、

 「ペンシーは、生まれてからしばらくは女性器しかありませんでした。七〜十才の頃、女性器の下に男性器のようなものが出てきて、睾丸のようなものも二つ出てきたのです。チェンライ県の医者に相談しに行ったところ、手術してどちらかの性に決めた方が良いと言われましたが、お金がなく、手術することが出来ませんでした。その後もIDカードには女性として登録し、私らも女の子として育ててきました。その後、私はロブリー県に移りましたが、チェンライの親戚の家に残してきたペンシーがヤー・バー中毒に罹り、治療する意味もあって私の元で一緒に暮らすことになったのです。しかし、中毒は治らなかったため、逮捕された時は、子供の更正のためには良い機会だと思い、警察にお願いしました」

 とこれまでの経緯を語った。

 今月七日、ロブリー病院のタワット院長は次のように発表した。

 「ペンシーさんの身体に見られる変異をいろいろ調べた結果、ペンシーさんは心身共に一〇〇%男性であるという結論に達しました。尿道が奇形して丁度睾丸の間に出来てしまっているため女性器のように見えるのです。それでペンシーさんの母親は女性だと思いこんでしまったのでしょう。こういう奇形を医学用語では『Hypospadia』と言い、二〇〇万人に一人の割合で発生します。私にとっても初めてのケースです」。

 ペンシーは、短くカットした髪の毛を中央で分け、穏やかな顔立ち。肌は色白で典型的北部の中国系男性といった容貌の持ち主である。

 「医師から『男性』であると診断された現在の気持ちは?」との質問に、ペンシーは、次のように感想を述べた。

 「自分の『性』がハッキリ分かって本当に嬉しいです。三年前から男になりたいという気持ちが強くなり、女性の側にいるとあそこが硬くなったりしました。これまでに十人位の女性と関係を持ったことがあります。彼女達は遊び友達で、皆私がトム(レズビアンの男役)だと思っていたので安心して同じベッドで寝たりしました。そんな時、相手に気づかれないようにセックスしました。ある人は途中で目が覚めて気づいても、そのままさせてくれて、何度も相手になってくれる人もいました。ヤー・バー中毒になってしまったことは本当に悪い事だと反省しています。出所したらもう二度と手を出しません。毎日面会に来てくれるお母さんがかわいそうでなりません。お母さんが警察に私を逮捕してもらうよう頼んだことについては恨んだりしていません。今回お母さんのお陰で、これまで曖昧でハッキリしていなかった自分の性も分かり感謝しているのです」。


エッチな電話で女性に嫌がらせ!住民の協力で変質者を捕らえる
被害者女性自らおとりになる

  九月三十日午後一時三〇分、バンコク都内クロンタン警察に、スワンルアン区パタナカン通りソイ・マハウィタヤライ・カセムバンディットにある『ヌッチャクリ・アパートメント』の住民から、アパート内で猥褻行為を行った変質者を捕まえたので逮捕しに来てほしい、との通報が入った。

 警察が現場に駆け付けると、被害者の女性を含む数人が二階二〇六号室前で警察が来るのを待っていた。犯人の男は鍵の掛かった部屋に閉じこめられていた。

 警察がドアを開けると、部屋の中には四〇才代の色白で痩せた男が不安げな様子で立っていた。男は高級革靴を履き、ブランド物のシャツにジーンズというお洒落な格好。捕らえられた時に殴られたのか、右眉辺りが薄黒く腫れ上がっていた。

 警察は容疑者の男と被害者他数名を署に連行し、取り調べ及び事情聴取を行った。

 被害者である二〇六号室の住人チンタパットさん(二八)は、次のように証言した。

 「朝七時半頃知らない男から電話があり、含みのあるイヤらしい声で〃お嬢さん、今何してるのぉ? 今日のパンティは何色? おじさんとセックスしてみない?…〃 などとエッチな事を次々と囁いてきました。また、ポルノ・ビデオから流れてくるような女性のあえぎ声を聞かせたりもしました」。

 その時、チンタパットさんはその男の声が三日ほど前にもかかってきた同様の電話の声と似ていることに気付いた。また、同じアパートに住んでいる数人の女性も、最近頭のおかしな男からイヤらしい電話がかかってきて困っていることを思い出した。そこでチンタパットさんは勇気を奮って「じゃあ、私の部屋に来ない?」と男に誘いをかけてみた。

 電話を切った後、チンタパットさんはアパートに住んでいる男友達のマルットさん(三三)他四人に協力を依頼。アパート一階の入口から部屋の周囲にかけて手分けして監視することにした。

 午後一時頃、アパートから一〇〇メートルほど離れた所にピックアップが駐車、降りてきた男がアパートの二階に上がっていくのを目撃した。その後、男がチンタパットさんの部屋に入るのを見届けた。

 部屋に入った男が、ソファに腰掛けてチンタパットさんの足を撫で回すのを確認したマルットさんらは、急いで部屋に飛び込み、男の顔を二〜三発殴り、取り押さえた。男は簡単に観念したという。

 容疑者の男は、サムットプラカン県出身のソムチャイ(四一)。

 警察の取り調べに対し、ソムチャイは弱々しく犯行を認め、自分の携帯を使ってあちこちのアパートに住んでいる一人暮らしの女性にエッチな電話をかけては楽しんでいたことを自供した。

 警察はソムチャイに対し、他人に迷惑をかけた罪で一、〇〇〇バーツの罰金を命じただけで、猥褻行為に関しては何のお咎めもなかった。ソムチャイはその後すぐに保釈。協力して計画的に犯人を捕まえた被害者達は、警察の処分に対し不満の声を漏らし、再犯の不安を隠せない様子だった。


元気のないオジサマ族に朗報、スッポンの卵入り酒で甦る「パワーと持久力」
中国では古来から不老長寿の妙薬として伝わる

 タイ語のスラングに「チャーイ・マクア・パオ(焼きナス男)」という言葉がある。焼いた茄子のように萎んだ〃モノ〃を持つ男性のことをこう呼ぶらしい。

 そんな悩みを持つ方には救世主とも思われる人を紹介しよう。

 台湾種スッポン養殖業界のソムディットさんである。ソムディットさんは、『スッポンの卵入り酒』について次のように語った。「このブレンド酒は酒飲みや五〇才以上の方を対象にしています。これらの方々の多くはご自分の〃モノ〃が思うように役立たない、という悩みを持っています。従来の同種の薬は、一時的には効果が見られてもまたすぐ元に戻ってしまうことが多かったようです。しかしこのブレンド酒は、パワーが甦り、セックスの持久力が伸びると高く評価されています。また、滋養作用もあるため、出産後の女性や更年期の女性にとっても、皮膚がつやつや生き生きしてくるという効果もあります。まさに『サーオ・パン・ピー(いつまでも若さを保っている女の人のこと)』と言われる程になれるのです」。

 ソムディットさんは、現在二種類のスッポンの卵入り酒を製造している。一つは、普通の酒に漬けたもの、もう一つは朝鮮人参酒に漬けたものである。一瓶には八〇〜九〇個のスッポンの卵が入っており、いずれも一瓶三〇〇〜四〇〇バーツ。最近では他の民間会社も同様のブレンド酒を製造し始めているという。

「このようなブレンド酒は、中国では古来から長寿の薬として民間に伝わっていました。一日三〜五個のスッポンの卵を食べ続けると、一週間で明らかに効果が顕れるとされています。以前は中国と韓国から沢山の注文がありました。その頃は、肉の値段がよく、卵は安かったので、業者は皆卵を孵化させていました。その後、中国のスッポン養殖業者保護のため、中国への輸出が禁止され、肉の値段が一キロ当たり四〇〇〜五〇〇バーツから百バーツ台にまで下がってしまったのです。タイのスッポンは養殖コストも安く、成長も八ヶ月しかかかりません。中国では寒いために成長するまでに十八ヶ月もかかります。数年前にはスッポンの肉が一キロ七〇〇〜八〇〇バーツの高値で外国に輸出されていたことから、国内でスッポンを養殖する人が増えてしまいました。そこで、スッポンの卵で何かできないかと試行錯誤した結果、滋養強壮薬として『スッポンの卵入り酒』を考案したわけです」。


1999年度ミス・ティファニー!ロサンジェルスの国際的ゲイ・コンテストに出場
世界にタイのゲイの美しさを宣伝したい

 タイの社会において、ゲイが第三の性として認められることを目的とした『ミス・ティファニー一九九九』という美人コンテストが開催された。

 晴れて『ミス・ティファニー一九九九』の栄冠を手にしたパッタリヤーさん(一九 愛称/ノン・オー)は、身長一七四センチ、体重五四キロ、スリーサイズは上から三五・二五・三六インチとモデル顔負けの超ナイスバディー。ミス・タイランド・ワールドのメータニーさん(愛称/ルークゲーッ)によく似た美人だ。

 今回、タイの美しいオカマを世界に紹介するため、アメリカのロサンジェルスで行われる国際的ゲイの美人コンテスト『ミス・クィーン・オブ・ザ・ビューティー』に参加するため渡米することが決定した。

 八月二十四日午後、マスコミはバンコク都内のウィンザー・スィート・ホテルにおいて、『ミス・クィーン・オブ・ザ・ユニバース』の開催者であり、タイの有名なゲイでもあるDr.セーリーを招待し記者会見を行った。Dr.セーリーは、「今回初めて国外の国際的ゲイ・コンテストにタイ人を送ります。理由は、タイのゲイがいかに能力を持っているかを外国人に知ってもらう格好の機会だと思うからです。このコンテストに参加することによって、タイという国を宣伝でき、参加した人も新しい経験が得られるからです。この大会では、ミス・ユニバースと同様イブニング・ドレス、各国の民族衣装、そして水着の審査が行われます。九月五日にロサンジェルスのウィルシャー・グランド・ホテルで開催されます」と抱負を語った。

 パッタリヤーさんは、マスコミの今回遠征するコンテストについて聞かれると、「もう準備は万端です。今はタイの女性としての正しい礼儀作法と、外国で紹介するためのタイの文化を勉強しています。もちろん私自身の健康とお肌のコンディションにも気をつけて、毎日女性ホルモン剤を二錠飲んでいます。これを飲むとお肌がすべすべになり美しくなるんです」と自信に満ちた表情で答えた。

 パッタリヤーさんはまだ性転換の手術をしていない。女性ホルモンが体内で五〇%以上にならないと手術は出来ないため、現在腕の良い医師を捜しているところだという。しかし、今回のコンテスト出場に関しては何の問題もない。

 ミス・ティファニーに選ばれてからパッタリヤーさんの人生は激変した。

 田舎から出稼ぎのために上京し、皿洗いなどをしながら一日一〇〇バーツ程の給料でギリギリの生活を送っていた。しかし、ティファニーに入賞してからは、収入も増え、好きな服も買えるようになった。

 パッタリヤーさんは、「自分のボディーは女性に負けないくらい、いやそれ以上にセクシー」と自信があり、将来はトップ・モデルになりたいという夢もある。 

愛人の男関係に嫉妬、30男狂乱発砲
愛人は即死、相手の男性は重傷 !犯行後、男は妻子を連れて逃走

 今月十五日午後八時、ナコンパトム県ナコンチャイシー警察に、ソーイ・ワット・サワンアロムにあるケーテオ住宅地でピストル殺人が起きた、との通報が入った。

 警察が現場に駆け付けると、サワンアロム寺院入口付近で一人の女性が倒れており既に死亡していた。

 死亡した女性は、アンポーンさん(二一)。九ミリ口径のピストルで眉間、右目、右頬の三ヶ所を撃たれ、辺りには脳味噌が飛び散り異臭を放っていた。

 死体の側には薬莢が七個落ちており、近くにはイスズのピックアップが停車していた。

 事件当時アンポーンさんと同乗していた連れの男性チャトゥポンさん(二四)は、重傷を負いサームプラン病院に運ばれた。 二人を撃った犯人は、ヤー・バー所持で逮捕され最近出所したばかりのタムポン(三〇)と断定。タムポンは、アンポーンさんと愛人関係にあった。

 警察が調べた結果、事件当日の夕方五時頃、タムポンがアンポーンさんを尋ねて来ていたことが分かった。二人は話している途中で激しい言い争いになったという。理由は、アンポーンさんの男関係が激しいことにタムポンが嫉妬、それを非難したことによる。

 怒ったタムポンが家を出た後、しばらくしてアンポーンさんも家を出て、家の前で待っていたチャトゥポンさんの車に乗り出掛けようとした。その時、もう一人の男友達モントリーさんも車に同乗していたという。

 車が五〇〇メートル程走り出した時、突然タムポンがホンダのバイクに乗って対向車線を走って来た。タムポンは三人の乗っている車を止め、全員降りるよう指示した。

 チャトゥポンさんが車から降りた途端、既に嫉妬と怒りで狂っていたタムポンは、持っていたピストルでチャトゥポンさんの左胸部目掛けて発砲。それを車の中から目撃したモントリーさんは、危険を感じその場から逃げたという。

 同じく車の中から見ていたアンポーンさんは、恐怖に震えながら車を降り、タムポンを説得しようとした。しかし、タムポンは話を聞こうともせず降りて来たアンポーンさんに向けて続けて三発発砲、その後さらに残りの三発を発砲した。アンポーンさんが死んだことを確認したタムポンは、バイクで逃げ去った。

 事件後、タムポンは妻子を連れて逃亡中で、警察はタムポンの逃亡先を捜しだし、逮捕を急いでいる。

夫に捨てられた腹いせ3才の養女を焼き殺した鬼継母
枕元に放火、ドアにはロック周到な計画的犯行と断定

 今月八日午前二時三〇分、チョンブリー県バーンラムン警察に、ある雑貨屋から火災が発生したと通報が入った。

 警察が現場に駆け付けた時には、木造一階建ての建物はまだ燃え続けており、「中に三才の女の子が残されている!」と、親戚の者達が大騒ぎしていた。しかし、既に火は家中に燃え移り、手のつけようもなく、人々がただただ見守る中、全てを焼き尽くして火は鎮火した。

 焼け跡からは、アリッサラーちゃん(愛称:エン/三)の炭化した小さな遺体が発見された。

 家主の女性ニーラヌットさん(三六)と同居している弟のアピラックさん(二五)が、死亡したアリッサラーちゃんの父親である事が分かった。

 アピラックさんは前妻オーイとの間にアリッサラーちゃんをもうけ離婚、その後ピッサマイ(二五)と再婚した。しかし、間もなくピッサマイとも別居状態になった。別れたくないピッサマイは、日頃から頻繁に夫の家を訪れては、よりを戻そうと執拗につきまとっていたという。

 事件当日、南パタヤの店でバンド活動をしているアピラックさんは、仕事に出掛ける前、いつものように近所に住む姉のウィラさん(三〇)の元にアリッサラーちゃんを預けた。

 ウィラさんがアリッサラーちゃんと遊んでいると、ピッサマイが夫に会いにニーラヌットさんの家を訪ねて来たが、アピラックさんは既に仕事に出た後だった。

 ピッサマイは、アリッサラーちゃんの洋服を紙袋に詰め込みながら、ニーラヌットさんの息子のチャイヤワット君(一三)に「ウィラさんの家に一緒に行こう」と誘った。

 そして、二人でウィラさんの家に行くと、ウィラさんに袋に入れたアリッサラーちゃんの洋服を見せながら、今日は自分がアリッサラーちゃんの面倒を見たいので夫の家に連れて帰りたいと言い出した。

 ウィラさんは特に不審に思わずアリッサラーちゃんを渡したという。

 ピッサマイはニーラヌットさんの家に行くとすぐ夫の部屋に行き、アリッサラーちゃんと一緒に床に就いた。ニーラヌットさんとチャイヤワット君もそれぞれ自室に入った。

 その後四時間寝入った頃、ピッサマイは家を出、その約五分後、家に火の手が上がった。ピッサマイは家を出るところを目撃されている。

 「起きろぉ!!」という大声にニーラヌットさんは飛び起き、息子と一緒に外に逃げ出した。その時、ニーラヌットさんはてっきりピッサマイがアリッサラーちゃんを連れ出し無事逃げのびたとばかり思っていたという。

 しかし、ニーラヌットさんの一番下の弟イッサラーさん(二〇)は、「何だか気になる・・」と、炎が大きく上がり出した家の中に入り、アリッサラーちゃんが寝ている部屋のドアを開けようとしたところ、ドアはロックされていて開ける事ができなかった。イッサラーさんは、足で蹴り開けようと試みたが無理で、そのうち火が家中に燃え広がってきたため諦めて外に出た。

 鎮火後、焼け跡のその部屋にはアリッサラーちゃんの遺体が残されているのみで、ピッサマイの姿はどこにもなかった。

 夜が明けて、仕事場のアピラックさんの元に、家が全焼、娘が一人取り残されて焼死したという連絡が入った。アピラックさんは、ピッサマイの自分への仕返しに違いないと直感したという。夫が自分の元へ戻らない事への恨みから娘を焼き殺したのだと・・・。

 アピラックさんは警察の事情聴取に対し、自分の部屋には鍵はついておらず、いつもは紐で縛って鍵の代わりにしていた事を証言。

 しかし、検証の結果、ドアがロックされていた形跡があるため、ピッサマイが故意に鍵を掛けて娘を助け出せない状態にした後、自分は別な出口から出たものと推察された。

 その後の調査により、今回の火事は放火によるものであることが判明。また、ウィラさんの家にアリッサラーちゃんの洋服が入った紙袋とベンジンで汚れた服が残されていたことから、ピッサマイの計画的な犯行による殺人事件と断定された。

 警察はピッサマイがナコンパノム県の実家に戻った可能性が強いと見て、実家での逮捕を準備しているところへ、ピッサマイがウィラさんの家に戻ったという情報が入った。

 警察はウィラさんの家に駆け付け、ピッサマイをその場で逮捕、バーンラムン警察に連行した。

 警察での取り調べに対し、ピッサマイは自分の犯した事がやりすぎであったと反省したので、ウィラさんの家に戻ったことを告白。また動機については、夫に捨てられたことを恨んで、仕返ししてやろうと思ったと供述した。

 アリッサラーちゃんの寝ていたベッドの枕元にライターで火をつけ、家を飛び出したピッサマイは、夫の働いている南パタヤ方面に向かって放心状態のまま歩いていたが、どこに行けば良いのか分からなくなり、反省してウィラさんの家に戻ったという。

 ピッサマイは二十五才、ナコンパトム県出身。

〃ヘソ下の秘め事〃を他人に喋った女房に腹を立て、10才年下亭主がナイフ片手に狂乱劇

 先月二十八日午前九時三十分、バンコク都内コークラーム警察に、ある女性がナイフで刺されて負傷した、との通報が入った。

 事件が起こった場所はブンクン区。負傷した女性はノッパラットラーチャタニー病院に運ばれたとのことであった。

 警察が現場に駆け付けた時には、既に乾き始めた大量の血痕が床に残っていた。

 負傷した女性は、ローイエット県出身のドーグマーイさん(四六)。体全体に、刃物による刺し傷や切り傷が無数に見られた。特に右腕の傷は骨にまで達していた。顔面は強く殴られたのか腫れ上がり、目の回りには黒アザが出来ていた。さらに、ドーグマーイさんが履いていた長ズボンの足の付け根部分が切り裂かれており、犯人の狂気ぶりがうかがえた。

 その後治療に当たった医師から、何十針も縫う手術をし、念のため頭部レントゲンも撮った事が伝えられた。

 被害者のドーグマーイさんは、次のように証言した。

 「私をナイフで刺した犯人は、夫のニット(三五)です。ニットとは六年間一緒に暮らしています。昨日夜中、ニットから殴る蹴るの暴力を受けた挙げ句にナイフで体中を刺されました。十才年下のニットの仕事は、『バンチャン』というお笑いバンドでギターの担当をしています。私達は結婚届も出していませんし、子供もいません。ソーイ・プレムルタイ一に住んでいます。私はシーフード・レストラン『オーワン・プー』で家政婦の仕事をしています。昨夜夜中の一時頃、私が仕事を終えて家に戻り、ベルを鳴らして夫にドアを開けてもらったところ、部屋中が酒の臭いで充満していました。夫は泥酔状態で機嫌が悪く最悪の雰囲気でした。夫は何も言わずに、いきなり私を部屋の中に引きずり込み、〃お前!俺達の蚊帳の中の出来事を誰に喋ったんだぁ!!〃と怒鳴りながら殴る蹴るの暴力をふるいました。それだけでなく、私が何も答えない事に腹を立てた夫は、台所からナイフを持って来て〃お前分かるか?お前が俺達のそんな事まで他人に話して…。俺がどんな恥ずかしい思いをしたか!!〃と叫びながら斬りつけてきました。私は必死に抵抗しましたが、とうてい夫の力には勝てず、体中をナイフで刺されたり、切られたりしました。さらにニットは、私の局部を狙ってナイフで刺そうとしてきたので、力を振り絞って体をずらし、ようやく逃れる事ができたのです。もし、あの時逃げる事が出来なかったら、新聞に〃アソコを滅多刺しにされた事件〃として世間に報道されてしまったでしょう」。

 そこでドーグマーイさんは、証拠として切り裂かれた長ズボンを見せた。

 ニットはその後も、ドーグマーイさんが気を失うまで足で踏んづけたり蹴飛ばしたりし続けたという。

 朝になり、意識が戻ったドーグマーイさんは、助けを求めて外に這い出し力尽きてしまったところを近所の人に発見された。

 マスコミがニットの暴力の原因について質問したところ、「それはゼッタイに言えません!もし喋ったら今度はニットに殺されます!」と怯えながら答えた。

 現場の部屋では、ニットが返り血で血だらけになって寝転がっていた。

 ニットは、妻をナイフで刺した事実を認め、原因は妻が夫婦間の〃ヘソの下〃の話題を他人にペラペラ喋るため、その事で人からからかわれて物凄く恥ずかしい思いをし、悔しさから犯行に走った事を供述した。

 ニットは犯行に至るまでの動機について次のように語った。

 「ドーグマーイとは『プラチャチューン・カフェー』で知り合いました。その時彼女はマッサージ嬢として働いていましたが、その事は気にならなかったので一緒に暮らすことにしました。彼女の行動には常々不満を持っていました。酒を飲むと男友達の体に触ったり、マッサージをしてあげたりするんです。一番腹が立ったのは、彼女のお喋りで、夫婦のベッドの中の出来事まで近所の人、それも男に話すんです。夕べ、友達と酒を飲んでいると、友達から〃お前は女房相手にこんな事をやっただろう?〃と身振り手振りでからかわれ、スゴク悔しかった。最初は〃もう二度と人には喋るな!〃と軽く脅すつもりだったのが、酔っぱらっていたのでエスカレートしてしまい、逮捕されてしまいました」。

夫からエイズを移された上流階級の美人妻、腹いせに多数の男性と性的遍歴!相手は政治家から警察官高官、軍人など多彩
ナコンナヨック警察は大パニック!

 ナコンナヨック警察は、ジェウさんというエイズに感染した女性が複数の男性と関係を持ったため、誰に移ったか捜査中であることを発表した。

 ジェウさんは、ナコンナヨック県の上流階級の女性の一人で、ナコンナヨック警察の警察官だった夫からエイズを移され感染したという。

 ジェウさん自分がエイズに感染していると知った時には、夫は既に一年前に亡くなっていた。

 ジェウさんは悔しくてたまらず、すべての男、特に警察官や軍人、公務員などに復讐したい気持ちでいっぱいになったという。

 その後ジェウさんの男性遍歴は始まる。知り合った男性と仲良くなり、性的関係を持つと別れる、という事を繰り返した。そんな生活を続けているうちに、ジェウさんの体には末期的症状が顕れ出した。

 先月三十日、マスコミによりこのニュースが報道されるやいなや、ナコンナヨック県にいる男性達は大パニック状態に陥った。そしてその妻達は夫に疑惑を持つようになった。

 警察上部がナコンナヨック警察の警察官達にジェウさんとの関係を持ったかどうか調べさせた結果、なんと二十人以上の警察官がジェウさんと性的関係を持ったことが判明した。既にかなり長い時間が経っているため、それら二十人の中には既に他県に移動になっている者もいるという。警察はそれらの人々にすぐに血液検査を行い、早期に治療を受けるよう呼び掛けた。さもないと手遅れになり仕事にも支障が出る事を警告した。

 一番心配される事は、エイズ感染が判明されると仕事を辞めなければならないため、事実が隠される可能性が大きいという事である。

 この指示が出された後、ジェウさんと関係のあった男性達は民間のクリニックや名の知られていない病院で密かに検査を受けているという。ある人は仕事が忙しく検査に行く時間がないといい、ある人は結果を恐れて検査に行く勇気がないという。

 こういった事情の中で、現在ナコンナヨック警察には緊迫した雰囲気が漂っている。さらに警察官のみならず、公務員や商人などにも血液検査を受ける人が急増したとのことである。

 マスコミがこのニュースを発表した後、ある国家公務員はショックで倒れ病院に運ばれたという。

 渦中の女性ジェウさんは、上流階級出身の美人で三十四才。福祉活動にも熱心で、病人や貧しい人々を助ける機関での仕事にも係わっているという。銀行員と結婚し二人の子供も出来た。しかし不景気のためか夫が銀行の金を横領し、刑務所に入ってしまった。子供二人と共に残されたジェウさんは、名前も知られており美人なので、その後も大勢の男達に言い寄られた。結局最後には、ナコンナヨック警察の上官と一緒に暮らすことになった。

 一年経った昨年、夫が亡くなった。医者から夫の死因はエイズだと聞かされたジェウさんは、ショックからパニック状態になり、自分も間違いなくエイズに感染していると確信、警察官や軍人など制服を着た職業の男達に復讐してやる気持ちになったという。

 その後美人で社会的にも名の知れたジェウさんは、様々な男達と性的関係を持った。中には政治家や大臣秘書なども含まれていたそうである。

 ジェウさんは、誰といつ何処で、という男性遍歴のリストを作っていたと言われ、警察は現在血眼になってそのリストを捜しているという。

村長が、不吉な動物〃ヒヤ〃の卵を食べて精力旺盛
噂を聞いた村人が卵狩りに乗り出す一幕も

 ナコムパトム県バーンレーン郡で魚の養殖と畑作を営むかたわら村長としても活躍しているプラトゥムさん(四六)は、二年前にヒヤ(キモンオオトカゲの通称で、タイでは不吉な動物として忌み嫌われている)の卵を五個茹でて食べてしまった。自分の養殖した魚をヒヤが全部食べてしまったので、悔しくて腹が立ったからだ。

 ところが、ヒヤの卵を食べたその夜、プラトゥムさんのセックス・パワーが大爆発。奥さんは大変な思いをすることになった。

 その夜の経験から、プラトゥムさんはその後も滋養強壮の薬としてヒヤの卵を捜しては食すようになった。食べるのは卵の黄身の部分だけだという。

 現在、プラトゥムさんはヒヤの卵を食べ続けて二年経つが、これまで一度も病気になったことも変な症状が出たこともないという。体に起こった変化といえば、精力が若者なみにビンビンに蘇ったことだろうか。

 マスコミは、今月二十三日、「ヒヤの茹で卵を食べて、一晩中ビンビンのプラトゥムさん」という内容の記事を新聞に掲載。

 その後、この記事を読んだ村人達がプラトゥム村長の元に集まり質問責めにしたが、プラトゥムさんは終始笑顔でそれらに答えた。

 同日午後、プラトゥムさんは十五人の村人を引き連れて、鍬を手に手に村から少し離れた森までヒヤの卵を捜しに出掛けた。夕方までには二十五個の卵を集めることが出来た。

 プラトゥムさんは、集めてきた卵全部を茹でテーブルに並べると、真実を知るために集まった人々は目を見張った。その中には別な村の村長であるアムヌアイさん(五二)の姿もあった。

 プラトゥムさんがおもむろに茹で卵の殻をむき始めると、息を飲んで見つめる人々の中には気分が悪くなり嘔吐する人も出た。結局最後にその場に残ったのは二人だけとなった。その二人は美味しそうに卵を食べたという。

 バーンレーン郡長のピーラサックさんは、「タイには〃グリアッド・トゥア、ギン・カイ(鶏肉は嫌いだが卵は食べる)〃或いは〃グリアッド・プラーラーイ、ギン・ナームゲーン(ウナギは嫌いだがそれを使ったカレーは食べる)〃という諺がありますが、まさにその諺通りの料理が出来たわけですね」と前置きしながら、「全ての動物の卵には高タンパク質が含まれていますから、食べれば体に良いでしょうね。しかし、完全に火が通っている事を確認した方がいいでしょう。現在〃ヒヤ〃は、ターチン川沿いのマングローブの林やパートゥップ(森の奥深い場所)に生息していますが、車を運転中に、いきなり飛び出して来るなど、時には姿を見せることもあります。私もプラトゥム村長にヒヤの卵を食べさせてもらおうかなぁ・・・」と語った。

盗品を売った手数料でヤー・バーを買い淫行三昧
14才の男女4人組がバイク泥棒

 今月十五日午後一時、パトゥムタニー警察は県内で起こったバイク盗難事件に関し次のように発表した。

 犯人は全員十四才の男性二人、女性二人の四人組。女性二人の内一人はパトゥムタニー県にある有名校に通う中学三年生である。

 彼らがこれまでに盗んだ物は、バイク三台、自転車二台。

 警察の発表によると、県内でバイクの盗難が多発しているため、緊急に捜査班を設置し調べた結果、パトゥムタニー市内にあるトーントゥラータニー住宅地空き家のタウンハウスでヤー・バーを飲んでいた若者グループが犯人である事が判明した。

 警察は、今月十四日、グループの隠れ家であるタウンハウスに張り込み、逃げられないように周囲を包囲した後、家の中に踏み込んだ。そこで警察官が見た光景は、四人の男女が素っ裸で淫行に耽っている姿だった。若者達は警察の侵入に気付くと驚きと動揺で全員顔面蒼白となった。

 家宅捜査した結果、盗品と思われるバイク三台と自転車二台を押収した。

 グループは警察の取り調べに対し、市内で十台以上のバイクを盗んだ事実を認めた。盗んだバイクや自転車は、十九才のサティットという男に売り渡し、一台につき一〇〇〇〜一五〇〇バーツの手数料を受け取っていたという。彼らはその金でヤー・バーを買っていた。サティットからは事前にバイクのメーカーとモデルの指定を受けていたという。

 犯人の男性エー(仮名/一四)とビー(仮名/一四)の二人はどちらもナコンサワン県出身。どちらも家庭崩壊の犠牲者と言える。両親は離婚し、その後二人とも家を出ている。エーは特に暴力的で警察からも目を付けられており、以前タンヤブリー警察はある殺人事件にエーが関係していると見て逮捕したが、証拠不十分のため釈放になったという。

 その後エーは偶然街でビーと出会い、同じ出身地の二人はすぐに親しくなった。

 犯人の女性二人の内オイ(仮名/一四)は、パトゥムタニ県の盗車グループのリーダーの恋人だったが、その恋人が逮捕され刑務所に入ってしまった。一人になり途方に暮れあちこち転々としている時ビーに出会い恋人関係になった。その後オイは家を出てビーと一緒に暮らすようになる。

 もう一人の女性オーは(仮名/一四)は、軍人の父親を持ち暖かい家庭に恵まれていたが、母親が病死した後から状況は一変した。父親が新しい妻に夢中になり、子供への関心が薄れたことを感じたオーは父親に対し反抗的になり家を出てしまった。その後オーはエーと出会い、仲間のビーとオイも誘い一緒にヤー・バーを飲んではセックスに耽り、金がなくなるとバイクや自転車を盗んでサティットに売り、その手数料でヤー・バーを買い、またセックスに耽る、という事を繰り返してきたという。

人望厚い女医さんがお抱え運転手と結婚
世間の偏見に対し、「職業に格差は無い、愛する相手は自分で決める・・・」とキッパリ!

 ムクダハーン県ドーンターン病院の院長でもある女医のジャムニアンさん(愛称:モー・トゥ/三一)と同病院専属のドライバーであるウォーラサックさん(愛称:ポン/三六)は、「身分の格差」という世間の冷たい偏見にも負けず二人で生きていく決心をし、二人の息子にも恵まれた。

 しかし、二人の結婚生活にはその後も台風が吹き荒れた。

 女医のジャムニアンさんは、心ない人達から「プライドの無い女」と権威ある医師団に告げ口され、院長の役職を下ろされるというつらい目に遭遇。さらに、チャチャンサオ県のパノムサラーカム病院への転勤を命じられたという。

 この件について、ドーンターン病院の患者達からは、「非常に残念なことで、納得がいかない」との声が上がり、ついに今月二十八日、デーリーニュース紙は渦中の二人に独占取材を行うことになった。

 真の愛を貫いた勇気ある女医は、世間という台風に巻き込まれて疲れ果て、新しい地へと旅立って行くのか。

 まだ暗闇に包まれた二十九日の午前三時、村人達は大好きな女医さんとその家族六人の荷物をまとめ、十輪トラックとピックアップ、そしてミニバスの合計十台の車を引き連ねてドーンターン病院の社宅から新しい勤務地であるチャチャンサオ県のパノムサラーカム病院の社宅へと引っ越して行った。

 村人の中には泣き出す者も居て、患者達は皆寂しそうな面もちで女医さんの引っ越しを見送った。

 マスコミは、出発前の準備で忙しいジャムニアンさんにインタビューを行った。

 ジャムニアンさんは、「ドーンターンの村人や病院の職員達、そして思いやり深い患者さん達に感謝しています。患者の治療を行う際、ある時は思い切った決断をしなければならない様に、私自身が選んで来た道も正しい判断で決めたことだと信じています。治療においても、人生においてもあれこれ迷う事は出来ません。結婚に際し、仲間達や目上の方達からは反対されましたが、医師として法律に違反する事でもないし、別にモラルに反するとも思いません。大切な事は、誰もが自分の相手を選ぶ権利があるという事です。夫は本当に良い人ですし、家族をまとめるリーダーシップも持っています。結婚後、私達は多くのプレッシャーと闘って来ました。院長の夫にふさわしくないとして、何人もの人が夫の仕事を奪おうとしました。しかし、夫は真面目に仕事をこなし責任感もありますから、辞めさせる理由も有りません。どんな仕事をする人にもそれぞれのプライドが有り、それによって組織は成り立っていると、私は思っていますから。」と偏見に満ちた世間の人々に立ち向かうようにキッパリと言い放った。

 一方、他人から見ると、空に咲く花を運良く手に入れたと思われている、夫であり運転手でもあるウォーラサックさんは、「結婚前は単なる運転手で、上司に当たる妻がミーティングやセミナーに出掛ける時には私が運転する車に乗って行きました。何しろ上司だったので、なかなか顔を見る勇気が有りませんでしたが、たまには彼女の気分が良くなるように冗談などを言ったりしていました。でも、その時は恋愛関係になるなんて思ってもいませんでした。その後、あちこちから二人の仲が怪しいという噂が立ち始めたので、彼女の名前を汚すことになると困ると思い、私の両親に相談しチャチャンサオ県のパノムサラーカムに居る彼女の両親に会いに行く決心をしました。嫁を貰いに行くという気持ちだった私は、彼女のお父さんの最初の言葉に驚きました。お父さんは”私の娘は物ではありませんから、娘を下さいという言葉は使わないで下さい。もし、お互いに真剣に愛し合っているのなら、正式にお坊さんを呼んでタンブンを行い、結婚式を挙げて下さい。”と言いました。その後私達はドーンターン郡で結婚式を挙げました。」と結婚までのいきさつを語ってくれた。

 ドーンターン病院の職員の一人は、二人の愛について次のように話した。 「病院の中は、管理課、健康課、衛生課、そして治療課に分かれていて、治療課では七十人の関係者が働いています。ジャムニアン先生と一緒に仕事をしていたそれらの七十人の中には一人も問題有りませんでした。なぜなら、先生の患者に対する誠意は素晴らしく、治療を終えた患者の家に見舞いに行ったりもしていました。だから誰もがジャムニアン先生を尊敬していて、大好きなんです。しかし、他のセクションには先生の事を好きでない人も一部居ましたが・・・・。とにかく他の病院の医師達もこの病院に研修に来る程、ジャムニアン先生は評判が高い方でした。運転手のウォーラサックさんも、結婚後はタバコも遊びも止めて運転手の仕事を一生懸命やっていました。自分の立場をわきまえていて、決して威張ったりなどはしません。しかし年輩の人達からは、ジャムニアン先生と結婚したため彼には仕事を頼みにくくなった、という声もありますが」

 ドーンターン郡のガムナン(区長)であるブンラームさんは、「現在、世間の多くの人はウォーラサックさんがただの身分の低い運転手だと思っているようですが、このドーンターン地区の中では彼は決して貧乏人ではありません。彼のお母さんのヨートさんは、郡の中でも旧家の生まれで、千ライの土地を所有し、ドーンターン市場にはトゥック・テオ(ショップハウス)を持っていて人に貸しているなかなかの金持ちと言われています。ウォーラサックさん本人も大変良い人で社交的な性格です。もし、村の代表として立候補したら、多くの人達が応援するでしょう。お父さんのターボンさんは顔が広く、ラオスの人々とも良いコミュニケーションを持っている人です。村の人々はこの夫婦が大好きで、結婚式の日には、自分の部下と結婚する女医さんの顔を一目見ようと沢山の人が集まって来ました。彼女は我々の期待以上の素晴らしい女性でした。このドーンターンに嫁いで来たこの花嫁を、村の人はもとより、ラオスの人々まで信望を寄せています。私は病院の中を行ったり来たりしていましたが、ほんの一部の人達がジャムニアン先生の悪口を言っているようです。それに対して、ジャムニアン先生はやり切れなくなり、自分の故郷であるチャチャンサオの病院に転勤することを希望したのではないでしょうか」と語った。

 ウォーラサックさんの弟ウィスットさん(二九)は、「兄夫婦の記事がデーリーニュース紙に載ってから、沢山の人が関心を持つようになり、先日も三チャンネルのある番組から取材の申し出がありましたが、二人は現在チョンブリー県で心の傷を癒すための休養中ですので、何か有りましたらパノムサラーカム病院に問い合わせて下さい」と兄夫婦を思いやる気持ちを語った。

 そして二十九日の夕方、パノムサラーカムに引っ越し荷物が到着。ジャムニアン先生の父親であるアムヌァイさん(六二)が新居への引っ越しを仕切っていた。

 アムヌァイさんはマスコミからのインタビューに応じ、次のように胸中を語った。

 「まぁ、こんなことになって娘は可哀想ですが、一番心配しているのは孫達の勉強の事です」

 パノムサラーカム病院の院長・ナンポン医師は、「ジャムニアン先生本人の希望でこの病院に転勤することは、既に八ヶ月前には許可が下りていました。たぶん出身地に戻りたかったのでしょう。今後、仕事上に問題が起こるかどうかは、様子をみることにしましょう」と語った。

交際相手からHIV感染した女性が恨み辛みの復讐劇
「私に病気を移したらあなたを殺す・・・」

  今月五日午後七時三〇分、都内クロントン警察に、ダイナモート・エアを扱っている「プロ・テクニック社」が入っているペッブリー・タットマイ通りのショップ・ハウスで殺人事件が起きた、との通報が入った。

 警察が駆け付けた時には、被害者の男性は病院に運ばれる途中で既に死亡していた。

 殺されたのは、バンコク出身のユッタナーさん(三九)。プロ・テクニック社の社長であることが判明した。胸部を鋭利な刃物で深く刺され、傷口は一〇センチに達していた。

 警察は、現場で従業員の協力により取り押さえられた犯人をそのまま逮捕、署に連行した。

 犯人の女性はランパン県出身のカノックワン(三五)。衣服は大量の血を浴び真っ赤に染まっていた。手には刃渡り一フィートのナイフを持っていた。

 カノックワンは警察の取り調べに対し次のように供述した。 

 「六年前、私がまだクロントン辺りのカフェーで歌手をやっていた頃、客として店に遊びに来ていたユッタナーと知り合いました。しばらく彼と付き合いましたが、私に中国人の恋人が出来てから、私はカフェーの歌手の仕事を辞め、ユッタナーとも別れました。その後は、モラゴット・ホテルのオペレーターをしながら、夜学に通いました。私の自宅はクロントンにあり、ユッタナーの家は通り道にありました。二年前の年の始め頃、彼の家の前を通りかかると家を壊していたので、不思議に思い店の人に聞いてみたところ、住まいを店の方に移したとのことでした。その後、再びユッタナーと会うようになり、その年の七月にはホテルで又肉体関係を持つようになったのです。でも、私には恋人が居たし、売春婦でも無いので、彼にコンドームを着けるように頼みましたが、彼は装着を嫌がり、気分が乗らないからと不機嫌になるので、仕方なく二〜三回程コンドームを着けずにセックスしました。

 その後、ユッタナーの体に妙な発疹が出来たことに気付いたので、〃もし私に変な病気を移したら殺すからね!〃と脅しました。それからしばらくの間ユッタナーとの関係を続ける内に、中国人の恋人に彼の事がバレて私は家を追い出されました。そのうち私の体も具合が悪くなってきて、吐き気がしたり、体が熱くなったり、グッタリして力が出ない状態になりました。病院にも何カ所か行きましたが、原因が分からず、ただアレルギーの症状だとしか診断されませんでした。薬を飲んでもいっこうに良くなりませんでした。そんな時、私はドイツで働く決心をして、健康診断と血液検査を受けることになったのです。

 クリニックからHIVに感染していると結果を知らされた時はもうショックで目の前が真っ暗になりました。他のクリニックでも検査を受けてみましたが、どこでも間違いなくHIVであると言われました。中国人の恋人とセックスする時には必ずコンドームを着けてもらっていたし、他には誰ともそのような関係は持っていなかったので、間違いなくユッタナーから感染したと確認しました。もう悔しくて悔しくて、ユッタナーに電話をしても避けられたり、怒鳴られたりして無視されました。もう心を決めた私は、旅行用バッグにナイフを潜ませてユッタナーの店に行き、客が帰った頃を見計らって彼の部屋に入り、〃お前のせいで私はエイズになってしまったんだ!!〃という恨み辛みを一杯込めて、思い切りナイフで彼を突き刺しました。彼が倒れた時、丁度従業員が部屋に入ってきて、急いで彼を病院に運び、私は押さえつけられたのです。」

 警察は、カノックワンを計画的殺人の容疑で逮捕したが、絶望のために自殺を図ることを懸念し、厳重に注意を払うよう係官に指示した。

「アヒルを見に行こう」と誘われ、16才の女性が生贄に
顔見知りのバイクタクシーのお兄さんがレイプ魔!

 今月二十四日午前十時三〇分、ノンタブリー県バーンブアトン郡出身の女性プラクアンさんは、娘と共に二十一才のウィチットウォンという男性を連れてバーンブアトン警察を訪れ、ウィチットウォンに娘のデーン(仮名)が猥褻行為を受けた事実を訴えた。

 デーンさんの証言は次の通りである。

 「今月二十三日の夜、ホンプラユーン住宅地の商店街を歩いていると、店の中で酒を飲んでいたウィチットウォンに呼び止められました。彼は住宅地内でバイクタクシーを運転しています。以前から知っていたので、ちょっと挨拶したところ、彼は〃自分の友達がクワントン住宅地の裏でアヒルを飼っているいるからこれから遊びに行かないか?〃と誘って来ました。ちょっと興味があったので一緒に行ってみると、そこには誰も居ませんでした。私が帰ろうとすると、ウィチットウォンは私の手を引っ張り、側にあった竹のベンチの上に押し倒したのです。そして服を脱ぐよう命令され、その後彼は自分のモノを舐めるよう強要してきました。言うことを聞かないと殺されるかもしれないので、仕方なく言う通りにしました。しばらく続けていると、突然彼はトイレに行ったので、その隙を狙って逃げ出し川の向こう側に渡ろうとしたのですが、戻って来た彼に連れ戻されました。それからは、私を殴る蹴るして押し倒し、舟の櫂の柄の部分を私の股間に差し込んだのです。そして痛みを怺えている私に向かって、再び自分のモノを舐めろと命じて来ました。そして、さらに栄養ドリンクの空き瓶を私の股間に挿入してきたのです。余りの激痛にもがき苦しんでいたら、ようやく私を解放してくれました。警察への連絡が遅れてしまった理由は、計画的にウィチットウォンを逮捕して欲しかったからです」

 警察は、デーンさんを病院に連れていき検査を受けさせた。同時にウィチットウォンの取り調べを行った結果、容疑を全て認めた上、本当は仲間も呼んでデーンさんを誘うつもりだった事も自供した。

五十男が2才女児に猥褻行為
母親の訴えで逮捕、男は容疑を全面否定

 今月二十四日午後二時、児童保護基金のモントゥリー会長と二才四ヶ月の女の子ダウちゃん(仮名)、そして母親の三人は都内ブッパラーム警察を訪れ、ダウちゃんに対して連続的に猥褻行為を行ったテンという五十才の男を逮捕して欲しいと訴え出た。

 モントゥリー会長の話しによると、今月二十二日の午後五時頃、ダウちゃんの母親は児童保護基金に助けを求めて駆け込んできた。母親の訴えは次の通りである。

 「娘のダウが、テンという皮膚の浅黒い、頭髪の薄い小太りの男から、トンブリー区のブッパラーム寺院前の家の中で強制的に猥褻行為を受けました。私は夫と結婚して十年、一人娘のダウが居ます。私達夫婦は共稼ぎなので、昼間子供の面倒を見ることができません。それで、ブッパラーム寺院の前に住むギャオさんという女性に、月四、〇〇〇バーツで、朝の八時三〇分から夜七時までの間ダウを預けています。ギャオさんの家は木造二階建てで、部屋を小さく間仕切りして人に貸しています。テンは二階の一室に奥さんのゲーオと一緒に住んでいます。今年の二月のある日の夜十時頃、ダウが自分の股間を押さえて、〃お母さん、ここが痛いのぉ・・〃と言って来ました。私がダウのその部分を見てみたところ、赤く爛れていましたが、きっとウンチが上手く出ないためにかぶれてしまったのだと思い、特に心配もしませんでした。でも、毎回ダウをギャオさんの家に迎えに行く度に、〃お母さん、ここが痛いよぉ!〃と泣きながら訴えるので、おかしいなと思い始めたのです。テンの話をするとダウが怯えるのも変だと思いました。そして・・・四月九日、その日は私と夫の二人でダウを迎えに行ったのですが、ダウはお父さんの近くに居ても元気が無くボーッとしていたのです。帰宅しても、又ここが痛いと泣き続けるので、とうとうダウに話を聞くことにしたのです。途切れ途切れのダウの話から理解できた事は、テンが自分のペニスをダウの股間に無理矢理挿入したという事です。ビックリした私が、もう一度ダウのお尻と股の部分を調べてみると、赤く爛れて腫れ上がり見るからに痛々しい状態でした。夫と相談して、ダウを警察病院に連れて行き検査を受けさせた結果、無理矢理性的虐待を受けた形跡が見られると診断されました。その後病院の担当医の勧めで警察に訴えることにしたわけです」

 警察は、捜査官の協力を得て家の前に張り込み、同日午後三時三〇分テンを署に連行した。

 警察での取り調べに対し、テンは全面的に容疑を否定。次のように証言した。

 「私は四〜五年前からギャオさんの家の二階の一室を借りて住んでいます。ピックアップの運転手をしているので、毎日朝七時三〇分には家を出て、夜中の十二時頃帰宅して寝るだけという生活をしているので、この家の人達ともあまり付き合いはありません。たぶんその女の子が私を見て怖がるのは、私がいつも黒いサングラスを掛けているからでしょう。私には子供が二人居ます。長女は既に大学を卒業し、長男は十才になります。ギャオさんは何人もの子供を預かっていますが、今まで何の問題も無かったのに、何故今回私がこんな目に遭わなければならないのか全く分かりません」

 警察は、テンを十五才以下の女児に対し猥褻行為を行った容疑で逮捕し、同時に十五万バーツの保証金を課した。また、今後さらにテンを詳しく取り調べ、二十五日には被害者のダウちゃんを呼び確認を行うことにしている。

妻公認で二番目の花嫁との結婚式!夫は日替わりで二人の妻の部屋を行き来

 スパンブリー県タイラット紙ニュースセンターのマスコミによると、今月十五日朝、同県ウートーン郡スアンプルー住宅の所有者であるナームティップさんという四十五才の女性が、ちょっと変わった結婚式を執り行ったとのことである。

 花嫁はナームティップさんの娘ウッサーさん(二三)、花婿はプラチュアッブキリカーン県プランブリー郡の陸軍三等准尉であるアグソーンサックさん(三九)。二人の結婚式を祝おうと近くの住民が大勢集まり式を盛り上げた。

 この結婚式が普通と少し違っている点は、アグソーンサックさんは既に結婚しており、チャンチラーさんという正式な妻を持つ身であるからである。さらにチャンチラーさんは、夫とウッサーさんとの結婚の橋渡しを成し遂げた、いわば仲人の役割も果たしていたという。約十万バーツの結婚式の費用もチャンチラーさんが提供した。

 マスコミは、花嫁を迎えに行く準備で忙しい最中のチャンチラーさんに、妻でありながらミア・ルアン(第一夫人)にもなったいきさつをインタビューした。

 「私が夫のアグソーンサックと結婚したのは十八年前です。子供は二人居ます。長女のアッチャラーは十六才でスックサーナーリー高校の二年生です。長男のジラサックは十三才でワットラーチャボピット中学の三年生です。私と夫は二人で力を合わせて働いて来て、今ようやくプラチュアッブキリカーン県プランブリー郡にあるパークナーム・プランブリー市場に三階立ての中型スーパーマーケット〃OX〃を経営できる程になりました。売り上げは、一日八万バーツ〜十二万バーツです。まあ、家族の生活費には十分ですし、子供達をバンコクの学校に通わせることも出来ました。夫は軍人ですからスーパーマーケットの仕事を手伝うことは出来ません。二人の子供もバンコクに居ますから、私一人で商売の全てを管理運営していかなければならないのです。六年前、私の郷里であるスパンブリー県のウートン郡に帰省した際、スーパーの仕事を手伝ってもらうために、遠い親戚にあたるウッサーさんを連れて来ました。ウッサーさんは勤勉で真面目な性格なのでとても助かりました。そこで、思い切って夫に、ウッサーさんを二番目の奥さんとして家に来て貰い、一緒に仕事を手伝ってもらえたら安心だ、という話を相談してみたのです。そうすれば、ウッサーさんも経営者の一人になれますから。それを聞いた夫は、最初妻から試されているだけだと思って、その相談話をまともには受け取りませんでした。しかし、私の気持ちが本当であると説得したところ、夫も納得してくれ、今日の結婚式に至った訳なのです」

 次にマスコミは、幸せ一杯元気一杯の花婿アグソーンサックさんにインタビューのマイクを向けた。

 「ウッサーを二番目の妻として迎え入れることには何の問題もありません。二人の子供も認めています。特にウッサーは子供達のピー・リアン(世話係)として色々面倒を見てくれていますし、子供達もよくなついています。二人の妻の部屋は隣同士に有り、私は二人の部屋で毎日交互に過ごします。一週間の内四日間はチャンチラーと一緒に寝て、三日間はウッサーと一緒に寝るという具合です。私は軍人ですから毎日体を鍛えているので、健康面では何の心配も不要です。公務員という立場から、二人の妻を持つことに問題は無いのかと危惧する人も居ますが、特に違法ではありませんし、皆が認めて祝福してくれていますから。但し、結婚届は既にチャンチラーと提出しているので、ウッサーとは出来ませんが、二人を平等に扱いたいと思っています」

 今日のヒロインである花嫁ウッサーさんは、「今日はとても嬉しいです。チャンチラー叔母さんには感謝しています。同じ建物の中で同じ旦那様を持つ事を認めてくれたのですから。このようになれるとは思ってもいませんでした。だから最高の主婦になるようガンバリます。チャンチラー叔母さんの仕事の手伝いも一生懸命したいと思います。財産の問題は無いです。私は無欲なので、何も要りません。家族の幸せを一番大切にしたいのです」

 マスコミからの「アグソーンサックさんが、将来三番目の奥さんをもらうことも考えられるのか?」の質問に対し、第一夫人のチャンチラーさんは、「それは無いと思います。夫はそういう人ではありませんから」と自信を持って答えた。 

 ようやく結婚式が始まった。花婿は濃いグレーのスーツ、仲人役のチャンチラーさんは淡い緑色のタイシルクのスーツを着て、結納品を抱えた子供達と共に花嫁を迎えに行く儀式が行われた。

 式を取り仕切るのは、人生経験豊富なチャンチラーさんの母親チャムラットさん(六二)。

 朝八時三十九分に家を出発。数百人の人々が見守る中、花嫁はピンクのウェディングドレスに身を包み、近所の家で花婿が迎えに来るのを待っている。

 チャンチラーさんが用意した結納品は、現金四万五千バーツ、重さ十バーツの金のネックレスとブレスレット、そして一カラットのダイヤモンドだった。

 家にたどり着いた花婿と共に結納品を交わす儀式が始まる。双方の親族一同が新郎新婦を暖かく見守り、集まった人々を羨ましがらせた。

 その日の夕方、ウッサーさんの家では八十卓の食事が用意され祝宴が行われた。

 式が無事終了した後、花婿は二人の妻と子供達を連れて、プラチュアッブキリカーン県のプランブリー郡にある自宅に帰り、幸せな新生活がスタートした。

恋人の部屋で過ごした翌日、親から外泊を咎められることを恐れた女子大生、架空事件をでっち上げ
チグハグな証言に疑問を抱いた警察により発覚

 今月二十一日午前十一時、都内ドンムアン空港近くに住む、ラムカムヘン大学教育学部一年生のターイさん(仮名・二〇)は、左腕には包帯を巻き、血で汚れた学生服姿のままウドムスック警察を訪れ被害届を提出した。

 内容は、ラムカムヘン大学の第一キャンパスと第二キャンパスの間の路上で、ある悪いグループに無理矢理ミニバスに連れ込まれ、暴行を受けた後危うくレイプされそうになったので逃げ出して来た、という事である。

 ターイさんの証言は次の通り。

 「事件は、二十日の夕方五時頃起きました。私はサムットプラカン県バンプリ郡バンナータラット通りにあるラムカムヘン大学第二キャンパスで試験を受けた後、二〇七番のバスに乗り帰宅するところでした。二〇七番のバスでフアマークの第一キャンパスまで行き、そこでバスを乗り換えてドンムアンに帰るのです。バスは学生達で満杯状態でした。私はその近くに停まっている〃ラムカムヘン大学1/2〃と表示されたミニバスを見つけたので、それに乗り換えることにしました。ミニバスの座席後部には既に人が沢山座っていたので、私は運転席の近くに座りました。席に着いてしばらくすると、なんだか頭が痛くなり目眩を感じたので少し仮眠することにしました。ふと目が覚めると、後部座席には男子学生が一人だけ座り、バスは市内に向かうのとは反対方向のバーンプリーにあるフアチヤオ大学の辺りを走っていたのです。驚いた私は、慌てて運転手に向かって〃バスを止めてぇ!〃と叫びました。その時、後部に座っていた男子学生がナイフを持って近づいて来て、私の首に突きつけたのです。私が助けを呼ぼうと大声で叫ぶと、その男は〃静かにするんだ!!〃と怒鳴り、私の顔を殴りつけたのです。丁度バスは余りスピードを出していなかったので、私は意を決してドアを開け、外に飛び降り、道路脇の草むらの中を必死で走って逃げました。その時左腕に怪我したのです。その後、男は車を止めて追っかけて来そうな気配がしたので、私は草むらの中に隠れて明け方まで待つことにしました。暗闇の中を動くのが怖かったからです。朝五時になり、通りかかった車を止めて乗せて貰い家に戻りました。両親に相談した後警察に来たのです」

 ウドムスック警察はターイさんに、事件が起きた場所の直接管轄署であるバンプリ警察にあらためて被害届を出すように指示。

 その後、新たにターイさんの事情聴取を行ったバンプリ警察は、ウドムスック警察でターイさんが証言した内容と噛み合わない点があることに疑問を抱いた。例えば、ミニバスでの乗客の乗降状況に関しての質問に対する答えもあやふやで、さらに車から飛び降りた場所についても記憶が定かでなかった。

 そして、警察官から「何故、車を飛び降りて直ぐに助けを求めなかったのか?何故朝まで待ったのか?」と問い詰められたところ、ターイさんは口ごもり、この事件が自分が考え出した架空のものであることを告白した。

 ターイさんは、二十日の夜男友達の所に泊まったが、両親にそのことがバレて叱られることを恐れ、自分で架空の事件を考え出し、警察に偽りの証言をしたという。

 事実を告白した後、ターイさんは罪を認め、「私が間違っていました。証言した事件は全くの嘘です。実際は、試験が終わってから恋人の寮までバスに乗って行きました。その前に彼とちょっとしたことから喧嘩をしてしまったので、話し合おうと思って訪ねて行ったのです。でも、朝まで彼の部屋に居たことを両親に知られるとまずいので、このような嘘の事件を思いついたのです。家に戻る前に、左腕にわざと傷を付けて、親にも嘘の出来事を話しました」

 警察は、今回のでっち上げ事件に関して、ターイさんを厳重注意のうえ家に帰した。

 マスコミが警察に事件に関して質問したところ、「疑問点を感じたのは、ウドムスック警察での証言とこちらでの証言に一致しない点が有り、さらに腕の怪我が草むらの中を逃げ回った時の傷にしては少なすぎると見たからです。ターイさんが何故このような架空の事件を思いついたかというと、彼女は普段から真面目な性格で、外泊した事を親に知られることを極度に恐れたためだったようです」と説明した。

 いずれにしても、ターイさんがまだ学生であるということを考慮し、二度と今回のような事件を起こさないよう注意しただけで、特に処分は考えていないこととのことだ。

もう一つの〃アメージング・タイランド〃不景気の影響で、世界中から性転換手術希望者が続々と来タイ
経費も安く、技術も高度と人気上昇中

 都内ピヤウェート病院広報部は、今月九日夜、ドンムアン空港に到着したJAL便に乗っていたアメリカ人男性十人全てが、同病院での性転換手術を受ける目的で来タイしたことを発表した。

 彼らは一晩休憩。翌十日午前十一時頃、担当医師チームは、彼らが手術を受けられる状態かどうか調べるために、一人一人の身体を詳しく検査した。検査を受けている間も、彼らはいたって元気で、楽しそうに手術への期待を語り合っていた。

 担当医は、今月十一日に彼らの夢を実現させる手術を行う予定であると発表。

 マスコミはピヤウェート病院の理事の一人であるブン医師にインタビューを行った。ブン医師は、「外国からもタイ国内からも、多くの人々がこの病院に性転換の手術を受けに来ていますが、今回は特別なケースで、アメリカの病院から直接連絡が入り、十人の患者を送るので、当病院で色々と手配して欲しいと依頼して来たのです。何故このような事態になったかというと、世界的な経済不況のために、タイで性転換の手術を受ける方が費用も大分安くなると見て、タイに来ているものと思われます」と語った。

 また、同病院の理事長、チャワリット医師は、「タイで性転換の手術を受けることが、オカマ達の間で人気が上がっている傾向にあります。手術費は外国と較べたら、およそ二分の一の費用で出来るでしょう。さらに、アメリカでは医師達がこの手の手術を余りやりたがりません。なぜならば、患者が手術の結果について満足出来ない場合、病院を訴える事が法的にも可能だからです。そのため、病院は信頼のおける他国の病院に患者を送ります。タイも受け入れ国の一つです。まあ、この現象は、タイにとっても外資を導入できるので、経済回復に貢献することになるのではないでしょうか。しかし、私としては、安い費用で違法に手術を行っている一部の医師達についてとても心配しています。なぜならば、万一の場合、命に係わる危険性もともなうからです。そのために、政府や医師協会にも協力をお願いしたいのです」と語った。

 今回、性転換の手術を受けるために来タイした十人の中でもトップスター格であるミスター・モニカ(三〇)は、「最初の頃は女性のようにお化粧をするのが大好きで、学校を卒業した後はサンフランシスコのアメリカ銀行でマネージャーの秘書として勤めました。あちこち旅行した後、仲間から〃タイには良い医師が何人か居る。費用も他と較べて安い〃という情報が入り、五年前にタイで性転換手術をする決意をしました。手術後は、特に他の病気への併発もなく、上手くいったのですが、一つだけ問題が起きたのです。乳房の土台が硬くなってしまったのです。私が医師からの指示通りにマッサージを根気よく続けなかったのが原因だと思います。そのため、もう一度この病院に来る必要性が出てきたのです。アメリカでの手術の費用はタイでの三倍近くかかります」と性転換までの経緯を語った。

 現在、ピヤウェート病院のみならず、他の私立病院においても費用の違いは多少あるものの、外国と比較するとかなり安い費用で性転換の手術を受けることが出来るという。

 又、大切なことは、タイの医師の技術が秀でており、世界的にも認められているということである。

絶望の淵に立たされた夫が選んだ道は二人の幼子を道連れに首吊り心中
エイズ感染、妻の家出(?

 今月七日午前六時三〇分、ローイエット県警察に、市内バーンポンシーにある一軒家で親子三人の首吊り死体が発見された、との通報が入った。

 現場はトタン屋根の平屋。家の回りには、数百人の村人達が集まり中を窺っていた。

 警察が人垣をかき分けてようやく家の中に入ると、洋服ダンスで仕切って作られた寝室の中で、骨ばかりに痩せこけた身体にシャツとジーンズを着た家主のスモンコーンさん(三七)が、ナイロンロープを屋根の梁に結びつけて首を吊って死亡していた。

 スモンコーンさんの死体の隣りには、バーンポンシー学校小学一年生の制服を着た息子のスラポン君(七)が、赤と白のチェック柄のパーカオマー(男性用腰巻き布)で首を吊っていた。

 さらにその隣りには、同学校幼稚園の制服を着たままの娘のスガンヤーちゃん(五)がスラポン君が首を吊ったパーカオマーの端にもう一枚のパーカオマーを結びつけて同様に首を吊っていた。

 死体がまだ硬直していないことから、死後四〜六時間経過と推察された。

 警察は検死のため、三人の死体をローイエット病院に運んだ。

 親子の死体の足下には、学生ノートに鉛筆で書かれた遺書が置かれていた。遺書は三枚に及び、スモンコーンさんの直筆で書かれたものと判断された。

 一枚目には、スモンコーンさんが絶望していた事が書かれており、「考え過ぎて、良く眠れない。俺は誰からも愛されていない。親兄弟からも
、そして妻からも。俺は愛する妻と一緒に過ごす老後をずっと夢見ていたのに、妻には他に愛する男ができてしまった」といった内容が綿々と綴られていた。

 二枚目から後は、二児の母親である妻に対する非難の内容が書かれている。「もう妻にはウンザリだ。お前には俺の子供の面倒を見ることは出来ないだろう。お前は家を出る前に僅か一〇〇バーツだけしか置いていかなかった。こんな金でいったい何日生きられるというんだ。いくらお前のことが好きでも、諦めるしかない。来世でももうお前には出会わなくていい。(子供達に対して)お父さんはお前達を遠い所に連れて行ってあげるから、お母さんとはずっと離れよう」

 警察が家の中を調べたところ、スモンコーンさんがエイズに感染し、さらに肺炎も患っているという医師の診断書が発見された。

 第一発見者のパイブーンさん(四五)の証言によると、朝家の前を通りかかった時、いつもは見えるスモンコーンさんの座っている姿が見えなかったため、不審に思って家の中を覗いて見たところ、三人が首を吊って死んでいるのを発見したという。

 近所の人々の話では、昨夜午前二時頃、スガンヤーちゃんの泣き声が少し聞こえたが、その後は静まり返ったので特に気にも留めなかったという。

 警察は、スモンコーンさんが子供二人を道ずれに死ぬ決心を固め、遺書を書き留めた後、眠っていたスラポン君の首を吊ってからスガンヤーちゃんの首も同様に吊ろうとしたが、使用したパーカオマーが切れてスガンヤーちゃんは床に落ちてしまい泣き出したものと見ている。

 自殺の原因について、近所の住民は次のように証言。

 「スモンコーンさんは妻のプットさんと暮らし、二人の子供が生まれた。始めの頃は、スモンコーンさんが出稼ぎに行き妻と子供二人に送金をしていた。一九九六年にはエビの養殖の仕事に雇われて、妻と子供を連れて南部に移って行った。しかし、スモンコーンさんが病気で倒れ、仕事を続けることができなくなったため、去年の八月に郷里に戻って来た。その後健康診断を受けて、不治の病に罹っている事が分かった。そのため、妻のプットさんは夫と一緒に寝るのを止めたと言っていた。しかし、プットさんは母親としての義務は充分果たしていた。三〜五日間の割で近県に小物を売りに出掛け、食べ物等を買っては戻って来た。そういった生活が続くうちに、夫は妻から愛されていないと悩むようになり、時には妻に対して〃もう子供達と一緒に死んでやる!〃と怒鳴るようになった。プットさんは子供達の事を心配し、自分が出稼ぎに行く前には、子供を近所の家に預けるようになった。六日の朝、いつものようにプットさんは、ヌットさんという親戚の女性の家に子供達を預けてから出掛けた。夕方、スモンコーンさんがヌットさんの家を訪れ、〃俺は不治の病に侵されているから、いまのうちに子供達と一緒に寝たい〃と言って来たので、ヌットさんはその言葉を信じて子供達を父親に渡した」

 警察は妻のプットさんに連絡し、三人の葬儀のことなどについて話し合うことにしている。

四才の幼稚園児二人がトイレでレイプの危機に
友達が先生に通報し無事救出
教師と村民の協力で犯人の男も御用

 今月二十二日午後一時頃、パトゥムタニー県サムコーク警察にワットサッケー学校から連絡が入り、学校のトイレ内で女児をレイプしようとしていた男を、村人と教師が協力して取り押さえたと通報した。

 警察が急遽学校に駆け付けると、犯人のソムサック(三二)が村人と先生達に押さえつけられていた。警察はそのままソムサックを逮捕、署に連行した。

 その後、警察が先生の案内で教師用休憩室に入ると、そこには女教師に抱きしめられて泣きじゃくる四才の幼稚園児二人の姿が見られた。教師は、この二人の女児は同学校の幼稚園児で、ソムサックに無理矢理トイレに引きずり込まれ、危うくレイプされそうになった事を説明した。
 一方、犯人のソムサックは全く罪の意識も感じられない平然とした態度で、警察の取り調べに対し次のように供述した。

 「学校の昼休みに、俺は六番目のトイレに入ろうとしている二人の女の子を見かけた。急にムラムラした気分になり、隣りのトイレに隠れて二人の様子を窺うことにした。二人が出てきた時、腕を掴んで無理矢理俺が隠れていたトイレに連れ込んだんだ。そして、二人の服を脱がし、抱きしめたり、キスをしたりしていたら、もう我慢出来なくなって、自分もズボンを下ろして彼女たちに俺のモノを舐めるよう強制したんだ。そしたら突然ギャー!!と泣き出したんでビックリしたよ。その時、窓の外から誰かに見られたような気がしたんで、慌ててズボンを上げて逃げ出そうとしたら、村の人達と先生数人がトイレの前で待ちかまえていて捕まってしまった。二人の女の子の友達が先生に知らせたんだな。」

 ソムサック逮捕の後、二人の女児はパトゥムタニー病院で検査を受けた。

 同学校で小学校六年生を担当しているスリポーン先生(四二)は、「このような事件が起こってはならないと、常日頃から対策を立てていましたが、今回の事件が起きてしまい非常にショックで残念に思っています。幸い二人の生徒の友達が、二人がソムサックに無理矢理引きずられていくところを目撃し、私達に知らせてくれたので大事には至らずに済みましたが・・・・。今後二度とこのような事態が起こらないよう充分注意したいと思います」と語った。

七十四才の尼僧の蚊帳の中に男が侵入!抵抗した尼僧に包丁で斬り付けられ男は重傷!かみ合わぬ二人の証

 今月二十四日午後十時、ロッブリー県ワット・チャード寺院に属するラビアッブ尼(七四)は、ナコンサワン県タークリー郡タークリー・パッタナー通りで屋台の宝くじ売りをしている女性ムアイさん(六二)と共に屋台前でそれぞれの蚊帳を吊り眠っていた。

 その時突然一人の男がラビアッブ尼の蚊帳の中に入って来て、体をあちこち触り出した。異常な雰囲気を感じてハッと目が覚めたラビアッブ尼は、激しく抵抗し「助けてぇ〜!」と大声で叫んだ。しかし、男は必死で抵抗を続ける尼僧をなおも強く押さえつけ体中を触りまくった。

 危うく〃最後のところ〃まで来た時、ラビアッブ尼は近くに置いてあった出刃包丁を手に取り、男の顔と身体目掛けて何度も斬り付けた。

 おびただしい出血で、男はようやく尼僧の身体から離れ、近くの軍人銀行方面に逃げ去った。

 通報を受けたタークリー警察が現場に駆け付けると、出刃包丁を片手にしたラビアッブ尼がショックと恐怖からガタガタ震えていた。

 警察はラビアッブ尼に事情聴取を行うと同時に、現場近くの氷屋に隠れていた男を逮捕した。

 男は氷屋で働く職人、ウドン(三一)。

 逮捕当時、ウドンは泥酔しており、顔と体中に十カ所以上の切り傷が見られた。左腕の傷は骨まで達する重傷だったため、急いでタークリー病院に運ばれた。

 病院で治療を受けたウドンを、取り調べするためタークリー署に連行。

 ウドンは、「ラビアッブ尼の蚊帳に侵入したことは事実ですが、レイプするつもりなど全く有りませんでした。ただ友達のことについて聞こうとしただけです」と無実を強調した。

 それに対しラビアッブ尼は、「ウドンは私の蚊帳に入ってくるなり抱きついてきて、私が抵抗すると腹部を蹴飛ばしました。私は怖くなり、包丁で斬り付けたのです」とウドンの供述に反論した。

 警察は取り敢えず二人の供述を記録。その後、これ以上騒ぎを大きくしたくないと言う二人の意見を認め、そのまま家に帰したとのことである。

不景気で背に腹は変えられないと、元ミス・準ミス・タイランドが香港、マカオで売春???
情報の信憑性に疑問

 マカオと香港で発刊されている日刊紙「タワンオーグ・デーリー(東日報)」の今月二十二日発行分に、タイ人女性のプライドを傷つけるかのような記事が掲載された。

 同新聞の男性セクションのページ全面に写真と共に載る、〃ミス・タイランド、準ミス・タイランドが売春目的で香港に飛んできた!〃という大きな見出しが目を引く。

 写真には、コンテストでの美女三人が微笑んでいる。今のところ、この写真がコンピューター技術を駆使した合成写真であるかどうかの確認は取れていない。しかし、三人の女性を紹介するキャプションが次のように書かれている。

 「左から順に・・・」として、「サワッディーカー。私の名前はキャットです。一九九六年度の準ミス・バンコクに選ばれました」の中央は、「私の名前はノーイです。一九九四年度のミス・タイランドです。サワッディーカー」。そして右の女性は、「私の名前はハニーです。一九九六年度の準ミス・タイランドです」

 しかし、写真を良くみてみると、これらの女性は過去に美人コンテストに出場した女性として見覚えのある顔ではない。

 記事の内容をおおまかに説明すると、次のとおりである。 

 香港では、最近、美人コンテストの人気が下がる一方であるという。一般の男性の心の中では、コンテストに登場した女性は美しすぎて簡単には手が届かない高嶺の花的存在、というイメージがあり、あくまでも夢の中の女性に過ぎなかった。

 ところが、世の中は移り変わり、タイの経済危機を機に、多くの失業者が発生。このことは、ミス・タイランドを獲得した女性にとっても例外ではなかった。

 こういったタイの深刻な経済事情から、マカオにある有名なソープランド「アーン・プラートーン(金魚鉢)」には、タイから多くのこういった女性たちが働きに来ているという噂がある。

 バブルの時代には月収一〇万バーツは下らない生活を送っていた彼女らは、今、客を一人取る度に得る二千香港ドルのために文字通り体を張って働いている。

 記事はさらに続き、色白な肌に、豊かな胸を窮屈そうにブラジャーで支え、白い毛皮を羽織った美女ノーイさんが写っている写真について、「彼女は株の投資で大損をしたため、マカオの〃アーン・プラートーン〃にやってきた」と説明している。

 ノーイさんは、「マカオに売春に来たことを悔やんではいません」と語っている。ノーイさんは、ミス・タイランドになってから五年経つが、まだ二十二才。十七才の時にミス・タイランドに選ばれ、その後は幸運に恵まれて豊かな生活を送っていたが、一九九七年の終り頃タイを襲った不況の影響で、株で儲けていた収入も途絶え、周囲の金持ち仲間も次々と姿を消して行った。二ヶ月前、ある友人から、マカオの〃アーン・プラートーン〃に行ったらどうかと勧められたという。ノーイさんは、そのことが売春を意味している事だと分かったが、不況下においては背に腹は変えられず、大金を稼ぐためには仕方ないと考えた。

 ノーイさんは「マカオに出稼ぎに行く事が、何をしに行く事かは既に知っていたわ。女性に聞いて、誰が売春したいと答えるかしら。でも、こんな時代だから仕方ないわ。会社のマネージャーでさえ、物を売り歩く時代ですもの。それに私の場合、知識は無いし、美しさだけが取り柄だもの。体を売るより他何をすれば良いのか分からないわ。今、一ヶ月に三十万から四十万バーツ(約八万香港ドル)稼いでいるの。でも、昔タイで有名だった頃と比べたらまだまだ少ない。バンコクに居る時は、車とコンドのローンに追われ、その上半年間も失業して収入はゼロ。貯金も底を突いたわ。だから、どんな苦労も耐える覚悟よ」と明るく語った。

 彼女はマカオに来てからの二ヶ月で既に一〇〇万バーツ以上の収入を得たという。

 さらに、「タイで有名だった頃を思うと、まるで過去の夢のようです・・・」と書かれた、三人の美女が写し出された写真では、右側のキャットさんは、「まさか売春をするようになるとは思いませんでした。」と語っている。彼女はスリーサイズが上から九〇・五九・九〇という超ナイスなボディー。素晴らしい脚線美が自慢のキャットさんは、準ミス・バンコクという経歴にもかかわらず、残念ながら今回の不況で失業し、〃アーン・プラートーン〃に出稼ぎに来た。

 キャットさんは、マカオでの三ヶ月間でこの生活にも慣れ、二〇〇万バーツを稼ぐという目標達成まであと一ヶ月。その後はタイに帰るつもりだという。

 キャットさんは、「マカオでは仕事を捜しやすいし、若いからまた来るかもしれないわ」と語った。

 彼女たちに触れるためには、長蛇の列を待たなければならないという。

 別な写真には、元準ミス・バンコク六位のインさん(一八)、元準ミス・バンコク五位のニーナさん(彼女はセクシーな風貌で売れに売れ多忙な毎日)、そして一九九一年度準ミス・フィットネス二位のユーさんが写っている。彼女の写真の下部には、「ヘン・レーオ、フィット・マイカー・・?(ほらご覧なさい、ピンピンにフィットしてきたでしょう?)」という見出しが書かれている。

 準ミス・チェンマイ六位のムーンさんは、北部女性独特の色白の肌が眩しい。

 一九九六年度準ミス・タイランド一位のハニーさんは、「過去の栄光はただの思い出に過ぎません」と潔い口調で語った。 

 タイラット紙記者は、これらの写真の美女達が果たして本当にタイ人女性なのか、書かれているミスのタイトルが正しいかどうかは分からないとしている。

 しかし、最近、香港に出稼ぎに行く元ミスなにがしの姿が目立って増えているという噂もある。マッサージ・パーラーの経営者にとっては、彼女たちは売り上げを上げる高ポイントになる。なぜならば、昔は、美人は大金持ちしか対等に相手に出来なかったが、現在では、一〇〇〇から二〇〇〇香港ドルで天国に行けるのだから。口コミで噂は広がり、そして長蛇の列が出来る。

 この記事を結ぶ最後の文には、タイ式マッサージパーラーの分析が載っている。 

 なぜ、タイ式マッサージパーラーを〃アーン・プラートーン〃と呼ぶかというと、ガラスで仕切られた向こう側で、女性達がひな壇に座り指名を待っている光景が、市場でプラートーン(金魚)を買うイメージを呼び起こすからだという。また、なぜタイの売春婦にグラマラスなボディーの女性が多いかについては、タイにはBコースというマッサージのコースがあり、客が部屋に入ると、全身をボディーソープで泡立てた女性が身体全体を使って洗ってくれ、その後はウォーターベッドの上でボディーマッサージをしてくれるため、骨張った痩せた体では客が痛いと感じるからだという。

 タイラット紙の記者は、一九九六年度のミス・タイランドとして「東日報」に載ったノーイさんの情報をコンテストの委員会に問い合わせたところ
、その事実は全く無いとし、「その年のミス・タイランドは、ノーンポップ・アリヤーが獲得している」との答えが返ってきた。

 この事から、今回「東日報」に載った記事は、香港とマカオが自国のマッサージ・パーラーを宣伝するためにタイ人女性を利用し、男性客の興味をそそろうと意図的に作成されたもので、写真も本物ではないと推察される。 いずれにしても、今回の記事は、タイ人女性のイメージを激しくダウンさせるものと危惧される。

スパンブリー県郡会議員、高二の女子学生を愛社ベンツ内で強姦
さらにピストルで脅し猥褻写真を激写!両親の訴えに対し全面否定

 今月十三日朝、マスコミが発表したところによると、十二日夕方、スパンブリー県出身の郡会議員であるシュアン氏(五七)がウートン警察を訪れ、自分が十八才未満かつ妻以外の女性をレイプした疑いをかけられているが、自分には全く身に覚えのない事であると訴え出た、ということを伝えた。

 先月十五日夜、カンチャナブリー県出身のOさんとAさんが高二の娘トゥッカターさん(一六/仮名)を連れて、ウートン警察へ出向き、「娘が県議のシュアン氏に騙されてレイプされた上、猥褻写真を撮られた。」と訴え出た。

 訴えの詳細は次の通りである。

 娘のトゥッカターさんが友人と一緒にウートン市場に買い物に出掛けた時、途中知り合いの村長に出会った。村長はスパンブリー郡の議員であるシュアン氏を紹介。しばらく会話を交わすうちにすっかりうち解けて親しくなったシュアン氏は、街まで遊びに行こうとトゥッカターさんを誘った。トゥッカターさんは、シュアン氏を立派な大人で信頼出来ると思い、シュアン氏の誘いを受けて彼の愛車ベンツに乗り込んだ。一緒に居た友達は先に家に帰ってしまった。街に行く途中で、シュアン氏は土砂を採掘している場所を見に行こうと言い、人気の無い、カオディーサラック寺院裏のユーカリ林の中にトゥッカターさんを連れて行った。シュアンは、そこで、トゥッカターさんに衣服を脱ぐように命じた。抵抗するとピストルで脅されるので、怖くて言う通りにするしかなかったという。その後、ベンツの中で、トゥッカッターさんはシュアンから激しくレイプされた上、裸の写真を何枚も撮られた。トゥッカターさんは、警察や他の人には絶対に言わないからフィルムを返して欲しいと懇願したが、シュアンは全く聞く耳を持たなかったという。その後、ウートン・ホテルで家に帰すと言われたが、ホテルに到着すると、無理矢理部屋まで連れて行かれ、そこで再びレイプされた。その後、ようやく家に戻されたトゥッカターさんから、全てを打ち明けられた両親は、娘を伴いウートン警察に訴え出た次第である。

呪いの針が腹部に二本・・・??不倫相手の夫の執念か?
服役中の男性、食事中に突然苦しみ出し吐血

 今月八日午後、アントーン県警はマスコミに対し次の事を発表した。

 「二日前の六日、服役中の一人の男性が突然激しい腹痛に襲われて苦しみだし、吐血して倒れた。その男性は、仲間が呼んだ担当官により急いでアントーン病院に運ばれた。その後、医師による検査の結果、男性の腹部に大きな針が二本入っている事が発見された」という内容であった。

 マスコミは、アントーン病院にその男性を訪ねた。

 男性の名前はサムラーン(二四)。アントーン県出身。マスコミが病室に入ると、サムラーンは力無くベッドに横たわっていた。そしてインタビューに応じて、次のように話し出した。

 「私は昨年の十二月二十七日、ヤー・バーに係わる容疑で逮捕されました。裁判では一万バーツの罰金を要求されましたが、金が無いため、そのまま刑務所に入り、四ヶ月と二十二日間の懲役を受けることになったのです。始めの頃は、刑務所内では特に問題もなく、サバーイ・サバーイで居ましたが、一月六日の夕方、食堂で他の三〇人程度の仲間達と夕食を取っている時、突然冷たい風が私の中を吹き抜けた感じがしました。それと同時位に激しくお腹が痛み出し、そのうちお腹が膨らんだかと思うと血を吐いて倒れてしまったのです。仲間が係官を呼んでくれて、病院に運んでもらいました。今でもまだ痛みます。ある時は膨らみ、ある時はへこんで、針が右に左に動いているように感じて苦しいです。今回の件について、私は、間違いなく、誰かが呪術をかけたことにより針がお腹に入って来たのだと思っています。なぜならば・・・・逮捕される前、私はサッゲーオ寺院の孤児院が行っているリケー(大衆劇)の役者だったのですが、アユッタヤーに興行に行った時にある女性と深い関係になり、彼女の夫はムスリムでした。私と彼女との関係がその夫にバレて、彼はたいそう頭に来ていました。夫は私に〃お前にゼッタイ復讐してやるぞ!!〃と怒鳴りましたが、私は〃やれるなら、やってみろ!〃と怒鳴りかえしたのです。その後、私は逮捕され、そして今入院という結果になりました。お腹の中に針が二本入っていると医師から聞かされた時、私は直ぐにそのムスリムの男の事が頭に浮かびました。一日も早く手術して、針を取り除いてほしいです」

 マスコミは、次にサムラーンの担当医にもインタビューした。

 「私は、サムラーンが入院した時から担当しています。レントゲンを撮った結果、腹部に長さ三、四センチの針が二本入っていることが分りました。手術はする必要はないでしょう。なぜなら、身体が自然に、体内に入り込んだ異物を外に排出しようという働きを起こしているので、そのうち大便と一緒に排出されると思われるからです。現在は痛み止めと炎症止めの薬を飲んでいます。また、沢山食べるように指示し、早く針が外に出る働きを促進させる薬も飲んでいます。針の動きを観察していると、既に大腸の辺りまで降りて来ているので、あと一日二日で大便と共に出て来るでしょう」

 マスコミの「その針は、どのようにしてサムラーンの体内に入り込んだのか?」との質問に対して、担当医は、「良くは分かりませんが、たぶん自分で飲んだのではないでしょうか。このように大きな針ですが、特別な訓練を受けた人か精神異常者ならできるかもしれません。例えば、ある人はガラスの破片をチューイン・ガムと一緒に飲み込んでしまったり、鉄の部品を飲んでしまう人もいますからね。これからも注意して治療を続けます」

 一方、アントーン県市内にあるトンソン寺院の住職、プラ・クーアヌサーン・サナソーポン師は、「仏教の教えでは、一生懸命修行して、突然奇跡のような事が起こることはあるかもしれません。しかし、今回噂されているように、呪術などによって針や水牛の角が人の腹部に入り込んだり、冷たい男を振り向かせるための媚薬を使ったり、などと他の人に悪い事を及ぼすようなことが実際にあると信じてはいけません。でも、そのような事を愚かな事と思ってもいけません。とにかく、皆さんの頭にしっかりと入れて欲しい事は、良い事を行い、一生懸命祈る、ということです。そうすれば、仏様はあなたを守ってくださいます」

美貌の〃バツいち〃女性に言い寄り続け、無視された四十男至近距離からピストルを発砲、女性は即死
今月八日午後四時、スパンブリー県バーンプラマー警察に、サッゲー・ヤーンムー寺院内でピストル殺人が起きた、との通報が入った。

 警察が事件現場に駆け付けると、寺院内の土産物屋の前に大勢の人垣ができていた。中には僧侶の姿も見られた。人垣の中央を見ると、一人の女性が血まみれで倒れて死亡していた。被害者の女性はプライワンさん(三五)。スパンブリー県出身。左胸を撃った弾は心臓の真ん中に命中し即死だった。

 最初の調べで、容疑者は同県出身のヴィラ(四一)と断定。

 目撃者の証言によると、プライワンさんに会いに来たヴィラは、しばらく二人で話をしていたが、突然ピストルを取り出すとプライワンさんを撃ち殺し、走って寺から逃げ去ったとのことである。

 警察は連絡を取り合ってヴィラの逃げ先を捜しているが、まだ逮捕はされていない。

 次の段階の調べでは、ヴィラのプライワンさん殺害の動機が判明された。
プライワンさんは前夫と一年程前に別れ、子供が一人居る。美人で独り者になったプライワンさんには多くの男達が言い寄って来ていたという。妻と四人の子持ちのヴィラもその中の一人だった。ヴィラは、プライワンさんと親しくなりたいために、毎日口説き続けた。しかし、プライワンさんは妻子の居るヴィラの口説きには全く関心も持たず、無視していたという。ヴィラはそのことにショックを受け、不満を持っていた。そのうち、言い寄っていた男達の中の誰かが結婚を申込むつもりでいる、という噂を耳にしたヴィラは、プライワンさんがどの男を選ぶのか知りたくて知りたくて我慢が出来なくなった。

 事件前、プライワンさんは家を出て寺まで買い物に出掛けた。プライワンさんが寺の中にある姉の店に立ち寄っているという情報をキャッチしたヴィラは、プライワンさんを呼び出すと、執拗に問いただした。「他の男と結婚するんだって?」「そうよ、必ず再婚するわ。あなたの愛人になんてゼッタイになりませんから!あなたの奥さんや子供が可哀相でしょ。」

 こんなやり取りがヴィラの心を逆撫でした。カッとなったヴィラは、ピストルを取り出すとプライワンさんの心臓に向けて発砲。プライワンさんは即死。発砲音に驚いた周りの人々や僧侶達が集まって来たことに気付いたヴィラはそのまま走り去った。