外道グルメ

GOURMET DE GEDOU

 これは歓楽街・風俗店内、又はその周辺に位置する飲食店とそのメニューを紹介していく外道者食通案内。別にノーハンドレストランのような著しく退廃したメシ屋を紹介するわけではない。そのつもりで覗いた人は直ちに他のページに行きなさい。

 外道の細道としては、女のオマンコに直接関係ないはじめての企画だ。オレのサイトも長い年月と紆余曲折をへてやっとオマンコの呪縛から逃れられた・・・めでたい!。しかし、これらの店の客層は否応もなく風俗嬢とそのカモハゲ達なのだが、タイのカモハゲ達は小金を持ったオヤジが多く、オヤジの常として糖尿のくせして味に五月蠅い。またタイ人は美味い物を食うのに金を惜しまない。この二つが相乗効果をなして歓楽街・風俗店の周辺には意外にもうまいメシ屋が集中している。これらのメシ屋は当然の事ながら客層を良く理解しているので遅い時間と言うよりも朝方近くまで営業しているのも我々外道者にとってはありがたい点だ。

 閉店までグダグダと過ごし、一人寂しく家路につくときふと”オレはいったい何をしているのだ・・・”と虚しくなるときがある。また、少し素面になると”膨大なお金と時間の無駄・・・”と言う避けがたい事実にも否応なく直面して、己の生き方を真剣に省みてしまい暗くなるが、こんな時には飯を食うにかぎる!!。人は美味い物を食うと明るくなり、いまさらどうしようもない人生も楽観できる。これらの店には仕事を終えた職業婦人の方々も多く見受けられ、その限界まで露出を意識した馬鹿派手なファッションセンスも心を明るくする。美味い物を食って心も癒される二重に美味しい外道食なのだ。

 そんな外道料理店を紹介してくれる外道食通はポキエ氏。以前からの常連投稿者だ。氏は三度のメシより女が好きな外道者の癖して、メシもやはり好きと言う我が儘な外道者。ここでは氏の引率にしたがってめくるめく外道グルメの世界を堪能して欲しい。(2003年2月20日 外道紘)
序文

メルマガ“煩悩の夕暮れ”上に“外道グルメ”を企画中だと紹介が乗っていたので外道さんにお願いして私にやらせてもらうことになった。外道の皆さんは、“腹が減っては戦は出来ぬ”とばかりに一戦交える前に腹ごしらえをするだろうし、また白熱の肉弾戦を終えた後には“ヒュ〜・レ〜オ”などとひとりごちつつ軽く食べることも多かろうと思う。

そこで、外道グルメでは、風俗店付属のレストラン、MPや歓楽街周辺のレストランを紹介、評価することにする。また、レストラン紹介の中で少しながらタイ料理の紹介をしていくので、皆さんのお役に立てば幸いである。(2003年2月20日 ポキエ)


前書き−外道紘 GOURMET DE GEDOU

 すっかりヘタレてしまったポキエさんに代わり、オレ自身が執筆すると宣言してはや半年、すっかり忘れていたのだが、読者からの指摘により思い出した。オレはこのまま忘れてしまおうと思っていたのに・・・。仕方がないから始めることにした。開始までに半年もかかっているので更新ペースはおのずから予想できるとおもう。はなから期待しないで貰いたい。
 だいたいオレくらい美食に縁遠い人間もいない。日常の食事はジャンクフードに彩られ、たまの自炊は主に自家製ジャンクフードである、ラーメンライス、ネコ飯(みそ汁かけご飯)、洋風ネコご飯(コーヒー浸しパン)等、すべてどんぶりで食え、食器は一つしか使わないものばかりだ。栄養の面からはイリヤンジャワのダニ族よりひどい。こんなオレはロクな飯屋を知らず、食事場所の選考基準は”近いこと””安いこと””早いこと””下痢しないこと”で”うまいこと”は条件から除外されている。仕方なく外道者の助けを借りることにした。外道グルメナビゲーター候補に挙がったのはヒロポン軍曹・ガンジャ坊カズ・真性ゴイケ・中出しモリズカ・スジ彫り大魔王等だ。考えてみればこいつらも安マンコ買いに熱中しているだけのロクデナシだな・・・人選からして大きく間違っている。まあ・・・いいか。

外道者の為の食事場所選定基準は
1:女遊びできる場所から近いこと(仕事帰りの風俗嬢御用達のお店も含む。邪な期待を持てることも外道者には欠かせない要素だ)
2:予算はビール1本を含めB500程度であること。(外道者はセコイマンコ買いの上、貧乏でケチだ)
3:そこそこ美味いこと。(ハゲは糖尿の癖して味にうるさい。外道者は上品な味を判断できないので、ここでゆう美味い物とはモツ煮込み程度の食品をさす)

こうした志の低い外道グルメの数々を皆に紹介していきたい。(2005年5月31日 )


2008年9月11日外道紘:すっかりその存在すら忘れちゃっていた外道グルメだが、突然投稿が来て思い出した。「そう言えば、そんなのあったな・・・」自分のコーナーであることすら忘れ、ノスタルジーに浸っていた。当初、季刊程度でOKと考えていたが、年刊となり、さらに面倒になって、「だいたいエロサイトのグルメコーナーなんて読む奴いないだろ・・・マンコ以外はセコイオヤジばかりだし・・・あーハゲハゲ」と開き直り、国勢調査みたいに数年に1回で十分。ジジイ、飯食うな!そんな気分だった。
いい事を思いついた。
長い眠りから覚めた外道グルメ。そうだ!これも投稿可能なコーナーにしてしまおう。また一つ仕事が片付いた。
平民の皆さん、マンコ前に寄った飯屋や、インバイに手を引かれて連れて行かれ、その上友達も呼んでいいか?などといわれて断れず、マンコ以上に金のかかった痛恨の飯屋、タイマンコ旅行で記憶に残る飯や等なんでも投稿してください。
あー忙しい。

ポキエさんへのご意見ご要望、お便りなどは此方へ
外道の細道





第一回 ラープ・ペーット

評価:★★★★☆
値段:安□■□□□高

私はどういうわけかイサーン料理に目がないが、それを知ったメリーの泡姫が連れてきてくれたのがこの店で、それからたびたび足を運んでいる。テント張りの屋根に、ガタガタする金属の折りたたみ机という、典型的安レストランではあるが、客席は100以上あり、遅い時間は客も多くて活気があってよろしい。この店の醍醐味は、夜12時過ぎに来店すると、近所のMP(エビータ、メリー、ビワ、ノア、リビエラ)の泡姫、ラマ9世通りのお水の娘たちが、それぞれ連れ立って、また客を連れて大挙していて、なかなか目の保養になることだろう。カラオケもあるようだが、うるさくないところも良い。メニューはタイ語だけだが、種類も多く、なかなか選び甲斐がある。

メニューの中でお勧めはまず、店名にもなっているラープ・ペーット(鴨肉ラープ(*))。この近所にはこの手のレストランが何軒かあるが、さすが泡姫一番人気のこの店、肉のミンチ具合もよく、一番おいしい。カウ・ニヨウ(もち米)と一緒に食べたら堪えられないな、これは。

そしてホイ・マレーン・プー・ヌン(ムール貝蒸し)。日本なら酒蒸し、洋風ならワイン蒸し、となる所だが、ここのはスパイス蒸しと言ったら良いだろうか。ニンニクたっぷり、バジル、そして少々の唐辛子でピリッと辛く、秀逸な一品。ただ、ひと言いわせてもらえば、もう少しムール貝のひげを丁寧に取ってほしいところだ。

ちょっと変わったところではグン・テン(小海老の踊り食い)。日本の桜海老ほどの大きさの活きた小海老にナンプラーなどのスパイスををぶっ掛けた物がフタ付きの小鉢に入って出てくる。が、ここで蓋を開けるとナンプラーをかけられて気が狂ったようになった小海老が飛び跳ねて大変なことになるので気をつけるように。蓋をしたまま軽くゆすり、待つこと約5分で海老がほぼダウンしたところでおもむろに蓋を取って頂く。プチプチした海老の食感が楽しい。先に出たラープと味付けが似ているので頼むのはどちらか一つをお勧めする。

遅い時間に入浴を済ませた時に、泡姫を誘って一杯やりながら食事をするのに最適の店。上記MPの娘ならラープ・ペーットと言えば知っているはずだから連れてきてもらうのもよい。

(*)ラープ:イサーン料理の典型的なものの一つ。肉のミンチにライム、ナンプラー、炒った米で味付けをし、ねぎ、ミントを合わせたもの。鶏、豚、牛肉などのチョイスあり。

店名:ラープペーット・プララームカウ(Laap Pet Praram 9 / 通称:ラープペーット)
所在地:Rama9 - New Petchaburi Rd.
電話:0-23186406
行き方:エビータを出て左へ。一つ目の角(ビワの手前)を左折。線路を超えて約200m。エビータより徒歩5分。
駐車場:あり





第2回 シャンゼリゼ

評価:★★★☆☆
値段:安□□□■□高
雛壇への見通し:★★☆☆☆

私は自他共に認めるけちだ。物を買うにも大体ハッキリした予算があり、それ以上の物は買わないのが普通で、それゆえ、外道の料金情報を見ただけで、シャンゼリゼには一生行かないだろうと思っていた。もちろん、シャンゼリゼの“5000B以上の女”というのに興味がないわけではなく、見てみたい気持ちは山々なのだ。しかし、けちの癖に比較的遠慮がちな私としては、入浴しないのが分かっているのに冷やかしで女の子の品定めだけに行くといったことは非常に気になるので、今まで訪問の機会がなかったのである。ところが、今回外道グルメを始めて、堂々とシャンゼリゼに行く理由が出来た。入浴はしない(と思う)が飯を食いに行くのである。入って一銭も使わず出てくるのではないのである。こういうわけで、今まで行く機会のなかったシャンゼリゼに始めて訪問する良い理由が出来た。

最近洗っていない私のトラックを、ベンツとジャガーの間に控えめに停めて店に入ると、そこはパリ。とまではいかないが、一応シャンゼリゼ通り風にしたかったという努力の跡が見られる。タイにありがちな金の臭いがぷんぷんしてくるような下品な内装ではなく、凝ってはいるが控えめで、好感がもてる。
まず、自分で仕事したほうがよさそうな綺麗なコンチアが、女の子の座っている右端のほうに案内してくれる。“あの、後の列の子はどうですか。ナットちゃんて言うんだけど、未だ新人で19歳。おっぱいも大きくてきれいで、乳首なんかピンクで…。4400B”とか言われるのをなだめて、テーブルにつく。店の構造が扇型になっているので、女の子の固まっている右端のほうのテーブルに座らないと品定めがしづらい。頼めばどの席まででも女の子を連れてきてくれるようだが、右端に座るのが気が楽である。一番近い席に座れば、2、3メートルの距離からゆっくりチェックできるはずだ。

タイ語、英語表記のメニューのほうはびっくりするくらい多い。炒め物で40種類、トムヤムだけで25種類ほどあり選ぶのに苦労する。中身を見てみると、スタンダードの物だけでなく“食べたことはないが試してみたい”と思わせるようなものが結構あり、私の好みのメニューだ。外道の紹介にもあるように和食もあるようだ。
まず今日は、第一候補だったヤム・ヨート・マプラオ・オーン(ココナツ若芽のヤム)が品切れだったので、ヤム・マクア・オーン(若ナスのヤム)を試してみた。途中でナスを豚肉と合わせるか、海老と合わせるか聞きに来るなど、サービスはきめ細かい。が、来てみたものを見るとナスが見つからない。目に入るのはきゅうりと海老だけである。クレームを入れようかと思っていたところでナスの薄切りのかけら発見。ウーン。ナスのヤムということで、前にどこかで食べたヤム・マクア・ヤーオ(焼き長ナスのヤム)を想像していたが、これはマクア・プルック(ゲーン・キヨウ・ワーンに入ってる丸いナス)の薄切りだ。それにしてもナスが少なすぎるんじゃないのこれ。ただ、入っていた海老は大きく新鮮で、ヤムの味付けとしては申し分なかった。
もう一つ頼んでみたのはパッタイ。メニューにはなかったが、作ってくれるという。味付けは(例によって)甘めだが、なかなかよろしい。私としては卵は別に焼いてそれでくるんでくれるほうが好きなので、一緒にいためてしまったところがちょっと減点だが、この辺は好みの問題だろう。ボリュームたっぷりで、また、こちらにも海老がたくさん入っていた。この一点だけでも充分おなかは膨れるはず。

これらを賞味している間にも、さっきのコンチアがいろいろな女の子をとっかえひっかえ連れて来ては、5分位ずつ隣に座らせて話をさせてくれる。皆かわいかったが、予算枠を大幅に広げてまで、という子は今回は見つからなかった。

(*)パッタイ:日本でもおしゃれなタイ風レストランで人気の、タイ風甘口焼きそば。麺を野菜、海老などといため、薄焼き卵でくるんだ物。甘めの味付けと生のもやしの食感が特徴。

店名: シャンゼリゼ
所在地、電話: 外道ページ参照のこと
駐車場:あり





第3回:カフェ・ド・パリ

評価:★★★☆☆
値段:安□□■□□高

パッポンには人知れず、比較的まともなレストランがあるが,この店は5年程前に,フランス語の上手なタイ人の女の子に教えてもらった。
"フランス語が出来るから,良いフランス料理も知ってるでしょう。バンコクではどこが良いの?"
"いろいろあるけど・・・、良いフランス料理の店って,男の人がご馳走してくれる時?それとも私が自分で払う時?"
というようなエスプリにとんだお答えの後に教えてもらったのがこの店だ。
もちろん"自分で払う時"のレストランである。
この店はまず,雰囲気が良い。小さな店で,30人は座れないだろう。細長い店の壁に沿って,ソファーシートがあり,反対側にはカジュアルな椅子が並ぶ。フランスで言うブラッセリ−とか,ビストロ(レストランというほどでもない店,日本では"食堂"にあたる。)というレベルの店。極端にに素敵な内装ではないが、パッポンのど真ん中にありながら、一歩入ると和む雰囲気が好きだ。それにしても窓から面を眺めると,向かいはイタリアンのCafe di Romaで、一瞬どこにいるのか解らなくなるセッティングではある。
雰囲気に見合って、メニューは小さくてカジュアル。お値段は安め。お勧めはトマトとアンチョビのサラダ(120B)。田舎風パテ(120B)。メインはサーモンのオランデーズソース(270B)が美味い。ワインもリーズナブルで,ハウスワイン500ml(300B)から。今回は560バーツのボトルを取ったが,軽めで,まともなワインであった
その日のお勧めは奥の黒板に書いてあるので,そちらにも注目してほしい。今回はその中からビーフステーキのロックフォートソースを頼んでみた。味は悪くないが、肉がちょっと硬い。290Bではこの程度で我慢すべきかも知れない。
デザートはちょっと甘すぎかもしれないが,大きな自家製プリン,チョコレートムース、共にお勧め。

パッポンの喧騒に突撃する前の落ち着いた食事にどうぞ。フレンチだからといって,ロマンティックなデートには向かない。あくまで食堂だということをお忘れなく。
場所はパッポン2ど真ん中、フードランドのとなり。
同じ店の2階にイタリアンがあり,実はオーナーが同じ,キッチンも共同で使っているようだ。ご希望であれば2階のメニューもここで食べられる。店としてはCafe de Parisのほうがよっぽど良いぞ。

Cafe De Paris
Address: 37/9 Patpong Soi 2
Phone: 02 237 2776
Hours: 11:00am - 1:00am






第4回 屋台のカノム・ジーン


評価:★★★★☆
値段:安■□□□□高

無性にカノム・ジーンが食べたくなることがあるが、この料理は中々レストランでお目にかからないのでどうにも困る。変な屋台だと,いたりいなかったりするし,いつでもやっているカノム・ジーンの店で思いつくのがラムカムへ−ンか、パッポンだ。
タニヤからパッポンに歩いていき、パッポン2の入り口の角がピンクパンサー。その手前の左側にぶっ掛けカレー屋があるが,その前の歩道で毎日やっている感心な店がある。今回はこれを紹介しよう。
まず、カノム・ジーンを紹介しようか。カノム、といってもお菓子じゃあないよ。冷やし中華的に"皿に乗った麺にたれをぶっ掛けたもの"と想像してもらいたい。タイ人は普通"ノム・ジーン"と言うほうが一般的だ。米粉をゆるく練ったものを、熱湯の上で,ところてんのように穴からグーっと押し出して麺を作る。田舎のほうに行くと空き缶の底の穴あけた中に入れて庭でやってるぞ。これをざるにあげて,まとめておいたのが、ノム・ジーンの麺。見た目は極太そうめんみたいなもんです。
そこに、ナムヤー・プラーかゲーン・キヨウ・ワーンをかけて食べる。ゲーン・キヨウ・ワーン(緑のココナツカレー)は知ってると思う。ナムヤー・プラーは簡単に言うと魚の干物をほぐして作ったココナツスープ。魚の干物が入っているから,なんだか懐かしい味がするんだよなー,これが。
ノム・ジーンを頼むと,もやし,バジル,豆,漬物などが入った野菜セットみたいのがおまけで付いて来るから(あるいはもうテーブルの上に載っている)、これをドバッと入れて食べよう。俺的にはもやしがたくさん入っているのが美味いと思うけど。
ポイントは食べ方ですな。大体日本人だったら,箸で,ズズッと行きたいところだが,付いてくるのがスプーンとフォーク。しょうがないので,スパゲティーのようにフォークにくるくると巻き始める。ここでタイの女の子はもう大笑いすること間違いなし。正しい食べ方はこうです。ノム・ジーンに薬味を乗せたら、心を鬼にしてスプーンで麺をズタズタに切ります。混ぜるのではなくて,切る、のが肝心。せっかくおいしそうな白い麺にカレーがかかって冷やしラーメン的なたたずまいで待っているのを切る。麺文化に対する冒涜ですな。そして,麺が千切れ千切れになってしまってから、スプーンで頂く,と。これが,正しいタイ的食べ方。
この屋台では、普通ナムヤー・プラーとゲーン・キヨウ・ワーンの両方あるが、ナムヤー・プラーが売り切れになることが多い。ご賞味あれ。

パッポンの路上で一人深夜のカノム・ジーン。俺もここまで来たか、と思う店。

場所:スリウォンロード、パッポン2入り口,ピンクパンサーの手前。
時間:夜だけ





第5回 ティースット・イサーン・インター

評価:★★★★☆
値段:安□■□□□高

ソイ・ランナーム、といえば思いつくの安アパートとイサーン料理である。この近所には,外国人向けの安アパートが多く,そういえば昔この辺にタイ留学中の日本人の彼女が住んでいて、よく来た物だ。未だ,高速が出来る前の頃の話だから、もう10年になるだろう。このティースット・イサーンも,彼女と,また他の友人としょっちゅう来た。よく考えたら、タイに来て初めてイサーン料理を食べたのもこの店だ。
ところがしばらく前,この店が実はイサーン料理以外にも非常に有名な物があることをバンコクポストで知った。バンコクポスト毎週金曜日の"Nite Owl"(バンコクナイトライフレポートの先鞭をつけたファランのおっさんのコラム。ゴーゴー関係の情報が多い。昔は過激な情報が多かったが,最近はおとなしい)に"バンコク最高のハンバーガーがある"と紹介されていたのだ。
じつはこのティースット・イサーンはオーナーの旦那がファランなのは知っていた。それにしても、イサーン料理屋でハンバーガー、とはね。今回はそれを試したくてやってきた。
本日同行は、ビワのTちゃんと,メリーのNちゃんである。この二人は勝手にイサーン料理をオーダーしているが,"今日は俺はファラン料理の日だから"と宣言して,メニューの中の洋食をチョイスしてみた。
噂のハンバーガー(95B)、スペアリブ(200B)、ブリトー(85B)のトリオである。噂の晩バーガーは,パンは内側をカリッと焦げさせており、肉は良い香りがする。肉はそこらの肉ではなくて,オーストラリア(かニュージーランド)からの輸入ビーフを使っているそうだ。前からNANAのウッドストック・バーのハンバーガーも美味いと思っていたが,こちらのほうがいけるような気がする。確かにバンコク一かもしれない。もう少しサイズが大きいといいのに。
ブリトー(メキシコ風春巻き)も感心した。中身がパットガパオなのだ。タイ味のブリトー。いけます。

イサーン人の彼女に気を使ってイサーン料理には行きたいが,実は僕辛い物ダメ、な人向き。
ソイ・ランナームにはこの他イサーン料理屋多数あり。BTSのアヌッサワリー(Victory Monument)駅下車し,徒歩で移動可能。ソイ・ランナームに入って徒歩5分の右側。最寄外道スポットはチャオプラヤー,J−ONEなど。


Tee Sud Isan Inter
4/11-12 Rangnam Road
Phayathai, Rajthavee, Bkk 10400
Tel: (66-2) 245-3665
Open : 10:30am-10pm






第六回 桔梗(ききょう)

 記念すべき第一回は、知る人ぞ知る(オレは先日まで知らなかった)パッポン2にある焼鳥屋”桔梗”を紹介したい。なにしろこの店はわかりづらい所にある。パッポンに足繁く通っている人でもその存在を知る人は少ないのではないだろうか?。なんでこんな所にあるんだ?妙な所にあり、古ぼけた看板は廃墟のようで、とても営業を続けている店には見えない。

 パッポン ソイ2 にあるフードランドをご存じであろうか?食品中心の24時間スーパーだ。客層は最低最、100%淫売など風俗関係者及びせっぱ詰まったマンコ買い男で占められている。
話はそれるが、フードランドの客層がいかに最低かをオレの経験からひもといてみよう。

 ある夜、ナナプラザそばのスクンビット ソイ5 にある同チェーン店で買い物をしていたところ、後ろからタニヤ地方の日本語が聞こえた。
「あなたー こんにちわー 日本人ですかーー?」
「・・・なんですか・・・」
「時間ありますかー 遊ばないー やさしいねー」
「・・・もしかして、お前はここで商売してるのか??・・・ここスーパーだぞ」
「お客さん少ないでしょー わたしアルバイトでしょー しょうがないでしょー」
 タニヤンジャパニーズとしては中級程度だった。日本人クラブ勤続2−3年と言ったところか?特定のハゲが付着していないため一定のレベルで日本語の進歩が止まっている使えない淫売だ。こうした淫売は大きく二つのタイプに別れる。
1:姿形が気持ち悪い。つまりブスだ。
2:容姿の良さが裏目に出てしまい、ロクに日本語も覚えないウチにチヤホヤされ過ぎて性格が最低になってしまい、長期間のハゲ保存が出来なくなってしまった淫売。
 オレに声をかけてきたのは2のタイプだった。チョンの間には最高とも言える。こうしてオレはプリンを買いに行って、マンコを買って帰るハメになった。

 すっかり話がそれたが、桔梗はこの最低スーパー フードランドの2階 駐車場の奥にひっそりとたたずんでいる。入り口が駐車場のため、前に車が止めてあると何処から入って良いのか分からない。なんとか迂回路を見つけて入り口に進入する。いきなり登りと下り、二つの狭い階段が現れる。決して下ってはならない!パッポン2の裏はバンコク一有名なカマ(ゲイが多い)場 シーロム ソイ4に通じているため、階段の踊り場でカマのアナルファックの現場に出くわすことになる。階段は昇るものだ!この場合は必ず!!やがて店のドアが現れ、その前に下駄箱がある。この店では土足厳禁だ。一歩店内にはいると異常に狭い店とひしめきあった客の姿が目に飛び込んでくる。すべて席が埋まっても20人ほどしか入れない狭さだ。天井も低く、ガード下の焼鳥屋のような風情にオレは圧倒された。正直に言おう、オレはこうした狭い空間が大好きだ!育ちが悪いとも言う。

 すっかり忘れていたが今回のナビゲーターを紹介しよう。オレをこの店に連れてきたのは、真性人間ゴイケ、また女房に逃げられたそうだ・・・関係なかった。ゴイケは典型的な営業向き人間だ。つまりお調子者で、口がうまく、いい加減で安請け合いの上、約束はまともに守ったためしは無いが、人付き合いは非常に良い。こうしたサンクチュアリみたいな場所を知っているのもヤツのつき合いの広さを証明している。

 一般にバンコクにある日本食飲食店(居酒屋も含む)は何でも屋になりがちだ。場所柄の客層を特定しづらい為、寿司もシャブシャブもモツ煮込みもカレーライスもあります、と言う店がほとんどだ。こうした品揃えで味のレベルを保つのは不可能なので、結局どれもいま一のお味になってしまう。桔梗はこうしたことをせず、焼き鳥一本槍の数少ない専門店なのだ。日本人のオーナー兼マスターがカウンター内で串を焼いているのもよい。火力は炭火だ。日本では焼鳥屋のオヤジが、ネギ間焼きながら自分で客と世間話をするのは当たり前だが、バンコクではなぜかこの当たり前が守られていない。タイ人の料理人に適当に作らせ自分は集金だけ、客の相手をするのは、なぜかミニスカートをはかせたウエイトレス(大抵ブスなのがいただけない)のたどたどしい日本語だけだ。いかに客と商売をバカにしているのか分かる。

 オレとゴイケは狭い店内のカウンターに座る。4人以上でないとテーブル席は使えそうもない雰囲気だ。ほぼ満席でマスターも二人いるウエイトレスも忙しそうに働いている。マスターが串を焼く姿はキビキビとした職人の姿だ。動きに無駄がない。

 まず、ネギ間・鳥皮・つくね・レバーを注文し、ビールで乾杯する。オレはあまり酒を飲まないし、ゴイケは昨夜、タニヤ「屋根裏」のカウンターで眠り込み、寝ゲロを吐いた上、始末に困った淫売達の手によって路上に捨てられたそうなので、今日は酒を控え軽くビールと言うことになる。なぜかビールは最初の一口がとてつもなくうまく、その後だんだんイヤになってきて、最後は「まだいたのかこの野郎!」と言った気持ちになる。何かに極めて似ているような気がするが、なぜかいまは思い出せない。次々と焼きあがった串が出てくる。

 鳥皮・・・焼き上がった皮は、油をしたたらせながら軽くめくれ上がり、香ばしい匂いをまき散らす。口に入れるとグニャとした食感があり、脂肪でも肉でもない不思議な味だ。甘い味というのが適当だろうか?あまり動物の皮を食うことはないのだが、鮭の皮を炙った物も同様に皮にこびりついた薄くて甘い脂肪の味がする。しつこいがうまい!これくらい焼鳥屋のカウンターで食う方が美味い物はない。あまりにうまいのでお持ち帰りにしたことがあるが、さめた鳥皮は冷めたピザ以上に不味い。徹頭徹尾、焼きたてをカウンターで安酒飲みながら食う物だ。 

 つくね・・・つくねってこういう食い物だっけ?この店のつくねは、フンころがしが転がしているウンコを三つ串に突き刺したような団子式の焼き鳥だ。オレが知っているつくねは、アイスの棒みたいなのに粒の粗い下利便を擦り付けて焼いたようなアイスバー状の物だったが、正直オレはあまり好きでなかった。おでん屋にはいると好きでもないのに惰性でチクワブを注文してしまうように、なんとなく惰性で毎回注文する物だった。ここのつくねは美味い!挽肉ボールを焼いただけとは思えない香ばしさだ。オレのつたない表現力では言い表すことが出来ない。是非注文して貰いたいお勧めの一品だ。

 ネギ間・・・ネギ間ですとしか言いようがない。しかし美味い。忘れていたがこの店の焼き鳥は、タレしかなく塩はない。このタレが甘辛味の絶品なので、あとは素材さえ丁寧に選んでいれば自然と美味くなる。長年繁盛を続ける秘訣だろうか。

 レバー・・・子供の頃はこれが大嫌いだった。なぜかオヤジになると好きになる不思議な食い物だ。ここのレバーは変な臭みや、妙なスジみたいな物が付着していない嫌みのない味だ。これなら子供でも食えるかな?

 ゴイケは寝ゲロ吐いたくせに、まだなにか注文いる。ついでにビールもう一本。 
 
 豚串・・・脂身のないサイコロ状の豚肉を串に刺して焼いた物。単純で素朴な味だが、柔らかい豚肉を少量の唐辛子をまぶして食うのはこんなにも美味い物だったのか。これはタレだったかどうか覚えていない。かなり酒が入ってきて記憶があやふやだ。

 漬け納豆・・・初めて焼き鳥以外のメニューだ。この店は焼き鳥以外のメニューがあまり多くない。ほとんどをマスターが一人でやっていると思うとこれが限界なのだろう。ヅケナットウと読むそうだ。オレはこんな食い物知らない。
 納豆は通常単独で生き残れない食い物だ。炊き立ての熱い飯があって初めて存在意義のある食い物になる。他に活躍の機会があるのはイカ納豆くらいだ。オレはイカが嫌いなので飯以外で納豆に出会ったことはない。 
 これはなんと言えばいいか・・・飯無しに食える味付き納豆みたいな感じだ。小鉢に出てきて酒のあてによい。マスターに製法を聞くと、納豆を焼酎となんとかに漬けてほっておくと出来るそうだ。少し酒臭く、納豆をさらに腐らせたような味だ。
「こんなの食ったの初めてだな・・・」
「新潟のある地方にしかありませんよ」
「どこで売ってるの?」
「売ってる所なんてありませんよ 自家製です 地元でも皆家で作ります」
 マスターは新潟の人だそうだ。穏和で優しそうな顔立ちや口調だが、怒りだしたら怖そうな印象を受ける。焼鳥屋のオヤジとしては理想的で話題の幅も広い、こうした人柄も客を引きつける魅力なのだろう。

 他にも野菜炒めや塩鮭、その他諸々を食う。酒が入るとなぜか大量の物を食ってしまう。食事メニューもあるので孤独なオヤジは軽くビールの後にこうした食事をして帰路に着いている。シーロム辺り働く独居オヤジにとっては女抜きで飲める気楽な酒場兼飯屋なのだろう。タイは異常に簡単に女が手に入る国なので、住み着いているヤツにとって、女のいない店はかえって貴重な存在といえる。

 塩鮭・・・これも一言コメントしたい。現在の健康減塩ブームに乗って、すっかり鮭は甘くなってしまった。オレは焼くと表面にびっしり塩が浮き出てくるような塩鮭がなつかしくなることがある。そう、バアちゃんの家で食った塩鮭だ!この店に塩鮭はそれを思い出させてくれる。健康などはなから無視だ!美味ければそれで良い!!不思議な形容だがオレはこの塩鮭に「男気」を感じてしまった。

 たらふく食って、酒も入り、すっかりグッタリオヤジとなったオレとゴイケは、しつこい事に仕上げの儀式に取りかかった。大抵最後は、お茶漬けかおにぎりにみそ汁で締めだが、今回はもう食えない、汁物で終わることにした。

 シジミ汁・・・タイにはシジミいないのかと思ってた。マスターによると日本のそれより少し小振りだがいるそうだ。タイ人はこの貝を食わない。身が少ないからだろうか?日本ではダシを取るのにこの貝を使うがタイにダシはない。料理は常に味をギトギトにつけ、味覚のセンスは関西人だ。つまりタイでは用無しな貝なのだろう。この店のシジミ汁(シジミのみそ汁)はラーメンですか?みたいなデカイお椀に出てくる大盛りみそ汁だ。なぜかこうしたセコイ食材の日本食の方が海外生活では恋しくなる。ウーン、この貧乏くさい味が好きだ。

 いい加減酔っぱらい、腹一杯になったのでお会計、二人で1200バーツぐらいだったかな。ロケーションといい、狭さ加減といい、リーズナブルなお値段といい、3拍子そろった外道酒場だ!

桔梗(キキョウ)
場所:パッポン2 フードランド2階の駐車場
電話:しるか
席数:宴会には向かない少なさ
歓楽街へのアクセス:パッポンの中にある
客層:オヤジ多数 パッカー少々 淫売は来ない
ご予算:考えなくても良い





第七回 粟飯

これは元々、煩悩の夕暮れ編集後記用に書いた物です。他からの引用も多く、調子に乗って書いている内に長くなってしまいました。編集後記には不向きなので、本来、料理屋紹介のグルメ外道に掲載することにしました。グルメコーナーで粟飯を取り上げるのはオレのサイトが始めてではないでしょうか?

ついに夢が叶った。
以前、編集後記に書いたとおり、オレは一度でいいから黒沢映画に出てくる水飲み百姓のようにアワや稗を食ってみたかったのだ。
普通、貧乏と1セットで語られることが多い粟稗などの雑穀は、「貧乏で仕方ないから食っていた」みたいな言い方をされている。オレは経験的にこうした説を素直には信じない。飼料用トウモロコシの粗挽き粉を湯がいたウガリや、エチオピアでしか食ってないテフから作ったインジェラは美味かった。ポリネシアンの主食、タロイモやヤムイモ、究極の救荒作物キャッサバもおいしかった。現代日本人のほとんどは粟稗食ったことがないだろう。食ったこともないのにウマイマズイは判断できないのだ。

諺にもある・・・「濡れ手で粟」・・・濡れた手で、粟をつかめば、骨を折らずにたくさんくっついてくることから、何の苦労もせずに上手いことをしたり、簡単に物を手に入れたりすることのたとえ表現。一攫千金と同じようなこと。
しみじみ良い言葉ですなー。ボロ儲けが出来そうな穀物だ。オレのような外道者にとって粟を食うことは神から与えられた使命だ。

まず原料であるアワ・稗だが、そんなモノどこで売っているのか知らない。オレの辞書に努力という文字はない。いきなり挫折した。
そこに救世主現る。ゲドタイ講座を連載しているコンチャン氏は、とてつもない田舎の工場に飛ばされている。そこは食品工場だった。そしてそこにはアワが食材として使われていたのだ!!
なんという偶然!
とてつもない確率の一致!
貧乏の連鎖反応!!
当然ただ貰うことにした。
会議のため月一でバンコクに上京してくるコンチャン氏を拉致。アワを強奪。
これで材料を手に入れた。ワーッハッハッハ!オレは万能だ!この世に神と呼ばれる者が存在するとすれば、それは私なのだ!!気分はまるでプルトニュウムを入手したテロリストだ!
「今時、タイでアワ作ってる百姓なんてほとんどいないから米より高いんですよ」
金の話に関しては一切聞こえない振りでやり過ごすのがオレの常套手段だ。他の話題にすり替える。
「どうやって食うの?」
「知りません。ウチの工場ではお菓子のトッピングに少量使ってるだけです。」
「普通に炊けばいいのかな?」
「さあ?粒が小さいので脱穀はしても精白はしてませんから、このまま炊くと色が貧乏くさいですよ」
オレが入手したアワは、そう・・・鳥の餌を少し白くした感じだった。粒が小さい。
次にメイドのおばちゃんに食い方を聞いた。おばちゃんはロイエットの貧乏百姓出身だ。おばちゃんは頼りになる味方に思えた。
「おばちゃん、これどうやって食うの?」
「あんた、そりゃ鳥が食うモンだよ。」
「だから人が食うときはどうするの?」
「昔は豚にもやったけどねー。最近じゃ豚も贅沢になってそんなモノ食わないそうだよ」
オレは料理法を聞いているのだが・・・。おばちゃんは正真正銘に惚けているので、これ以上の質問は断念した。
仕方がないので、例によってネット検索に頼ることにした。
しかし・・・ない。アワで検索して出てくるのは昔の貧乏話ばかり。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
現在では、農業技術も発達し、当地(相又)でもお米が作れるようになりましたが、鎌倉時代には、粟(あわ)や稗などの雑穀しか作れませんでした。
その、当時の当地の人々の主食であったのが「粟(あわ)」だったのです。現代の人が、たまに、米の中に何パーセントか入った粟飯を食べて、「おいしい」など、とんでもない。
ボソボソして食べられたもんじゃありません。そんな、粗末な食べ物を、礼状まで書かれるなんて、優しいじゃありませんか、大聖人は・・・・。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
前後がないのでなんの話かわからないが、昔のえらいお坊さんのお話のようだ。バンコクにいるガンジャ坊カズは、大麻とタニヤマンコしか食ってないから、やっぱりお坊さんも昔の方がえらかったようだ。

次に検索で引っかかったのはこれだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
猿長者(さるちょうじゃ)
 とんと昔であったと。
 ある所に、貧しい爺さんと婆さんの家があったと。ある年の暮れ、日が落ちて、あたりがすっかり暗くなった頃、一人の旅のお坊さんが来たと。そのお坊さんは、見るからに、みすぼらしい格好(かっこう)をしていたと。「今晩一晩、泊めてもらえませんか」と、言ったので、爺さんは、「さあ、どうぞ、どうぞ。しかし、うちは貧乏なので、おかまいはできませんが」と招き入れたと。「お坊さん、晩ご飯はまだでしょ」「はい、まだです」「あいにく、うちではすましたばかり。お米はありませんが、粟飯(あわめし)ならばできますので、ちょっとお待ちを。婆さんや、粟飯を炊いて差し上げな」
 すると、お坊さんは、それには及ばない、と言い、爺さん婆さんが食べ残した、粟飯の残りがもしあれば、それで充分だ、と言ったと。「しかし、食べ残しといっても、釜の底に、粟粒がほんのちょっぴり、こびりついているだけですよ。そんなこげくさいところは、さしあげるわけにはいきません」
 けれども、お坊さんは、その焼けこげた粟粒を少々でいい、とゆずらなかったと。
 婆さんは、ヘラでガリガリ、ガリガリ粟粒をかき集め、お坊さんに差し上げたと。
 お坊さんが食べ終わると、爺さんは、「お坊さま、うちには布団がたった一組しかありませんので、どうか、これを使ってください。わしらは納屋へ行って、ワラの中に寝ますから」「いや、そんなにまでしてもらっては、困る」「いいえ、これだけはきいてください。どうぞ、この布団を使ってください」と、今度は爺さんの方がゆずらず、お坊さんに自分たちの布団を貸し、爺さんと婆さんは、納屋へ行って、ワラの中で寝たと。
 さて、朝になったと。爺さんと婆さんが起きて行くと、お坊さんも起きて、朝のおつとめをしていたと。「お正月なのに、恥ずかしいことに、うちにはお餅(もち)も何もありません。せめて、温かいものでもお召しあがりください」と、粟の雑炊(ぞうすい)をこしらえて、お坊さんに食べてもらったと。「ありがとうございました。一夜のお礼に、二人が欲しいものを一つ、かなえてあげましょう」「欲しいもの……何でもいいんですか」「何でもかなえてあげます」「何がいいかな、何にしようかな」と、爺さんと婆さんは、しばらく相談し合ったと。「決まりましたかな」「はい、決まりました。元気に働けるように、二人とも若くなりたいんですが……そんなこと、かなうでしょうかね」「かないますとも。お風呂をわかして、二人一緒に入ってごらんなさい」と言い残して、お坊さんは旅立って行ったと。
 爺さんと婆さんは、急いでお風呂をわかし、言われたように、二人一緒に入ったと。すると、あれよあれよという間に、二人とも若返り、男盛りと女盛りの昔に、舞い戻ったと。
 二人は大喜びで、近所の長者の家へ、新年の挨拶(あいさつ)に行ったと。「ど、ど、ど、どうしたことじゃ。と、と、と、時が逆戻りしたのか」
 二人が見違えるほど若々しくなっていたので、長者はどぎもを抜かれたと。「実は昨夜、うちに旅のお坊さんが泊まりまして」と、昨夜のことを話すと、長者は額(ひたい)の血管をふくらませて、口惜(くや)しがったと。「ちくしょう、くやしい! その坊主は乞食(こじき)みたいに、みすぼらしい格好をしていたろう。そうだろう? 確かに来た、来た、昨夜うちに来た。しかし、あんまり汚い格好をしていたので、こんなのを泊めるとロクなことはない。何か盗んで行くにちがいない、と思ったから、追いかえしたんじゃ。うちに泊めればよかった。くやしい!」と叫ぶやいなや、長者は、馬にまたがり、パカパカ、カッパカッパと追いかけたと。
 パカパカ、カッパカッパ、パカパカ、カッパカッパと追いかけて、長者は旅のお坊さんを、つかまえることができたと。「お坊さん、昨夜は断ったりして、悪うござんした。おわびのしるしに、今夜はぜひ、うちに泊まってくださいまし。ご馳走もします。いい布団もございます。ぜひ、お願いします」
 しかし、お坊さんは、それには及ばない、と首を縦に振ろうとはしなかったと。「お願いします、お願いします、お願いします」
 いくら頼んでもだめなので、長者は業を煮やして、お坊さんを馬の背にくくりつけ、家まで引き返して来たと。そして、いらない、と言うのに、酒を出し、いらない、と言うのに、餅を出し、入りたくない、と言うのに、風呂をわかして、お坊さんを風呂場に閉じこめたと。そのあと、長者も裸(はだか)になって、風呂場へ入って行ったと。
 爺さん婆さん二人一緒に、という言葉を聞きちがえて、長者はお坊さんと二人で一緒に、と思い込んでいたんだね。「くすぐったい。いい、いいというのに」
 長者が、あんまりこまめにお坊さんの世話をやこうとするので、お坊さん、とうとう風呂から逃げ出したと。長者もすかさず飛び出してきて、「布団だ、布団。わしの布団を早く」と、わめきながら、お坊さんを寝室へ連れて行こうとするので、さすがのお坊さんも堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(お)が切れて、叫んだと。「いいかげんにしなさい。猿真似は!」
 その途端(とたん)、長者は猿になったと。キッキッキと鳴く、本物の猿になったと。長者だけでなく、長者の家族はみんな猿になったと。そして、キッキッキッキッと鳴きながら、山へ行ってしまったと。
 お坊さんは、住む人がいなくなった長者の家を、昨夜お世話になった爺さんと婆さん、いや、もう爺さん婆さんじゃないね。若くて元気な二人に与えたと。
 昔こっぽり、てんぽろりん。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
・・・昔話のようだが、やはり粟と貧乏は切っても切れない間柄のようだ。

多少でも参考になったのはこれだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
満州引き揚げ回想記
昭21.秋   粟飯カレー
 物価は日に日に上がる一方で、こうりゃん飯さえ食べられなくなり、粟に格下げしました。ところが粟の方が胃の調子がよくて、カナリヤのようだなどと自嘲しながら、内心はそれ程辛くはありませんでした。
 委託販売を頼まれた物の中に特大のSBカレー粉の缶がありました。これを見て閃いたのが、粟飯にカレーをかけたらおいしいのではないかということ。そこで「粟飯カレー」屋の登場となりました。飯屋となると、通りすがりの人を頼るよりも多勢の人が集まるところの方がいいと思いました。それは、すでに、奥町のあたりにハラショに行った時体験ずみでした。沿道には湯気を立てた揚物、蒸物の露店が軒を連ね、ハラショで懐にお金を入れた人が先ず誘われてしまうのが食べることだということ。
 今でも思い出すさえ嫌な事があります。その日は叔母さんに正一を預け、身軽に繁華街を歩き回っていました。かつては、最新流行の舶来品で有名だったN洋行のきらびやかな店内が、今は委託販売店の寄せ集めみたいになって、うす汚れた我々が平気で出入りして活気を呈していました。そんなのを見たり、浪速町に出ている知人を尋ねたり、あれこれ欲張って用足しをしてすっかり疲れ、空腹をこらえていました。「大盛ぜんざい十杯食べたらタダ」なんて貼り紙などがやたら目につきました。ひょっと気がつくと、横町の人だかりの絶えたところに支那そば屋がありました。ついつい負けてしまって熱いそばを食べてしまいました。ちょっと大豆の粉くさい、インチキっぽいそばでしたが、生返った気分でした。ところが、あまりにも空っぽの胃袋に、突然熱いそばを急に流し人んだのが悪かったのか、いくらも経たないうちに気分が悪くなり、せっかく今食べたばかりの支那そばを、裏通りに駆込んでみんな戻してしまいました。今でも、あまり空腹の時は熱い麺類が食べられません。
 「粟飯カレー」屋のために大皿とスプーンを用意しました。こんなものは、大連在住の人が誰でも持っていましたから、すぐ用意できます。材料は、じゃが芋、人参、玉ねぎだけ。肉など入りません。油も味の素もありません。野菜は家で用意して行き、道端で煮ます。野菜と塩だけがたよりの味でした。例によって、看板はお父さんが書いた、今度は縦長い板。
 カレーの匂いに誘われて一人二人とお客が来、おじいさんか作った細長い形ばかりの腰掛けにすわると、私がごはんを盛ったお皿を差出し、お父さんがカレーをかけます。ごはんは一回分は家で炊いて、おひつに冷めないように綿入れでくるんで持っていき、カレーを煮たあと又一回ごはんを炊くのです。これは売れ残ってもどうせ家でも食べるものだから心配ありません。
 お客の中には、「肉が入っていないね」とか「バターは入れないの」とか言う人がたまにありましたが、殆どの人は安くて空腹を満たせばいいのですから、この粟飯カレーは毎日が売切れでした。使い捨てのお皿などない時ですから、このお皿の始末はトコロテンどころではありません。大変でした。
 隣に、かんころ餅をふかして売る老夫婦がありました。老夫婦といっても、今思えば五十才位だったかもしれません。いつも店を出してから小豆を煮ていました。一度煮立ててゆでこぼすところが印象的でした。多分明日使うアンコの用意でしょう。おいしくと心掛けているのがわかりました。この店もよくお客が来ていましたが、私共の店も繁昌しました。
 ところがしばらくすると、この私共のアイデアを真似する人が出て来て、粟飯カレー屋があちこちに出来てきました。私たちも負けずに頑張りました。利益は少なくても質で、(肉も油も入っていないのに)なんて考えましたが、手間もかかることを考えるとだんだんつまらなくなってきました。
 ある日、目の前にあった筈のスプーンを盗まれてしまい、これをきっかけに粟飯カレー屋は閉店することになりました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
満州引き上げ回想記というのがいかにも貧乏くさく説得力がある。オレの経験でも雑穀には、副食に味のきつい物がよく合う。ウガリのスクマ・カランガ、インジェラのカイワット、みな主食の味を誤魔化すような肉の油、香辛料の香りを強調した食い物だ。

そうでないときは学術的な記述ばかりだが、此処にも少し貧乏臭がする。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
英名: foxtail millet
科名: イネ科
学名: Setaria italica Beauv.
種類: 穀類、雑穀食用、飼料
起源 ・・・東部アジア原産で,わが国での栽培は縄文時代から行われ,穀物のなかではヒエとともに最も古い.
作物的特徴 ・・・種子繁殖作物で,温暖・乾燥地を好むが,北から南まで生態型が分化し,もち,うるちなど品種が多く栽培地域は広い.
用 途 ・・・子実は飯用,団子,菓子,あめ等に供されるほか,うるち種は小鳥の餌にも用いられる.
生産地 ・・・わが国のアワの栽培面積は明治末期には約20万haあり,雑穀類のなかで上位を占めていた。しかし,その後,減少の一途をたどり,現在は,かっての主産地であった岐阜,熊本,鹿児島県等で僅かに栽培されているだけである.

 古く日本に渡来した作物で '五穀’(米・麦・粟・豆・黍の説)の一つ。夏から秋に茎の頂に円柱状の15〜20cmの花穂を伸ばす。他に数種の穂型もあるが、穂は多数の小枝から成り、無数の小粒形の小花を密集する。一花は結実すると、黄色の小さな穀実を生ずる。うる種ともち種とがあるが、日本ではもち種のほうが多くつくられた。
 山間地や、やせ地の作物として重要であったが、現在では、ほとんどみられなくなってしまった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
縄文時代からお世話になってきたというのに今ではほとんど食わないそうだ。明治末期まではバクバク食ってやがったくせに・・・なんと日本人は恩知らずなことか!ごめんなさい粟さん、必ず食ってやります。オレは心に誓った。

数時間経った。しかし、こんなに検索を続けたのは久しぶりだな・・・決して外道サイト運営では見られなくなった執念だ。オマンコ豊作貧乏の国タイではマンコより粟飯の方に重い価値があるのだ。バンコクコージーに行っても粟飯は売ってくれない。
苦節数時間、ネット中を探しまくって、やっと見つけた粟飯レシピ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
材料:
( 4人分 ) 米  2カップ
もち粟  1/2カップ
水  2カップ
塩  小さじ1/2
料理法
1 お米を砥いで、ざるにあげ、30分ほどおく。もち粟もさっと水で洗い、水気を切る。
2 分量の水と、塩と1をさっとまぜ、普通のご飯を炊くようにする。(炊飯器の普通米炊飯でOK)
3 蒸らして、全体を軽くふんわりと混ぜ出来上がり。
好みで粟の分量は調整してください。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
なんだ・・・普通に炊けばいいだけだった。オレの努力は何だったのだ?
米との割合は4:1。この割合は守ろう。さんざん貧乏話で脅されたので警戒心が強くなり、黒沢映画の百姓のような粟100%の粟飯は怖くて炊けない。
コンチャン氏がくれた粟は、もち粟かどうかわからなかったが、そうであること祈る。

副食はこうした雑穀に合うだろうと経験的に判断した味のきついおかず、豚キャベツのみそ炒め。
これはオレがロンドンにいた頃、男ばかりのタコ部屋で同室の中国人と争いながら食った逸品。
キャベツを千切りにする。豚肉を少量細長く切る。両方ともいい加減に切っても良い。
次に中華鍋にベットリ油を流し煙が出るまで熱する。
肉・キャベツの順に入れる。
此処で酒を少量くわえる。酒はなんでも良い。今回はタイウイスキーだった。
キャベツから水分が出てきたら味噌を加える。コチジャンがあればその方がいい。
グッタリしたら出来上がり。仕上げに塩こしょうを少々。
唐辛子がなかったので少し味が弱かったが十分。
塩辛いので少量のおかずで大量の飯が食える。中国3千年の貧困が生み出した究極の貧乏おかずだ!
やっと準備がそろいオレは炊飯器の蓋を開けた。ほんのりかび臭い匂いがするが、それは間違いなく食い物の匂いだ。期待は膨らむ。

食ってみました。
ウン!麦飯やクスクスよりずっと食いやすい!!
見た目は米の飯の中に色の違う何かが混じっていると言う感じだが、コンチャン氏が言ったような硬いプチプチ感はない。粒が小さくてよく見えないので言われなければ粟が入っていることに気づかない。はっきり食感の違う麦飯より食いやすい気がする。やはり米との割合が重要な意味を持つ気がする。米の割合が少なかったらありがたい食い物ではないだろう。印象としては味は麦飯以上ウガリ以下。インドの屑米より石が入ってない分食いやすい。
なんで廃れちゃったのかな?
冷えるとポロポロになって食いづらい、とあったので常に箸を使い、保温できる炊飯器もなかった頃には嫌われたのかも知れない。
ヒロポン軍曹に電話して、粟炊いたから食いに来いと言ったのに頑なに来ない。昭和30年代まで娘の身売りが横行していた東北出身の軍曹には、まだ粟は生々しい負の記憶が残る食い物だったようだ。

外道平民のみんなも粟飯食って身売り淫売と価値観を共有しよう。もっともオレのように喜んで食っていたら彼女たちの気持ちは理解できないと思うが・・・。

次は稗とコウリャンに挑戦だ!

粟飯
材料:粟
入手方法:知らない
価格:知らない
材料:
( 4人分 ) 米  2カップ
もち粟  1/2カップ
水  2カップ
塩  小さじ1/2
料理法
1 お米を砥いで、ざるにあげ、30分ほどおく。もち粟もさっと水で洗い、水気を切る。
2 分量の水と、塩と1をさっとまぜ、普通のご飯を炊くようにする。(炊飯器の普通米炊飯でOK)
3 蒸らして、全体を軽くふんわりと混ぜ出来上がり。
好みで粟の分量は調整してください。
備考:おかずはカレーが良いらしい 他にも下品で味のきついおかずが良い





帰ってきたサルの店 御朋園 (ミィーフォーイェン・・・発音自信なし)
かつて、サルの店。いまブタの店、ときどき女子高生の店

オレはかつてこの店を『サルの店』と呼んで贔屓にしていた。小猿のような可愛いロリ娘がウェイトレスとして働いていたからだ。オジサンは大変好きだったぞ。ところが一つのミスを犯してしまった。この北の山から買ってきたロリザルの店に童女食いの淫獣ローリー山崎を連れて行ったしまったのだ。案の定、ローリーは獲物をねらう獣のような目つきでロリザル達を視姦し、身の危険を感じた可愛いロリザルは店を去った。
それ以来、店の雰囲気はがらりと変わった。社長兼シェフの奥さん=大ブタ、子供=子ブタ、イサーンから連れてきた気の利かないブス=普通のブタ、が支配する暗黒世界へと転落した。しかしながら味は変わらず、値段の割に美味い、しぶしぶ貧乏性のオレとヒロポン軍曹、関西人でケチなアナル山本は変わらず通っていた。
ブタやサルの話ばかりしていて肝心の料理について話していなかった。『御朋園』は中華料理屋である。日本に住んでいたことのある経営者夫婦(社長シェフと奥さん)は流暢な日本語を話し、メニューも日本語併記、日本でおなじみのラーメン、餃子、ニラ玉、エビチリ、麻婆豆腐、チャーハンなどもありほぼ日本語でオーダーできるので至極便利。他のメニューも写真付きなので簡単に内容が理解できる。値段も一皿100を超えるものは少なく、二人で行ってビール頼んで3皿程食い、もう満腹と言う所まで行っても500を超えることはまず無い。その上、場所はあのラチャプラロップ通り。歩いていける範囲にチャオプラヤー1&2、尺八専門のヤワラー温泉まである都心のヌキ場だ。
中華料理たらふく食って、ニンニク臭いゲップをゲフッ吐き、その後は食後の運動をかねて若い子と一発・・・ウーンまさにオヤジの週末ゴールデンコースだ。
最近このブタの店に嬉しい異変が起きた。ブタのオバサンの親戚に女子高生がいたのだ!学校が終わる夕方から店を手伝いはじめたのだ!!親戚の娘の女子高生はやはり友達の女子高生を店に呼んでバイトさせている。ブタのオバサンは子供の子豚が幼稚園に行き始め手が離せないので開店時とレジを閉める閉店時しか姿を現さない。こうなると一転、豚小屋は乙女の園へと激変した。美味くて安いのに、何かつまらなそうな顔をして飯食ってた近所のラチャプラロップマンションやソイランナムの貧乏日本人達は急にニヤケはじめ、意味無く女子高生に話しかけて喜んでいる。
帰ってきた女子高生小猿の店『御朋園』で視覚的な満足を、そして食後にチャオプラヤーマンモス風呂で肉体的な満足を、まさに外道者のための飯屋である。
店の表のガラスには日本語で中華料理、ラーメン、餃子と書いてある。女子高生は少し日本語を話す。主人と奥さんは少し訛りがあるモノのほほ完全な日本語会話が出来る。店内食べるのはもちろん持ち帰りも出来る。梅干しと日本米売っている。
タイに住んでいる日本人や数ヶ月滞在の出張者、意味無くタイに住んでいるプータロー日本人にとってもありがたい存在である。
今日オレはニラ玉と麻婆なすに中華スープ、飯にミネラルウォーター、しめて170Bだった。ウェイトレスの女子高生と店の前でバス待ちしていた女子大生の超ミニスカ見ていたらムラムラしてきたので帰りにチャオ2のぞいた。興奮は何故かすぐ醒めた。
なにはともあれ、今度は決してローリー連れて行かない。

御朋園 (ミィーフォーイェン・・・発音自信なし)
78/17 rachapurarob Rd,makasan,payathai,bangkok 10400
tel;02-6401241
mobile:083-9803168








ザ・グッド・ビュー

タニヤのオネイサンとの同伴デート。ライブ・ミュージック&フード&ドリンクのお店(http://www.goodview.co.th/2006/home/home.php)。ラマ3世通りと交差するチャロエン・クラング通り(発音自信なし)突き当り。チャオプラヤ沿いで、川風が心地いい。シーフードもおいしい(Pはイカの卵詰め)。店員さんも気持ちいい。帰りも、タクシーの拾える大通りまでお店のツゥクツゥクで送ってくれた。
2525 CHAROEN KRUNG RD., BANG KHO LAEM
BANGKOK THAILAND 10120
Tel. 66 2 6891393 - 6
Fax. 66 2 6891397
Email : gvbkk@goodview.co.th











ロンビア(ビアホール)タワンデーン



ポムマイミイポムさんからの情報:ここもタニヤのオネイサンに連れていってもらった。場所は酔っ払っていて、よくわからない。ラマ3世通りかな(ホームページ:http://www.tawandang.co.th/)。ライブ・ショー&フード(「豚ももの丸焼き」が旨かった)&ビールのお店。1メートル超の長細いビールサーバーって世界共通? 日本じゃ見たことないけど、よくわからん。せこいハゲオヤジは、飲み残しのウイスキーを持参。持ち込み料は、200BでOKだった。歌謡ショー、ビール早飲み競争、アクロバット等々。零時回ると完全にディスコ状態。昔のコロシアム(トンロー)の、料理いいバージョン? 田舎モンには、ものすごく楽しい。3人で2,000B弱。





第9回 カフェ・シンフォニー


人を外見で判断してはいけない
スタバ全盛期の今、昔懐かしい、いかにも脱サラしましたみたいな親父がやっている喫茶店は絶滅状態であると聞いた。オレはタイ住まいでよく知らないが、なんだか残念な気がする。学校ふけて、会社抜け出して、休日に家に居づらくて、いろんな逃げ道として街の喫茶店は男にとって有益な場所だった。平日の昼過ぎなんかは暇そうなマスターが何時間でも無駄話の相手をしてくれた。外国にはこうした空間をなかなか見つけられない。オレはタイに暮らしだして数年間こういう無駄空間を探して、さまよい、なぜか関係ない女に金取られたりしていた。無駄な時間はつぶしたイが、無駄金つかうのはいやだ。まあ関係なかった。
ある日の午後、オレはトンローの喫茶店でコーヒー飲んでいた。
この喫茶店、カフェ・シンフォニーは昔懐かしい日本の喫茶店で、当然日本人のオヤジがやっている。喫茶店を恋しがるのがオヤジだけになってしまったのかもしれない。店名からしてどこか懐かしいというか、ベタと言うか、まあ昔の喫茶店風だ。ラテなんて当然無い、コーヒーはブレンドとアメリカンにきまっとる!。お決まりごとのミックスサンドとナポリタン、カレーピラフなんかもある。モーニングサービス(まだ日本でこの喫茶店朝定食はあるのだろうか?)もやっている。店内には暇そうな日本人オヤジたちがどこか惚けたような顔をして新聞片手にコーヒーすすっている。まあそんな店だが、ここでも喫煙規制の魔の手が伸びていて店内禁煙、でもオヤジは喫茶店と言えばタバコだ。オレもそう、1卓だけタバコを吸う奴のために店の前にテーブルを出している。オレはいつもそこでコーヒーを飲むのが最近の日課となっていた。
『ウム、100年に一度の世界的金融危機か・・・フッ、サッパリ関係ねえな』
その日もオレは意味なくえらそうにふんぞり返り、新聞読みながらタバコをブーーと下品にふかしていた。その時、一人のタイ人の兄ちゃんが店の前にバイクを止め、オレに近づいてきた。
『あのー電話した****です』
『あー??』
『あのーーー、面接に来ました』
『ヘっ?』
兄ちゃんは店頭でタバコふかしているオレを店の経営者と勘違いしてバイトの面接を申し出たのであった。オレは親指で店内を示し、中に入れといった。オレとしては勘違いを正したつもりだったが、兄ちゃんはそれでもオレにヘコヘコしながら店に入り、こちらをチラチラ見ながらマネージャー格と見られるタイ人と話をしている。
オレは気づいてしまった。俺のフウタイはどう考えてもかたぎの勤め人ではない、だがらといってやくざでもない。しいて言えば、極めて自由業風の小商店主、固くない業種の・・・喫茶店の親父に近いかもしれない。意識してやってるつもりは無いが変な色がついてしまったな・・・。これは・・・はたしていけているのだろうか・・・??
皆さん、人を外見で判断するのはやめましょう。

PS;この店で一つ残念なのはタイのコーヒー豆を使っていることだ。思い入れはわかるがタイのコーヒーまずい。普通の豆もおいて欲しい。

PS2:もともとメルマガ用に書いたが面倒なのでそのまま転用。暇なオヤジどもいい歳食って漫画喫茶なんて行ってるんじゃねえ!たまには昔を思い出してサテンでスポーツ新聞読め。

Cafe Symphony
49 soi 55 sukumvit rd Bkk 10110
tel;02-712-5425





第10回 横濱 家系 ラーメン 秀家


でたな秀家

変な場所にラーメン屋が出来た。
かつて一夢庵という不吉な名前の日本食屋があったところだ。ヒロポン軍曹と今一な飯食いながら話したものだ。
『なんで一夢庵なんだ?』
『一夜の夢なんでしょうかね』
『一度だけでも夢見たい脱サラレストランかな?』
『この客入りじゃ、今となっては夢のままでいた方が良かったでしょうね』
『悪い夢だな』
言いたい放題いったものだ。それぐらい場所が悪かった。アソークディンデンの風呂屋アムステルダムよりディンデン通りを100Mほど南下、周囲になにもなく少し離れて豊田通商がある都心の僻地だ。当然周囲に日本人が多いとも思えない。それどころか人がいない。渋滞酷いが生活感はない。なんとなく埃っぽい湾岸工業地帯を思い起こす寂しい土地だった。駐車場もないので車でも行けないし、地下鉄の駅からは300Mほど歩かなければならない。あらゆる意味でアクセス不可。店商売のブラックホールみたいなところだ。
オレは前から気になっていた。
横濱 家系ラーメン 秀家 と看板が掛かっていた。
家系?横濱??宇喜多秀家ではないようだが・・・考えてみれば宇喜多秀家は島流しにあったような気がするな・・・流されたような場所に在るからだろうか?イヤイヤ、そこまで卑下する余裕を今の日本人は持たないはずだ。
家に帰ってグーグル。便利な世の中になったものだ。

家系ラーメン
家系ラーメン(いえけいラーメン)は、横浜のラーメン屋、吉村家を源流とし横浜市周辺を中心に広まったラーメンおよび一群のラーメン屋の呼び名とされている事が多い。
定義は曖昧であり、色々な意見や説がある。
豚骨醤油ベースに太いストレート麺で、それらのラーメン屋の屋号に「〜家」とついているところが多かったところから、家系と呼ばれるようになったとも言われるが、それに当てはまらない名称の店も増えた。店名の「家」は「や」と発音するが「家系」は「いえけい」と発音する。
吉村家またはその系列の店で修行したことを絶対条件とし、味が似ていてもそれ以外は亜流とする意見もある。
歴史
関東を中心に展開していたラーメンショップの出身であった吉村実が1974年にJR根岸線新杉田駅近くに開き、その後横浜駅近くに移転した豚骨醤油系とされる吉村家が起源とされている。吉村はその後、本牧家を開業。本牧家で修行をし、店長を務めていた神藤隆が独立し、1988年、東白楽駅近くに六角家を開業する。他の弟子たちも本牧家を辞め、怒った吉村は本牧家を一時営業中止し新聞沙汰にもなった。その後、六角家は新横浜ラーメン博物館がオープンしたときに地元代表のラーメンとして出展した。また、本牧家・六角家にいた近藤健一が関わった横濱家などが横浜市北部でチェーン展開した
麺・・・酒井製麺所または丸山製麺所・大橋製麺所などの太いストレート麺が使われる。
スープ・・・大量の豚骨、鶏がらを使った豚骨醤油がベースであり、茶色がかっていることが多い。一般的に味の濃さはきつめで、こってりしている。
具・・・チャーシュー、大型の海苔、ホウレン草が基本。刻んだ長ネギやニンニクがのる店もある。またチャーシューの煮汁で煮た味玉子などを追加トッピングとする店も多い。
脂・・・鳥皮からとられた鶏脂(ちーゆ)が使われる。"家"と店名についていてもこの脂が使われていない場合があり(例:丸千代山岡家)この場合、家系とはされない。
注文方法・・・麺の量(大・中・小)、麺の固さ(固め・普通・やわらかめ)、脂(多め・普通・少なめ)、味(濃いめ・普通・薄め)を注文時に選ぶことができる。
サイドメニュー・・・一般にサイドメニューの点数は少なく、餃子のない店も多い。一方でキャベチャーというキャベツと唐辛子をごま油で炒めたものがある店が多い。これは有料の場合と無料の場合がある。ゆでたキャベツのトッピングがある店もある。
店・・・大部分の店が全面禁煙で、食券制の店が多いこと、麺の固さ(固め・普通・柔らかめ)、味の濃さ(濃い・普通・薄い)、油の量(多い・普通・少ない・無し)などの好みをオーダーして欲しいという旨を表記する店が多いことが挙げられる。

ウーン、なんでもいいけどラーメンごときでオタク過ぎないか?ラーメンはもっと頭を空にして食う物だと思っていた。ラーメンに宗家があるなんて知らなかったぞ。これは心して食わないとオレまで島流しになってしまう。これ以上どこに流されろって言うのだ。
心細いのでヒロポン軍曹を連れていく。自衛隊防衛出動だ。バイクで行ったがバイクですら停めるところに困る。強引に歩道に乗り上げて駐車。これで歩道を歩くことは物理的に不可能になった。客いない・・・一夢庵の時と同じだった。客ではないが人はいたフリーコピー(ワイズ)の営業がラーメンの写真撮っている。取材??イヤ広告の営業だろうか?
店の内装は・・・内装と言った物は何一つなかった。実に男らしい店だった。
メニューは・・・これも男らしく、ラーメンただ一つ。味噌だの醤油だの坦々だのと言った物はない。ラーメンだけだ!秀家、お前は男だ!!
食う前から興奮して汗が出た。

前情報通り、ラーメンの注文方は麺(ゆるめ・普通・固め)味(濃い・普通・薄目)油(多め・普通・少な目)と並み盛り・大盛り・超大盛りとサイズを指定する。
うーー注文するまでに決断力に欠けるオレは疲れる。初めてでわからないので並み盛り、指定要項はすべて普通。軍曹は大盛りで普通。共にオヤジ臭く餃子とライスも頼んだ。
やがてラーメンが運ばれてきた。一口食う。こっこれは!濃い、濃すぎる!オヤジ肝臓殺しだ!!味自体は悪くない。いや、むしろおいしいラーメンと言って良いと思う。だがこれは・・・部活帰りの高校生には丁度良いかも知れないが、たいがい肝臓の死んだオヤジにはテロ行為だ。味が実に濃く、油の粘度はもはやカルボナーラ級。冷やしたらスープごと半固形になりそうだ。普通の濃さでこれなら、濃い味・油多なら一体どうなってしまうのだ?
濃い濃いと言っていてもうまく伝わらないと思うので、例をあげる。ラーメンライス専用スープと言った感じ。ゆるいカレーくらいかな。
自衛隊の缶飯(レーション)で濃い味に慣れているヒロポン軍曹ですらグッタリしていた。
餃子は皮がぱりっとしてうまく、後日食ったチャーシューマヨ丼もうまかった。問題はすべてに濃いので、チャーシューマヨ丼とラーメンを同時に食うことが出来ないことだった。
結論が出た。
横濱は関西だった。

シーザーの末裔と言われるハプスブルグ家の秘伝スープ オリオスープは実に濃厚な味がするそうだ。こういう味なのかな?きっと違うと思う。誰か違うと言ってくれ。

高級風呂アムステルダム入浴後に素の自分に戻るために超ギトギトラーメン 秀家で夕食。または秀家で腹ごしらえの後、アムスで自爆覚悟の決戦にのぞむ。どちらも外道者としては本望であるが、あまりのギャップに頭がクラクラすること請け合い。時空と身分を超越した性と食の決戦だ。

当初、メルマガの編集後記として書いていたが興がのって長文になったので外道グルメに転載。



横浜家系ラーメン 秀家 追加情報;余計なお世話だがHPがあるらしいので追加する
http://hide-ya.com/
ウーン!しびれるぜ。今時あり得ないスーパーシンプルサイト 秀家 お前は男だところで今までヒデイエとかヒゲとか読んでいたがヒデケと読むらしい。最近行ったら客が増えていた。上手くいってよかったね。日本では人間が薄くなった分、味は濃くなっているようだ。(2011年6月12日)
くれよんツンちゃん の感想;外道グルメ「横濱家系ラーメン秀家」を見て行ってきました。平日午後8時、我々二人組みが入店した時に客はいませんでしたが、そこからゾクゾクと客入りがあり、退店時にはにぎわっていました。総座席数25くらいでしょうが、15くらい埋まりました。タイ人家族が一組、それ以外は日本人男性でした。外道さんのコメントに「こってり半端ねぇ」とあり、多少びびっていましたが、当方30歳、基本こってり派の舌と肝臓にとっては驚くほどでもなく、日本でもよくある程度の濃厚スープかなと感じました。味は絶品、一緒に行ったラーメン大好きの友達は興奮していました。もっとも大きい特盛りでも200バーツ、これは本当に巨大です。トッピングのもやしの量も相当でした。トッピング各種30バーツ。雰囲気も、タイのオシャレぶったトレンディラーメン屋というのとは違い、日本にある普通のラーメン屋という感じで落ち着けました。次回はチャーマヨ丼行ってみたいと思います。いい店教えていただきました。ありがとう。(2011年3月4日)





応援したい店!うら庭 BY2002大将

プロンポンのパラダイスマッサージで、スッキリしたあと、腹が減ったので、以前から、キンカーオ ドゥアイと煩かったソイカの女に電話して、エカマイで待ち合わせすることになった。
 めし屋は、彼女に任せてタクシーで、5分ほど。なんか、豪華な店の前にタクシーを止めよった。駐車係から、正面玄関入口にインカムを付けた案内人もいる。「鴨が来たと、店内に連絡しているのか??」。とっさにコイツ俺からたかるつもりだな?と一瞬で思ったが、もう引き返せるムードではない。仕方なく席に着くことになった。すると、ウエイトレスが、メニューの説明をしだした。とりあえずビヤシン頼んだら、「飲み放題のほうが得ですよ」。はっ?ビヤシン1杯120B、飲み放題390B。3杯飲んだら元が取れる。そりゃー飲み放題のほうが得だな。なんか拍子抜けした(笑)適当に、オススメメニューを頼んだ。チジミ、韓国の料理じゃなくてなんかピザみたいな、クレープみたいなものがすぐに来た。アローイ!タイに滞在3週間目、もう激辛料理に胃が悲鳴をあげてたので、このバナナクレープのような優しい味わいに感動した!ビールも勧む、もう5〜6杯飲んでる。パタヤのハッピーアワーで飲む59バーツの不味いハイネケンドラフトとは、全く違い日本で注文する「とりあえず生!」と同じくキンキンに冷えている。そんな時、見た目マレーシア人のオーナーらしき人が、挨拶に来た。 「いかがでしょうか、楽しんでいただいてますか」と・・・。あーそうか。やっと気づいた。ソイカの女、俺に気を使って日本人オーナーの店に連れてきたんだな。それで、ウエイトレスも、インカム付けて客の動作一つ一つチェックして、ビールが少なくなると次のビールを持ってくる、日本人経営だからこそできるきめ細かい教育の行き届いたサービスが出来ているんだな。そんな感じで、この豪華な店で、優雅なひとときを過ごしていると、タイ舞踊のショーが始まった。スワイなおねーさんの、本場のタイ舞踊に癒される。ゴーゴーで、ノーパンでケツ振っているショーしか見てないので、やけに新鮮だ(笑)。。本当に気分が良かったので、社長を呼んで、一杯ご馳走した。タイでの経営の難しさや、苦労話も気さくに話してくれて、本当にナイスガイな社長で、ぜひ頑張ってもらいたい応援したくなる店でした。タイ舞踊が見れて、旨いメシによく冷えたビール。コストパフォーマンスは最高!いずれ、こんな私でもタイで店を持ちたいと思っていたので、すごく参考になる話を聞かせてもらった。トンローで、蕎麦屋でもやろうかと今、真剣に検討中。。

http://www.asiandining-uraniwa.com/index.html
MonkeyBanana2.Com Free Counter
SINCE 2003年3月3日