昨年連載したパンちゃん物語の作者neguro氏が、また新たに恋をし始めたそうで、これはその物語です。この恋にはまだ結果が出ていないので、彼の出張予定に合わせて連載する現在進行形のノンフィクションです。パンちゃん物語の最終話では「タイ女性は、パンちゃんが最初で最後」とか言っていたくせに全く懲りないオヤジだ・・・しかし、neguro氏の文章表現力は見事としか言いようが無く、オレは途中から物語に引き込まれてしまいました。

 さて、この懲りないオヤジの物語の結末はどうなるのでしょうか。オレは興味津々でこの不条理かつ、正解のない恋愛と言う物語を覗き見しようと思います。
 当初、「マイちゃん物語」として始めましたが、突如ストーリーからマイちゃんが消え失せてしまったため、表題を『Neguro通信 〜懲りないオヤジがいく!〜』に変えます。これならいくら女が変わっても大丈夫だ!

neguro氏からのご挨拶:『外道の細道』HP愛読者の皆様、明けましておめでとうございます。 “懲りないオヤジ”Neguroです。 旧年中は大変お騒がせ致しました。 年が明けて21世紀もやっぱり何事も無かったかのように始まり、バンコクでもそこかしこで相変わらず恋愛と疑似恋愛が交錯して性欲が渦巻いており、結局何にも別に替わらねえやって感じですね。 『三つ子の魂百まで』とは良く言ったもので、Neguroも一見まじめなサラリーマンを装いながら、裏では外道な振る舞いを続けており、どーせなら同時進行系のレポートでも出しちゃれっ!てなノリで『Neguro通信 〜懲りないオヤジがいく!〜』の執筆を開始する事に致しました。 露出癖があるのかもしれないですね、こんなのバラして。 ではアップが不定期になりますが甘口・辛口取り混ぜた感想や批評をお待ち致しております。
外道の細道


第一話 賽は投げられた!

 何故彼女を選んだのかといえば、何となく顔を覚えていたからだろうか。 名前もましてや胸に付けている番号さえも記憶に無かった。 サラリーマン社会ではホステスを選ぶ時にも会社内での序列が暗黙の了解の内に適用される訳で、錚々たる面子の中では下っ端の私は当然最後だった。 今日はとある管理職が次回異動にて帰国するだろうという名目の下でのささやかな宴会で、上司達がホステスを選ぶ間私はここ一年くらい馴染みにしていたホステス(仮にノックとしよう)の顔を捜していた。 がしかし、居並ぶホステス達の中にノックの顔は見当たらず、彼女の友達である他の女性達の顔もそこには無かった。 二ヶ月経っただけでこれほど入れ替わってしまうのか、という軽い驚きはあったが、そこは夜の商売なのでホステスの出入りも激しいのだろうと一人ごちていた。

 その店はオフ不可で、まあ「マルコポーロ」や「ロイヤル・ボックス」・「サンタルチア」といった店と大して雰囲気は変わらない。 初めてのバンコク出張者や好き者が居なければ、我々はオフ無しの店へ行く事が多い。 というのも、
@カラオケへは本来の目的である“歌って酒を飲む”という理由で行く、
A綺麗な女性が横に座ってくれる事に越した事はない、
B売春斡旋業のようなマネをする必要がない、という理由からだ。

  特にBの点については、長く海外駐在を続けているほど“俺達は何をやっているのだろう?”という自己嫌悪に陥る為、その必要が無い場合は本当に気楽である。 時間はまだ金曜日の9時前なので同伴出勤でも多いのだろう、いつもほどホステスが居る様には感じられない。 上司達は既に自分のパートナーを決めて個室へと移動しつつあり、私もそこでノックを初めとした以前の顔馴染みを捜すのを諦め、改めてこちらを見つめて立ちすくむホステス達をぐるっと見渡した。 そして彼女(仮にマイとしようか)を選び手招きしたのだった。

 席に就いてマイから、“この間一緒に座ったよね、久し振り”と言われてやっと思い出した。 そう、前回ここに来た時にやはり私のお目当てのノックが不在で、代わりに選んだのがマイだった。 それで顔に見覚えがあった訳だ。 その時は一時間ほどでノックが出勤してきたので、彼女がマイに替わって席に就いた。 断っておくが、ノックとは何ら肉体関係はない。 明るく元気な娘で、意思疎通が上手く図れなくてもその場の雰囲気を楽しくしてしまう、そんな天性の才能を持ったホステスだった。確かに彼女とは何回かキスもしたが、今となって思うと恋人のそれよりどちらかというと仲の良い兄妹同士のキス、そんな淡い感じだった。 一緒に出掛けた所も「サイアム・スクウェア」や「MBK」あたりで、ごく一般的にタイ人達がデートするような場所であり、それ以上の関係はこちらも強く望まなかったし発展もしなかった。ノックとはその程度の付き合いであったから、馴染みの顔が見えない寂しさ・もどかしさがある反面、新しいホステスとの会話も悪くないか、と思った。

 いつもそうするように部屋の入り口に一番近い席に座り改めてこの個室を見渡してみると、こちらは5名なので女性も当然5人いるわけで、割と広めの部屋に入ったのだが窮屈に感じる。 女性の趣味はそれぞれに好みが出ていて面白いなと思う瞬間である。 とその時、私の正面に座ったホステスが私の方を見てニカッと笑った。 あ〜っ!!!お前かっ! このホステスの名前はニット(当然仮名)といい、以前ノックを含めて計5人でラチャダーのディスコ「ハリウッド」へ出掛けた事があったのだ。その時は冗談半分で“じゃ店がはねたら一緒にディスコ行こうか”とノックに言ったら、人が熟睡していた深夜二時近くにホテルへ本当に電話してきて、まあ都合の良い御財布として拉致されていった訳だった。 ニットとはその時初対面だったが、この女は初手から既にバリバリの“キーマオ”を決めており、「ハリウッド」でも怪しげなカクテルをがぶ飲みしながら、ハードロックのコンサートさながらに頭をぐるんぐるん振り回していたのを良〜く覚えていた。 その時はこれもベロンベロンに酔っ払ったノックと四時過ぎにとっととタクシーに放り込んで、店の他の女の子も一緒に送り返した、という事が9月にあったので、向こうも私の事を良く覚えていたみたいだ。

 私がノックを捜していた様子をどこかで見ていたようで、ニットが“彼女は今この店辞めちゃったよ”としばらくしてから小声で教えてくれ、彼女の携帯及び自宅の番号までコースターの裏に書いてくれた。 その場でその番号に電話をしてみる私に、マイが人の顔を覗き込むようにして“ノックが居なくて残念ね、寂しいでしょう”などと横槍を入れてくる。 その時は別段何とも思わなかったのだが、マイがこういったのには訳があったのである。 二度ほどトライしたが電話は電源が入ってない様子で、まあ他のカラオケで働いているのなら当然携帯は切ってるよな、と思い直しドンチャン騒ぎの輪の中へと戻っていくことにした。 その日は割と気心の知れた人間関係だったので、酒も結構進み3時間ほどでボトルを一本半空けたところでチェックビン。 御会計の値段は下っ端の知る所ではない。 騒ぎまくっている間にも、実はニットから“今日も行こうよ、ディスコ!”と何度も誘われ、断りの言葉を考えるのが面倒臭くなってきたのと結構酔いが回っていたのも手伝って“はいはい解りました、じゃあホテルまで迎えに来てくれたら行くから着いたらロビーから電話して”という会話が有ったのだが、帰り際にはそんな事はぜ〜んぜん覚えていなかった…。

 突然の電話の音で跳ね起きた。 接待ゴルフへ遅刻したのかと一瞬思ったが時計を見たらまだ深夜の一時半。 んっ?! 電話口では“今ロビーで待ってるから早く降りてこい”との催促のお言葉。 “ああそうか、そんな約束もしたっけな”と思い、ベッドから這い出るようにしてバスルームへと向かう。 目は全然開いていない。 そりゃそうだ、あんだけ飲んで一時間も寝てないんだから…。 取り敢えず顔を洗い、私服に着替えてロビーへ降りていく。 ニットとマイが待っていた。 ニットは半袖の濃い茶色のTシャツにジーンズ、マイはベージュのコットンシャツにデニムのロングスカートという格好で、至ってカジュアル。 この服装からは先程までのパンツ見えまくりだった“仕事着”のイメージは全く湧いてこない。 外気はほの暖かく湿気もそれほど感じられない。 良い気候になってきたもんだ、などど全く関係ない事を考えている内にタクシーが到着し、それこそ幼稚園の子供が送迎バスに放り込まれるように、何も言わず無抵抗で車に乗り込んだ。

 寝ぼけ眼で連れて行かれたのはパッポンのとあるディスコ。 通りから階段を上がりダンスフロアのある二階へ行くと時間も時間だけに芋洗い状態。 仕方なく更に階段で三階へ行き何とか猫の額ほどのカウンターをゲットし、注文はニットに任せて取り敢えず煙草に火を付け一服。 起きてから何も口に入れてないので喉がカラカラだ。運ばれてきた冷えたシンハを半分ほど一気に飲み干した所で徐々に頭が働き始めた。彼女達は30センチほどの高さのデキャンタに入れられたマリンブルーの液体をカクテルグラスに注ぎ直して飲んでいる。 聞いたら「カミカゼ」だそうだ。 マイから一口貰って飲んでみると少し甘ったるい感じでアルコールはそれほど強くないようだったが、この手のカクテルは後でズンッ!と酔いが回ってくる事も有るので、遠慮してシンハにしておいた。 それこそ最初の30分くらいは喧騒の中で三人ステップを踏んだり、他愛の無い会話を続けていたが、彼女達はやはり「カミカゼ」が効いてきたらしく、徐々に大人しくなり始めた(そりゃ当たり前だろう、カクテル飲んで踊ってんだから…)。 ニットは煙草をくゆらせながら音楽に身を任せる形でこの間のように頭を揺らしており、マイは時折音楽に合わせて身体を動かしながらしきりに乾杯をしたがった。 そしてマイがトイレに立った隙にニットから衝撃の告白が!

 “あのねー、マイは貴方の事が好きなんだってさ。 まあ私もマイもノックの友達だけど…。 別に構わないんじゃない? 貴方とノックの間には何も無かったんだし…。取り敢えず乾杯!”と言いつつ、親切にも「カミカゼ」のシンハ割りというえらく不味いスペシャル・ドリンクを作ってくれ、強制的に乾杯させられた。 そんな言葉を真に受けるほど私も青くはないので、“まあ酔っ払いの戯言だろう”くらいにしか思っていなかったが、戻ってきたマイがニットと二言三言話した後、くるっとこちらに向き直り、意を決したようにこう切り出した。 “私は夜の仕事をしているから貴方は信じてくれないかもしれないけれど、三ヶ月この仕事をしていてもお客さんを好きだと思った事は今まで一度も無かったわ。 でも貴方には何故か惹かれた。 信じないかも知れないけれど、お客さんと寝た事はおろか、セックスさえ5年前に当時の恋人、不本意だったけど、としたのが最後でそれからは一度もない。 私は貴方が好き。 自分でも良く分からないけど貴方が好き!” 目が点になるとは正にこんな時を指すのかもしれない。 びっくりするやら、嬉しいやら…。 酔いが手伝っているとはいえ女性の方からこんな感じで大胆にも告白されたら、あなたならどうしますか?さあ、さあ、さあ! どうする?!

 衝撃の告白というストレートパンチを食らった私はどうしたかというと、じっと彼女の目を見詰めながらゆっくりとそして優しく彼女に語り掛けた。 “マイちゃん、最初に言っておくけど、夜の仕事だろうが昼の仕事だろうが、あなたが一生懸命働いているのならそれで良いじゃない。 自分で自分を見下す様なマネは絶対にしちゃいけない。 マイちゃんがどんな仕事をしていようと、貴方の事を本当に解ってくれる人が一人でもいればそれで良いじゃない。 …そして、マイちゃんの気持ちはとても嬉しいけど、直ぐに恋人にはなれないかもしれない。 だってお互いの事全然知らないものね。 だから友達から始めたらどうかな? 少なくともマイちゃんに対して自分が興味を持っている事は確かだと思うから…。” 私の話をじっと聞いていた彼女がその両腕を私の首に回してきたかと思う間もなく、互いの唇がほの暖かいことが解るくらいの距離まで近づき、やがてどちらからともなく口付けを交わした。 ディスコの喧燥も明滅するライトも意識の外に押しやられ、微かに下のフロアから立ち上ってくるスモークに包まれながら、本気のキスをした。 ひとしきりお互いの唇をむさぼりあった後、顔を離して胸にしなだれかかる彼女を抱きしめながらふと我に返って周りを見渡してみると、ニットは我々のしていた事を知ってか知らずか相変わらず目を閉じて頭を振りながらリズムを取り続けている。 大分酔っている様子だ。 大丈夫か?と声を掛けたら、薮蛇であのクソ不味いカクテルを再び一気する羽目になった。

 時計も3時半を回り、そろそろしんどくなってきたな、と思っていた。 トイレに行ったニットが帰ってこないから心配だとマイが言う。 彼女が様子を見に行くといって席を離れている間、冷静になって考えてみた、あれで良かったのかな?と。少なくとも彼女に対してウソはつかなかった。 本当にタイに彼女はいないのか、結婚しているのか、などマイは色々と聞いてきたが、一つ一つの質問に対し本当の事を伝えたつもりだ。 ウソなんかついたってつまらない。 いつかはバレる。 自分で良心の呵責にさいなまれながら(良心があればの話だが)、付き合いを続けても楽しくないだろうと思う。 何を馬鹿正直に…という人もいるだろうが、違う言葉で言い直せば誠実ということであり、要はこの場面で彼女にウソをつく事に対して自分自身では何ら価値を見出せない、ということだろう。 マイが一人で戻ってきたので、どうしたの?と聞いたら黙ってトイレの入り口方向を指差した。 そこには、だらしなく足を伸ばして椅子に座っている、単なる酔っ払いのニットがいた。 マイと二人顔を見合わせて苦笑しながら席を立ち、肩を貸してやりながら引きずるようにして外に出た。

 外に出てみると、もう夜中の三時半過ぎで露店なども殆ど片付けれらているというのに、パッポンの通りは結構な人数が行き交っており、通りには屋台の煙が流れてきて食べ物の匂いが充満し、また一種違った顔を見せている。 本当に昼・夜・深夜とめまぐるしくその趣を変えていく様は、ここが繁華街である事を実感させると共にここに生きる人達のしぶとさをも感じさせる。 ふらふらと先を歩いていくニットの後をマイと手を繋ぎながらついていく。 と、彼女が屋台で立ち止まり何事かを屋台の女主人と話し込んでいる。 どうやらアパートに帰る前に夜食でも買い込んでいくつもりらしい。 ガイ・ピンやら何やらを買い込んで財布を捜していたので、私が代わりにポケットから100バーツを取り出して支払いを済ませた。 三人でシーロム通りに面した所でタクシーを拾い、まず私のホテルへと行ってもらうように頼む間も、マイは繋いだ手は離さずに握り締めたままであった。 ルンピニ公園からサトーンへ抜ける交差点に差し掛かったところで彼女に“今度会うのは来年の1月か2月だね、それまで元気で頑張ってね”と言いながらキスをし、軽く肩を抱きしめながらその甘い香りのする髪の毛にもキスをした。 マイは何も言わずにただ握った手をぎゅっと強く握り返してきただけだった。 ほどなくタクシーは私のホテルへと到着し、一人で降りた私はサトーン通りへと戻って行くタクシーのテールランプを見つめながら“バイバイ”と呟いた。



第二話 窮鼠どつぼにはまってチューチューチュー その壱

“針のむしろ”とか“四面楚歌”とはまさにこの状況の為にある言葉だろうと思われた。 自分で蒔いた種ではあるが、人生何が起こるか本当に分からない。 予想外の出来事に私は動揺の色を隠せないでいた。 今私の横に座っているのは第一話の主人公であったマイではなく以前馴染みであったノックであり、そのマイの姿はここにはない。 (前稿を外道氏に送った直後の事件発覚の為、止む無く題名変更の憂き目を見た…) 前回の話の後、11月にバンコクから戻って一度だけマイに電話をした。 どうしても彼女の声が聞きたくなって、彼女の仕事が終わる頃を見計らって電話をしてみた所、「またバンコクに来た時に電話を頂戴」と言われあっさり会話が終了してしまった。 彼女もその時何か忙しかったのだろうと思うのだが、もっと感動的なやり取りを期待していた身に取っては肩透かしを食らった形になった。 その後も電話をしてみようと思った事は今日まで何度かあったが、やはりこの時の事がダイヤルボタンに手をかける度に頭の中をよぎり、結局そのまま連絡もせずにバンコクに来てしまったわけだった。 昨夜はドンムアン空港に着いたのがフライトの関係上深夜になっており、ホテルへチェックインしたところでベッドに倒れ込んで朝まで爆睡したので、今日は割と元気であり、前回のように彼女達の店がはねてから遊びに行く事になったとしても体調は万全であろうと意気込んでいたのだったが…。

『酒の店』で軽い食事を終えた我々は、「いらっさぁせぇー、こちらへどぉぞぉー!」というやる気の無い呼び込みの声を振り払いつつタニヤ通りを抜けて、まるでそうする事が既定の事実であるかのように、いつものカラオケ屋へ繰り出した。自分でここへ来たいと切り出したわけでなく、ごく自然に「行こうか」という事になった気楽さと併せて、内心“金曜日だけどマイは居るかな”とか“いきなり顔を見せたら驚くかな”等と楽観的な事を考えていた私に取っては、『酒の店』を出てからここの個室に入るまでのわずか15分位の間にまるでフリーフォールのような状況の変化を味わった事になる。 とりあえず今は私を含めた三人とホステス三人の六人がこの部屋に入っている。 私以外の二人はバンコク駐在員であるが、当然私とマイの間に前回何があったかなど知る由はなく、それぞれのホステス達との会話に興じている。 彼女達の顔は私も見覚えがあるのだが名前までは思い出せない、しかし時折こちらを盗み見るその視線は冷たい感じがしてならない。 つまり穿った見方をすれば、彼女達を含む此処のホステスほぼ全員が、私を中心に展開されたまさに『Neguro通信』第一話の内容を知っている事になる。 あぁ恐ろしい…。 ノックは私の方へ向き直る様子も見せずに、甲斐甲斐しく飲み物の用意をしている振りをしているが、私には彼女がムッとしている様子が手に取るように分かり、彼女の気持ちを思うと痛々しく思う反面、その気持ちを態度に出してしまう彼女を“子供みたいだな”“やはりプロフェッショナルにはなれないな、こいつは”とも思ってしまう。 しかし今回も、自分はまだまだ修行が足りない、という事を後で深く自覚する事になる。

私はカラオケ店に入っていく時はいつも軽くワイをしながら、出来る限り早く個室へ入るなり席に就くなりするようにしているので(女の子をジロジロ見ながら入っていったり、ホステス達の顔をじっくり眺めたりする事は何か物欲しそうにしているようで個人的に好きではないからしない)、今日は誰が出勤しているのか良く把握できていなかった。 どうせまた金曜の夜ということで同伴出勤に勤しむホステス達の為に店に居るその数は少ないだろうという事だけは予想できたが…。 ホステスを選ぶ為入り口近くのフロアーまで足を運んでいる時に連れの一人が、「最近俺の馴染みのホステスは同伴出勤ばかりで店に居た試しが無い」とこぼしていた時でさえ、自分は大丈夫、マイはきっと居るとさえ思っていたくらいだ。 今まさにフロアーに居並ぼうとしているホステス達の数はやはり少なく全部で10人も居ないくらいだったが、先程述べた理由からこのような状況ではめったに女性達を正視しないという癖がある私は斜に構えて視線を泳がせていたが、その視界にふっと飛び込む一人の女性の横顔があり、“えっ?!”という軽い衝撃と共に背筋にすーっと寒いものが走った。 ここを辞めたはずの、私のお気に入りだったノックが私に気付かない振りをして奥の方でそっぽを向いて立っている。 Neguroの素朴な疑問、“な・ん・で・お・前・が・こ・こ・に・い・る?” “お・前・は・辞・め・た・は・ず・じゃ・な・い・の・か?!” 結局マイの姿は見当たらず、かといって他のホステスを選ぶ気にはならなかった私は、敢えてノックが席に就くように促した。 恐いモノみたさ…、そういったら彼女に失礼かもしれないが、彼女に対し前回起こった事に対する詫びの一言くらい伝えよう、そういう気になったのかもしれない、この時までは。

ノックは今どんな気持ちでいるのだろう、怒っているんじゃないか、などと色々と考えを巡らせるが、どんな言葉をかけてあげたらいいか見当も付かず、席に就いてからもしばらくは気まずい沈黙が続いていた。 何らかの形で彼女に優しい言葉をかけてあげたい、とこの時点ではそれだけだった。 というのもまだ頭の中はマイに対する気持ちの方が勝っていたからだ。 当然マイが出勤してきたら、ノックには申し訳ないが、彼女にチェンジするつもりでいた。 思い切って「ノックちゃん、元気だった? しばらく見ない内にちょっと太ったんじゃない?」というありきたりな切り出し方で様子を伺ってみるが、その類の質問には「うん…」とか「そう…」とかの実に曖昧な返事ではぐらかされ続け言葉のキャッチボールが中々成立しないどころか、「唄って下さい」とカラオケの本を渡され突き放される始末。 “きちんと説明しないといかんかな?”と思っていた矢先だった。 「アナタ…、お客さんだから仕方ない、ワタシ友達話す、オーケー。 マイペンライ。」 やはり彼女も同じ事を考えていたようだ、向こうから先に切り出してきた。 「彼女来る、ワタシチェンジ、オーケー。」 一見子供のように見えてもやはりそこはタニヤの高級店で働いている女性である、頭の回転は早い。 こちらが取る態度や言葉の端々から一を聞いて十を知り、核心にズバリ切り込んでくる。 と同時に戦闘開始のラッパが鳴っている、ような気分に陥った。 おそらく今私の頭の中にあるその言葉を彼女に伝える事によって、自分が更なる泥沼に嵌まっていく事は容易に想像できた。 しかし、例えは悪いが一度始めてしまった小用が途中で止められないのと同様、この手の会話もある方向に動き出してしまうと適当な所で切り上げられないというのが事実だろうし、やはりノックに元々惹かれていたのかもしれない。

「ノック…、今日は仕事終わったらどうするの? また皆でどこか遊びに行こうか!」 この言葉にやはり彼女が反応した。 彼女は「ロォー?」と一言だけ言ったきり、本当に私に向かって言っているのか?という顔をしてこちらを見ている。「ノック、あなたディスコテーク好きでしょ、一緒に行こう。」 更に畳み掛けるように言葉を繰り出し、彼女の気分が高揚していくのを見守る。 それまではやや鬱だった表情が、見る見るうちに以前通りの満面に笑みを湛えた彼女本来のそれに変わっていく。 「あなた、ノック、ディスコォテーク一緒か? ゴー『Hollywood』か? エヘヘ。」 この笑顔と屈託の無い笑い声。 またやってしまった…。 優柔不断な自分にいい加減愛想を尽かしながらも、私に安心したようにしな垂れかかってくるノックの笑顔をみていると、“まっ、いいか”と思ってしまう所が自分でもずるくもありタフな性格だなと思う。 しかし数時間後に訪れるかもしれない“三竦み”状況を如何にして乗り切るか、という点に考えが及ぶとヘラヘラばかりもしていられず、既に私の思考はこの窮状打破に向けてフル回転を始めていた。 ポイントは一点だけ、如何にして修羅場になる事を回避するか、という事である。

数時間が経過しそろそろお開きにしようかという雰囲気になった頃、ノックが私の耳元で囁くように話し始めた。 「ディスコォテーク、みんな、マイちゃんも一緒、オッケーか?」 「わたし、彼女話す、一緒いく! だいじょぶナ。」というような内容を元気良く話し続ける彼女に対し、私としてはどうこう言える立場ではなく、最終的には黙ってオーケーのサインを出さざるを得ない。 それを確認して嬉しそうに(おそらく誰がディスコへ一緒に行くかお茶を引いている女の子達と確認する為に)室外へ出て行く彼女を見ながら考えてみた。 以前馴染みだった固定客を一旦奪われたが奪い返したホステスとその相手、そしてその元凶の優柔不断な客。 場所は客の殆どがローカルの人間達で溢れ返るディスコ。 “刺されたらかなわんなぁ…。”と一瞬思ったりしたが、でもたかが一回デートしてキスしたくらいで相手を刺す女なんて…、結構居るかも知れんなタイには、と思ったらかなりヘコんできた。 そうは言っても今度は逆にマイに対する説明責任が発生したわけで(別に関係ないじゃん、とは思えないのがNeguroの損な性格)、なんて言い訳するかな、などと一人考えている内にチェックビンになり店を後にした。 店を出て行く時にも一応マイの姿を確認してみたが、まだ他の客に着いているのだろう、出口の辺りでお茶を引いているホステス達の中には彼女の姿は見当たらなかった。

深夜二時の『Hollywood』の前は金曜の夜という事もあるのだろう、若者グループ、いかにもさっきまで仕事でしたというお風呂屋姐さんチーム、そしてノック達のようなタニヤ軍団で溢れかえっていて、ただ一人の“ジープン”としては思わず引いてしまう。 ノックがホテルまでタクシーで迎えに来た時は“もしかするとマイも一緒か?”とやや緊張していたが、乗り込んでみると先程同室にいたホステス二人とノックだけで、マイの姿は見当たらなかったので少しほっとすると共に拍子抜けした気がした。 が、これは甘かった。 つまり別のタクシーで乗り付けたグループの中に彼女は居たのであった。 タクシーから降りてもなかなか入場しようとしていないので、「どうした?」と聞くと他の友達を待っている、との答え。 “んっ?!”と思ったのもつかの間、路地の向こうからやっぱり現われました、マイちゃん達ご一行です。Neguroピ〜ンチ!!



第三話 窮鼠どつぼにはまってチューチューチュー その弐

週末のディスコは相変わらず人・人・人の海で立錐の余地も無い。 ステージではタイ人のTV俳優だというちょっと高島弟が入った男がバラード系の歌を歌っており、場は異様な盛り上がりを見せて熱気に包まれている。 我々一行は全員で8名だが男性は自分一人だけ。 これを羨ましいと取るか否か? ごく普通のシチュエーションであれば、大変羨ましい・妬ましい・嬉しいという形容詞の羅列になるのだろう、が、今日は違った。 少なくとも脳天気にヘラヘラしていられるような状況ではない。 隣り合わせのテーブル二脚(と呼ぶのもおこがましい、お盆に脚がついているだけの華奢な物)を8人が取り囲むようにして立っているものの、周り中の人間としょっちゅう背中や方がぶつかり合ってしまい、とても踊れるような雰囲気ではない。 それでも小刻みに体をリズミカルに動かし始める者、TV俳優(本当にそうらしい、先日Ch3のドラマに出演しているのを見た)と一緒になって歌声を張り上げている者、などそれぞれが雰囲気を楽しんでいるようには見えた。 その後自然とグループは二つの小さな輪に別れた。 一つは私とノックと後二人のホステス達、もう一グループはマイを中心としてホステスと会計担当の女の子達など。 マイちゃんに対しては早い機会に一言ゴメンと謝っておこうと心に決めていたのだが、ディスコの入り口からテーブルに案内されるまでは一列縦隊で歩かなければならないほどの混雑ぶりであり、その上私の傍にはきっちりノックが付いて歩いていたのでチャンスは訪れなかった。 今ではそれぞれがそれぞれのグループの中でのみ会話しており、入り乱れて大騒ぎ…という感じではなく割とおとなしめに仕事で溜まったストレスを発散しているかのようであったため、こちらから近づいて行けるような雰囲気でもなかった為とりあえず様子を見守っていた。

ステージでは高島弟もどきに代わってオカマ二人が登場し、派手な衣装を身に着けながら腰をくねらせて歌い踊っている。 言葉の解らない私のような余所者でさえ、確かに彼等の仕種には十分惹きつけられ時々笑う事も出来たのだが、如何せんタイ語の解らない私としては、何を言うでもなくボーッとたたずんでいる以外に成す術が無かった。 みんなが大ウケしている時に笑えない自分がそこに居て、もどかしさと自分自身に対する恥ずかしさで何をしているのだろうと自問自答を始めた時だった。痛てっ!! 向かいに立ってニヤニヤしているピム(とはノックと一緒にタクシーに乗ってきた娘、チト老け顔だが明るくてよろしい)から私の顔面にピーナッツが飛んできた! “何すんだ、いきなり、このタコ女は!” と思ってたら、「おかまぁ、好きか?」 だって。 はぁ??? 「さっきからずーっと真剣な顔してオカマ見てる、あなた、おかまぁ、好きか?」だって。 おまけに「ノック、可哀相ォー、あなたオカマもっと好きね」とまで抜かしやがった。 この脳天気な奴等と付合ってる自分は一体どんな馬鹿たれなんだろう…、という自己嫌悪はさておき、取り敢えずピムの乳の辺りに一発と、思わず避けた後にこちら向きになったその大き目のケツ目掛けて畳み掛けるように、きつーいピーナツ爆弾のお返しはしておいた。 そんなやり取りを尻目に、場所が狭かったせいもあるのだろう、マイのグループが少し離れた場所に広めのスペースを見つけて移動していった。 彼女達はこちらのグループも誘っていたようだが、ノックは決して動こうとしなかった。 “何だコイツ、意地になってんのか?”と思いつつも彼女の気持ちも解らないでもなかったので後ろから軽く抱きしめてやると、自分の手で自分の胸を覆い隠すような形で私の掌に自分のを重ねてきてしばらくそのままじっとしていた。

時間は瞬く間に流れ、結局ラストの3時まで居てしまった、明日はまたゴルフで6時出発だというのに…懲りない奴だ。 あれだけ恐れていた修羅場はその片鱗も見せないまますかしっ屁のように掻き消えてしまい、マイちゃんとは結局アイコンタクトが一度あっただけだった。 彼女達のグループもいつのまにか帰ったようで、スツールやテーブルが片づけられ始めて明るくなったフロアーには彼女ら4人の姿はなかった。出口へ向かいながらノックが話し掛けてくる。「いつ、帰る? 明日か?」「いや今日はゴルフするから日曜日の朝に帰るよ」パーっと顔色が明るくなり、必殺の満面の笑みを湛えながら、「あした、一緒にお店オッケーか?」はいはい、同伴のおねだりね。 わかりました、わかりました。「ん〜、何時にゴルフ終わるか判らないから、終わってバンコクに戻ってきたらノックに電話するよ、おっけーナ?」こちらの日本語・英語交じりの言葉も相手につられて変になってくる。 言葉は生き物だ!

いつものように手に手を取って二人でタクシーに乗り込み、運転手に「パイ サトーンタイ ロングレーム XXX カップ! (この位は言えるのだ! Neguroでも)」と元気良く告げるとタクシーは走り出す。 深夜も3時を回っているというのにラチャダピセークは若干の混雑を見せている。 この国の奴等は何を考えてこんな時間までフラフラしてやがるんだ、全く。 タイではまず有り得ない事だと思うが、年頃の男女が一緒のタクシーに乗っているのに、二人はこれから別々の場所でそれぞれ眠る事になる。 一緒に寝るかと誘うのは簡単かもしれないし少なくとも口に出してみる事は決して難しい事ではないのだが、敢えてそれを口に出さない男と、知ってか知らずか思わせぶりにこちらの肩に軽く体を預けて座っている女。 “俺は何やってんだろ?”と思いながらも、今更そんな事を口に出す気はさらさら無い事は自分が一番良く知っている。 OFF不可の店のホステスだって、通って口説いて最後に金の力に物を言わせれば、落ちない女はまずいないと言っても過言ではない事は子供だって知っている。 彼女のセックスアピールが無いかと問われれば、その問いに対しては“有る”と答えて間違いはないはずだ。 彼女を見てブスだという人はまず居ないだろうし、そのやや中国系が入っていると思われる顔立ちや肌の白さは、タイではどちらかというと美人の条件として当てはまる方だろう。 確かに整形手術を施していないそのボディラインはスリムであり、肉感的な女性を好む男性にとっては訴えるものが少ないかも知れない。 し・か・し・である。 バンコクに出張で来てホテルは一人部屋、彼女とも顔見知り、意志の疎通もまま何とかなる、決して見てくれが悪い女ではないというよりむしろ口説く事が通常困難な部類に属する女性が傍にいる、というシチュエーションを想定して頂きたい。 それでも、なのである。

大きな誤解を読者に招かないように、Neguroとしては声を大にしてお伝えしておきたいが、私はまだ“倍胡座(変換キー一発そのまま)”のお世話にはならんし、変わったフェチ系の趣味も無い極ノーマル志向の人であるので、性欲がヒネクレた方向に向かっているという事も無いので、あしからず。

ノックに対しては自分の中で、男性の持つ征服欲や自己保存欲よりも、むしろ父性が強く働いてしまうのではないか、と思えてきた。 即ち彼女に対しては、ヤリたい気持ちよりも守ってあげたい(by ユーミン♪)気持ちが強く働くようである。 妹みたいな存在といったら判り易いかもしれない。 Neguroは姉や妹が居ない家庭だったので、妹が居たらいいなぁという気持ちは昔から強く持っていた。 たまたまそこに条件に合致する存在としてノックが登場した、ということになるのだろうか。 敢えてその近親相姦的な雰囲気を漂わせながら無理矢理…というのも外道を極める上では必要なのであろうが、精進が足らない私はそこまで踏ん切りがつかなかった。

「ノック…あなた、俺の事好き?」と聞きながら彼女の頤に軽く手を添えて俯き加減だったその顔が上を向くように促した。「……チャイ」と一言だけ彼女は小声で答えてくれた。それだけで満たされた気分になりその唇に軽くキスをして、ありがとうの意味を込めてまた彼女の肩をギュッと抱いてあげた。

サトーンのホテルで一人降りた私は、人が見たら多分半泣きのような顔をしていたのだろうと思われるほど複雑な気持ちに包まれていた。



第四話 つまみ食い


ずーっと艶っ気のない話を書き綴ってきましたので、この辺でその系統がお・好・き・な(♪)アナタの為に! チト艶っぽい話を挿入させて頂きます。 (←と偉そーに書いているが、ホントは結構これがよかったので報告しようと思っただけさ、Neguro実は結構わがまま)

『○−ダイアリー』という情報雑誌がありますね、バンコクのそこかしこで売っているアレですよ。 まあ賛否両論湧き起こっているみたいですが。 Neguroは犬巻カオル氏の手による「イヌが吠える!」の大ファンでして、これを読む為だけと言っても過言ではないほどに楽しみで、毎回大枚95Btなりを専らタニヤ通りの『Family Mart』にて支払っております。 引き込まれるように…というのはまさにこういう文章を言うのか!とNeguroは最初彼女の文章を目にした時に目から鱗が落ちる気が致しました。 (まぁ書いている内容はかなりきわどいですが…)ストレートに嫌味なく、読んでいる人間を惹き付けていくその文章構成力は中々の物だと感心させて頂きました。 皆さんも機会がありましたら、どうぞ御一読を。 あ、別にNeguroは『○−ダイアリー』の回し者でも何でもないので、立ち読みでもして下さい。 さて…

ゴルフから戻った私は前日の超寝不足と日中のゴルフの疲れとで、取り敢えずベッドに倒れ込むようにして休息していた。 時刻は午後4時頃、中途半端な時間である。今晩のメニューとして考えられるのは、@ノックに昨晩と言うか今朝約束したように飯でも食って同伴出勤、Aどちらにしろ友人と会う約束をしているので彼と一緒にノックをブッチして遊びに行ってしまう、B中島みゆきを口ずさみながら一人で遊ぶ、といったところが考えられるのだが、友人と会う事は以前より決まっていたし楽しみだったのでAのオプションは外せない所だ。 しかし@を選んでしまうと今日もまたヤレない事になり外道の修行にもならないのでどーすっかなぁと思っていたが、“同伴”を犠牲にして友人と飯を食った後ノックの店に行けばまぁ義理も道理も立つだろうなとひらめいた! 残った一物は…、う〜ん、じゃ今立ててみるか!ということになりここで『○−ダイアリー』のご登場と相成る訳である。

いっや〜見事におねいさん達の写真のオンパレードで、中には“おおっ!”と思う美形もいるにはいるが殆どが“これで立たせろって言われてもなぁ…辛いよな”という方々が多く(写真より実物の方が綺麗だという事はまず無い事をNeguroは知っているのさ、ふっふっふ)、日本から訪タイする方々はこのレベルでときめいてしまう訳だから、片言の日本語が話せるという事がこの国では凄いプレミアムになるという事を痛感するところである。 Neguroの目的はそれではなく最近とみに増えたという出張マッサージ。 『○−ダイアリー』の中でも数号前の物と比べると広告も増えてきている。 しかし以前Mというところから呼んだ際に“俺はソムタム売りのババアを呼んだ覚えはねぇぞ!”というレベルがデリバリーされた事があり過度の期待は全く無かったのだが、そこはそれ悲しい男の性で“もしかしたら今度は☆金のエンゼルマーク☆が当たるかもしれない”と一人期待感だけを膨らませてページをめくっていたのである。 まあ元来サウナなどマッサージ系統が好きなNeguroは所謂直接的なサービスをしてくれる風呂屋より、マッサージをしながらその気分になっていく方が好ましいのでそのせいもあるのだが…。 時間も時間なので取り敢えずその内のYという所に電話してみる事にした。 おみくじを引いてみる気分で“ボディ・マッサージ 1,800Bt”なりを所望し、電話を切って待つ事30分下のフロントから呼び出し電話が。 「Neguroさん、マッサージ頼みましたか?」 これがこのホテルの辛い所。 非常にチェックが厳しく例え日中であろうと怪しげな雰囲気の女性が一人で宿泊棟の方へ進んでいくとフロアマネージャーに呼びとめられてしまうのだ。 ジョイナーフィーなどという無粋な物をチャージしないのはいいのだが、とっかえひっかえ違う女性が部屋に来ている事がホテルに知れてしまい、あくまでもクールなビジネスマンの仮面を被っているNeguroとしては赤面する瞬間である。 「ああ、直ぐに部屋に来るように言ってくれ」と伝えて電話を切る。 しばらくしてフロアマネジャーに付き添われるようにして現われたのがナンちゃんだった。

第一印象は「小さいなぁ」とだけ。 “こんな小さくてちゃんとマッサージ出来るのかいな?”と本来の目的を忘れて心配するNeguro。 “おいおいマッサージはやってくれたらラッキーぐらいに思ってただろ! 電話した時は!”って一人突っ込みやってました。 部屋の入り口で困ったようにたたずんでいたナンちゃんに奥に入って来るように促し飲み物を勧めたところ、冷たいミネラルウォーターで良いと言う。 エビアンのボトルとグラスを渡したところ彼女は半分ほど飲んで、何かに急かされるように“マッサージ?”と聞いてきた。 私はバスタオルをベッドの上に広げて、スッポンポンになって寝っ転がり彼女の支度が出来るのを待つ。 うつ伏せで寝ている私の耳に彼女が着ている物を脱ぐ衣擦れの音が響き、嫌でも気分は盛り上がってくる。振動で彼女がベッドの上に乗ってきた事を知り、薄目を開けて見てみると淡い黄色のブラとパンティだけであった。 最近は黒とか赤とかブルーなどのお仕事系のランジェリーばかり目にしていたので、返ってとても新鮮に写った。

アロマオイルを背中に伸ばしながらその小さな手で一生懸命にマッサージをしてくれるが、残念なことに如何せん力が無い…。 それでも薄暗くした部屋と明かり代わりに付けているテレビのMTVから聞こえてくる音楽とで、私の身体から徐々に力が抜けていきそれなりに気持ち良くなってきた。 時折太股など彼女の身体の柔らかい部分が私の体に触れ、別の意味でも気分が盛り上がっていく。 仰向けになり彼女の手が私の太股のマッサージを始めた時、その微妙な感触に私のそれは耐え切れなくなり怒張し始めた。 バスタオルを掛けているとはいえそれが勃起している事は一目で分かる。 私はそれまで瞑っていた目を開けてマッサージを続けているナンちゃんの手を押さえ、仕種で傍らに寝るように促した。 特に抗う訳でもなく素直に彼女はそれに応じ、私の横でその小さな身体を横たえて目を瞑った。

ブラの上から彼女の胸の感触を確かめてみると、タイの女の子にしては中身もまずまず詰まっていて程よい弾力と共に掌を押し返してくる。 背中に手を回してホックを外し実際に触ってみると丁度掌に収まるサイズであり、ほの暖かい体温が気持ち良く感じられる。 ナンちゃんの首筋から肩口そして今私の手が弄っている胸へと軽く唇を這わせていくと、軽く痙攣を起こしながら反応してくる。 暫くやや固く隆起した小さ目の乳首を舌で愛撫している間にも、片手を彼女の両足の付け根へと滑らせていき、黄色のレースのパンティの上からやや湿り気を帯び始めている下付きの秘部を確認し、それを無常にも剥ぎ取っていく。 恥丘は軽く盛り上がり、自然な感じで薄めの恥毛が覆い隠そうとしている彼女自身へ向かって私は顔を埋めていった…。 数分後に私の舌でイッてしまった彼女は自ら態勢を入れ替えて、生でフェラチオを始める。 決して上手とは言えないが一生懸命しゃぶり、しごき、そして上下動を繰り返す。 一心不乱にセックスを楽しもうとしているかのような印象を与える。 コンドームは持っていたが勢いというものがあって、私はそのまま彼女に挿入した。 正常位でピストン運動を繰り返す内に、彼女の口が半開きになり鳴咽が漏れてきていたのがある瞬間に一瞬息を呑むように動きが止まったのを確認して、私も果てる直前に彼女の中から愛液まみれのそれを取り出して、余韻で激しく上下動を繰り返している白い腹部に射精した。

彼女が帰り際に今度は直接指名してね、と電話番号を名刺に書いて置いていったが、逆に一度だけだったから良いセックスが出来たのかもしれないと思い、彼女には未だ持って電話していない。




第五話 柳の下にいつも泥鰌はいない 前編

自然に目が覚め時計を見遣ると、時刻は既に昼近くになろうとしていた。 サイドテーブルに放り投げておいたタバコに寝ぼけ眼で手を伸ばし火を付けて一服。 ふと気が付くと、傍らではまだ彼女があどけない顔で寝入っている。 昨晩は『Riva‘s(クラブ・ディスコ欄参照)』で友人から彼女を紹介してもらい、飲んでいるうちに意気投合した形でホテルへなだれ込んだ、という訳だ。 結構飲んだ所為か身体がだるく感じる。 目を覚ます意味合いも込めて、タバコを深く吸い込んでゆっくりと煙を吐き出す。

確か12時頃にはホテルへ戻ったと思うのだが、なにせテキーラやらバーボンやらをちゃんぽんで飲んでいたのでしこたま酔っていた。 従って彼女を抱いた後も泥のように眠り込んでしまい、いつ頃寝たのか全く覚えていなかった。 その上彼女が未だ横で寝ている事も実際意外だった。 おそらくは日も昇らないうちから起こされ、「渋滞する前に変えるから…」とお小遣いを無心される、というありがちなパターンではなく、まるで自分の家で寝ているかのように無防備で眠りこけている。 ぐっすり寝入っている彼女を起こすのは悪い気がしたが、そうは言っても昨晩から何も食べてないので腹が減っている事に気が付き、取り敢えず彼女を起こす事に決めた。

タバコをもみ消して彼女の方に向き直り、肩を掴んで揺り動かす。
「おい、起きろよ。 もう昼近くだぞ。 お前家に帰らなくてもいいのか?」
「うっうーん。 あぁ、おはよう。 んー大丈夫。 別に何も予定無いから。」
「まあ俺も夕方から用事が有るけど、それまでは暇だから。 どうするメシでも食いに行くか?」
「うーん、何でもいい。 それより…」
と言って半身を起こしていた私の身体にしな垂れかかるようにしてきた彼女が、キスを求めて来たのに呼応するように私も彼女の身体に手を回し、キスをしながら愛撫をしていた手がたまたま彼女の部分に触れたのが合図となったようで、彼女はまたその身体をこちらへと深く沈めてきた…。

改めてお互いを求め合ったのが終わった時には、既に午後1時を廻っていた。 手早くシャワーを浴びてホテルの中のタイ・レストランへと急ぐ。 3月末とはいえバンコックの日射しは既に暑く、少し外を歩くだけでも汗が噴き出してくる。 ひんやりと冷房の効いたレストランに入ってみると、時間も時間なので食事を摂る客の数もまばらである。 日本人家族が一組と白人のビジネスマンらしき組み合わせが二組ほど。 カップルはどうやら我々だけなので、自分がスーツを着ているとはいえ、自然と他の客からの視線が一瞬我々に対し突き刺さる。 テーブルが置かれている室内は周囲が殆どガラス張りになっており、レストランの周りに作られている人工の池が良く見渡せる。
「ほら、魚が泳いでるよ」
彼女が指差す足元のガラスの先の池には、体長5〜10センチ位の魚達が蓮の葉陰に見え隠れするように泳いでいる。 あたかもバンコクの午後の暑い日射しから避けるように、至極ゆっくりと。 “なんだか時間がゆっくり流れている” そう思えたタイらしい一瞬だった。

料理の注文は彼女に任せ、一通りオーダーが通った所で彼女に聞いてみる。
「本当に帰らなくても構わないのか? って言ってももう一緒に食事してるもんな。」
「大丈夫。 貴方の用事は何時から?」
「うん、ああ適当なんだけど。 取り敢えず小一時間ほど買い物済ませてからだな。」
「付いていってもいい? 嫌なら直ぐ帰るけど。。。」
「ああ、構わんよ。 そうだ、薬も買いたいからついでだから通訳してくれない?」
というような会話があって、食事の後で我々はタクシーでタニヤのスリウォン通り側へと向かった。

必要なものを買い込み、自分の約束の時間までモンティエン・ホテルの入り口近くにあるスターバックス・コーヒーで時間を潰す事にした。 彼女が不意に席を立ち、ちょっと待っててと言い残して外に出て行く。 おおかたどこぞのハゲにでも電話を入れるのだろう、と思いコーヒーを飲んで待つ事しばし、彼女が戻ってきた。 席に座るなり、はいこれ、といって手渡された白いビニール袋の中には、すっかり自分で買う事を忘れていた塗り薬と痛み止めらしき錠剤が。 あなたが買うって言ってたから今そこの薬局で買ってきた、という。 ありがとうといいながら代金を渡そうと思い、ポケットをまさぐりながら幾らだった?と聞いても首を横に振るだけで値段を言おうとしない彼女。 私は苦笑いしながらも、久々にタイの女性の優しい部分に触れられて、何か爽やかな気持ちになった。

「今日は仕事何時ごろ終わるの? またホテルに行っても良い?」
昔これに似たシチュエーションがあったような、無かったような。。。
「いいよ、仕事が終わったら電話してあげるから。 今から帰って少し寝るんだろ。」
「うん、わからない。 寝られないかもしれないし。。。」
「遅くとも12時頃には一区切り付くと思うから、電話入れてあげるよ。」
「わかった、待ってるね。」

彼女を先にタクシーに乗せて、自分も別のタクシーに乗り込んだ後、“何やってんだ、俺は”そう一人考えていた。 懲りないおやぢの面目躍如である。
(“中編”に続く)



第六話 柳の下にいつも泥鰌はいない 中編

人間というものはある程度状況適応のパターンが絞り込まれていくようニューロンが働くらしく、齢を重ねてくるとニューロン君達が楽をしよう楽をしようとして、その対応選択肢の多様性が加速度的に失われてくるようだ。 柔軟性が無くなっていく、とも言えよう。 即ち自分の中でAというケースではこう対応して、Bというケースではこうする、といったように状況適応行動パターンの定型化が図られるみたいだ。今回の彼女との経緯も、「外道の細道」の読者ならば既にお気づきの事と思うが、パンちゃんのケースと似ていなくも無い。 というか、恋愛感情が昂ぶっていくその過程は同じだったと言えよう。 しかし、例えばサッカー選手それぞれが長年の練習から身に付けた自分独自のプレースタイルを持っているように、我々だって自分の恋愛(と呼んでいいのかどうか。。。)におけるスタイルというものが徐々に、良い意味で洗練されて、悪い意味で固定化されていくのではないだろうか。 質実剛健な一直線なパスを得意とするタイプやディフェンダーの間を華麗にドリブルで縫って突破していくタイプなど、個々の人生の積み重ねを見ている様で非常に興味深い。

その晩も彼女は至極当然のようにホテルにやってきた。 昨日は黒のノースリーブのワンピースだったが、今日はウェーブをかけた髪をアップにし、オフシルバーのワンピースを着こなしている。 カジュアルにも見えるしセミフォーマルにも見えるという、彼女にとってはかなり便利な一着であろう。 耳元で揺れるシルバーのアクセサリーが服とマッチして一段と映える。 その晩は現地駐在員達との食事やカラオケが終わってホテルに戻ったのがやはり深夜12時頃。 どうやらまた睡眠不足のままで明日の接待ゴルフに出掛けなければならないようだ。 コンジェルジュに電話を入れモーニングコールを5時半に入れてもらうよう念を押す。 6時過ぎにはホテルを出てゴルフ場に向かわなければならないからだ。

通常大部分の人達は朝起きて昼に仕事をし夜になると寝る、という基本的な生活パターンを保っている。 人生の三分の一は眠って過ごしている、といわれるが、そうすると我々が普通に寿命を全うすると仮定して凡そ二十数年間、下手すると三十年近くは眠っている計算になる。 彼女達、つまり夜の仕事を生業とする人達はそのサイクルが数時間ずれているだけで、やはり三分の一は身体を休めて過ごしているはずである。 これって凄い事だよなというか馬鹿だなと思う事がある。 何故か? ここで当HP主催者が提唱する?「外道者」たる人生を歩んでいる・歩もうとしている人達を例にとって考えてみたい。 「外道者」は必然的に相手方の活動時間帯、即ち‘普通の’人達にとっての休息時間帯に彼女達と時間を過ごす事が多くなる訳で、つまり人より好んで余分に人生を歩んでいる事にならないだろうか、貴重な睡眠時間を削る事によって。 「ドラえもん」の睡眠圧縮剤も無しに(笑)。 そりゃあ楽しい事も沢山あるだろうが、挫折・裏切りといった苦しい事・嫌な事に直面することの方が経験上多いような気がするのだが。。。 かの徳川家康翁は『人生は重き荷を背負うて長き道を行くが如し』と言ったが、ただでさえ重い荷物を更に増やして。。。それは刹那的でさえある気がしてならない。 それとも純粋にオス♂としての本能から来るのであろうか? そうだとしたら、本能というものに対し私は、生命の神秘として凄いと驚くより、しょうがねぇなぁという気持ちで失笑を禁じ得ないのである。

以前そうだったように、バンコックを離れてからも彼女には何度か電話で連絡を入れた。 ただし、パンちゃんの時に感じていたような、ふわふわした感覚ははっきり言ってなかった。 あくまでもキープしている女性のうちの一人ぐらいにしか感じていなかった、というか自分からそれ以上のめり込めなくなっていたのかもしれない。考えてみると、若かった頃は人を好きになるという事に対してもっとガムシャラだった気がする。 こうしたらこうなるだろう、という考えを巡らす前にまず行動していた。 好きだと思った相手の事をもっと知りたい・もっと理解したいと突っ走っていたと思う。 今では人を好きになるということに悪い意味で慣れてしまい、恋愛への新鮮な感動が日に日に薄れていく。 恋愛の延長線上にあるセックス自体に対する興味が激減していることも確かだ。 パッポンやナナ辺りのゴーゴーバーへ出掛けていく。 周りではギラギラした眼で見事な肢体をくねらせて踊るダンサー達を見つめる男達が居る中で、妙に覚めている自分が居ることを自覚してしまうのが非常に虚しい。 女性達が魅力的ではないという事では決してない。 自分は割とストライクゾーンの広い方で、よっぽどの事が無い限り横に座られたりして嫌だなとかは思わないし、セックスまでいってもそれなりに行為を完遂する事は可能だろう。 ただ最近では目の前で一糸纏わぬ女性同士がバイブを使ったショーを繰り広げてくれたとしても、ドキドキしたりその気になったり。。。という事が少なくなってきただけだ。ただそれだけだ。

微かに芽生え始めたかに見えた恋心の転機はあっさりと訪れた。 ある日の彼女からの電話である。 彼女から電話をかけてくる事自体今まで無かったのに、しかもバンコク時間で6時半頃という早朝である、おそらく“寝る前に”電話をかけてきたのだろうが、その声がせっぱ詰まっている。 それだけで私は彼女が何を私に求めてきたのかを察した。「いつバンコックに来るの?」「うーん、未だ決まってないけど来月くらいかな。」「お願い、助けて。 困った事になってるの。」この時点で金の無心であろう事はほぼ確信に替わった。 彼女の切り出しを待つ。「弟が。。。警察とトラブルになってて。。。直ぐに30万Bt必要なの。 お願い、助けて。」「30万Btって結構な金額だよね。 用意できないかもしれないし、例え出来たとしても直ぐにという訳には行かないと思うよ。 期待しないでね、一応色々と当たってはみるけど。」「次の時にはお金要らないから、お願い。 いつ解る?」「取り敢えず明日でもまた電話してみて。 じゃ。」

一昔前なら直ぐにでも金繰りに奔走した所だろうが、今回はハナから用立ててやるつもりはない。 電話では美辞麗句を並べ連ねて体好く断ったものの、良く内容を聞けば‘NO’と言っているのに等しい。 彼女には私以外にも愛人の様な関係を持っている日本人が少なくとも数名は居たはずなので、当然彼等の所にも同内容の‘お願い’がいっているはずだ。 彼女には申し訳ないが、こんな形で用立てた金など我々の関係に何の意味も持たないし、彼女が話した内容が本当か嘘かなど、私にとってはどうでもいい事だ。 電話を切った後、携帯のメモリーに入っている彼女の電話番号を選び出し、迷わず‘削除’キーを押した。(“後編”へ続く)



第七話 柳の下にいつも泥鰌はいない 後編



こうしてドンムアン空港に降り立つのはもう何回目になるのだろうか。 バンコクへ行く事がまるで電車に乗って近場に出掛けるくらい簡単な事のような、そんな錯覚さえ覚えてくる。 異国の地へ赴いているという実感が無くなってきたという事は、心のざわめきが薄れてきたという点で、悲しむべき事なのかもしれない。 リピーター、フリーク、色々と表現の仕方はあるがそれも度を越さない程度までだろう。少なからず人には慣れが生じ、それが飽きるという感覚へ変わっていく。 4年前に初めてバンコクを訪問した時に感じた全ての新鮮な感覚、それが今や失われつつあった。

その日私はナナ・プラザ3階の『カーニバル』から『ハリウッド・ストリップ』へとショバ替えして友人達と飲んでいた。 バンコクに着いてから言葉にならない閉塞感・虚無感を感じていた私は何かこう馬鹿な事をしたいなと思っていたので、カラオケ辺りでオンナを物色するというよりゴーゴーのノリで飲んで騒いで憂さ晴らしをしたい、そんな気分だった。 それこそ一杯目は普通にオーダーしたのだが友人の一人が酒豪であったため、“テキーラをボトルで持ってこい!”とウェイトレスに注文した所、一瞬怪訝そうな表情をしたがすぐさま店の奥へと走っていった(テキーラのショットグラス一杯が85Bt、ボトル一本が1900Bt、どちらがトクかは自明の理)。 やがてウェイトレスがトレイにテキーラのボトルとショットグラス、山盛りのライムと塩を乗せて戻ってきた。 まず乾杯。 焼けるような熱い液体が喉を、胸を通り過ぎていく、と同時に顔全体に温もりが走るのが良く解る。 それを遠目で見ていたウェイトレスの一人が、‘私にも一杯頂戴’という顔つきで自分を指差していたので、手招きして彼女を呼び寄せ一杯ご馳走する。 顔を顰めながらもグッと一息で飲み干し、手早くワイをして去っていく。 やはりゴーゴーでテキーラをボトルで頼む奴等というのはそういないようで、通りかかるウェイトレスやダンサー達、果ては周りの客達までもが‘あいつら何やってんだ?’という物珍しそうな顔付きでこちらをチラチラと見ている。 そうこうするうちにタダ酒が飲めるという事が判ったのか、我も我もとオンナの子達が群がってくる。 そんな時に私の携帯が鳴った。

店の中の喧騒を避けて、回廊になっている場所まで出た後でAnswerキーを押す。 ‘アロー…’それは彼女からだった。 タイミング良くというか悪くというか、まあ以前に出張のスケジュールを話していた事があったからそれを覚えていて、こちらから電話が無いのに業を煮やして電話をしてきたのだろう。 今バンコクか、何故電話をしてこない、などの質問が矢継ぎ早に出されたが、ごめん忙しかった、それに今お客さん達と一緒だから、という嘘で彼女の質問を遮り電話を切った。 彼女と会いたくないという訳ではない。 テキーラによる酔いと店の喧騒で疑似トリップ状態に陥っていた私は、彼女の電話で一気に現実に引き戻されてしまったようで、気持ちのどこかがざらついていた。 なんで今電話してくるんだ?という苛立たしい感情が表に立って、勢いで電話を切ってしまったが、皆の待つテーブルへ戻りながら、やはり一度会って話をした方がいいのかもしれない、と冴えてしまった頭の片隅で考えていた。

その日ホテルへ戻ったのは既に深夜の1時近くだったが、彼女がその夜何度も電話をしてきた事に根負けした私は、最後の電話で今から来いと言ってしまった。 スクンビットからなので30分もあれば着くという。 もう彼女とは会う事も無いだろうな、そう思って携帯のメモリーから彼女の番号を消去してから大した月日は経っていないというのに。 優柔不断な態度を取り続ける事でこれ以上の失敗を重ねない為に、そして結果として彼女をこれ以上苦しめない為にも、彼女がホテルへ着くまでの間に色々と頭の中を整理しようと試みる。 確かに仄かな恋心らしきものは芽生えたが、あの一件でそれはあっさり摘み取られてしまった。 彼女が魅力的な女性である事は素直に認めよう。 だからといって、自分が彼女を単なる性欲の捌け口として魅力を感じているなら、または彼女が自分を都合の良い足長おじさんとしてみているなら、関係を続けるべきではない。 そういう関係には既に疲れ切ってしまっている自分がここにいる。 彼女には今の自分の気持ちをはっきり話すべきだ、そう結論に達した。

程なく彼女がやってきた。 少し困ったような笑顔を湛えて入り口に佇んでいる彼女を促して部屋に招き入れる。 やはり自分の身の置き所に困惑している部分もあるのだろう、何か飲むかと聞いたらビールが良いと言った。 いつもなら自分も付き合う所だが今日はそういう気分には全くなれず、取り敢えずコーラを取り出して形だけでも乾杯に付き合ってやった。 お互いに何から切り出して良いか分からずに重い沈黙が二人の間に横たわり、タバコの煙だけが流れていく。 暫くして沈黙に耐え切れなくなったのか、彼女がシャワーを浴びて良いかと聞いてきたが、制止する間もなくシャワールームに消えていった。 手早くシャワーを浴びてきた彼女は幾らか気分も落ち着いたらしく、過日の一件の事を詫びながらベッドに潜り込んできた。 まだ半身を起こしていた私は、先程から考えていた事をゆっくりと彼女に話し始めた。 一時間後には彼女を抱いていたが、それは彼女への愛情からではなく、話し合いの後でもうこの女性と二度と会う事はないだろうと思った事で込上げてきた衝動、その衝動が何に起因したのかは自分でも良く覚えていないが、によるものだった。 朝方に彼女が帰る時におそらく充分過ぎるほどのものを渡してやりながら、多分もう会う事は無いよとだけ改めて伝え、寂しげに去っていく彼女の後ろ姿を見送った。

その日は結構忙しく、お約束の渋滞も手伝ったせいで業務が終了したのは夕方の6時近くになろうとしていた。 そこから現地駐在員との食事会である。 今日はいつものタニヤ近辺の日本食ではなくスクンビットに新しく出来たという懐石風の店に行くことになった。 内装は洒落た感じにしてあり如何にも接待用という造りで、落ち着いて仕事などの話をするには丁度良いのだろう。 料理もそれなりにバラエティが揃っており、三人で飲みながらつまんで一人2,000Bt弱という感じだった。 食事をそこそこに終えた後タニヤにでも繰り出すのかと思っていた所、明朝のゴルフが早い時間帯の為今日はこれで帰ろうという。 肩透かしを食らった形にはなったがたまには身体を休めるのも悪くはないかと思い、自分も早めにホテルに戻る事にした。

私にしては珍しく9時過ぎにはホテルへ戻り、ベッドに身体を横たえて本を読んで寝ようとしていた所、携帯が鳴る。 「アロー、私です。 今何処ですか?」 「うん、明日早いからホテルに戻ってきて寝てるよ。」 「……今から、 今から会いに行っても良いですか?」 「いや、もう貴女とは会わないって約束したよね…、ごめんね。解って欲しいんだ。」 「お金、いらないから。」 「いやお金の問題じゃないんだ。昨日言った通り、自分の気持ちの問題だから…。 だから、会わないよ。」 「でも私、会いたい!」 それには何も答えずに、‘ホントに我侭でごめんね、でももう決めたから。 もう終わりなんだよ。’そう心の中で呟きながら静かに受話器を離す時、その電話口で彼女がひときわ大きい声で、「恋しいよぉ!」と叫んだ言葉が耳に突き刺さる。 ‘恋しい、キットゥーンか……。’久し振りに聞いたその言葉に纏わる思い出に、私の気持ちはより深い虚無感へと沈んでいった。

バンコクに出張ベースで年数回訪問し、しかも海外駐在員という立場は他人から見れば確かに羨むべきものなのかも知れないし、日本人としては特別な環境に置かれている事は認めよう。 環境が人格形成に影響を及ぼすといわれるが、異文化の中に自分を置き所謂‘外人’としての生活を送ってきた事は果たして自分にとってプラスであったのかどうか。 当然‘昼の顔’としての会社業務における駐在先の現地従業員や顧客との交流はあったが、それはあくまでも表面上の付き合いであり、本音ベースでの付き合いなど望むべくも無い。 もし自分の心の中を全て曝け出した、‘生の自分’の異文化交流があったとすれば、そうそれは本音の部分である‘夜の顔’だったと思う。 そしてアジアの女性達との関わり合いは確かに私に多大なる影響を与えていた。



最終話  夢のまた夢

〜 露と落ち露と消えにし我が身かな なにはのことは夢のまた夢 〜 
 有名な太閤秀吉による辞世の句である。 何故だかその時まずふっと頭に浮かんできたのはこの一句だった。 小学生の頃秀吉の伝記を読んで以来、折りに触れ人生の色々な局面でこの句が思い出されてきた。 何故かは解らない。 座右の銘とはまた違う。 最初は意味も分からず暗記していたに過ぎなかったのだろうが、いつしかそこに込められた儚さ・潔さから垣間見える美への憧憬に齢を重ねる毎に共感を覚えるようになっていったのだろう。 当然私は私であって秀吉ではないから、彼の本当の心情は到底解る事など有り得ないし、それを解読しようと試む考えなど更々無い。 しかし、今の心情を何か既成のフレーズで描写するには、この句から読み取れる‘香り’のようなものがしっくり来るような気がするのだ。 例えば秀吉が死の直前に催した「醍醐の花見」も、私にとっては単なる史実以上の意味合いを持って迫ってくる。 一説では祭り好きの彼が死期を悟って人生最後の花火を打ち上げるべく催行したとされる花見だが、今が盛りと咲き誇る満開の桜の中、愛した妻妾全てを引き連れて秀吉は何を思ったのだろうか。 それを最後の悪足掻きと取る人もいるのだろうが、私は素直に羨ましいと思うのである。 例え一瞬でも彼が愛した女達全てに付き添われ満開の桜の花道を行った彼を、同じ男として素敵だなと共感し、出来ればそんな事をしてみたいと思うのである。 来るべく日がとうとう来たその日に私はそんな事を考えていた。

 私の異動が告げられた後、日一日と私の中である思いが強くなっていった。 忘れようとしても忘れられない人、数多く逢瀬を重ねたアジアの女性達の中でも一際輝いていた彼女、格好悪いと言われようと、未練がましいと言われようと、最後にもう一度だけ彼女に会いたい、という思いが日に日に募っていった。 そう、あのパンちゃんに会いたいという思いが…。 もしかすると、もう二度と会うこともないかも知れないと思ったら居ても立ってもいられず、最後のバンコク出張を前に思い切って直接電話をしてみる事にした。 と・こ・ろ・が! 電話から聞こえてきたのは「この番号はGSMでは登録されていません」という機械的な冷たい声。 おそらくは電話番号を変えたのだろうが、これからウタラジットにいるはずの彼女に手紙を書いて…などという悠長な事をしている時間が私にはなかった。 これから手紙を書いてそれが彼女の手元に届くまでにはおそらく数週間を要するし、私の出張は既に一週間後に迫っており日程を変更する事もままならない。 しばしの思案の末、私はバンコク在住の友人達にこの事を相談した所、手紙を代筆した上連絡の仲立ちまでしてくれると申し出てくれた。 速達で出せば数日のうちに連絡が付くとの事だったので、素直に彼等の好意に甘える事にした。 持つべきものは良い友達、彼等には本当に感謝している。幸運な事に数日後には、彼女から連絡があり新しい携帯番号も書いておいた旨を知らせるメールが友人から届いていた。

 日本への出張から戻った赴任地の空港に降り立つなり、控えておいたパンちゃんの新しい携帯に電話を入れてみる。 機械的なメッセージは流れず、今度はきちんと(?)呼び出し音が鳴っている。 しかし、暫く鳴らしてみたが誰も電話に出ない。 バンコック時間で午後10時くらいであったのでまだ寝ているような時間帯ではないはずだが…。 もしかすると単純に聞こえなかっただけかもしれないと思い直し、不安な気持ちを振り払うかのように取り敢えずタバコを吸いに行って時間を潰す事にした。しかしタバコはその時の私の気持ちを落ち着かせるには何の役にも立たず(笑)、久々に何だかそわそわした気分を味わっていた。 10分ほど経って再度掛け直してみた所、ようやく「アロー、This is Pan speaking…」と、懐かしい彼女の声が受話器から流れてきた。 彼女は一瞬誰からの電話だか想像がつかなかった様子であったが、直ぐに私の名前を思い出し友人から連絡が在ってびっくりした旨を伝えてきた。 私は、此処での駐在期間終了に伴いバンコクへの出張も最後となる事、彼女の都合が良ければやはりもう一度会いたいと思っている事等伝えておくべき事柄をもう一度簡単に話し、バンコクへは今週行くので着いたら電話をするよと言って会話を終えた。 そして……。

 夜になって照明をやや落としたように感じられるホテルロビーには、ラナートエーク(タイの打楽器、木琴に近い)の音色がまるで昂ぶる私の心を諌めようとするかのようにゆったりと静かに漂っている。 この緩やかに流れる時間を楽しむ事ができる、私にとっては格別の思い入れのあるホテルに滞在するのも、今日が最後であろう。 そもそもバンコクへ来る事自体は業務であり決して自由になる時間が多かったわけではない。 陳腐な言い回ししか出来ないが、それでもその少ないオフ時間の時々に日々喧騒の中に生きる私を優しく包み込んでくれるような、他人との攻めぎ合いに疲れた心を癒してくれる、そんな柔らかな表情をバンコクは持っていたと思う。 そしてこの街が持つ、優しさだけではない複雑な表情はそこに生活する女性達に色濃く投影されて昇華し、直接的にも間接的にも私に対し常に関わり合いを持ってきたという事になろうか。 時刻は7時半を少し廻った所で、彼女は‘いつも通り’の遅刻。 しかし、やや苦みの強いコーヒーを口に運びながら、その内現われるであろう彼女を待つ事を楽しむ余裕が今の私には有った。 …と程なく廊下の柱の影から、やや戸惑い気味の表情を浮かべながらパンちゃんが現われた。

 「サワッディ カー…」私と一緒に居る友人達に手早く挨拶を交わし、「△△△…」と私の名前を呼びながら隣の席に座った彼女は多少戸惑いの表情を浮かべている。手早く友人達を紹介し、今晩は皆で食事に行く事を伝える。 一年半振りに会う彼女は心なしかふっくらとし、以前と違って切れるような影のある美しさは影を潜め、女性特有の丸みを帯びた優しさが前面に出てきている。 ただその大きな瞳は相変わらず潤んだ深みを湛えており、出会った時から四つ歳をとった彼女は女性としての魅力を一層増したように思えた。 「パンちゃん、ちょっと太ったね。」とからかい気味に尋ねたら、「あなたも白髪増えたわよね。」と笑いながら見事に切り返されてしまった。 「そうだね、もう四年経つんだものねあれから。 今じゃ俺が36でパンちゃんが…30才だったっけ?」 「よく覚えてるわね、そうねもう私も‘オバサン’よ!」と幾つかまだ覚えている日本語を交えながら答えてくる。 「ウタラジットじゃ寝るのも早いし、食べてばっかりで。 先週身体検査した時に体重計に乗ってビックリしちゃったわ。 だから今ダイエット中なの。」 「ふーん、じゃ今日は食事行くの止めるか? 最後のディナーなんだけどな…。」 「何言ってるの、今日はダイエットはお休み。 どこ行くの?」 友人達に聞いた所どこでもいいという返事だったので、ウタラジットでは普段食べないだろうから日本食で、と提案した所満場一致で決定した。 コンシェルジュに、懐かしの『レストランそごう』を予約させ二台のタクシーに分乗してエラワンへ向かう。

 二人で乗ったタクシーの中では、最初は明るい雰囲気でスムーズに会話が弾んだ。「急にあんな手紙が行ってビックリしたでしょ?」 「そりゃそうよ、最初は間違いで来た手紙かと思って破って捨てたわよ。 でも気になったからもう一度良く宛先を見たら、私じゃない! そこからゴミ箱ひっくり返して全部拾って読んで…もう大変!」 「あはは、そりゃ悪かったね。 時間が無かったもんでね。」 「だって字は子供並みだし、内容は文切り口調でムチャクチャだったし。 まあ意味は通じたから良いけどね。」 「形はどうあれ、彼等には感謝してるんだ、こうやって最後にまた会えた訳だし…。」 そういって彼女の手を握ると向こうも軽く握り返してきた。「パンちゃん、迷惑じゃなかった? こうやってまた会ったりして…。 電話もかけず、手紙も書かなかったのは、もしかしたら、と思ってたからね。 もしパンちゃんが幸せな生活を送ってたら、悪いじゃない、そこに土足で入り込んだりしたら。」彼女はその質問には答えず、フロントガラス越しにプルンチット通りの風景をじっと見詰めながら、エラワンに着くまでの間ずっとその繋いだ手を強く握り締めていた。

 彼女が好きなものは当然未だ覚えていたので、メニューを見ながら、刺し身盛り合わせ、鮭の照焼き、寿司、赤だしの味噌汁、それらを矢継ぎ早に注文すると、「覚えてるんだ…。」と横から微笑みかけてくる。 「何故かいつもあそこのテーブルだったよね。」と近くの二人がけの席を指差すと、そうだと言わんばかりにその大きな瞳で更に見詰め返してくる。 向かい側には友人三人が座っているにもかかわらず、不思議と恥ずかしいという感覚は無く自然体で振る舞う事が出来た。 クロスターを頼む彼女に、今日はお酒要らないの?と聞いたら、最近ではそれほど飲む機会も無くなり弱くなってしまったのでビールだけにしておく、という。 夜の八時頃から始まった友人達を交えて五人での夕食は、それぞれのお腹が膨れるまで食べて飲んで、十時前には終了した。 友人達には、悪いけどこの後二人きりになりたいから、と頼み別行動をとってもらう事にした。 どこか行きたい所ある?と聞いても彼女は特に無さそうだったので、じゃあこのままホテルの部屋へ行って飲もうか?と言ってみた所彼女もそれでいいという。 そごうの前からタクシーを捕まえて、ホテルへ直行した。

 ホテルから差し入れられていた赤ワインで乾杯しながら、改めて彼女に有り難うと呟く。 酔いも手伝ってか、今までの事がまるで昨日の事の様に思い出される。 ロイ・カートンのディナー、クリスマスのイルミネーション、パレスホテルでのマッサージ。 ふと気になったので彼女に「パンちゃん、二人がペガサスで出会った時の事覚えてる?」と聞いてみた。 「英語が出来る人は?って貴方が聞いて、私が手を挙げて。 あの時は確か白っぽい緑色のワンピース着てたわよね?」 今度は逆に私がその質問には答えず、まるで良く出来ましたといわんばかりにワイングラスを持ち上げて乾杯の仕種をした。 半分ばかり残っていたワインを飲み干し、彼女を抱き寄せて一年半振りのキスをした。 と思ったら、唇を離す瞬間にガブッ!と噛み付かれた。ビックリして目を丸くして彼女を見詰めていたら、「どうしてもっと早く連絡してこなかったのよ!」と真顔で怒られた。 「他に女が出来て私の事なんか忘れたんだと思ってたわ。 住所だって変わってなかったんだし、連絡しようと思えばいつでも出来たでしょ。 もう、ホントに我侭なんだから。」というその目はもう笑っていて、頭を掻いて謝る私に彼女から唇を近づけてきた。

 二本目のワインがそろそろ空になろうかという頃には二人ともそれなりに酔っており、会話もどんどんストレートになっていった。 「あなた、本当に女いなかったの? 病気とか大丈夫?」 「大丈夫、やる時はちゃんと着けてやってたから。 それにパンちゃんみたいに生でやったなんてないよ(実はこれは大嘘)。」 「……そう。私は綺麗な身体よ。 病院でもちゃんと検査してもらったし、第一貴方と別れてからは誰とも寝てないわ。 たまにバンコクに遊びに来た時に友達に誘われてホストクラブみたいなところにも行ったけど、もうそういうのに興味が涌かなかった。」 「何でだろうね、お互いこんなにも気になるなんて。 面白いねこういうのって。」 「この間、お母さんが病気で倒れて、ウタラジットの店も段々と流行らなくなってきたから、そろそろ潮時かなと思って。」 「それはまたバンコクに戻ってきて働くっていうことかい?」 「はっきり言えばそうね。 でももう以前の様に身体を売るようなマネはしないし、したくたって出来ないわ、だってもう私30歳なのよ。 もう歳を取り過ぎているわ。 だからどこかのママさんとか、そういう仕事。」 「そうだな、でぶっちょの30のオバサンを好き好んで抱く奴が居る訳ないしな。 あっ、いるか、ここに。 あはは。」 殴るような仕種をしながらも彼女がこちらにしな垂れかかってきたのを両手を広げて受け止め、その髪を撫でながら暫くの間懐かしい感触を抱きしめていた。

 ちょっぴり太ってしまって以前の様な官能的なボディラインでは無くなってしまっているとしても、例え誰が何と言おうと私にとってはパンちゃんはパンちゃんであり、余人を持って代え難いのである。 お互いの体が覚えているのか、私の指先や唇は彼女が敏感に感じる部分を迷う事無く探し当てたし、彼女もまた然りであった。 久し振りに味わうその部分は、何故か花の蜜のような甘い香りと味がしたし、充分過ぎるほど濡れていて暖かかった。 そして出会った時と同じように私は彼女の中に果てた。 時計は三時過ぎを指しており、彼女はお姉さんが心配するといけないから五時にはバンコクノーイの実家に戻りたいという。 何でもお姉さんには友達と約束が有るからとだけ言い残し出掛けてきたので、多分かなり心配していると思うとのことだった。 自分も空港に向かう為六時過ぎには起きてチェックアウトしなければならないので、念の為五時と六時にモーニングコールを頼み、二人でベッドに横たわった。

「他の人とはこんな気持ちにならないのに、△△△と一緒に居ると…。 本当に不思議ね、人の感情って。」
「そういってもらえると男としてとても光栄に思うよ。」
「あなた子供は? まさか未だ出来ないんじゃないでしょうね?」
「御明察、まだだよ。 別に問題が有るとかいう事ではないんだけどね。 ただこんないい加減な男が父親になって良いんだろうか、と思って迷ってるだけ。」
「そんなのは父親になってから考えれば良い事じゃない、はやく子供作りなさい!」
「はいはい、気が向いたらね。 でもパンちゃんとだったら何か変わってたかもしれないね。」
半分冗談で言った言葉だったが、彼女の反応は意外とシリアスなものだった。
「あなたがタイ人だったら…、間違いなく貴方の事をパートナーにしてたわよ。 そう、Husbandにね。 でも貴方は日本人で、奥さんがいて、そして暫くはバンコクにも来れない。 解ってるから。」
「ごめんね、と言うべきかな。 でもさパンちゃん、もしかしたら貴女と僕が夫婦になってて子供がいて…って、そう考えるだけでも楽しいじゃない。」
余韻を楽しむかのように、二人は暫く何も話さずに抱き合ったままだった。

 モーニングコールで現実に引き戻された。 30分くらいウトウトとしていたのだろうか、彼女が帰る時間になっている。「ねぇ、さっき話したように私多分バンコクに一人で戻ってこなければいけないんだけど…、どの位助けてくれる?」 まだ起き抜けで頭が働いていなかった私は、財布の中には確か10,000Btくらいはキャッシュが有った事を思い出し、「うん? 一万くらいでいい?」と答えた所彼女の態度が豹変した。 「あなた何言ってるの!? もうバンコクには戻ってこないんでしょ。 私は貴方しか頼る人がいないのに…、もういいわよ!!」 おそらく以前の私ならこの言葉に逆ギレしていたか、動揺して何も言い返せなかったかもしれないが、過去何度も痛い目を見てきた事でこの状況に冷静に対処する事が出来た。 「パンちゃん、落ち着いて聞いて。 貴方は自分で幾ら必要なのか、何故必要なのかの説明も無しに怒ってるよね。 僕だって貴方に出来るだけの協力はしたいと思ってるけど、何も説明してくれないで幾らって聞かれても困っちゃうよ。 だから何故、そして大体幾らくらい必要なのか話してごらん。」 私の冷静な説明に彼女も落ち着きを取り戻したのか、「ごめんなさい。 そうね何も具体的に話してなかったわよね。 アパートを借りたり何だりで、多分20,000〜30,000Btくらいは必要なの。」 私は黙ってスーツの財布の中から有り金全部を抜き出して、キャッシュで15,000Btと200米ドルとを差し出した。 彼女もまさか言った通りの金額が直ぐに出てくるとは思っていなかったらしく、暫し無言のままでそれを見詰めていたが、こちらの意図がわかったらしく「コップン マーク カー」と言いながら抱きついてきた。この辺りが彼女は本当に頭の回転が早いと実感する所である。 つまり私にとってその金額自体はムチャな金額ではないが、それを彼女に手渡すべく自分を納得させる為に彼女の口から説明を求めたのであって、内容が本当か嘘かはさして重要な問題ではないという事が彼女にも暗黙のうちに伝わったのだろう。

 身支度を整えた彼女を見送る為ドアの所まで先に立って歩き、部屋のドアを開ける。明け方とはいえムッとするバンコクの熱気が一気に私の身体を包み込み、夢の終わりを告げるかのようだ。 彼女に向き直りその唇に軽く触れた後、額にもキスしながら「元気でね」と呟く。 その大きな瞳でこちらを見詰め返しながら意を決したように、「バンコクに二度と戻ってこないわけじゃないわよね? 住所も、新しい電話番号も知ってるんだから連絡ちょうだい。 毎日とは言わないけれど、一週間に一回くらいは…、ううん一ヶ月に一回でも構わないわ。 貴方と話がしたい!」 返事をする代わりに目で微笑みかけながらYesの意思表示をし、最後の抱擁をした。 私の胸にもたれながら彼女が「Wish you a very good luck in your life…」と言ってくれた。 今まで私に対して使われたことが無かった言葉だけに、またその言葉をタイの女性達がどういうシチュエーションで使う事があるかを知っていただけに、言いようの無い充足感と単純に「愛してる」と言われたより深い喜びが身体の中から沸き上がってくるのが感じられた。 この女性を愛して良かった、本心からそう思えた。 壁にもたれて廊下を歩いていく彼女を見送っていたが、彼女はこちらを振返る事無く角を曲がって消えていった。 「夢のまた夢」まさにそんな状況だった。 現実が朝の訪れと共にまたやって来ようとしていた。

 【あとがき】(頭を掻きながら…)結局、パンちゃんに始まりパンちゃんで〆た僕のバンコクでした。 潔癖な方々から見れば、「こいつ、とんでもねえ野郎だ、節操のかけらもねえし!」という事になるんでしょうが、そんな方々は外道さんのHPは覗きませんよね、もともと(笑)。 という訳で世の中にはこんな馬鹿野郎もいるんだなぁと笑って許して下さい。 我ながら良くここまで投稿文を続けられたものだと思っています。何だかんだ言っても所詮はオナニーの世界、自己満足である事に変わりは有りませんが、僕の文章からタイの匂いを嗅いで、どんな形であるせよタイへの興味を増して貰えたら嬉しい限りですし、そして一般に売春だけというイメージが固定されているバンコクという街にも人間ドラマが有り、そこで暮らす人々の感情は僕らのそれと何ら変わる事がない、という所まで読み取って頂ければ幸いと思っています。 前回『パンちゃん物語』の最終話をUPした段階ではまだ駐在生活が続いており訪タイも継続していたわけですが、今度は本当に暫く(永遠にかもしれませんが…)バンコクや外道さんのHPとはお別れです。 パンちゃんとの付き合いは、読んで頂いた通りまだ続いていくのかもしれませんが、それはまた機会がありましたら、何時か・何処かで発表するかもしれません。 最後になりましたが、稚拙な文章を快く受け入れてコーナーまで持たせて頂いた外道紘さんには海より深く感謝いたしております。 貴HPの更なるご発展をお祈り申しあげつつ、最後のご挨拶とさせて頂きます。
有り難うございました。Neguro
お礼の言葉:数多くの投稿者の中で、オレがNeguro氏に定期連載の依頼をしたわけは、氏の文章表現力が飛び抜けていたこともあるが、氏の文章が人に読ませると言うことを前提に書かれていたからである。
 多くの場合、他人の風俗体験記というモノは、自己満足・自意識過剰・自己陶酔の入り交じった目眩を起こさせるような不気味な文章になり勝ちである。別に金を払って投稿して貰っているわけではないので、それ自体に文句を付けられる筋合いではないのだが、思わずモニターに向かって「何言ってんだかなーこの猿は?そう言うことだから日本で女が出来ねーんだハゲハゲ!」などとブツブツ言いたくなることが多い。その点、Neguro氏の文章には変な嫌みや恨み節のようなモノが無く、読み始めるとスッと自然に引きつけられ、知らず知らずの内に夢中になって読み続けている自分に気づく、そんな見事に完成された読み物でした。
 今回Neguro氏の本社栄転に伴い、バンコク出張も無くなるそうです。本来は「おめでとうございます」と言わなければならないことなのだが、オレはその知らせを受けたとき「ゲッ!マジかいや」と呟いてしまった・・・。それほど氏の文章はオレのエロサイトには得難い秀逸な物でした。今後も”エロサイト 外道の細道”は存続する予定ですが、Neguro氏の投稿によりオレが最初に考えていた「読み物をメインにした風俗情報サイトを創りたい」と言う目標は一応達成されたかと思います。同時に今後Neguro氏を越えるような投稿者が現れるだろうか?と少し不安になっています。
 最後に全くの無料奉仕で長文の投稿を続けてくれたNeguro氏に心からお礼を申し上げます。本当に有り難うございました。
 (2001年7月17日 外道紘)
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