投稿外道体験記2000







いやぁ、楽しかったッス!

(2000年12月17日 Now famousさんからの情報)
風俗&タイ未経験の私が、関空夜中発の便でひとりバンコクへ出発した時の報告です 外道さんのページにはいろいろとお世話になっているので役にたてれば幸いです (風俗未経験といっても熊本県のピンサロでむりやり手コキぐらいはありましたが)

仕事を終えたその足で空港に向かったので、さすがに疲れていてAM7:00にフォ−チュナホテルに着いてから、1時過ぎまで爆睡しましたその後、初心者の私はMPはお昼からはやっていないだろうと思い込んでいたので面白くも無い仏像見学ツアーに参加して決ました。これは省略します

やっと夕方6時になり、当初の計画通りヒロポン軍曹(HPの通りこう呼ばせてもらいます)おすすめのメリーに向かいました タクシーの運ちゃんに「バンコクは初めてか?」と聞かれ、正直に「うん」と答えてからは、「メリーは休みだ!」とかいわれ、他のMPに勝手に連れていかれたので、「こんなとこ来たかねーよ」といってそれからは地図で道をその都度チェックしながらメリーへ向かいました。運ちゃんに「メリーなら1500位だ!」と言ったらアタミでも2000でいいと言うので、少し興味もあったけどそこは初志貫徹「メリー」といい続けました。それでも諦めない運ちゃんはその他5件くらいのMPの前を通る度「見るだけ只」といって車を入れようとするので、怒りながらNo!!を連発。やっとの思いで付いたはいいものの道路を挟んで反対側へ停まられました。「メリーは休みだ!」と言った手前でしょうか?でももう目の前なので怒りも消え、歩道橋をわたり、女子中学生とすれ違うのも気恥ずかしかったけど歩いて念願のメリーの中へ。

入るとチェックも何も無く、いきなりの水槽にでてしまい向こうから見てる沢山の目に圧倒され「恥ずかしくて水槽近くに寄れない」状態、しかたなくラウンジでビールを注文し少し様子を見ることにしました「これがMPかー」とラウンジの客層を見たり、VIPと思しきネ−チャンたちを眺めながら待つこと数分、めちゃめちゃ可愛い子が水槽前を横切りVIP席の一番上座に座りました コンシア(っていうんですよね オヤヂ)が隣に座って料金の説明が始まりました一番最後、目を付けたその可愛い子だけ一人、なんと2600でした (おやじには何も言って無いので、足下見られたわけではないでしょうが・・・ 顔にでてたのかな?)彼女はN0.1だそうで、「うーん並みの約2倍か・・・」と真剣に悩みなどせず即決しました ちかくでみてみるとさらに可愛く、「おいおいいいのかよ」といまさらビビりながらも彼女について部屋に行きました 

彼女はチェンライ出身Torちゃん(20)で、胸にNo.1バッヂを光らせていました その後は見るものすべてが初体験の私を気にもせず淡々と進んで行きました (さすがにお風呂の用意が出来た瞬間は緊張しましたね)お風呂の途中、黒人やヨーロピアンのでかい「アレ」がホント嫌だとか、今度両親をつれてデンマークへ旅行するなどたわいない話を聞きながら、体を洗われベッドでマッサージをうけていると突然「Smoke Ok?」といきなり言われ何のことかわからず「??」と思っていると、ゴムを付けられSmoke(納得!)されました。かわいい顔フェチの私はその顔を見ながら大興奮ですその後も、騎上位、正常位と行いフィニッシュ直前には 噂では聞いていた「オーイ、オーイ」というタイの声を聞き、中で大放出しましたしばらく溜め込んでいただけあって沢山出ており、「Hot,Hot」と熱くなった自分を扇いでいたTorちゃんも驚いていました。帰りにチップを渡そうとすると断られ、なんだかとても清々しい気持ちになって帰りのタクシーでは窓外を眺め、「俺ってめっちゃラッキー!」と物思いにふけてホテルへ帰ることにしました。 

が、途中気が変わり、ナナプラザを探検することにしました。

HPに書いてあった通り頭の悪くなりそうな雰囲気に笑いながら1〜3階をくまなく探検し、あやしい日本人に笑いかけられたり、カンフーショーでステージに上がらされている日本人を大笑いで盛り上げたりと、なかなか楽しく過ごしました 腹が減ってきたので1Fのバーでまずいハンバーガーを食い、日本語がやけにうまい不細工なネーチャンをシカトしながら隣にいたオーストラリア人のおっちゃんとナナについて喋っていました今工事中の1Fのバーが一番お勧めだとか、ハンバーガーの上手い店とかショーの有る店を聞きました このおっちゃんは6年バンコクに住んでいてベトナム人の奥さんがいるそうですいいかげん酔っぱらってきた彼の最後の忠告は「ストリートガールは持ち帰るな!」ということでした 10回くらいパスポートや財布を取られたそうです(こいつアホやな)と思いながらも肝に命じることにしました

12時をまわりナナの雰囲気にもなれ、特に可愛い子もいないので一度ホテルへ帰ってからテルメへ出発しました 場所がわからなかったのでタクシーに飛び乗り「テルメ!」となんどいってもわからず、タクシーを変えてもわからなかったので部屋へ戻りパソコンで地図を調べることに。 歩いていける距離だったので歩いて行きました

店内は混んでいて(翌日これがかなり空いている状態だということに気付くことになる)やっと片側があいていたボックス席に座ってビールを飲むこと10分。座っているだけでは店はみわたせず、こっちをみる女の子は不細工ばかり。 しかたなく目の前で獲物を狙う豹のように店内を見ている50歳くらいのスウェーデン人のおっさんに話し掛けることに。 かれは20年前にテルメにきていたらしく、変わり様に驚いていましたが、バンコクの女はヨーロピアンにはない男に奉仕する姿勢が最高、男は最悪(得にタクシーの運ちゃん)、パタヤはもっと安くいい女がいると言っていました。ちらちら周りを見ながら話をしていて、話のつきたころにふと席の隣を見るとちょっと可愛い感じの子が立っていましたおっさんに「あの子可愛いと思わない?」と聞いたら、手招きをして隣に座らせてくれました彼が声をかけなければ、遠くから禿鷹のようにみつめていた日本人の親父に取られていたでしょう。(このときのこの日本人の視線は久しぶりに恐怖を感じました)

彼女はAnn(25)20位かと思っていたら以外といっていましたでも可愛いし、英語が通じるのでしばし下らない会話をしていたら(自分から誘えなかった)突然「あなたのホテルに行く!」と言い出し、お持ち帰り1500で決定。コンビニで買い物をして帰り道、実は結構日本語を知っていることが発覚。ホテルで体を洗われながら「私は日本人専門なの」、「日本人のアレはたまに凄く小さいからいい」と言っていたのに、私の息子を見て一瞬引いてました。「彼女はいるの?」「いるよ(実は既婚者)」「ウワキモノ(日本語で)」とか話ながらベッドイン。彼女の生Smokeはかなり気持ちよく、盛り上がってきたところで攻守交代。またしても「オーイオーイ」の声に、異国情緒を感じながら挿入。始めは気持ちよく付きまくっていたのですが、もうすぐイキそうだ!ってときになんか彼女の様子がおかしい聞いてみると「お腹の中が少しイタイ」だそうですうちのかみさんもたまに言うので、それでそのままおしまい「お客さんがイッてくれないと悲しい」といっているAnnを少し可愛く思っていたので、1500をそのまま払ってお別れしました話も楽しかったので、満足しています 次にテルメに行ったら探してしまうと思います(また最後までイけないかも) 

長くなりましたが、これが私の初日の経験です インターネットのおかげでいろんなことで得をしましたまだまだ外道としては未熟だと思いながらも、また2月に行って修行しようと計画しております



女の涙にゃ弱いなぁ

(チンチンアロイさんからの投稿 2000年12月15日 )

月曜日から仕事の予定があるにもかかわらず、会社にはチケットが土曜日の飛行機しか取れなかったとウソを言って、土曜の来泰が決定した。バンコクについたのは夜でホテルにチェックインした頃には夜12時をまわっていた。それにしてもバンコクに着いた日というのはどこに行こうか迷ってしまうものだ。こういうときに思い出すのは「困ったときのナナ頼み」という格言(?)で、チェックイン直後に早速タクシーでナナに向かうことにした。ナナについたのは夜1時前。でも土曜の夜ということもあり、世界から集まった外道共であいかわらずにぎわっている。とりあえずは1階にある某ゴーゴーバーに入った。ここのゴーゴーバーでペイバーをしたことはほとんど無い。しかし、よく来るためか、店員は私のことを良く知っており、いつも店員とばかり話しが弾んでしまう。ステージを見渡すと、さすがに夜1時となると可愛い子は既にペイバー済みで踊っている女の子に可愛い子は見当たらなかった。「まあ今日はここの店が終わるまでここで飲んで、その後テルメかサイアムでも行こう」と思い、馴染みの店員と話ながらビアシンを飲んで一人楽しむことにした。やがて音楽が終わると同時に店内が明るくなり、店が終わった。私は店員にチェックビンをお願いしてそそくさと帰る準備をしていたが、そのとき、一人の女の子が私に声をかけてきた。

「ずっとあなたのことが気になって見ていたのに、全然気づいてくれないんだもん。あなたここで人気があるみたいよ。だって、みんなあなたのこと気になって見てたから。」

よく見るとこんな子居たっけ?っという感じの可愛い子だ。名前はサイといい、年は20歳。顔はタイ人風八代亜紀の若い頃(可愛くなさそうな表現だけど実際はかわいい)という感じの子だ。

「お世辞は言っちゃダメだよ。俺はお世辞が嫌いだ。」
「本当よ。みんなの視線があなたに釘づけだったわ。」
「じゃあ何で今まで声をかけなかったの?」
「だって、みんなが声をかけるからなかなか声をかけられなくて・・・」
「そうか、まあお世辞でもうれしいよ。ありがとう。」「今日はこの後あなたはどうするの?私はあなたと遊びたいわ。」
「じゃあ、ナナホテルのレストランに行って待ってるから、そこに来なよ。」
「うん、わかった着替えてから行くから。」

という会話が交わされ、私はゴーゴーバーを出てナナホテルのレストランに行き、ビールとツマミを食べながら待っていた。すると程なくサイちゃんは現れた。しばらく私はビール、サイちゃんはスイカジュースを飲みながら、会話を楽しんでいたが、会話が一瞬途切れ、その沈黙を破るように彼女は私に言った。

「あなたのホテルに行ってもいい?私今日はあなたと一緒にいたいわ。 お金とかは要らないから、ね、お願い!!」

そこまで女の子に言わせてしまうと男として断るのは失礼なので、当然快くOKと言い、私のホテルに二人で帰る事になった。しかし、話していて思ったのは本当に純粋な子だ。私が外道であることを疑いもせず、私のことを気に入ったから、お金もらわなくても私の部屋に来たいなんてことを言ってくれるなんて。君の前にいる男は超外道者で、君とHすることだけが目的なんだよなんてことを心の中で思い、ちょっと心が痛んだ。しかし結局は私は外道なので、そんな思いは0.2秒とかからず吹き飛び、頭の中はHのことだけでいっぱいとなった。

ホテルの部屋に二人で行くと、そこでは誰でもがするように、男と女でする決まった儀式が行われた。先に彼女がシャワーを浴び、そして私がシャワーを浴びた後、二人はむしゃぶるように唇を奪い合い、愛撫をし合い、そして繋がり合った。私は理性が飛んでしまうと、コンドームをつけないでしてしまう。彼女もそれを望んでいるかのように、私を迎え入れてくれた。やがてお互い絶頂に達し、私は熱いものを彼女の中に放出した。私は放出した後もそのまま繋がったまま、彼女の上に乗り、しばらく彼女と熱いキスを繰り返した。程なくして、私は彼女の中から私の物を抜き出し横になった。彼女は私にもたれるように体を預けてくる。

「気持ちよかったわ。」
「俺もすごく気持ちよかったよ」
「あなた、かわいいから彼女いっぱいいるでしょ?」
「いやそんなこと言われたこと無いし、彼女なんて全然居ないよ。」
「本当?じゃあ、またここに来てもいい?」
「ああ、いいよ。」


そんな会話をしているうちに、いつの間にやら眠ってしまい、目覚めたのは次の日の昼前、彼女が帰る準備をしているときだった。

「もう帰るの?」
「うん。今日はお姉さんが来るから、帰らなきゃ。 本当はあなたとずっと一緒にいたいのに、残念だわ。」


昨日はお金は要らないと言っていたけど、それもなんか気がひけたので、財布の中から1000BHT出して渡そうとすると、受け取ってくれない。でもそれじゃあということで、とりあえずタクシー代100BHTだけ渡し、私の携帯電話の番号を教えてから、彼女は帰っていった。

それからというもの、彼女は毎日のように私の携帯に電話してきては、「今日の夜行っていいか?」と言うようになった。私はMPにも行きたいし、ナナのほかのゴーゴーバーにも行きたし、遊びたい盛りであるため、彼女にはほとんど「忙しいから今日は会えない」などと答えていた。しかし、時々疲れて出かける気がしない時や、懐が寂しい時には、彼女をホテルの部屋に呼び、そして二人の儀式を行い、決まって朝私が仕事に行く準備をし始めると同時に彼女は目を覚まし、「今日も仕事なの?私はあなたとずっと一緒にいたいのに!!」という彼女をなだめては、タクシー代の100BHTを渡し、彼女を帰していた。彼女は本当に私を気に入ってくれているみたいだ。私は嬉しい半分、しかし遊びたい盛りの外道である私は、彼女の好意をもてあそぶように、遊びたいように遊び、彼女を便利な女としていた。

時々、金曜日の夜に彼女を呼び、その次の日一緒に過ごすこともあった。そういう時は決まって土曜日夕方まで、二人で体を求め合っては、疲れて眠るということを繰り返した。そんな時面白い経験もした。彼女が日本食を食べたいというため、夕方出かけることにした。彼女がよく行く日本食屋があるからそこに行きたいということなので、彼女に言われるままタクシーに乗った。彼女はタクシーの運転手にスクンビットのソイ24と告げた。まさかラーメン一番かなぁ?と思っていると、着いたのは案の定ラーメン一番。私はゴルフに行った後、ここの近くのタイマッサージに行って、ラーメン一番でご飯を食べてBTSに乗ってナナに遊びに行くというコースを休日のゴールデンコースと呼んでいる。時間帯も知り合いが居てもおかしくない時間だったため、ビビリながら店の中に入ったが、店の中に知り合いの姿はなく、ホッと胸をなでおろした。しかし、彼女はやたらと店員の女の子複数と親しくしゃべっていた。聞いてみると彼女はその昔ラーメン一番で数年間働いていたそうだ。そしてこともあろうに、店員の女の子達に、「これが今の私の彼氏よ!!」と勝手に紹介してしまっている。店員の女の子達は全員私のほうを見て微笑みかけている。「あちゃぁ、これで会社の友人達とはここに来れなくなったなぁ」と思っていた。ラーメン一番を出た後、彼女はカラオケに行きたいという。じゃあということで彼女の馴染みのカラオケ屋に行くことになった。「ここよ!!」と彼女につれてこられたカラオケ屋とは、なんとソイ5にあるカラオケパブだった。「なんでカラオケするのにカラオケパブなんだ?」っと彼女に聞くと、「ここで私は以前働いていたのよ。」と言っている。その割には全然日本語が喋れないなぁと思いつつも、彼女に引っ張られるようにそのカラオケパブに入った。まるでその店に同伴でやってきた人みたいになっていたが、二人とも立派な客である。そこのパブの女の子全員にも、「これは私の今の彼よ!!」と自慢げに言っている。そんなこと言わなくてもいいのにぃ・・・しかも普通にカラオケパブに2人で行くときと同様、店の女の子が二人付いている。「女の子のテーブルチャージはつくのだろうか?」という疑問をもちつつも、開き直って、歌って飲んで盛り上がることにした。そんなこんなで盛り上がって会計を見ると、シーバスのボトルを入れて1500バーツ。なんだ取られてるの酒代だけじゃんと思った反面ボトルキープしてても、もう来れないなぁとも思った。

そんな二人の曖昧な関係は私の滞在中ずっと続いたが、ある時事件は起こった。それは日本に帰る2日前の金曜日の夜。その日私はナナの2階のゴーゴーバーに行き、すごく私好みの子を発見したため、彼女をペイバーしてしまった。二人で私のホテルに行き、二人の儀式を終え、横になって二人でうとうとしていると、私のホテルの部屋の電話がなった。「誰だ?仕事の緊急の電話かなぁ?」と思い出てみると、なんとサイちゃんであった。

「今、ホテルの下のロビーに来ているんだけど行ってもいい?」
「今日はダメだ!!」
「なんで?今部屋にいるんでしょ?」
「いるけど友達が来ているからダメなんだ?」
「友達って女?」
「いや違う男だよ。日本人の。」
「うそ。女と一緒にいるんでしょ?」
「違うよ。」
「じゃあ今から私あなたの部屋に行くから!!」
「だからダメだって。」

というごまかしの会話の後、電話を切ってから数分後、部屋のドアをノックする音が聞こえた。私はそのドアの音をノックする無視する以外、この場をやり過ごす術がわからなかった。隣に一緒に寝ている女の子は「何?どうしたの?」と言っている。私は「なにかさっぱり判らない」ととぼけ、そのまま寝ているフリをした。そのうちドアをノックする音は止み、静けさが戻った。

次の日の朝、ペイバーした女の子を帰した後、昨日の晩のことが気になり、サイちゃんの携帯に電話した。

「昨日はごめん。友達が来ていたから君を部屋に入れることができなかった。」
「うそ!!来ていたのは女でしょ?」
「違う男の友達だ。」


そんな会話が繰り返され、私も彼女に対してウソをついている後ろめたさもあり、「今すぐ会いたいから部屋に来てくれ。」と告げると、彼女は了承し、私の部屋に来ることになった。しばらくすると彼女は私の部屋にきた。部屋に入るなり、また彼女は再び私に昨日の晩のことを問いただす。

「昨日の夜は誰が来てたの?女でしょ?」
「だから何度言ったらわかるんだ。ちがうよ。」
「昨日ここに来て何度もノックしたのに出てくれなくて、すごく寂しい思いをしたんだよ。」
「本当にごめん。なんで家を出るときに電話してくれなかったのさ?」
「だってすごくあなたに会いたくなったんだもん。」


彼女はそういうと泣き出した。私は女の涙に弱い。万国共通、男は女の涙には弱い。私はそんな彼女をいとおしく思い、泣きじゃくる彼女をなだめるように、「昨日は本当にごめん。愛しているのは君だけだから。」と言い、熱いキスをした。それから、二人は激しく愛し合った。今までで一番激しく感情をぶつけ合って愛し合った。二人が繋がっている間中、彼女は私を力いっぱい私にしがみついていた。やがて、私が果てると、私は疲れてウトウトして眠りそうになっていた。そんな時、彼女が大声を上げて叫んだ。

「これは何?」


彼女が手にしていたのは長い髪の毛だった。彼女はショートカットである。しかし彼女が手にしているのは、彼女のものとは思えない長い髪の毛で、昨日ナナでペイバーした女の子のものであることは、そのとき一瞬で理解した。

「やっぱり昨日来たのは女だったんでしょ?」彼女は問いただす。私はもうシラを切り続けるしかない。
「違う!!」
「じゃあこれは何?」
「知らないよ!!」


そんな言い合いが続いた後、彼女は言った。

「私はあなたのことすごく好きなのに。 あなたにとって私はセックスがタダでできる便利な女なのね。ゴーゴーバーで働いている女なんて本気で好きになれないのね。」

そういい、彼女はまた泣き始めた。やはり涙にゃ弱い。また、彼女に言われた言葉もずっしりと胸に突き刺さった。

「すごく彼女を傷つけてしまったなぁ」



そんなふうに思った。そんな彼女を抱き上げ、「本当に愛しているのは君だけだから。 俺を信じてくれ!!」と言い、再び熱いキスを交わした。それから再び二人は愛し合うこととなった。昨日の晩から数えると、これが4回目だ。普通なら絶対にできないところだが、そこは彼女の涙のために、一生懸命愛した。そして、長い時間かけて彼女を愛した後、彼女はシャワーを浴びて言った。

「お店に行かなくちゃ・・・ また今日の夜来てもいい?」
「いいよ。夜また来てね。 でも明日俺は日本に帰るんだよ。朝一番の便でね。」
「うん、わかってる。明日空港に見送りに行くから。」


そういうと彼女は去って言った。その日の晩、彼女は私の部屋にやってきて、再度、名残惜しむかのように二人は愛し合った。私は今まで彼女を悲しませたことのせめてもの罪滅ぼしが出来ればと思い一生懸命に愛した。

そして次の朝、別れのときが来た。空港での別れ際に、

「私ゴーゴーバーを辞めることにするわ。」
「なんで辞めるの?」
「だってあなたと釣り合う女になるのにゴーゴーバーでは ダメだから。」
「そんなことないよ。辞める必要ないよ。」
「いいの。辞めるって決めたんだから。」


そんな会話が交わされ、彼女が教えて日本の電話番号を教えて欲しいと言ったので、私は日本の携帯の番号を教え、またすぐにバンコクに戻ってくることを約束して、搭乗口に入って行った。

日本に帰ってきてからもう2ヶ月が経とうとしている。最近彼女から私の携帯に電話があったことで、久しぶりに彼女のことを思い出した。

「ゴーゴーバー辞めたんだ。」
「本当に?今は仕事なにやってるの?」
「レストランで働いてる。」
「そうか。俺はまだ日本で仕事がいっぱいあるから、バンコクにはなかなか行けそうにないよ。」
「わかった。あなたのこと待ってるから。来ることがわかったら連絡をちょうだいね。」
「うん、連絡する。」


久しぶりの電話ではそんな会話が交わされた。しかしこのとき、もう会わないかもしれないなぁと思った。彼女が私のことを思ってくれる気持ちは嬉しいけれど、なんてったって私は外道。次にバンコクに行く頃には、新たな女の子を求めて遊ぶんだろうな。

今回の滞在ではちょっと切ない気持ちを味わった私でした。



Titty Twister

(テツさんからの投稿 2000年12月5日 )
先日(11月**日〜12月*日)バンコクに行って来ました。名前は「ホシ」でお願いします。フィリピンは20回程度行ってますが何せタイは初めて、多少不安もありましたが、このHPを見ていたため安心して行けました。Tokai taro氏の話にどうり、Titty Twisterに入りびたりましたよ。まず、11月29日は夜11時30頃バンコクに到着。深夜1時にホテルにチェックインしました。そこから、すかさずホテルの前に止まっていたミゼットもどきの三輪車に乗り案内してもらいました。しかしこれが間違いの元、ナナに行ってくれと言ったのにナナはもうCloseだからここがいいと言ってソ−プ(あたみ?)に連れ込まれました。最初はSP3000Bでしたが2時間から1時間に短くすると2000Bまで下がりました。しかし、最後チップを1000B要求され500Bだけ払いました。危なく3000B取られるところでした。深夜2時30分次のパッポン近くの店に案内。名前は覚えてませんがゴ−ゴ−バ−でした。ここは女の子3000B、2階で出来ると言われるも疲れていたため30分で帰りました。ビ−ル1本女の子ジュ−ス1本カッパエビセンで500Bです。少し高いか?
11月30日
あこがれのナナに到着。2階にあがり日本人と話をしているとTitty Twisterを教えてくれた。いきなり入るとウエイトレスのかわいい子がそばに着いた。どうも日本語は全くわかないらしい。名前はTUIでした。ペイバ−500Bショ−ト1500Bで交渉、3階のホテルは300Bです。約1時間後ホテルをでてハリウッドロックに行く。あそこに金魚やカエルを入れていたし、吹き矢はすごい腕前でした。少しエグイ。その後もう一度Titty Twisterに帰りラスト(2時半)までいました。数人の女の子からテキ−ラやら”ばんばん”ドリンクをおかわりされたもののお勘定は950Bほどでした。安い。次にママ(男?)他4〜5人の女の子と共にレストランヘ。場所は全く不明。早朝4時までタイダンスをみんなで踊りまくる。
12月1日
モナリザに行く。3000B 3500B SP4000B(1時間半)と言われる。ガイドに紹介されたためか?3000Bを値切って2500Bに。次にナナへ。レインボ−1に寄ってみる。アムロ風の子ギャルをペイバ−500B、ショ−ト1500Bでした。最後は、Titty Twisterへ。前日帰る前ペイバ−500Bをキ−プしていたため当然のごとく寄ってみる。例のTUIが入り口から飛びついてきた。ハリウッドロックに行ったりと2時頃まで飲む。今日は遅いから帰りましょうとホテルまで送ってくれた。しかし、これがおかしい。朝財布の中を見ると2000Bほど無くなっていた。どうも財布を丸ごと渡していたのが失敗でした。
12月2日
パッポンまで行こうと健康のため歩いていく。約1km。しかし、途中でソ−プの呼び込みにつかまりかける。一緒に歩いて行くとパッポンのキングスキャッスルだと言って寂れたバ−に連れ込まれそうになる。どうもおかしいので逃げてタクシ−に飛び乗るがパッポンのキングスキャッスルを知らないらしい。パッポンに行ってくれと地図まで渡すが、近くまで来てるのに分からないらしい。どうも応対が変。よく見るとメ−タ−が動いてない。すかさず飛び降りる。おりざま、Can not pay !と怒鳴ってお金を払わずじまい。通りのコンビニで聞くと2WALKだそうだ。2歩だと店の入り口までも行けないと聞き直すと5分でいけるそうだ。約2分で到着。タクシ−にキングスキャッスルに行けと行ったのが間違いだったか?反省する。出店の中をかき分けやっとキングスキャッスルUに到着。女の子のドリンク攻勢に会い約30分で600Bとナナの3倍程度高い(感覚的)かわいい子は時間も早かったか(7時すぎ)1人だけでした。タクシ−に飛び乗りナナへ。8時にナナ到着。前日、ムエタイの選手とビデオ撮影をしてあげる約束をしていたためTitty Twisterに直行。またしてもTUIが何も無かったように飛びついてくる。その後ムエタイの試合会場に行く。歩いて約3分と近い。最初の試合は日本人の女の子とタイ人の女の子の試合でした。女のするスポ−ツじゃない。途中スネ−クショウ有り。次の次に例の約束した彼(アメリカ人風)の試合を撮影。引き分けでした。なかなかいい試合でした。ここからは、かなり飲んでいたため記憶が定かでない。日本に帰ってビデオを見たら試合会場からナナまでの出店で彼女にいろいろプレゼントを買っていたようだ。財布はもう彼女の手の中に握られている。ナナ入り口でママと偶然に遭遇。たまたま買い物に来ていたようだ。焼き鳥やらいろいろプレゼントを買ってあげている。ビデオの中の自分は”Everything OK!”と騒いでいる。その後Titty Twisterに深夜12時頃帰って飲んでると彼がやって来た。よくやった”Good Fight”と握手をする。手がすごく”ごっい”手だった。ガサガサのグローブ(ヤスリ)と同じ。こんな手に触ったのは生まれて初めてかも!(記憶が定かで無いのにこの感触だけは強烈でした。)彼は店のママや女の子とかなり興奮して自分の撮影を見ていた。今日は本当に飲み過ぎ2時に送ってもらう。帰る前、ママに気に入られたようで”あなたはTittyのメンバ−だ”と言って名刺交換をし、抱き合って別れを惜しんだ。e-mailも聞かれた。私のアドレスを書くと、店のe-mailは”santoshuters@yahoo.com”と”kanitha_w@hotmail.com”と書いてくれた。私ではここからTitty Twisterを探し出せません。どなたか教えてください。以上私の報告は終了です。しかし、財布の中はスッカラカン。前日、1100Bだけ別のところに分けといて良かった。でも気分は最高です。半年以内にまたバンコクには行きます。絶対!



Memory of Thailand

(ai3369さんからの投稿 2000年12月3日 )
 11月12日 4:25AM 僕は2度目のタイ旅行へ向け、愛車のイグニッションキーを回した。ここから今回の旅が始まった。 途中、隣町の友人Yを拾い、目指すは新東京国際空港、TG641の出発時間10:30AMには十分余裕をもって到着する。
 恥ずかしい話であるが、この旅行をする為にかなりハードなスケジュールでその週の仕事を消化して心身ともに疲れ切っている筈なのに、前日の夜はまるで幼稚園児が遠足の前に興奮して眠れないようになかなか寝付けず、僅かに1時間ほど寝ただけだった。
 現地時間3:00PM、ドンムアン空港に無事到着、厄介な入国審査(相変わらず時間がかかる)を終えて、晴れて憧れのタイへ入国した。5:00PM、旅行代理店の手配した現地ガイドの案内で宿泊先のホテルへ到着、執拗な現地ガイドの夜遊びへの誘いを断り、ネットで連絡をしてあった外道紘氏と合流、夜のバンコクへと出発した。
 <今年3月にも旅行しているが情報収集不足で現地ガイド任せの夜遊び(それなりに満足は出来る)だったので、今回は自分で様々な夜のバンコクを見たい希望があった。>同氏はバンコクの夜遊びに精通しており、僕の希望を聞いた上で案内をしてくれた。
 まず、夜遊びの王道とも言えるMPに案内してもらい、数店舗覗いて好みの女の子を見つけたので、2時間を過ごした。プレイ代は日本の某所と比較すると「こんなに安くていいの!」という金額だった。この娘は金魚鉢越しに見るより実物は数段カワイイ(日本では超高級店でないとお目にかかれない程の美形)が、如何せん言葉がタイ語のみであったため、会話が通じなく日本のサービスやムードを楽しみたい諸兄にはあまりお勧め出来ないと思った。MPで遊ぶにはある程度のタイ語知識が必要と感じた。
 その後、タニヤに戻り日本料理店で同氏・友人Yと3人で遅めの食事を取り、ジャンケンゲーム(タイ版野球拳)が売りの日本語が話せる娘がいる日本人クラブへ案内してもらう。なお、友人は別途女の子を調達済みでいち早くホテルへ直行した。その店では雛壇(10名程度いた)から僕好みの女の子を指名、VIPルームなる部屋へ案内される。程無く指名した女の子とチーママ(かなりの美形)が来て、流暢な日本語で料金システムを説明(1時間飲み放題で1200バーツ・ゲームの負けは500バーツが上限・ベイバー500バーツ等)してくれた。ゲームは形式的なものでお客は500バーツ支払い・女の子は全裸になるまで続ける。それからは時間までカラオケ(曲は古いものが多い)などをしながら、女の子のかなり濃厚なサービスを受け、気に入ればベイバーするシステムである。僕は指名した女の子が気に入ったので、ベイバーしたかったがMPプレイと前日の睡眠不足からベイバーを諦めると、女の子が「私のこと嫌いか?」と愛くるしい眼差しで聞くので、疲れていることを説明して翌日もう一度来店することを約束してホテルへ帰った。
 11/13 友人Yと8時スタートでゴルフをエンジョイした。この日は月曜日であったため、ゴルフ場は貸切状態であった。(スタートからフィニッシュまで前後に他のパーティーを見なかった。)参考までに言及すると、バンコクのゴルフ場は市内から概ね1時間程度の場所に点在しており、観光客が多く訪れることもあり、整備状況は悪くない。プレイも18ホールのスルーで4時間程度で終わるため、ゴルフ終了後の観光も可能である。ただ、暑さからだと思うがやたらと池が多く曲球の諸兄は苦労されると思う。
 友人Yと僕はゴルフ終了後建前上の市内観光と若干の観光土産を購入し、ホテルへ5時頃到着した。この時点で現地ガイドが執拗に夜遊びのガイドを申し出てきたが、昨日の約束もあり理由を付けて断り、Yと二人でタニヤへ直行した。勢いタニヤへ乗り込んだものの、まだ6時でありその店は開店準備中、日本語の解る従業員など居る筈も無く、やっとのおもいで7時開店を聞き出し、時間潰しにYとビールを飲むことにした。7時と同時に僕達はその店に入店した。早速、僕は雛壇から昨日の女の子を指名した。Yはかなり悩んでいたが程無く女の子を指名して、VIPルームへ案内された。店からシステムの説明を受けた後、すかさずYはゲームに突入して、かなりのスピードでテンションを上げって行った。後はご想像に任せるが、「こんなところでそこまでやるか!」という狂喜乱舞であった。僕は約束通り来店したことなどを話して、明日の朝まで一緒に過ごすことを決めた。40分程で僕達は女の子をベイバーしてその店をあとにした。
 店を出てから夕食を採ることにしたが、僕の女の子が是非タイ料理を食べるべきだと言うので、彼女らが知っているタイ料理店へ4人で行った。彼女らにオーダーは任せたがテーブルに並べられた料理は相当に辛いものが多かった。僕は辛い物好きではあるが、それでも辛いと思いながら食した。Yは辛いものが苦手であり、アルコールばかり飲んでいた。タイ女性はサービス精神が旺盛であり、口が空くと次から次へと食べ物を口に運んでくれる。嬉しい反面、ゆっくり食事が出来なかった感じがした。ただ、代金は安く4人で2,200バーツだった。
 その後、僕達は女の子と一緒にホテルへ帰った。ホテルの自分の部屋へ女の子を連れて行く場合は、理由は詳しく解らないが女の子のIDカードをフロントに預け、ホテルによってまちまちのようであるが500バーツ程支払うルールとなっている。(女の子の素泊り料金なのか?)逆に考えれば盗難防止等のセキュリティが図られる。
 プライベートになってからは、男女のごく当たり前の行為をするのであるが、僕の女の子は見かけによらずテクニシャンで満足した夜を過ごすことが出来た。また、何回でもOKで2回戦にチャレンジしたが、僕のジュニアがリタイアしてしまった。彼女は誰に教わったか知らないが、僕がフィニッシュすると「死んだか!」と聞いてくる。最初は意味が解らなかったが、意味を教えてもらって大笑いした。
 彼女は翌朝5時頃帰りたいと言うので、何故そんなに早いのか聞いたところ、バンコクは朝の交通渋滞が激しく、通勤ラッシュと重なると20分で帰れるアパートまで1時間半くらい掛かってしまうとのことだった。(彼女は結局寝坊して7時頃帰っていった。笑・・)帰るときに当日の予定を聞かれたので、ゴルフから2時頃戻ることを告げると「今日も一緒いいか?」と尋ねられたので快くOKと返事をすると「3時頃ホテルのロビーに来る」と言って笑顔で帰っていった。僕は昨夜のお礼として彼女に3,000バーツ渡した。
 11/14 ゴルフの帰り渋滞にはまり4時頃ホテルへ到着、そこに彼女の姿は無かった。フロントで僕宛の連絡を確認したところ、3時と3時半に電話があったとの連絡を受けた。すかさず聞いてあった彼女の携帯に連絡を入れると「すっぽかされたと思った。約束の時間にいなかった。」等少し甘えながら怒ったような声で話した。事情を説明し5時にホテルのロビーで待ち合わせすることとした。なお、この日友人Yは現地ガイドの執拗な勧誘に敗れ、ガイドと共に新たな女性を求めて夜の町へ消えていった。僕は彼女と合流後、タニヤで食事を採り、バッポンの観光(ゴーゴーバーやバッタ屋等を覗く)をした。また、彼女がバンコクの夜景を見ようと言って、バイヨーク1のカクテルラウンジへも行った。確かにバンコクが一望出来る素晴らしい夜景だった。そろそろホテルに戻ろうと思い彼女に話すと「ホテルへの500バーツは勿体無い、自分は1人暮らしだから、アパート泊まればいい」と言い出しだ。僕はネット情報で“女の子のアパートに旅行中転がり込んでいた”との話も見ていたが、いざ自分がとなったら右も左も解らない海外で大丈夫かという不安があったので、曖昧にお茶を濁した返事をした。彼女は頷いたのでホテルへ戻るものと思っていたが、タクシーは彼女のアパートへ向け進行していた。(タイ人に曖昧な返事は通じないので注意!)まな板の鯉の気分(半分開き直り)で彼女のアパートへ到着した。思ったより綺麗な建物でカードロック式になっており、セキュリティもしっかりしているのには驚いた。彼女の部屋は12畳程のワンルームに簡単な炊事場とトイレ洗面シャワーが一体となったバスルーム(湯船は無し・シャワーもお湯は出ない)と言うものだった。女の子の部屋らしく綺麗に整理整頓されており、かわいらしくコーディネイトされていた。家電製品等も十分に置いてあった。家族や彼女の子供の頃の写真を見せてくれたり、生立ちや出身地など色々な話をしてくれた。(日タイ辞典を持っていたのでかなり役に立った。)また、ホテルへ泊まる時は最小限の荷物で来るから見ることは出来ないが、かなりセクシーなキャミソールに着替えたりもしてくれた。僕は既に開き直っていたので彼女の出してくれたお酒を飲みながらハイテンションになっていた。また、夜中であるがボリュームなど気にせずステレオをかけているので、少々騒いだところでお構い無しだった。当然のことながら、その場の雰囲気で1回戦を行い、シャワーを浴びた後2回戦に突入したが、この日も我がジュニアは惨敗した。翌日の予定を彼女が聞いてきたので、観光(ローズガーデン等)をすると言ったら、バンコクの町を案内するから一緒に行かないかと持ちかけてきたので、僕は3月の旅行の時にローズガーデンは行っていたので、友人Yに事情の説明とお詫びの連絡を入れ、そのまま眠りについた。
 11/15 タイ最終日 目が覚めると既に11時だった。彼女と一旦ホテルへ戻り、着替えを済ませ、バンコク市内へと出かけた。まず、日本での僕の仕事と同じ業種の○○を見たく、彼女にその店舗へ案内してもらった。国が変われば雰囲気が違うものだと実感した。また、若者が沢山集まる場所も見てみたかったので、サイアムスクエアへも案内してもらった。明日は帰国するので手持金の心配も要らないことから、彼女に案内のお礼に洋服をプレゼントしたり、子供騙しのような品物を幾つか買った。タイは仏教関係の遺跡等が多くガイドによる観光はそのパターンのものが多く僕には面白みが無いが、今回はタイ人の生活を一部だか垣間見ることが出来た気がした。友人Yに迷惑を掛けたのでバンコク最後の夜は僕が食事をご馳走すべくタニヤで合流した。Yは初日の彼女を連れていた。食事を取った店(某日系レストラン)で豪快なオヤジ(50才は超えている)を目撃した。明らかに僕達と同じ目的でバンコクに来ていると思われるそのオヤジは見た目では20歳以下と思われる超カワイイ女の子2人と豪勢に食事をしていた。きっと3人で遊ぶのだろうと思ったら羨ましくなった。食後、僕は彼女のアパートへ泊まり、翌朝5時に起きてホテルへ戻りガイドの迎えを待った。帰るときに2日間のお礼として8,000バーツを彼女に手渡した。(本当はもっと渡しても良かったが、ホテルまでのタクシー代を除く手持の全額だった)
 11/16 ドンムアン空港から11:30AMにフライトした。僕は機内食の時間以外ほとんど眠っていた。(友人Yいわくイビキまでかいていたとのこと)こうして、僕のタイ旅行は終わった。

 最後に僕の私見であるが今回の旅行で痛切に感じたことは、女の子は最初にじっくりと時間を掛けて気に入った子を見つけたら、滞在中は一穴主義を貫くことだと思った。彼女達も親近感や安心感が沸いてくるのかサービスや優しさが日に日に良くなった。(ちなみに友人Yも初日から3日目まで毎日替えていたが、最終日に初日の子にしたのだが、サービスは初日より数段良かったとのこと)



二泊四日バンコク温泉紀行

(YAMAちゃんさんからの情報 2000年11月9日 )
ちょっと10月にアブク銭が入ったため、3連休にまた行ってしまいました。外道者としては当然ですよね。今回は2泊4日の超短期につき、ひたすら風呂屋でした。疲れた・・・肉体的に。精神は充実しきってます。

9月3日メリー 16:30
2ヶ月ぶりにまたバンコクに来てしまった。まずはオキニをということでメリーに顔を出すが、不在。外道さんのHPに紹介のあった日本語可能な23番ジェムちゃん25歳を指名する。出身はなんか聞いた事のない地名だがイサーンとか。ホントに淫乱でノリがよい。私は前日上野のカプセルホテルで興奮からかあまり寝付けず、疲れきっていたので、一発後寝ていると叱られる。あなた静かすぎる、5発やるよ!なんて言われ、強引に2発目を仕掛けられた。.結局、不発。本人曰く、「私はメリーで一番スケベ、何発でもOK」だそうです。日本語の先生もしているそうで、日本語はかなり堪能。タイ語がダメで絶倫の方にお薦め!

9月3日ハーレム(プラザそば) 23:00
プリンスホテル周辺のボッタクリMP4軒のうち、どこかで修行しようと考え、見てまわったところ、なんとなくここで入浴する。泡姫30人くらい。コンシア言い値1800、1500(定価1000、700)。さんざん交渉しても、ダラー1300を譲らない。結局、1100+チップ100で手をうった。しかし、ここら辺のMPは色目攻撃が凄く、殆ど全員からアピールされ、ちょっと照れてしまう。日本人は人気の的ですね。お相手は24番ヨックちゃん。近くにきたら、ルックスイマイチだが、サービス凄かった!マット、生尺、69。テクも一級品。おかげで、すぐイッてしまった。ここは全然期待していなかっただけに、拾いもんでした。オキニMPになりそうな予感!

9月4日キャサリン 16:00
最近話題のキャサリンに初見参。土曜というのに時間が早いせいか、泡姫8人。一人だけ好みがいるが、マグロの匂いがプンプン。仕方なしに、隣のジュリアナに行くが、泡姫6人。 しかも、質は似たようなもの。コンシアの方が多い!マグロ覚悟でキャサリンに戻り、指名する。案の上、ワイしてエレベーター乗って、部屋に着くまで無言・・・あーあ、こりゃ最悪か? 名前と年齢を聞いた瞬間から激変!!年齢17才(いいのかよ?)とは思えない素晴らしいサービス。テクはそれ程ではないが、そのつたなさを補う必死のサービスでした。マウストウ100回くらい? ベットの中での恋人同士のようないちゃつきetcなんか自分が10才位若がえったような錯覚におちました。これをマグロと勘違いするようではまだまだ修行がたりません。ここは絶対お薦めです!!帰り際、金魚鉢には30人以上いました。

9月4日リビエラ 22:00
やはり、ルックス二流、サービス一流!!選んだ姫はナーラック系。30番?ちゃん23歳。(私はスァーイより断然ナーラックが好き)キャサリンで精根尽き果たし、一度は立ったが不能状態になった私をなんとかしつこい生尺攻撃でいかしてくれました。感謝感謝。その状態でもなんと2回戦を挑むではないか!流石にどう考えても無理なので、遠慮しました。そのボーディガンに脱帽でした。

9月5日メリーは何故かオキニではずしたため省略・・・



入門ナナ大学

(Addさんからの投稿 2000年11月1日 )
●初日
 初めてのタイ旅行。前知識は前日に友達からもらった「地球の歩き方」のみ。そんな私の頭の中で、タイを代表する風俗といえば、ゴーゴーバーでした。実はMPの存在知らなかったし。  で、選んだのはナナ。単に「地球の歩き方」に書いてあったゴーゴーバーが有名な地域で、一番ホテルから近いところ選んだだけです。ホテルからてくてく10分ぐらい歩くとナナに到着。

 ナナ・プラザの入り口を入ると、周囲は女の子が山ほどいるオープンバー。入り口階段脇の看板で3Fまであるのはわかりましたが、ド初心者ゆえ階段上がる勇気が出ません。  オープンバーの奥がゴーゴーバーってのをまったく知らなかった私は、「あの奥にある入り口はなんだろう?」と思っていたのですが、その謎の入り口にファランが何人か入って行くのを発見。「人入ってるなら大丈夫だろ」と短絡思考で、客引きのおじさんの声援を浴びながら、あるゴーゴーバーへと入って行きました。それがプレイスクールだったのです。

 中に入るとウエイトレスに席にご案内され、とりあえずビア・シン注文。ビア・シンと一緒に運ばれてきたレシートを見ると、85Bでした。「へー、これがゴーゴーバーかあ」と思いながら中央のステージで踊る10人ぐらいの女の子を鑑賞。踊っている女の子たちは、上下ビキニ、パンツのみとまちまちですが、みんな膝まであるヒールの高いブーツを履いています。  プレイスクールの店内は、真中のステージをコの字型に囲むように席があり、ステージの周りにはカウンターがあります。かかっている音楽は70〜90年代のロックが中心。店に入ったのは21時ごろでしたが、中は8分入りぐらいでけっこう盛況。ふと横を見るとお話してた2人組の女の子と目が合い、彼女たちがそばに寄ってきました。

 彼女たちの名前は、NちゃんとFちゃん。2人とも23歳で友達同士といってました。Nちゃんは英語も喋れますが、Fちゃんはタイ語オンリー。私はタイ語全然わかりませんが英語はなんとかなるので、自然と英語が話せるうえに元気なNちゃんばかりとお話することに。活発なNちゃんは、大人しいFちゃんの手を引っ張って私の膝を触らせたりしています。

 彼女たちにコーラを奢ったり、「あのステージの子、あなたのこと気に入ってるみたいよ」と言うNちゃんに「オレは君たち2人を気に入ってるんだぜー」と適当おせじモード全開で楽しく過ごしていましたが、積極的なNちゃんが「ペイバーしてー。一緒におねんねしようよー」と猛ラッシュかけてきました。 実はタイには会社の人と来ており、ゴーゴーバーにもお忍び突撃。オールナイトはもちろん、ショートのお持ち帰りも論外。知識まったくゼロですから、ナナの上にショート用のホテルがあるのも知らず、詰め寄るNちゃんに「オレの泊まってるホテルは連れ帰れないから」と必死で弁解。諦めきれないNちゃんの「明日も来る?」の問いかけに、「多分ね」と答えて計300Bの飲み物代を払い、初のゴーゴーバー体験から退散しました。

●2日目
 まずお持ち帰り不可能状態を解決するために、泊まってるホテルとは別のお持ち帰りホテル(ナナから歩いて5分ぐらい)を調達し、再びナナへ出発しました。

 顔はイマイチだったけど、明るいNちゃん気に入ったので、「今日はNちゃんペイバーだ!」と意気込んでプレイ・スクールへ入ると、昨日のFちゃんがスッと横に座ったものの、Nちゃんがいません。仕方なく「地球の歩き方」から破ってコンパクトサイズにした簡単タイ語会話集を駆使して、Fちゃんと途切れ途切れの意思疎通。 そこへ昨日少し話をして仲良くなった英語OKのウエイトレスが登場。色黒ソバージュで26歳のおねーちゃんだけど、こっちも明るくていい感じ。とりあえず今日はFちゃんでOKかな、と思いつつ、こっちのおねーちゃんにも「今日はこの子ペイバーするけど、明日は君にしようかなー」と粉かけておきました。

 Fちゃんよりもそのウエイトレスと話込んでるうちに、お店のママが登場。このママのペイバー攻撃が強烈で「ペイバー500B、ショート2000B、泊まり4000Bよ。どーすんの? どーすんの?」とまくし立てられ、ゴーゴーバー初心者の私はあっさり陥落。ママにむしりとられるように500B札を払い、Fちゃんをペイバーすることになりました。 大人しいんだか、私のことあんまり気に入らないんだか乗りの悪いFちゃんでしたが、ペイバーが決まり私服に着替えた彼女はなかなか可愛くて、私はちょっと上機嫌。踊ってるときや横に座ってるときはわからなかったけど、厚底サンダルを履いて150cm程度の彼女は、胸が小さいこともあってちょっとロリ風。お持ち帰り用ホテルカードをFちゃんに見せ、スタスタ歩く彼女に続き店を出ました。

 ホテルに着くと、フロントにいたおにーちゃんに「うひうひ」笑われたものの無事部屋に到着。いきなりテレビをつけて見入る彼女に「まあ、言葉通じなくて会話も弾まないから仕方ないか」と思いつつ、まったくわからないタイのテレビをしばらく一緒に観賞しました。 お互いシャワーを浴びバスタオル一枚になった後も相変わらずテレビに見入るFちゃん。半分無理矢理ベッドに引きずり込んでとりあえずキス。彼女もベッドサイドの電気を自分で消していちおう準備はOKみたい。 ところがディープキスはOKなものの、自分からはなーんにもしてこない。超マグロといいたいとこだけど、腰だけは動く動く。「さすがゴーゴーダンサー」とバカなことを考えながらふと彼女の視線を見ると、その先にはテレビが。「おいおい、テレビ見ながらお仕事かよ」と思いつつ、バスタオルを取るとそこには妊娠線が…。「ま、タイはオカマちゃん多いらしいから、妊娠線あるってことは立派な女だって証拠だよな」とポジティブに考え、とりあえずやることだけは済ませました。

 お互いシャワーを浴び、お約束の2000Bを払うと(女の子と交渉するって知りませんでした)、彼女に「もう寝ちゃう?」とか聞かれたので、「お腹減ってない? どっか飯食いに行こうか? いいところ知ってる?」と尋ねるとOKの返事。再びスタスタ歩く彼女について行った先は、ナナホテルの1Fにあるレストランでした。 食事の後に再びプレイスクールに入ると、ママから「どう? 良かった?」と聞かれたので「うん、まあまあね」と曖昧な返事を返していると、色黒ソバージュのウエイトレスがやってきてニヤニヤ笑いながら指で作った輪っかに人差し指を通す例のポーズ。他のダンサーにも同じポーズで散々からかわれました。ショートの後店戻ってくるなんてバカ? それとも時間が早かったからショートもう1回すると思われたのかな? そんな他の子のからかいにもポーカーフェースだったFちゃんが、キーボードを打つ仕草をしながら「○○(タイ語で判別不能)に行きたいんだけど一緒に行く?」と尋ねてきたので、どうせ暇な私は店を出て一緒に行くことにしました。

 道を歩く彼女が足を止めたのは、ジグソーパズルを売る屋台。台上に置かれたジグソーパズルを引っ掻き回す彼女に「ジグソーパズル好きなの?」と聞くと「うん」との返事。500ピース程度のジグソーパズルを4個程度とそれを貼りつける台紙を買った彼女の財布から出てきたのは、さっき私が渡した1000B札でした。お金が入ったらすぐ欲しいものを買うというその単純な行動が、ちょっと微笑ましく思えたりして。 ジグソーパズルを買った後、彼女に連れられて入ったお店はインターネット屋さんでした。フリーメールを利用してる彼女を店の中でボーッと待つ私。10分ほど待った後、彼女の「それじゃ行きましょ」という声で店を出ました。そのまま店の前で「それじゃ私はここで帰るから」と言い、タクシーを拾って走り去る彼女。それを見送ってから、本来の宿泊ホテルに歩いて帰って、私の2日目のゴーゴーバー体験は終わりました。

●3日目
 明日は帰国ということで今日が最後のゴーゴーバー体験。会社の人との会食を終え、プレイスクールに入ったときにはすでに21時を過ぎていました。 席に座って10秒もしないうちに横にちょこんと座っているFちゃん。今日は彼女でオールナイトのつもりだったので、まあいいかと思っていると、例の色黒ソバージュのウエイトレス登場。ウエイトレス曰く「昨日はフロアに3人しかいなくて凄く忙しかったのよね。でも今日は5人だから丁度いいの」。ん? これってペイバーのお誘い? と思いましたが、別な子ペイバーするのが面倒になっていた私は、会話を適当に流していました。

 すると「ハーイ、私のこと覚えてる?」という声が。声がした方を振り向くとそこには私服を着たNちゃんがいました。私服着てるってことは誰かにペイバーされたな、と思いつつ「もちろん、覚えてるよ」と答える私。Nちゃんに「オレ、明日日本に帰るんだよ」と言うと、彼女の返事は「Fちゃん一緒に日本に連れって行ってあげなよー」。おいおい、一昨日会ったばっかりのゴーゴーガールいきなり日本に連れて帰るか?と思ったのですが、彼女の方も冗談だったようで、絶句した私の返事も待たずにまたFちゃんとの会話に戻っていました。

 Nちゃんが去った後は再びFちゃんと2ショット。昼の観光で暁の寺院に行ったとき、そこの僧侶に「お守り」と言われ腕に紐のようなものを付けられたのですが、Fちゃんの左腕にも似たようなのがあったのを思い出しました。彼女のお守りを指差し、私のお守りを見せると驚いたような表情を見せる彼女。「お寺でもらったんだよ」と説明すると、結び目から伸びる余った紐が気になるのか昼の僧侶が固結びした結び目の上にもうひとつ結び目を作って調整してくれました。

 ペイバー料金500Bを払った後、私服になった彼女は自分の財布からIDカードを取りだし見せてくれました。といっても私はタイ語さっぱりですから、IDカードを見てもほとんど何もわかりません。昨日妊娠線見てるから彼女が女性だってことは知ってるしなあ、と思っていると、次に彼女が取り出したのは赤ちゃんの写真。「私の赤ちゃん」と言われ、「んん、可愛いね」と返事しときましたが、こんなとき他に何が言えるでしょう? そして最後に彼女が取り出したのはプレイ・スクールの制服を着た彼女の写真。今日でバイバイということで、ありがたくその写真を頂戴しました。

 お持ち帰り用ホテルに戻り、彼女に明日帰るために朝5時に起きることを伝え、オールナイト用の4000Bを渡しました。飛行機の時間にはまだまだ余裕があるのですが、会社の人にバレないように本来の宿泊ホテルに朝になる前には戻らないとヤバいよな、と思ったためです。「飛行機の時間は何時?」と聞く彼女に、「ん、飛行場行く前にちょっと寄るとこあるから」と適当に誤魔化しときました。 昨日同様またテレビを見始める彼女。しかし、今回はテレビがつまらないのか、こっちがちょっと丁寧に攻めたせいか、昨日みたいに視線はテレビということもなく、基本的には腰だけ動くマグロなんだけどちょっぴり積極的でした。 事が終わりうとうとしてるとあっという間に5時。彼女の頬をつついて起こし、眠そうな彼女にシャワーを浴びさせ、ホテルのフロントを叩き起こしてチェックアウト。ホテルの前に止まっていたタクシーに彼女を乗せて「バイバイ」。もう1台のタクシーで私は本来の宿泊ホテルに戻りました。



初タイ日記

(クロスさんからの投稿 2000年10月10日 )
 9月半ばに初めてバンコクに行きました。(海外も個人で行くのは初めてですが^^;)目的はモチロン夜の街です(笑)仕事のせいでなかなか休みが取れず、やっと3泊4日で行きました。
 ホテルはフィューチャーホテル、「クレオパトラ」から歩いて10分の所です。大体の情報は入手していましたが、やはり日本人にはあの金魚鉢は圧巻でした(笑)友達数人(その中には タイに何回も行っている猛者がいて彼の発案で今回の旅行が決まりました)とガラスの前に立ち、右から視線を左に送っていると・・・ほとんどの娘が正面を向いてニコニコしている中で、(40人ぐらい)一番左隅で少し寂しそうに横を向いている娘に目がいきました。その時にはもう案内の男にその子のNOを告げていました(その間5〜10秒^^;)名前は内緒♪20歳でもうすぐ誕生日だと言っていましたが、見た目はもっと若く見えました。奥のカウンターへ行き1900バーツを払いながらその娘を見ると小柄でまた一段と可愛く、俺の方を向いてニコッと笑う表情にもう俺は・・・・・・・・・・・・・
 部屋の中に入りメイド(で良いのか?)さんにコーラを頼み、タイ語会話集を使い色々とコミニュケーションを取ろうと試みたが半分ぐらいしか通じなかった(笑)相手は英語も中1程度、俺もそんなモンだから・・・でも会話集を興味深そうに読んだり、その中に自分に当てはまることがあると指を添えて読んでくれたりと、その都度目が合うと「ニコッ」っと微笑み会話が通じるとすごく嬉しそうに喜んでくれるその子にもう夢中になりました(結構バカ?)お湯が溜まり俺の洋服を脱がしてくれて自分もタオル一枚になり、何故かクレヨンしんちゃんのシャワーキャップを被りくるっとまわって「ちんちゃーん!」とおどける娘。体を洗って貰い(丹念に2回ずつ)ベッドへ・・・・エッチの方はハッキリ言って経験不足、乳首にキスをしてもくすぐったがったり、濡れるのも遅く(商売なんだからしょうがないか^^;)俺が「KISS OK?」と聞くと、またニコッと微笑んで目を閉じて少しだけ唇を突きだした。軽くキス、何回かのキスの後彼女から舌を軽く出してきた。そのぎこちなさにまたまた感激!!あまりに興奮していたので早めに昇天(笑)こんなにテンションが上がって終わったのは本当に久振りでした(^^;;;終わった後もマッサージをずーとしてくれて、、、その間は彼女はテレビを見ながらだったけど俺が目を開け彼女を見ると、振り返って「ニコッ」とあの微笑みを返してくれて・・・・・・・時間になり、チップ(200バーツ)を渡し(本当はもっとやりたかったのだが日本人はあげすぎだと友達に言われてたので)かなり満足してニュークレオパトラを後にしました。。。
 残りの2日間も実は同じ子を指名したのですが、段々と相手の反応が変わってきて・・・・大満足のタイ旅行でした。。



天使の都 クルンテープ の思いで・・・

(コンバーンノークさんからの投稿 2000年10月8日 )
 最近、MPでの情報の、ポセイドン、ニュークレオパトラで、書き込ませて頂いた、コン バンノーク です。
 私の場合、訪タイは仕事で行く事が出来ます。日本で設計・製作した設備をタイにある工場に移動し、立ち上げて、タイのスタッフ(タイ人)に作業指導し、量産出来る設備とした後、引き渡すというのが主な仕事内容ですが、日本での評価もそこそこにタイに移動する為、量産出来る様に成るまでに問題点も多く、1回の出張で約一ヶ月の滞在と成ります。その繰り返しがだいたい年に3、4回有り、今の仕事のパターンになった5年の内、1年半はクルゥン(グ) テープ に暮らした事になります。その中で、ベスト3に入る思い出のひとつを綴ってみたいと思います。

 訪タイ3年目の私は、日本に居た時からカラオケ好きの、タイに出向して間もない先輩に連れられ、先輩のお気に入りの居る、スクムウイット・トンロー・ソイ9に有るカラオケに、週1・2回付き合わされていました。このお店は、基本的には連れ出しO.K、のお店でしたが胸につけたリボンにより、一晩O.K、2H O.K、連れ出しN.G、に分かれていました。この当時の私は、訪タイ2年目のときに知り合ったソイアソークに有る、連れ出しN.G、のカラオケに勤める女の子が週3回ほどアパートに遊びに来ていたので、トラブルを避ける為、あえて連れ出しN.G、の女の子を選びましたが、そんな理由は知らず、どんな女の子を連れて帰るのか見たかったのか?先輩は、連れ出せる子に換えた方がいいんじゃないの?としきりに話ていた。

女の子の名前は、ノック(鳥)ちゃん、タイでは有りがちなニックネームだ。このお店に入って未だ4日目、年は21歳で、上からサイズは36・24・35、身長162cm、体重48kgだそうです。(女の子にサイズを聞くのは、私の常である)ウーム、かなり胸がでかい。顔は小さくかなり美人だ。昼間はスクムウイットに有るお店でシルク製の下着を販売する仕事をしていて、若いながらアシスタントマネージャーとして頑張っているそうだ。それが、連れ出しN.G、ながら何故この様な仕事を?の問いに、「お父さんが腰を痛め手術した、今は退院したが月の薬代に6000Bかかる(タイには日本のような健康保険の制度が無いので実費がかかる)お父さんは、しばらく仕事も出来ないので治るまでの間この仕事をしている。この仕事は休まなければ一ヶ月5,500B貰えるし、それに昼間の仕事ではお客さんの多くは日本人の主婦で、日本語の勉強にもなるし、」だそうだ。彼女と話していると日本語にしろタイ語にしろかなり丁寧な口調で、おおよそこの様な仕事は似つかわしくない。また彼女自身も、この様な事を言っていた。「私のように、お父さんの為や、家族の為にこの様な仕事をして、お金を稼がなければならない人もいれば、ただ、遊ぶお金が欲しい、ディスコに行きたい、お酒が飲みたい、タバコ(ヤーバー)を吸いたい為に売春をしている人もいる。この様な仕事は長く続けちゃいけないのに、」だそうで、既に外道の道に入っていた私が、彼女といると心を洗われる一時を過ごせるので有った。私は、ノックちゃんとのプラトニックな関係がすごく気に入っていた。それは、一方では、週3回来て肉体を満足させてくれるもう一人の彼女がいたからだろうが・・・ しかし、5回会った所で仕事が終了して日本への帰国となった。

・・・・・次の訪タイは、それから2ヵ月半後、やはり新しい設備の立ち上げでの事になった。私は、この2ヵ月半ノックちゃんの良いイメージを持ったままだったので、タイへ移動したその日に初めて先輩抜きで彼女に会いに行った。「お父さんの病気が良くなり次第カラオケのお店は辞める」と言っていたので、もしかしていないのでは?と、やや不安に包まれながらお店に向かった。しかし、彼女は元気でいて、
1.私の姿を見て、
2.私のお土産で、2回も飛び上がって喜んでくれた。そして、体をピッタリ密着させてきて、「連れ出しN.G、の為、決まったお客さんがつかない事や、お父さんの病気がなかなか良くならない」事などを話し出した。この時彼女の横顔を見ていて初めて彼女が連れ出しN.G、である事を残念に思ったが、今迄の彼女の話から肉体関係になるのは難しいし、このままが良いのかな?などと思っていると、今度の日曜日は暇か?ノックは昼間の仕事が休みなので同伴してくれないか?(月何回かのノルマが有る)との事、彼女からこの様な言葉が出たのは初めてだ、彼女が言うには、お客さんに初めて言ったとの事で、私の嬉しさも2倍だ。

私は色々考え、そして悩んだ。
1.どうやったら、肉体関係に持っていけるかな?(外道なら当然)
2.このままプラトニックなままでいよう! と、しかし、結局は、たまにはこうゆう関係もいいだろう、と言う事で2.を選んだ(外道失格?)

 仕事ばかりであまり クルゥン(グ) テープ の事を知らないと言う彼女に、昼間は、お寺めぐりをして、夕食には、バイヨックタワーで夜景を見ながら食事をした後、お店に向かったタクシーの中で、「どちらも初めての体験でとっても楽しかった。お父さんの病気が治ったら、ぜひ、バイヨックに連れて行って夜景を見せてあげたい」との言葉に、彼女を喜ばせる事が出来た自分への満足感が有った。この後、お店で何時もの様に過ごした帰り際に、アパートのTELを教えてくれる? との彼女に、アパートの名刺を渡したが、1週間TELは無かった。(ガッカリ)

 次の土曜日の会社帰り、先輩のカラオケのお供で彼女のいるお店へ行った。会社を出ると抜かりの無い先輩が携帯で、何時も私の分までブッキン(グ)してくれるので、今日も彼女と会う事が出来た。この日は12時過ぎまで盛り上がってお店を後にする。部屋に帰って、アップ ナーム して、ビールを飲んでAM1:30分頃寝ようとするとTELが鳴った。今回の出張でも切れていなかった週三回来てくれる彼女かな?と思い、TELを取ると、何と、ノックちゃんだ。

 先程迄会っていた時には何も言っていなかったのに、「今から私のアパートに行く、20分ほど待って、」と言う。そして、程なくして部屋の戸を叩く音が・・・ 戸を開けると彼女がいきなり飛び付いて来て、キスしてくるではないか!!「うーん、ちょっと酒臭い」などと思っていると彼女が、「あなたいい人、私とSEXする、O.K マイ?」「はあ〜? こりゃ、何が起こったのか?」私は、一瞬唖然としながらも取り合えず彼女を部屋に入れると、「ノック、アップ ナーム ナ!! 一寸待ってて、」と言ってバスルームに消えて行った。あまりの展開の速さに、「こんな事があるのかな〜、何か、騙されるんじゃないのかな〜」などと考えてる内に、彼女は アップ ナーム を終え、バスタオル一枚で現れたかと思うと、何と、ベットに座っている私を押し倒しキスしたかと思うと、馬乗りになり私の短パンをずらし、未だ戦闘体制に入っていない小さな私のチンチンを、ノックちゃんは自身のジムに入れようとするではないか!!私は、「タム マイ? タム マイ?(何で?何で?)」と聞くと、「友達が、女が上でするほうが気持ちがいいと言ったから」と言う。私は、「マイ チァーイ ノック! アオカーン ミー プラソップカーン レオルーヤン(グ)(違うよー、ノックは、SEXの経験が有るの、それとも未だ?)」と聞くと、彼女は「ハッ」とした表情をしたかと思うと、「カァーッ」と言ってゆっくり話し始めた。

 彼女の父親は大変厳しい人で、高校卒業まで恋人を作る事を許されなかったが、高校を卒業して会社勤めを始めると、会社内に恋人が出来た。恋人とは、休みの日に会って話をしたり、食事をしたり、モーターサイでドライブしたり、一緒に映画を見たりと楽しく過ごしていた。ある休みの日に恋人からTELが有り今から会おう、何処に遊びに行こう?などと話している内に、今、お父さんが家に居るか?の話になり、居ないと言うと、今迄外でしか待ち合わせをした事の無い恋人が、初めて迎えに来てくれる事と成った。嬉しくて、今日はどんな話をしようかな?何処に遊びに行こうかな?等と考えているうちに恋人がやって来た。家に入ると恋人は、家に誰もいない事を確認して、そして、いきなり殴りつけ服を脱がせようとし始めたそうだ。彼女は泣いて、必死に抵抗したが服は破かれ脱がされてしまったそうだ。しかし、そこに丁度父親が帰って来て寸前の所でレイプされずに済み、恋人はつまみ出された。そして父親は、彼女には会社を辞めさせ、外に出してもらえず、二度と、恋人からの電話や、会う事は許されなかったそうだ。それから三ヶ月すると、いきなりその元恋人は違う女性と結婚する事になった。父親もそれを知り、娘を不憫に思い、ノックちゃんのお姉さんが住んでいる、クルゥン(グ) テープ行きを勧めてくれたそうだ。それから二年間、クルゥン(グ) テープで今の仕事を頑張ってきたが、男性は怖く、知り合う機会も無かったが、あなたは大丈夫、「あなたいい人、・・・・・・」と成ったようだ、(ただ、”しらふ”では怖いので、飲めないお酒を一杯引っ掛けて来たそうだ)ウーム、ノックちゃんはツクヅク男をみる目が無いらしい、この外道を「処女喪失」の相手に選んだのだから。

 改めて、「如何したらいいの?」と聞くノックちゃんに、まずは、キスでもしようと軽く「チュッ」、そして私の舌をノックちゃん唇の間に差し込み、ディープキス、一寸ビックリしたようだが、直ぐに舌を絡め返してきた。なかなかのりがいい、そしてノックちゃんのまぶたがウットリして閉じたのを合図に、唇と舌先を首筋から鎖骨、胸、おへそ、そして、女の子の大切な部分、ジムへと這わせると、「そこは綺麗じゃないから、」と言うノックちゃんに、マイペンライ、といって責め続けると、彼女から小さな喘ぎ声が出始めた。そして彼女の手を取ってそこに当て、女の子は受け入れ態勢が出来ると、この様に濡れてくるのだと教え、次に処女喪失の大役を仰せつかってビンビンになった私のチンチンを掴ませ、男は攻撃態勢が出来るとこの様に大きくなるのだ、と教えると彼女は、小さくうなずきながら、「カァーッ」と言って、更に、「私、初めてでまだジムが小さいから、やさしくしてね、」と言う。この言葉に、私は体がカーッと熱くなり、「この女の子を、俺が女にするのか!?」と思うと、今迄に感じた事の無いような高い興奮をおぼえた。そして、既にグショグショになっている彼女のジムに、私のチンチンを最初は浅く差し込み、それからだんだんに深く差し込んだ。彼女は、目を閉じて、口を半分開け、何とも言えない表情である。次に、最初は少し、それからだんだんに大きく動いてみる。彼女は、唇をかみ締めている。彼女に聞いてみる。「ジエップ マイ?(痛い?)」ノックちゃん「ジエップ テー シィョウ マーク ナ(痛いけど、とっても感じるわ)」ノックちゃんが初めてのSEXで、ジムが小さかったせいか?何時もより興奮して、私のチンチンが大きくなっていたせいか?私のチンチンはすごい圧迫感を感じ、何時もの半分くらいの時間で果ててしまった。念のため敷いて置いたバスタオルと、チンチンの根元と陰毛に、ほんの少し血が付いているのが分かったが、ノックちゃんが痛がる事無く、無事、大役を果たす事が出来た。ウーム、感無量である。すごい興奮だった為、ノックちゃんの横でぐったりしている私に、さっきまでウットリして目を半開きにして寝ていたノックちゃんが、こう言った。

ノックちゃん:「もう一回して!!」
私:自分のチンチンを指差し、ニッコリしながら、「小さくなっていて、出来ないだろう」
ノックちゃん:「どうしたらいいの??」
私:「しゃぶってみる?」
ノックちゃん:小さくうなずきながら「カァーッ」

 そして、ここから2回戦が始まった。ノックちゃんにはこの後、しゃぶり方の基本を教え、歯を立ててはいけない事や、竿では、カリの部分と、竿の裏の部分が感じる事や、竿だけでなく、玉袋を口に含んだり、玉袋の裏や、時には、ケツの穴を舌先で刺激するのも良い事など、ひと通り教え、30分後には一人前になっていた。二回戦は一寸ハードに責め、まず、オッパイの大きいノックちゃんにパイ擦りをしてもらい、その後、四つん這いにしてバックからチンチンを差込み、駅弁ファックや、立ちマンなども試した後、最後は横ハメでフィニッシュ、途中、ノックちゃん:「タム マイ? ルー マーク(何で、よく知っているの?)」などと聞かれたが、普段の外道ぶりを悟られない様、笑ってごまかした。ノックちゃんは、疲れたのか?満足したのか?そのまま眠ってしまい、私も何時の間にかノックちゃんの横で眠ってしまった。

 朝方私は、もの凄い快感を覚え、目を覚ました。首をもたげて見ると何と、ノックちゃんが私のチンチンをしゃぶっている!!チンチンは既にビンビンだ、ウーム、気持ちがいい、朝の目覚めが毎日こうで有れば・・・ それにしても、一日でここまで出来るとは、上出来である。ノックちゃんが私の目の覚めた事に気が付いたので、私の方にお尻を持って来るよう言う、69の体勢になってお互いの物をなめあった。感じてきたのか?ジムから愛液が溢れ出してきた。それを、ノックちゃん自身で確認すると、昨日最初にノックちゃんが私にした、女性上位の体勢になり私のチンチンの上にゆっくり腰を沈めて来た。元々ジムが小さいのだろうか?締め付けが強く、とても気持ちがいい、ノックちゃんがすっかり腰を沈めると、私は膝を立てノックちゃんの背中のあたりに当てて、腰と膝を交互に動かしてみた。大きなオッパイが揺れたので両手で掴みながら、更に腰と膝を動かすと、
ノックちゃん:「タムヤンガイディ〜? シィョウ シィョウ マ〜ク(如何したらいいの?とっても感じる〜)」と言って、その内、体の力が抜けて、私に覆い被さってきたので、ここで体位を入れ替えて私が上になり、彼女の足を私の肩に担ぎ思い切り突いてやると、
ノックちゃん:「ン〜、ン〜、オオ〜、オオ〜、」と、喘ぎ出し、そして、私のチンチンが、ノックちゃんのジムを突くのが速く、強くなると、呼吸・喘ぎ声も速く、大きくなり、私がいくのと同時にノックちゃんもぐったりして、しばらく動けなくなっていた。

 二人で、一時間位ベットイチャイチャした後、アップ ナーム も一緒にしたが、ノックちゃんは、昨日アパートに帰っていないそうで、同居しているお姉さんが心配するので名残惜しいが、帰る事になった。私は、貴重な体験をさせてもらった事も有り、3,000B出して渡そうとすると、「ノック、SEX教わった。ノック、満足。お金要らない」、と言って軽く「チュッ」とキスをして帰ってしまった。ノックちゃんが帰ってしまった後の部屋で、一人取り残され今までの事を思い起こすと、(いきなり夜中にいい女がやって来て、私の処女を奪って頂戴と言って、計3発もSEXして、私が満足だったからと、1サタンも金を取らず帰ってしまった)何か、狐にでも化かされたような出来事であった。

しばらく、ボーッとしていると、TELが鳴った。出ると、週3回お世話のなっている彼女からだ。今日は、私の帰国が二日後に迫ったので何か買ってやる約束をしていたのだ。彼女には、訪タイする時の日本からのお土産と、日本に帰国する前に買ってやるプレゼント以外には、飯を食わせたり、遊びに行く金以外、一切出さないのだ。今回のプレゼントは、6,000Bの24金のネックレス、タイ人が一番好きなプレゼント。金に困れば直ぐに現金に換えられるし、週三回、一ヶ月お世話になってこの値段なら安い物だ。私は彼女にお揃いが欲しいと言って、2つ購入して、1つをこの彼女に渡し、もう1つを明日、今回の出張最後の夜に、ノックちゃんに渡す事にした。(高かったのかな?)先輩には、最後はやっぱり行きつけのカラオケで、と言うと、何も知らない先輩は、「そうか? よし、分かった」と、ブッキン(グ)してくれて、最後の夜に会う事が出来た。ノックちゃんは何も無かった様、何時もと同じように両手を合わせ、膝をちょっと曲げて、「サワッ(ト) ディー カァーッ」と挨拶してくれた。途中先輩がトイレで席を外したときに、「二日たった今でもジムが腫れてヒリヒリ痛い」、と顔をしかめた((笑い、)初体験でいきなり三発は、キツかったか?)が、ネックレスを渡すと、少しビックリした後に、すごく喜んでその場で身に付けてくれて、「これ、ノックの宝物にする」と言ってくれた。私は、ノックちゃんが喜んでくれた事を胸に、日本へ帰国した。

その後、しばらくして先輩から、「ノックちゃん、カラオケのお店、辞めたよ」との情報を頂いた。きっと、お父さんの病気が治ったのでしょう。 昼間の仕事のノックちゃんの名刺、今も持って要るが、その後、連絡は取っていない・・・・・。

外道紘コメント:実に良いお話でした
ラストの「昼間の仕事のノックちゃんの名刺、今も持って要るが、その後、連絡は取っていない・・・・・。」でオレは本当に泣きそうになりました。エロサイトやってて本当に良かった!!



一泊二日ファック旅行

(一平さんからの投稿 2000年9月25日 )
 9/24のNW便でバンコクに行きました。帰りは9/25のNW便で帰って来ました。
 そうです。バンコク滞在時間5時間です。ワールドバリューで85,000円前後でした。
たまたま、東京に行く用事があり、パスポート持っていた為、新幹線の中でとりあえず、成田に行ってワールドバリューが空いていれば、とんぼ帰りでいっちゃおうと、思い、、、行ってきました。
 バンコクに着いたのは、ちょうど深夜12時頃、愛に直行し、12時30〜1時位だったと思います。女の子は、ほとんどの子が閉店との事で帰ってしまい3〜4人しかいませんでした。カウンターレディー(NO4)テイクアウトは、出来ませんが明るく可愛い子でした。1人テイクアウトしましたが、カウンターレディーにドリンク一杯、テイクアウトした女の子にもドリンク一杯、私のドリンク2杯とペイバー込みで1180バーツでした。後、ショートで1800バーツ。テイクアウトした女の子は、明るく上になるのが好きらしく、私の体、ナメナメしてくれ、サービスもよかったですよ!名前、NOは、覚えていませんが、腕とお尻に刺青していました。お姉さんも愛で働いているそうです。東北部出身で、きれいな子でした。性格も良し。
 終わった所で、また、ドンムアン空港に戻りました。

外道紘コメント:これにはビビッた!オレも以前冗談で一発だけやってとんぼ返りに日本に帰るという人でなし旅行を夢想したことがあるが、本当に実行する奴が居るとは・・・世の中下には下が居るな。



風俗旅日記

(TKさんからの投稿 2000年9月13日 )
8月X日、メーサーイのとあるホテルに宿泊。男3人旅で、かつホテルの部屋を一人一人とっていたためか、ボーイに「レディー?」ともちかけられる。友人のうちの一人が極度に風俗好きだったため、部屋に4人のミャンマー人女性を連れてきてもらい交渉。国内でも海外でも風俗には行かない主義(かつ淡白でとおっていた)であった私も、ミャンマー女性のあまりのかわいさに負け、結局1800バーツで自称20才の子(しかし、どうみても16〜17歳だったと思う)を一泊レンタル。タイ語もミャンマー語もわからない私は非常に苦労し、一晩かけてやっと1回できただけだったが(立たない!!)、あまりにもそのこがかわいかったため、大満足。我々3人のうち2人は風俗初デビューだったため、翌朝顔を合わせたとき、お互いテレ笑い。

8月1X日、チェンライのバスターミナル近くのホテルに宿泊。ホテルに併設されているマッサージパーラーに行く。生まれてはじめての経験。ちなみにタイには過去8回ほど来ているのだが。ひな壇に並んだ女の子達に圧巻される。しばらく3人でビールを飲みながら、コンシアを交えて相談。友人2人はスーパースター(1600バーツ、2H)を選んだが、私はひな壇に並んでいるロングヘアの女の子(1300バーツ、2H)を選び、ホテルの自分の部屋にきてもらう。そのこは英語も結構話すことが出来、性格も非常に良かった。サービスはまあ普通(というかこのときマッサージ・パーラーのサービスとはなんなのかが分かってなかった)。ことがすんだのち、外は大雨、12時に仕事が終わるとのことで、「今日泊まっていったら?」と言うと、「お父さんとお母さんがバイクで迎えに来るから…。でも、今日はすごい雨だからどうしよう。」といい、「とりあえず、仕事が終わったらいちどこの部屋に来るね。」とのこと。 とりあえず、友人とホテルのレストランで食事をし、ビールをがぶがぶ飲む。そして11時過ぎに部屋に戻り、彼女を待っているうちに非常に強い眠気が…。気が付くと朝の6時過ぎ。千載一遇のチャンスを逃し、呆然。

8月1X日、バンコク。まずはナナに行き、いくつかゴーゴーバーをまわるも、結局レインボー2に落ち着く。初めてのゴーゴーで、そしてはじめて見る20人前後の全裸姿を前にして、私と友人は、「なんかやるきうせたね。」などとほざき、声をかけてくる子も適当にあしらう。風俗なれした友人の一人は早々に一番かわいい子をテイクアウト。オールナイトで3000バーツとのこと。 残された我々二人は、ただビールを飲む。しかしいつのまにやらもう一人の友人も交渉の席に。今日はやらずにかえろうと思っていたやさきに、少々日本語を話す女の子がやってきて、いきなり股間に手を置く。あまり好みのタイプではなかったが、私だけひとりぼっちは耐えられず、いつのまにやら4人+ママさんを含め、お持ち帰り交渉。我々は初日の経験から、オールナイトでいこうというつもりだったので、同じ部屋で4pとしゃれ込もうということになり、一人3000バーツで交渉決まり。 宿泊先はナナから徒歩3分のランドマークホテル。結構高級ホテルらしく、構えもなかなか。そのためか、女の子連れ込みは禁止。もし連れ込みたければ、女の子の身分証明書と800バーツが必要とのこと。ホテルのエレベータの前で、監視員につかまり、こんな情けない説明を受けてしまった。結局、泣く泣くナナへ戻り、その2回にあるナナ・ゲストハウスで300バーツを払い、2時間。僕の選んだ子(正確には私が選ばれたのだが)は、異様にサービスがよく、生尺その他、すべてあり。もちろん本番はコンドームを着用したが、それでも過去これほど気持ちの良いセックスはなかったといえるものであった。しかし、当初3000バーツでオールナイトの契約であったがその計画がホテルの監視員によって妨害されたため、事後、私達は彼女達に1500バーツとお詫びをこめてチップを500バーツ渡さざるを得なくなった。

8月1X日、「今日は王妃の誕生日のため、ほとんどすべての風呂屋が休みだ。唯一プラザだけやっている。」などと、タクシーの運ちゃんが言う。そんなわけはないといって、我々はそのタクシーをチャーターし、ニューペッブリー、ラチャダ、ラマ9世などに位置するほぼすべての風呂屋に行ってみる。G−ダイアリーのバンコク最強マップとともに。 ほんとに休みだった。ノアとを除いて。しかも、このノアも女の子が二人しかいない…。話にならないのでタクシーの運転手の薦めるプラザへ。するとこの王妃の誕生日というお祭りの最中にもかかわらず、この店は大繁盛。どんどんかわいい子が消えてゆく。この数日の経験で、結構度胸の据わってきた我々は、コンシアに強気の交渉を試みるが、今日はここだけしかやっていないという事実と、タクシーの運ちゃんと一緒にきてしまったためか、「普通の子で2000バーツ、スーパースターで3000バーツ」、このレベルから一向に落ちない。タイの滞在が他の二人より長い私は、出直すかと思っていたが、明日には帰国する彼らにとっては数百バーツぐらいの違いはどうでも良いらしく、何時の間にやらこの条件で交渉成立。私の選んだ子はスーパースターで19歳。非常に明るくかわいい子。スタイルもすばらしく、非の打ちようがないが、この店のスーパースターはマットが出来ないらしく、初マット体験を楽しみにしていた私はすこしがっくり。また、最後にチップ(500バーツ)を要求されたのもちょっと嫌気(100バーツだけあげたが)。なんにしろ、大満足で店をあとにする。

8月1X日、友人を空港まで見送る。その後、タイを旅行中の友人と合流し、またしてもプラザへ。今回はタクシー運ちゃんへのリベートを避けるため、「プリンスホテルまで。」と運ちゃんに言う。すると本当にプリンスホテルの玄関までタクシーが入っていってしまったため、ボーイがタクシーのドアを開けてくれる。ちょっと気まずいので、いったんホテルの中へ。そこには幾人か観光客がおり、恥ずかしいので待ち合わせのふりをし、時計に眼をやる私達。きょろきょろと人をさがすようなふりをしたのち、玄関にでると、ボーイが無言でプラザの方向を指差している。「ここじゃないだろ、あんたらの行きたい場所は。」、言葉にはださなかったが彼の目はそう私達に語りかけていた。
 またしても同じコンシア登場。「今日はタクシーと一緒じゃないよ。」というと、「オッケー、じゃ安くなるよ。」とのこと。「いくら?」、「1700バーツ。」、「高いよ、1500バーツ。」「うーん、しょうがないなー。それでいいよ。」とあっさり値下げ交渉完了。さらには、「3pどう?3000バーツよ。最高よ。」などと、非常に魅力的な言葉を発してくる。しかし、私の友人はその日が風俗デビューだったらしく、「ほんとに風呂屋ってかね払う価値あるんですか。」などと、1週間前の私のようなことを聞いてくる。よって、とりあえずこの日は私のおごりと約束していたため、夢の3pは次回のとっておくことにした。
 「まあ、だまって女を選べよ。マットありの子を。」。私は前日に選んだスーパースターを探したが、その日は休みとのこと。じゃ、マットありの子にしようと出勤してきたばっかりの子を選ぶ。なかなかなサービスであるが、ちょっと商売くさい感じがした(というか、実際商売なんであるが)。しかしながら、1時間40分後にある程度満足してテーブルに戻り、ビールを飲んでいた私の前に現れた友人は満面の笑みを浮かべながら一言、「いいっすねー、風呂屋。なんか本当に天国っすねー。」。これで彼も共犯者、大きく道を外れていった。

翌日私は、所用のためヨーロッパへ飛び、いくつかの仕事をこなしていたが、本格的に外道になりさがったらしく、わざわざ帰りの飛行機の便を2日早めてタイに戻ってきた。日本帰国まで残されているのは3日。

8月2X日、前回一緒にプラザに行った友人がプノンペンにいるとのこと、それでは私もプノンペンに行こうと思い、朝6時にバンコクに到着後、すぐにバンコクエアのプノンペン行き8時のチケットを購入。往復で6000バーツちょと。プノンペンに到着後、ゲストハウスで友人と合流、すぐにスワイパーと呼ばれるベトナム人、娼婦部落の見学に行く。土砂降りのなか、バイクタクシー3人のりで、未舗装路のうえを11キロ。途中で何度も雨宿りをしながらいったので、1時間近くかかる。 さらについたはついたで、その部落の入り口に10ヶ国語ぐらいで「コンドームをつけましょう。」という看板があり、それをみた私達は一気に気分が悪くなる。また、フランス語のガイドブックに書いてあった「カンボジアの娼婦の50〜80%はエイズ陽性」という記載を思い出し、さらに意気消沈。部落の中にはいると、どろの道の両端には置屋がならび、女の子がすわって手招きしている。なかには我々をみて追いかけてくる子達もいる。「うわー。」と声にもならない叫びをあげ、逃げ惑う私達。というのも、明らかにエイズの症状である紫色の斑点が全身に出ている女の子が客を待ち、そして我々を追いかけてきたからだ。「こんなとこで、1000万円もらってもやりたくないな。」と友人と二人で話し合っていると、その目の前で日本人と思われるおっさん数人組みがためらいもなく置屋に入っていっている。この部落は、タイで風俗にはまり始めた私達に、警鐘を鳴らしてくれた。
 その夜、私達は、ホテルの近くの置屋街に行ってみた。なぜか多くの置屋の入り口には、「マッサージカラオケ」と書いてある。なんだかよく分からなかったが、スワイパーの一件でかなりめげていた私達は、今日は見るだけだろうと思っていた。しかし、ある一軒には、非常にカワイイベトナム娘がおり、価格も5米ドルで一時間ということなので、思わず交渉をはじめてしまった私。とりあえず、置屋の部屋は汚いし、シャワーも無いので、お持ち帰りにしてもらい2時間で15ドル。この子はほんとすれてなくて、最高にかわいかった。やる気のなくなっていた私の分身も一気に奮い立ち、2時間で2回を終え、さらにもう一度と頼んだところ、さすがにつかれたらしく「ソーリー、スリープ。」と、片言の英語でワイをされたので、あきらめて一緒に横になる。いやー、これは本当に満足でした。

8月2X日、一泊二日のカンボジア旅行を終え、私は一人で飛行機でバンコクに向かった。ホテルは空港で予約したスクンビットのウインザー。一泊1000バーツだか、その価値はないように思えるつくりであった。ホテルの部屋に入ると、すぐにボーイがやってきて、「マッサージ?レディー?」と聞いてくるが、今日は夢にまでみたポセイドンにいこうと思っていたので、その旨を伝えると、一言「がんばってね。」。
 とりあえず、スクンビットから歩いてラチャダにいけるかどうか試すが、1時間歩いたのちに挫折。素直にタクシーを捕まえエメラルドホテルまで行ってもらう。そこからテクテクとポセイドンを目指して歩いている途中に、バンコク最強マップで賞賛されていた古式按摩屋「VIP」を発見。とりあえず覗くだけと思って入ったが、ひな壇がすぐ目の前にあり、かつ結構かわいい子が多かったので、席に着きビールを注文。しばらくしてコンシアがやってきて、「グットマッサージ?」と聞くのでお願いすると、25歳ぐらいの短髪の女の子を連れてきてくれた。コンシアに料金を聞くと、「2時間240バーツ、延長は一時間につき120バーツ。」とのこと。なんだこれは街中の普通のマッサージ屋よりやすいじゃないかと思い、すぐに部屋へ。個室でテレビを見ながら2時間近く按摩をしていただき、なかなかいい子だと思ったので「オッケー?」と聞くと、すぐに値段交渉。結局一時間延長料金とチップを含めて込みこみで1500バーツ。きちんとした古式按摩もやってもらえてこの価格なら、なかなか来る価値あるのでは、と一人で思う。しかし、女の子が事が始まる前にシャワーを浴びてないことと、自分も最後にシャワーを浴びれないことがネックか?
 こうしてある程度満足してホテルに帰った私は、明日の朝7時すぎのフライトで日本に帰ることになっていたため、シャワーを浴びベットに入った。しかし、午前1時になってもなぜか下半身が治まらない。結局朝5時にタクシーを予約しているというのに、起き上がりナナのレインボー2へ。店に着いたのはすでに午前1時30分。すぐに女の子達が声をかけてくる。そのたびに「今日は見るだけね。」の一言でコーラ攻撃をかわす。しかし、前回交渉に失敗した女の子が近づいてきたので、すぐに交渉に入ってしまった。「今日の朝5時に日本に帰るから、お金あんまりもってないから安くして。」と頼むと、なんとか1200で朝5時までオッケーとなった。しかしこのあとが酷かった。その子が着替えに行っている最中に、私に声をかけてきた女の子達が「今日は見るだけって行ってたじゃない。うそつきー。」と非難轟々。「次回は君、その次は君ね。」と、その場逃れをしつつ、すぐにその子とホテルに戻る。フロントで声をかけられたが、片目で合図をするとなぜかチェックなし。ここのホテルは出来てるねー、と思いつつ部屋へ。ちょっとやにくさく、まぐろちっくな子であったが、まあいい思い出になりました。



ナタリーの親切

(アジアンティさんからの投稿 2000年8月24日 )
ちょっとつまらない話ですが、Hぬき(1部あり)のこぼれ話を一つ。
時々ちょっとした仕事を理由にバンコクに行きますが、MPナタリーでのことです。いつも時間におわれているので、すぐにガラスにへばりついて女のコをチェックするのですが、例の中途半端な日本語しゃべる若いコンシアと、急げだの・ちょっと待ってろだの、うるせい野郎だなあなどと思いやり取りしてたら、ちょっと日焼けした(タイ娘にこうゆう言い方で良いのか)小柄な74番のAOMちゃんがお勤めから雛壇に帰ってきました。おっコリャかわいいと早速指名、サービスはまあまあだがとにかくかわいい、まあこんなもんかなどと思いつつ終わってホテルに帰り近くの食堂でトムヤムクン食べて就寝。

翌朝、荷物を一つ置き忘れていることが発覚(俺は手に二つ以上の物を持つと必ず何か一つ忘れる)。コリャいかんとナタリーに電話するがタイ語のテープが流れるだけ、とにかく行ってみようと1時頃ナタリーを訪ねると、一階は掃除のオネイチャンらがせっせと掃除をするばかり、雛壇にもカウンターにも誰もおりません。そうこうするうちに一人スタイルの良い姫らしき子がすっぴん顔で早々出勤してきました。その旨を伝えると、皆にいろいろ聞いてくれて、昨晩の女の子の出納張みたいなものまで出してきて、何番の女の子で、何時頃来たのかなどと調べてくれて、2階の部屋まで行って調べろと勧めてくれました。2階では、ちょっと鬼瓦風の顔の掃除班長みたいなおばサンが、再び例の出納張を出してきて皆を総動員して探してくれました。はたまた違う2番出勤の姫らしき子も出てきて3階まで連れて行って探してくれる始末。みんな親切だなあ、さすが早く出勤してくるだけあって姫もかわいくて親切だなあ、などと思っていたけど結局荷物は出てきませんでした。お礼に姫に屋台で昼飯おごりAOMちゃんが6時頃には来てるだろうから、また来て聞いてみればいいよと言われ、6時頃再々来店するとAOMちゃんは今日は休みかもしれないとのことでしたが、以外にも営業開始しているにも関わらずコンシアの二人が親身になって、AOMちゃんの携帯に電話してくれたりして荷物の行方を追ってくれました。おまけにあの半端日本語まで加わって、やつは俺の姫の番号まで覚えてくれていました。

そうこうしているうちに、AOMちゃんの携帯に連絡が取れて、重大な事実の発覚となる。なんとAOMちゃんは俺が二つの荷物持って部屋に入ったことも覚えており、そして事が終わり俺がその二つの荷物を持って出て行ったことも覚えておりました。そうこの俺は他の場所に置き忘れていたのでした。ああ!人は見かけによらずなんと親切なことか、コンシアのMr.コック、Mr.ジー、半端日本語、二階の掃除班長、早出勤の姫二人、これぞタイ人魂。自分のことは棚に上げて、ひしひしとひとり感動に浸ったのでありました。

ちなみにその日やけくそで指名した24番のサービスはマットあり、マッサージあり、2回ありの親切でした。荷物もトムヤムクンの食堂に忘れておりました。チャンチャン。



15年前のバンコク

(トラさんからの投稿 2000年8月22日 )
トラと言います。HP拝見していますがすごい情報量ですね。いつも参考にさせてもらっています。昔のバンコク風俗について投稿されている方がおられましたが、それをなつかしく読ませてもらった一人です。昔といってもたかが15年前ですが、この間にタイは大きく変わりました。昔は良かった、と思うのは歳なのでしょうか。
タイ風俗と言えば今でもやはりMPですが、ご多分に漏れず当初私もはまりました。以前クレオパトラという店がNo.1高級店といわれウィタユのヒルトンH近くにありました。(現在ニュークレオパトラという店ができていますが、以前の方が良かったように思います。) 当時はすべて生でしたが誰も心配していませんでしたねえ・・ 23歳のオキニができてホテルにも連れて行ったりしましたが金のことは全く言わない娘で、それがかえっていとおしかったりして・・当時のことですから彼女は携帯はもちろんアパートにも電話がなく、彼女との連絡は困難を極めましたが会えるときはワクワクでした。若いときの思い出ですね・・タニヤについては別の方も書いておられましたが、85年ぐらいは店もまだ少なくどの店ももっと賑やかでした。今ではスクンビット方面にずいぶん多くなったりしていますが、当時の日本人クラブはタニヤ一極集中でしたから。その後外資が殺到してタイがバブル状況になるかなり以前でしたのであまり景気も良くなく、したがって堅気の娘が夜の仕事についているケースが多かったように思います。(現在はまた不景気のためこの状況になってきていると思いますが。) 女子大生のホステスも多く、タイ人にしてはまともな英語を話すと思えば大学の専攻は生物学だの数学だのという娘が学費を稼ぎにきていました。彼女たちにタイ語の手ほどきを受けたのですが、女性なまりに染まったようではじめはからかわれました。そこは連れ出し禁止の店でしたが、そのうち22歳の娘Pとステディになりしばらくつき合いました。ある時Pは当分田舎に帰ることになりいなくなってしまいました。失意の私は同じ店にいたPの友達Aと座っているうちにむらむらきて口説きました。AはPに気兼ねをしていましたが結局つき合い出しました。実はこの娘の方が性格・SEXともにPより良かったのです。この2人はアパート同室の仲だったのですが・・ ある時Aのアパートに電話をすると・・
私:「ハローAちゃん?」
P:「Aは出かけた。私はPです。」
<ゲッ、そうですPが半年ぶりに田舎から帰って来ていたのです。>
P:「あなた誰ですか?」
私:「僕..?トラだけど。」
<Pはこのニックネームを知りません。>
P:「あなたタイ語上手ね。前に話したことある?」
私:「え..ないけど・・」
P:「聞いたことがある声なんだけど・・」
すぐに電話を切れば良いのに必死に声色を変えてPと会話をしてしまいました。あとでAに聞くと私によく似た声の日本人から電話があったと言っていたそうです。冷や汗ものです。Aとはしばらくつき合いましたがこの娘も結局田舎に帰ってしまいました。
15年前のGoGoはパッポン全盛でしたが、私は騒音が苦手でほとんど行くことはありませんでした。HPではGoGoの情報が多くなっていますが、最近はむしろこちらの方がおもしろいのでしょうかね。クラブは金がかかる割にすれた娘ばかりになっているようにも思いますし。
今はインターネットで溢れるばかりの情報です。出張ベースでも「失敗のない」バンコクナイトライフが効率よく楽しめると思います。みなさん頑張ってください。



駆け足の訪タイ!

(M88PAPAさんからの投稿 2000年8月21日 )
6/1から6/3までの短期間の訪タイです。
6/1PM9:00空港着、友人の車でホテルへ チェックイン後、共に食事へと・・・・PM11:00頃解散。 その後、メリ−へと突撃しました。メリ−は初めていきます。 ネットの情報通り、なかなかいいですね。近ずいて来たコンシアも最初からボッタな しの金額です。これも情報通り!同じフロァ−では生バンド演奏で盛り上がっていま した。さて、私が、選んだ子はNO.77の子です。年は決して若くはないが、とても、楽 しい子でしたよ。日本語はNO、でも、何とかコミニュケ−シ−ンを・・・・心から 語れば何とかなりますね。約2時間ゆっくりとエンジョイです。
メリ−を出て、ナナへGO。 ナナでは、RT・Uが混んでいたので、「プレイスク−ル」へ入りました。 ちょっと、コ−ラ攻撃に遭いましたよ。でも、マイ・ペイ・ライです。> ダンサ−でちょっとお気にが見つかったので呼んでみました。 ペイバ−しようと思ったけど、トラブルを避けるため、一緒に食事&飲もうと何とか> 伝えようと努力しました。「何故?NOSEX」みたいな事を聞かれるが、うまく、 伝えれなかったです。「食事&飲む」だけじゃダメなのかな?付き合ってくれただけ のチップは渡すのに?私の、考えが間違っていたのでしょうか?

ナナを後にし、テメへ、ここも初めていきました。絶句状態です。 おじさんには、ついていけませぇ−ん!でも、2時間位観察しました。 ホテルもすぐ裏のマンハッタンだし、結局持ち帰り無しで就寝AM5:00

6/2AM9:00起床、ホテルで朝食です。
午前中は近くを探索・・・暑いだけでした。 昼にラチャダのタイ式マッサ−に、名前は「サブウエ−」MPナタリ−の左のハジの> 店です。マッサ−260Bオイルマッサ−600B、青バッヂの子1,000B赤 バッヂの子1,500Bです。単なるマッサ−だけでしたら上記の金額でOK、スペ シャルの料金がそれぞれの金額みたいです。これは、出る時に分かりました。日本語>は殆どできません。 そして、システムを理解できなかった私もオバカでしたね。 結局、マッサ−のみで退店です。
その後、ナタリ−へ入店です。料金体系が少し変わってました。普通の子1,300 B、ちょっと良い子1,500B?ス−パ−スタ−1,900Bです。いずれも2H です。 SSには、16、17歳の子もいました。ここで、1H間位、品定め、コンシアもあ まりせかすことはしませんでした。時間も早いからかな?SSのNO、777の子を 指名です。 後は想像にまかせます。正直いってメリ−の子のほうが良かったです。中年に若い子 は・・・・・。個人的にちょっと年配の子が会いそうですね。
PM5:30退店、一旦ホテルに戻り、友人と夕食、その後、タニヤのカラオケクラ ブ「バニ−ガ−ル」で2Hほど遊ぶ、持ち帰りは無しです。 友人と解散後、カ−ボ−イへとPM12:00頃、「ロングガンU」?に入るもファ ランばかり、15分程で退店。カ−ボ−の奥の屋台でバ−ミ−を食べる。実は、ここ の屋台は美味しいです。お気にの所です。その後、店の名前は忘れたけど(オカマの> 店の隣)呼び込みのお姉ちゃんと意気投合し、店の入り口のテ−ブルで酒盛りです。 知らない間に3〜4人のお姉ちゃんが集まってきて、皆にコ−ラを奢ってあげて、ワ イワイガヤガヤ、タイ語講座の始まりです。閉店まで騒いで、タイ在住の日本人と出 会う。彼ともすぐ友達になり、店のママとお姉ちゃんと4人で、イサ−ンレストラン へ・・・・タイ語のカラオケで盛り上がりました。そして、お店の料金も安いです ね。 先生(日本人)とママはナナへと移動です。私と、お姉ちゃんは取り残されました。 この日の、AM8:40で出国の私は、一睡もせずバンコクを堪能です。彼女に気に 入られ?彼女はウソをつかないことを気に入ってくれました。わたしが無事出国する 為に朝まで付き合ってくれました。ホテルまでの間(徒歩)へたなタイ語と英語で彼 女に感謝の気持ちを伝えようと努力しましたが、うまく伝わったかな?> ホテルに着き、彼女とお別れです。決して、部屋に連れ込むことなく、彼女に、付き 合ってくれたお礼にチップとタクシ−代を手渡そうとしますが、受け取ってくれませ んでした。 彼女いわく、「そんなつもりじゃない」と私の、訪タイの中で初めての出来事です。 ちょっと信じられない?何でも、お金で・・・という考えが吹っ飛んだ瞬間です。 本当の気持ちだったんだ・・・・自分がちょっと情けなかったです。 ついつい、疑った目で見てしまう。これが、彼女の演技?としても、決して演技なん かじゃないな−って。 女と遊ぶのは好きです。しかし、こんな心地よい最終日を送れた私は幸せ者ですね。 こんど、訪タイの時は彼女におみやげを買っていこうと思います。 7・8と彼女は田舎に帰って田植えをするっていってました。 いつまでも、元気で居てほしいです。
すてきなタイレディ−にハマッタPAPAでした。



ジョーイちゃんの思いで

(つっきーさんからの投稿 2000年8月18日 )
はじめまして、つっきーと申します。
先日、「ナタリー」のジョーイに逢いに行ってきました。参考にならないかも知れませんが、レポートさせていただきます。

6/29の22時頃到着し、彼女を捜したのですが姿が見当たらず、店の人に聞けば「接客中」とのこと。待つこと約30分。ロングスカートで彼女は現れました。「どうして始めて来たのに私を知ってるの?」と不思議がっていたので、「日本のサイトで写真入りで紹介されてたよ」と言うと少し驚いていた様子でした。

2階の部屋へと連れて行ってもらい、楽しくおしゃべり。写真にも気軽に応じてくれました。プレイの方は、初めのうちはかなりソフトで、「やっぱりタイの娘はヤル時は恥ずかしがりやさんが多い」ってのは本当みたいだな、と思っていたんですが、だんだんと息遣いも荒くなり、そのうち向こうからリードしてくれ、気が着いた頃には淫乱娘へと変身してました。そんな激しさにこちらの方は耐えることができず、アッという間に果ててしまいました。

この日は疲れていたので、2回戦をする気になれないと言うと「じゃあ、爪を切ってあげる」と彼女。切ってもらいながら、いろんな話をしてくれました。仕事の話、友達の話、家族の話・・・日本の風俗嬢は稼いだお金でリッチな生活を送ってるようですが、彼女を含んだタイの風俗嬢はそうもいかないようですね。「こんな仕事をしてる限り、彼氏もできないし・・・」と悲しそうに話してくれたのが印象的でした。

お風呂で汗を流してもらった後、こちらが「今日はまだ晩ご飯にありついてないんだ」というと、「私、これで今日はお仕事終わりだから、よかったら一緒にご飯いかない?」と気軽にさそってもらったんですが、次の日は5時半起きの予定だったので、泣く泣くお誘いを断ってしまいました(号泣)。

一通りを終え、彼女について感じたことといえば「性格が良い!」のひとことに尽きます。なにを言うのにも控えめで、人気もあるんでしょうが、決して驕らず、嫌味のない彼女。細かいところの気配りも凄くできていて、なんか嫁さんにでもしたいタイプでした。

もしまた「ナタリー」に行くことがあれば、またもう一度指名してもいいかなあ?と思えたほどです。最後に、このような素敵な出会いのきっかけをくれた管理人様に深く感謝申し上げたく思います。ホントにありがとうございました。



奇跡の逆ソ―プ!

(安徽南さんからの投稿 2000年5月12日 )
1、「ブ男の特権」 ゴ―ゴ―バ−へ行っても誰も寄り付かない。カラオケの女の子は何もしゃべらない。バンコクコ―ジ―では50人全員に目をそむけられた。そうです私はブ男。そして腹がでて息も臭い。しかし経営の苦しい場末ゴ―ゴ―では、こんな男にもなんとか女をあてがおうとする。ゴ―ゴ―バ−は女ばかりの仕事場。上下関係は男以上。陰湿なタイ人社会ではなおさらのこと。そこで・・・入店して間もないコや年少のコつまり店の中で力の弱い立場の子が「決死隊」として私に送られてくる。私はこの8ヶ月間に一度も客にペイバ―されたことのないという子を3人食べている。十代の子なんて数え切れない。容姿やテクニックは期待できないが客への従順さは最高!MPのデック・マイとは違い料金も格安!処女ではないが「開通式」の主役をやれるこの喜び!!そうです!ブ男には「初物食い」の特権があるのです。

2、「こんな男はダメ」・・・ナナプラザ某人気店の子がそっと教えた近ずきにくい客
@ソファで足を組んでいる(貧乏ゆすりは退場!)
A背もたれに手やひじを乗せている
Bカウンタ―で「ほおづえ」をつく(タイでは老人や病人のすること)
Cひっきりなしにビ―ルをチビチビやる
D目つきの悪い人は大きく見開いて、つくり笑顔なんて「あたりまえよ!」
Eタイ語は知ってても話すな! タイ語を少しでも話せる客は内情を良く知っているのでとっつきにくい。
要するにもてなくて悩んでる人は「ボク、タイ初めてで―ス」ってな感じで行儀良くしていれば、女の子は きっと来る。・・・だそうだ。

3、「奇跡の逆ソ―プ!」
 今回ナナの某人気店で日本人慣れした子に声を掛けられペイバ―。おとなしかったので翌朝「今日ホテルへ直接来るか?」と聞くと「ペイバ―代、払ってくれれば行かなくていいし、アパ―トにも帰らないわ。アタイここで寝る。」というのでそのまま4日間一緒に居ることとなった。「アユタヤやカンチャナブリーは行かないの?」と聞くが「2回づつ行ったよ。部屋でTVでも見てようよ」」と言うと「いいわよ」。そして4日間、タイ女性と同棲した経験のある方ならおわかりだろうが、彼女も例外なく女房気取りで生活リズムの主導権を取った。ツメを切り合いっこしたり、白髪を見つけて抜いてくれたり、洗濯もしてくれた。退屈になると彼女は私のイチモツを握り「チャックワオ」といってシコシコして遊んだ。ある日、彼女がホテルのプ―ルで泳ごうというので水着を取りに彼女のアパ―トまでついて行き、ホテルへ戻ると「めんどくさいからホ―ングナムで泳ぐわ!」という。てっきり便器で泳ぐと冗談を言っていると思った私は「俺も入れるか?」と聞くと「もちろんよ!」と言って水風呂を作り出した。トイレのこともホ―ングナムだが風呂場もホ―ングナムだ。ウッシッシッシ-!混浴だ!もちろん水着なんて着るわけない。彼女は私のイチモツを握り「チャックワオ」と言って水中手コキや左右にブラブラ振って「バイバ―イ!」とやって30分近く遊んでた。そこでソ―プの原産国・日本人が黙ってわけがない。皆様ご存知バンコク流。彼女の足をマッサ-ジしながら丁寧にお湯でこすり洗い。ソ―プをつけて足の指1本1本まで洗い、あぐらをかいた俺の上に彼女の尻をのせマン毛シャンプ―全身ボディマッサ―ジ!日本から持参したゴシゴシタオルでの背中洗いは大受け!出来た!!「逆ソ―プ」だ!一生縁の無いと思ってた「奇跡の逆ソ―プ」だ!!もちろん彼女は同じコトをしてくれシャンプ―までしてくれた。ベッドの上ではアッというまに果てた。

4、「三行半(みくだりはん)」
 4日目の夕方彼女と食事にでた。そのとき街で見知らぬタイ人と私はケンカをした。彼女は一部終始見ていた。ホテルに戻りいろいろ語りかけてくれる彼女だったが、腹の虫がおさまらない私は日ごろのタイ人へのうっぷんを彼女に二言三言ぶちまけてしまった。その3時間前、私の得意技「極深・子宮口突き」で突発的に予定よりも早く生理が始まってしまった彼女は背中を向け何も言わず豆をポリポリ食べていた。いやな沈黙が2時間続いた。クサリきった私は彼女を放ったらかしてカラオケへ行き店の女の子3人と別の店で朝の4時半まで飲んだ。ホテルへ帰ると彼女は1人寝ていた。朝10時頃だったろうかシャワ―の音で目が開いたがそのまま寝た。服を着がえる音がする。鉛筆でなにか書いている音がする。ドアが開く音、そして閉まる音。昼過ぎ起きるとミラ―の前にメモがあり、こう書かれていた「バカ!1人で居なさいよ!もうこれ以上一緒に居れないわ。この短気の熱病野郎   バイバ〜イ!」 今これを御覧の皆様方、何かのくい違いで女の子をたたき出した経験のある方は何人かいらっしゃるだろう。私も経験がある。しかし女の子に「三行半(みくだりはん)」下されカネも受け取らず出て行かれた経験のある方はいるだろうか?「もう外道生活なんてやめよう。まともになろう。」と言い聞かせながら、その日の夕方にはMP,夜はラストまでカラオケ、飲み足りないのでゴ−ゴ−へ行き私がデビュ-させた「初物」とディ―プキスしていた私でした。 



姉妹ドンブリ

(Neguroさんからの投稿 2000年5月2日 )
 仕事で2ヶ月に1回の頻度で訪タイしている会社員です。 既に訪タイ歴もめでたく(?)30回を数え、一通りの外道風俗はこなしてきました。 最近は夜のバンコックを徘徊するのもおっくうになり、ついついホテトルへ電話してしまう事が多くなりました。 この話も先週末のハナシです...。

 前夜いつも使っていた“Hi Class”からデリバリーしてもらったウクライナ製弁当がとってもとっても“冷凍マグロ”で久々にバンコックで外した私は悩んでいました。 “今日も冷た〜いマグロちゃんだったらどうしようか...”と。 私も子供じゃありませんから、多少の美辞麗句・脚色は許します、が、誰も女子プロレスラーをリクエストした覚えはありませんっ! 割と守備範囲広めの流石の私でも女子プロのマグロには立つものも立たず、とっとと追い返しましたが、自己嫌悪に陥って寝てしまった前夜なのでした。

 現在時刻は夜の11時。 明日は接待ゴルフの為早朝5時にはホテルを出なければならず、ゴルフ終了後の夕方の飛行機で赴任先の香港へ戻る予定である為、今夜を逃すとヤル機会はありません。 意を決した私はホテル備え付けのイエローページをめくりおもむろにエスコートのページを開くと受話器を取って電話をしました。 今回電話したのは“Julianna”、何となく良さそうな気がしただけであり、はっきり言ってギャンブルでした。 電話に出た男によると、お弁当の相場はOLが3K、学生が4Kでモデルは5Kとの事でしたので(ちなみに外人は8K)、モデルクラス弁当を注文致しました。

 待つ事30分、やってきたのは今流行のハイサンダルを履いた22歳の娘。 これはなかなか...。 身長は高すぎず低からず、胸はどぉ〜んと85センチ級。 肌の色もやや浅黒い程度でバッチリ私の好み☆ おまけに英語も多少話せるし...。 10分ほどコーラを飲みながら話をしていたら、“じゃ私シャワーしてくる”といって勝手にバスルームへ行ってしまった(これも気に入った、普通こういう娘達はビールとかをガンガン飲んで30分くらいウダウダしてるのがいつもうっとおしかった)。

 さて私がシャワーから上がるとベッドに寝ろと言ってくる。 言われた通りに寝ると背中をゆっくりとマッサージしてくれます。 と彼女がおもむろに尋ねてきました、“私の妹も呼んでいい? オッパイ大きいよっ!”と。 ちょっと不意をつかれた私は何と答えて良いか解らずキョトンとしていると、妹も大学生だが金が無い事や両親はチェンマイに居ることなどを話し出したので、幾らだ?と聞き返した所9Kでいいと言われ、高いのは承知でOKを出しました(まぁ援助交際みたいなもんか、という軽いノリと3Pは初体験だったこともあって...)。

 彼女が妹に電話している時に目の前に85センチ級がたわわに実っていたので、思わずしゃぶりついてしまい舌先で転がすようにして嬲っていましたが、おもむろに電話を切るなり抱き着いてきました。 かなり感じさせてしまっていたようです。 オッパイを更にしゃぶりつつ下腹へ手を這わせていくとうっすらと生える恥毛の間の○○○は既に準備完了...てな訳で、妹の到着を待たずに第1Rスタートッ!

 彼女やっぱりオッパイが感じるようで挿入中でも“Kiss me、please”といって何度も何度も自分からオッパイを揉みしだきながら催促してきます。 腰の動きを控えめにして二個のマスクメロンに攻撃してあげると、“オーィ、オーィ”とうめきながらのけぞる様にするタイの女の子独特の喘ぎ方で感じています。 でもこの娘なかなかイカない娘で、かれこれ挿入してから小一時間は経っているのに“もっともっと”っていう感じでおねだりの嵐です。

 妹も呼びつけている事はすっかり忘れてまぐわっていたところ突然“ピンポ〜ン”とドアベルの音。 彼女も私もまだイッテおらず取り敢えず中断して妹を部屋の中へ。 見た目はすっごく普通のその辺に居る女の子です。 部屋の中に入ってきた妹と二言三言コトバを交わす間も、姉はベッドの上で一糸纏わぬ姿で大の字に寝ており、タワシが丸見え状態です。 妹が着替える為に別室へ入っていき、再び姉の中へズッポリと。 かれこれ5分くらいすると、イキそうなので速く動けと催促が。 まさに姉のほうが絶叫して果てんとするときに妹も部屋の中へ入ってきました。

 姉妹が並んで横たわる所で“突撃一番(古いなぁ〜俺も)”を付け替えて、今度は妹の上に乗っかります。 で、デカい! 姉のコトバに嘘はなく、今度はグラインドする私の目の前には二つのハンドボールの球がぶるるんぶるるんと揺れ動いています。 95センチ級、御見事! 妹のほうが締まりが良く、ハンドボールを鷲掴みにしながらパッコンパッコンやっていると、姉が裏筋のあたりをさわさわっとさすってきます。 これはイッチャいそうです。 姉が傍らで見守る中、鼻息も荒くなってきたその妹の中に果てました...。

 これが私の人生で初めての3P経験で、かつ“姉妹ドンブリ(というコトバがあればだが...)”初体験でした。 えがったぁ。



キングキャッスル2 /444番

(LEGO さんからの投稿 2000年4月28日 )
先日のBKK出張での私の体験談です。

私自身は、BKK歴が豊富と言うわけではありませんが、この一年は2ヶ月に1度ほど出張で訪れる機会がありました。今まではMP/タニヤの連れ出しと、居酒屋での一杯が私にとってのBKKナイトでした。

到着した夜は、お気に入りのクレオパトラ2XX番に会いにいきました。(前回は生理休暇だったので会えませんでしたが)着いたのが、8時半ごろでしたので、多分雛壇にはいないだろうと思っておりましたが、案の定御仕事中でした。前回、浮気して大外れでしたので、今回はコンシアに言って待つことに致しました。一時間はかかるとの事でしたが、15分足らずで彼女は下りてきました。

満面に笑みをたたえて!! 

これが彼女の演技だったとしても、私は”やっぱりこの娘がいーな”と改めて感じました。名前は覚えてくれていませんが顔だけは覚えていてくれたようです。(私の前の人は、香港系の中国人で、淡白な方だったようです。中国系のひとって結構そういう人多いみたいですね。)

彼女は、1回戦終了時、私が早くイッてしまうとすねてみせます。しばらく彼女の姉妹の写真をみせてもらったり姪っ子とのプリクラの写真をみせてもらったりしながらイチャイチャしていると、なんとなく2回戦突入です。私が、2回目イケそうもなくなると、口に拭くんで一生懸命イカそうとしてくれます、そんな健気ところが彼女を気に入っているところなのでしょう。彼女は、英語/日本語は全くダメですが、単語帳を駆使しコミュニケーションを図るもの楽しく、”来月は多分この頃生理で休み、あとこの日は姉とプーケットに行くから居ないわよ”となど身振り手振りを交えて、教えてくれます。生理は、赤いランブをさし、それから、股間から何か出てくるような手振りをしたりと笑わせてくれます。ほかのMPでは、三十路も半がのおじさんとしては1回戦終了後は、ゆっくりとマッサージしてもらったり、一緒にベットでごろごろしながら2時間過ごすというのが私のパターンで、一日2回戦などということにはらないのですが。

彼女との再会を誓って、クレオパトラを後にしタクシーでスリフォンに行き、COCAの向かいにある”泰平”でひとりチューハイを傾け、最後に ママさん一押しのカレーライスで締めくくりました。たしかに、おいしかった。店のタイ人スタッフでさえも”これは好きだ”と言っていました。”泰平”はカウンター中心で1人でも落ち着いて飲めそうだったので入ったのがきっかけですが、私はとても気に入っています。前回、食べたマグロづけ丼もなかなかでした。(店に入ったのは11時半頃でした。店じまい12時とのことですが、快く迎え入れてくれなんやかんやで、12時半過ぎまでいました。)

今回、私はラチャダビセークのGホテルに宿泊しました。午前一時過ぎにホテルに戻りましたが、そう言えば、13 COINが近くだったのを思い出し、覗くだけ覗いてみようとおもい、行ってみました。

1階の駐車場は、一杯です。2階に上がってみましたが、女の子だけで座っている席はなく、カップルか、男だけのグループ、数人の女の子に囲まれた男の数組が、食事をしていました。席は半分以上空いていました。私としては、女の子で席が埋め尽くされているのを想像していましたので意外な感じがしました。1階の駐車場があれだけ埋まっているのですから、きっと何かあるはずだろうとは思いましたが、”泰平”でチューハイを4杯は飲んでおり、翌日朝早く仕事に出かけなければならないことを思い再挑戦を誓い、ホテルへ戻りました。時間が中途半端だったのでしょうか?翌日夕方、ホテルのテレビを見ておりましたら、CMで13 COINの宣伝をしており、ベットルームも映し出されていましたので、2階で交渉後上の部屋に行くシステムなのでしょうか?

二日目の夜は、先ず前回御願いしてみようとして果たせなかった、”ナタリー”の33番への再挑戦です。(これは、このHPでの評判があまりにもよかったので)ナタリーに着くなり"33番は?"と聞くと、今日は休みとの事、それではこのHPでもうひとりめぼしをつけていた、”31番は?”と聞くとあれがそうだとコンシアが指差してくれた先には、覚えていた写真とは似ても似つかぬ子(というよりおばさん)が雛壇に座っていました。(因みに、青の札で、BT1500ですから絶対に違います。)コンシア曰く、入れ替わりがあるからとのことでした。サイドラインを含めこれといって響く子がいませんでしたので、隣のエマニュエルを覗きに行きました。(この辺りはすごいですよね、ナタリー、サブウェイ、エマニュエル、ハイクラス、奥にミラージュ、道路を挟んで、シーザー、一寸歩けばポセイドンそのほかにも古式マッサージのネオンがちらほら、MP銀座と言った趣ですよね)

エマニュエル2階の雛壇に行きますと、比較的時間が早いせいか(この時点で7時)丁度一回めの御仕事終了した時間帯なのか、そこそこの数の女の子が座っていました。女の子のレベルは高いほうではないでしょうか?コンシアは八名信夫の目をぎょろっとさせたような50過ぎのこわもてのおじさんです。タイの八名さんは、”2時間 1900"だとのことでしたが、"最近、モナリザとか時間帯でディスカウントあるみたいだけどここは"ときくとムッした顔で首を横に振られてしまいました。

せっかくだから、隣のHi-Classも覗いてみることにし、もしピンと来る子がここにいなければ戻ってくることにしてHi-Classに入りました。

Hi-Classの雛壇には女の子が、ぎっしり詰まっている感じでした。

価格等の情報は、HPにある通りです。ここの雛壇の特徴は、奥行きが狭いことでしょうか?通常は、ガラスから、雛壇までに距離があり、その間に女の子の暇つぶしのためのテレビが置かれていることが多いのではないでしょうか?ここは、ガラスの直向こうが雛壇になっておりまた雛壇の幅も狭いせいか女の子がほんとにショーウィンドーに入っているような感じがしました。

コンシアは、いろいろと勧めてくれ、VIPルームにもつれて行ってくれました。VIPには4人ぐらいのどうみても10代の小柄な女の子がいました。(BT1800)別の日であれば違ったのかもしれませんが、昨日、2回戦終了済みのおじさんとしては、サービスを重視しかつ、抱きごこちのよさそうな子を所望しておりましたので、タマダーにもう一度もどり最終的には、コンシアお勧めの顔が杉本綾似のMAI2XX番(?)に決めました。最終的な決め手は、BT1500という安さでしたが。

舌まではいれさせてくれませんが、キスOKで、サービスそこそこ、笑顔がかわゆい、声が、舌足らずでかわゆい、この価格でこれならば 総合点 合格。1回戦終了後はいつものとおり、抱き合いながら、ベットに横になっておりますとそのうち、寝息が聞こえてきました。初めは演技かともおもいましたが、鼻から漏れ出てくる音は、紛れもなく寝息です。”疲れてるのかなー”などと考えながらこちらもウトウトしてしまいました。おじさんとしては、これはこれで気持ちよく、なんとなくうれしいような....

帰りがけに、彼女はTipをくれと言うわけでもなく、ただ選んでくれたコンシアに”BT100渡してくれない?”と小声いうではありませんか。もちろんコンシアとは紐付なのでしょうが、自分にではなく”コンシアに”と言った彼女。”私を勧めてくれて有難う”ということなのか、彼女のやさしさを垣間見た気がしました。もちろん彼女にもはじめからチップを渡すつもりでしたが彼女が一寸びっくりした表情をしていたのを忘れられません。

さーてっ 気分も良くなったところで、お決まりの”泰平”での一杯コースで今回の出張を締めくくろうと(まあ、もし元気があればもう一度13 COINは覗いてみようと思っていましたが)パッポン方面にタクシーを走らせました。

タクシーをパッポンの前に止めました。BTが残り少なくなっていたからです、パッポン入り口手前のExchangeで両替しました。

前置きが、とても長くなりましたが、これからが本題のキングキャッスル2 /444番との話です。

前にも書きましたように、私にとっては、MP/タニヤの連れ出し、それと居酒屋での一杯がBKKナイトでしたので、MPの情報はHPよりいろいろと入手していました。しかし、パッポン・ゴーゴーバーには全くなじみがありませんでした。いかがわしそうな雰囲気と日本のおじさんには一寸付いて行けそうもないノリでもあり、前を通ったことはあるのですが、中には入ったことはありませんでした。(HPの情報でペイバーで店に払って、あとは女の子と交渉次第2000?、コーラ 80ぐらいの情報しか持っていません)

しかし、気分の良い私は、”ヨーっしゃ、泰平に入る前にゴーゴーバーでビールを一寸引っ掛けてみようか””俺も、タイに慣れてきたな!!” (勘違いもはなはだしいのですが)たしか”Kingxxxx""Queenxxxx"だったのを思い出し、一番初めに目にとまった、キングキャッスル2 に入りました。10時ごろだったと思います。

席は、ほぼ満席で、カウンターは入り口に近い席が一つだけ空いており、私はそこに座らされました。そこで、先ずシンハーを1本一気に空けました。

おかわり!

日本人らしき客はあまり見かけません。初めに、私の隣には、ネクタイ姿の日本人サラリーマンらしき3名が座っていましたが、直に店を出て行ってしまいました。私も周りは、欧米人だらけです。女の子が、入れ替わり立ち代りよってくるかお思っておりましたが、そんなそぶりはなく、たまに私のマルボロライトを頂戴といってくるだけです。

周りを、観察しておりましたが、やはり自分から、売り込んでいる女の子はあまりおらず、殆どがステージの後ろで踊る順番が来るのをまっているか、あとは店の中を品定めしているかのようにフラフラしているか、女の子同士で御喋りしています。唯、あくまでも私の主観ですが、”今までMPやタニヤで見てきた女の子に比べ、レベルの高い女の子がそろっているな”と感じました。

慣れない私としては、踊っている女の子を1人1人品定めするほ度胸はなく、ちらりちらりと踊っている女の子を見ておりましたが、ショートカットでえくぼがかわいい、昔のコメットさん(九重祐美子といっても分かってもらえないと思いますが)を一寸ふっくらさせたような子、それから鈴木保奈美似のこれまたショートカットの子、それからこの子は迫力がありました、小川真由美(これまた古い)似のボブへヤーの子、それ以外にも川原亜矢子似の子、おかまのHIDEROをめちゃめちゃきれいにしたような子、みんな背が高く、色が白く、改めてThai女性の奥行きの深さに感動を覚えたといっては大下座すぎるでしょうか。(もちろん、なかには、ちょっとこれは?と言う子もいましたが)

特に、私が気に入ったのは、1)コメットさん(彼女は笑顔がとてもキュート)と、2) 鈴木保奈美似の2人でした。小川真由美も捨てがたかったのですが、これは迫力(170cm以上は有ったでしょう)がありいじめられそうで....

コメットさんと鈴木保奈美は並んで踊っていました。私は、両方をチラチラみながらシンハーを飲んでおりました。そうこうするうちに、私の隣のカウンターに、50ぐらいの日本人と思しき紳士がすわりあっという間に、コメットさんを呼ぶではありませんか。

あっ やられた!!

唖然とするわたしの横では、コメットさんとその紳士はなにやら手を繋ぎながら楽しそうです。(なじみなのかもしれません。女の子の好みは、歳によって変化するのかもしれません。私が10歳若かったら、彼女を好いとおもったかどうか?)

元々、ここではビールを一寸引っ掛けてそれから"泰平"でゆっくりと考えていたのですが、このまま、女の子と話しをすることもなく、コーラおごることもなく離れるのはしゃくにさわる、というか隣への対抗心から、鈴木保奈美ちゃんに来てくれるよう目線を送ったのでした。

なーんだー、はじめからこうすればよかったのか!!

彼女は、近くで見てもやはり鈴木保奈美そっくりです。”NADEEN”といっていました。

カウンターはうるさいので、ボックスに2人で移り、しばらく会話を試みたのですが、音楽にさえぎられて、美味く会話できません。

しばらくすると、”私また踊らなくちゃ””また、戻ってくるから”と席を離れていきました。”俺は、きにいられなかったのかー!”(ここは、拒否権ありだよなー)われながら、情けなくそろそろ店を離れ様と考えておりましたところ、彼女は戻ってきました。それも、着替えて。あれー。”おれ、ペイバーするって言った覚えはないぞー””でもあなた、私といたいっていったじゃない”

ふと、コメットさんと50代の紳士がすわっていた席をみると、も抜けのから、

”親父、ペイバーしやがったな!!”

シンハー4本飲み干していた私は、”ペイバーいくら?”(”あれー、元々の予定と違うぞー”と囁くもう1人の私を無視)”800”

(それまでの会話で、私が”自分はゴーゴーバー初めてなんだ”と話ていたことを後で思い出しました。)

”500”くらいじゃなかったかな?ともおもいましたがタニヤもそれくらいだったかな?などと考えておりますうちに、”800”払っていました。(後で、HPで”400だったのか”と確認した次第です)それ以外にシンハー4本、コーラ3杯で、店にチップ込みで”600”ぐらいは払ったでしょうか?

彼女の私服は、茶色のタンクトップに黒のパンツルック、頭には水色のサングラスを乗せかっこよかったですよ。

しばらくして、”俺、おなかがすいたから一寸食べに行こう”といって店を裏口から出ました。

彼女は、ベジタリアン(ほんとかよ?)ということで、入った飯屋には食べるものは無く、私だけダックライスを食べておりました。そこでの彼女の話しが、どこまでほんとなのか分からないのですが、

彼女曰く

1)彼女は現在22歳での、おじいちゃん(父方)はドイツ人で、15歳から去年まで、ベルリンに住んでいたらしい。NADEENと言う名前は、ドイツに由来するらしい。その証拠にといって、”私の目の色がちがうでしょ?まつげもこれ本物なの”と顔を近付けて、目を見せてくれました。まつげは確かに長かったけど目の色はどんな風に違うのは、わかりませんでした。

2)彼女には、日本人の血も混じっているらしい。(母方のおばあちゃんが日本人)

3) 彼女は、バンコク大学(?)でドイツ語を学び英語よりもドイツ語が得意らしい。(この辺も怪しい)

4) 彼女には、妹と弟がおり、妹はいま大学生で、妹の学費を稼ぐためにも働かなければならない。(この妹は、相当きれいらしい)ここで働き始めたのは、この半年くらい。弟は、モデルのような仕事をしているらしい。などと、彼女が話しをしてくれました。

食事を終え、ホテルに向かうことにしたのですが、ここでまた思わぬ出費です。(多分食事の後だったと思います。食事の前ではなかったような.....このあたりは酔いもあり前後がはっきりしません)彼女に手をひかれ、とあるビルの階段を上がっていくと、そこは一発専門とおぼしき、ホテルでした。”あなたは、自分のホテルにいきたいんでしょ?私とするんだったらルールだからここにBT400払って”ときたもんだ。思考能力が低下していた私は、”まーしゃーないなー”とあっさりと払ってしまったのです。(こんなことって、ないですよねほんとは?)

その後だとおもいます、多分そのホテルの駐車場に出ました。なんと、彼女は車をもっていました。(青のホンダシビック、車の中は”ほんとこれは女性が乗っている車?”と思わせるほど、ちらかっていました)

彼女の運転で、ホテルに向かいました。

車の中で、彼女はぽつんと”ほんとは、もう1人のショートの子がよかったんでしょ?”

ドキッ、鋭い、

”あなたが、私より彼女のほう見てたのわかってるわよ”

”今日初めて入って、気に入ったのはあの子とNADEENの2人だけ””第一印象はそうかもしれないけど、NADEENと一緒に居たいと思ったのは本当なんだからいいじゃない”

見透かされていたとは.......

彼女の運転は、BKKタクシー顔負けで荒いこと荒いこと、途中の信号機のないT字の交差点での出来事ですが、入ってこようとするタクシーに対して、パッシングをかけて止めさせるは、自分の前に割り込んでこようとする車にもパッシングをかけて割り込ませないは、私にはとても怖くて出来ない運転です。

彼女曰く、”ホテルは今住んでいるところに近いので、道を良く知っている”とのことで、タクシーよりもすんなりとホテルに到着致しました。因みに、Gホテルは全く連れ込むのにノーチェックでした。レセプションへ彼女と一緒にの駐車券にスタンプを押してもらいに行きましたが、彼女のIDをチェックするわけでもなく、翌日ジョイナーフィーを取られるでもなく。

12時、部屋に入るなり、彼女は、黒のパンツルックを脱ぎ、タンクトップと下着だけの姿になりました。自称身長166cmといっていましたが、足も長く、スタイルは抜群によく色白で、タンクトップ越しの胸の膨らみも、大きすぎず小さすぎず、既に昨日今日と普段以上に酷使したにも関わらず、当方元気回復しています。

さて、ここで、価格交渉です。

”ショートで、2000?”

そこで、出てきた言葉は、”あなた、私の番号知って言ってるの?私の番号は、444番”つまり、わたしは特別高い女なの、と言いたいらしい。

”2000の子も居るかもしれないけど”とベットに寝そべっている私の股間に手を伸ばしつつ、顔を近付けてきます。

真っ赤なくちびるを耳に寄せて、”私を信じて、きっとあなたを満足させてあげるわ”

”じゃーいくら?”

”4000”

”高すぎる”

”私を信じて、きっとあなたを満足させてあげるわ”

生殺し状態の私は、”じゃー3000”と必死の抵抗を試みたのですが、

頑として、"4000"を下げ様とはしませんでした。

駆け引きに敗れた私は、"4000"をOKしたのでした。

2人でシャワーを浴びた後彼女に導かれるままに、ガラス越しに夜景を見ながら、バックから思いっきり......ベットに戻って、騎乗位、またバック...

彼女は、胸が感じるらしく、胸へのキスを要求してきます、”キス ミー”そこで、こしの動きを怠ると今度は”ファック ミー”と手を腰に回して、突いてくるよう要求してきます。ここで胸へのキスを怠るとまた”キス ミー”(外国人とのすることが多いのでしょうね?)

ふと、顔を見ると目が、大きく見開いています。口も、半分開きぎみで ”オウっ”と声が漏れてきます。(普通は、目をつぶっていますよね?タイ女性は口を閉じで、そこから一寸こもった声が漏れて来る感じですが)彼女の、感じ方は、欧米人向けなのかもしれません。

私としては、久しぶりに、汗をかいたハードなSEXができ満足しました。

終わって、彼女に”なにか飲む?”と聞きますと”ワイン”

何処までも金のかかる女です。

でも、そこまでされると逆に気持ちがいいもんです。

帰りがけに、自宅の電話番号を書いてくれました。(ホントかなー?)2日前に、携帯電話をなくしたんだと!(何処まで、ほんとなんだか)

彼女は、ワインを一口飲むと、”またね”とキスをしてくれ帰って行きました。1時半

確かに、BKKで”4000”は高かったのでしょう
(ついでに言っておくとペイバー800/訳わからずに払った400のHTL代合わせると5200、MPなら約3回分)また、ビジネスライク過ぎるとも思います。でも、自分が気に入って、どうしても抱きたくなった女と、気持ち良くSEXできました。これは高い授業料だったのだと自分は納得していますし、後悔はしていません。(負け惜しみにきこえますが..... やっはり半分負け惜しみ...)

一つだけ心配は、出来の良い、サイボークではなかったのか?

今度は、しっかりと情報収集して、再挑戦 !!



バンコク風俗巡り

(トシさんからの投稿 2000年4月21日 )
4月16日ソンクラーン後タニヤに行く。まだ休みの店もあったが、ほぼ営業していた。まずはポッキークラブへエレベーターを降りるとすぐ目の前に女性が30人位ひな壇に座っている姿にびっくりするやら恥ずかしいやら。インド系ハーフのマムと共にショウトで遊びました。30分ビール1杯1650B、お遊び代ショウト2500B だった。高い2度といかない。午後7時で客は私一人だけ。やはりクラブ愛が一番安いし客も多く美人が多いきがした、2カ月に一度大阪より遊びに行っています。MPにも、この通信を読み始めて行きました。私はタイ語全く駄目なのでコンシアの言いなりでした。午後3時チャオプラヤーへ女30人位いたが、ほとんどオババさんばかりなので退散。午後4時POSEIDONへ2500B女1人だけなので帰る。午後4時30分CAESARSへ1900Bとのこと女4人しかいない。58番TARさんチェンマイ出身を指名、日本語ぺ らぺらで23歳かわいかった。借金の為に中国人のおっさんに、放り込まれたそうです。休日もなく悲惨だと言ってました。バンコクにスカイトレインが走っている事も知らなかった。バンコク在住の皆さんどんどん通ってあげて早く開放してあげようではないですか。次に午後6時HI-CLASSへ。女性20人位いたので選ぶのに困りました。210番WE(ウイ)さん指名これまたチエンマイ出身美形ギャル1800Bでした。ただ悲しいことにキスNG、指入れNGでガッカリ。しかも皆に500Bのチップをあげたのに・・・。こんなんだったら大阪のヘルスの方がよかったかも。4 0才のおじんでは、もう無理なのか。 最終日、早朝便で帰国の為AM4:30にホテルを出発。興味本位で途中荷物を抱えながら閉店後のサイアムコーヒーショップ前を通るとAM5:00にも関らず女15人位が2−3人ずつ立っていて、次から次へと私に向かってハロー・ハローの嵐。何故だ。何故40も過ぎた153CM程の、ぶ男な私に声など・・。感謝感激。今度は絶対又くるぞ。信じられない。 最後にタニヤは天国だ。見合いで何度も蹴られ、結婚もできない、ぶ男なのに可愛い子が寄ってきてくれる。これでキスでもしてくれれば、最高なのだが。



pathon a go go

(マットソーラムさんからの投稿 2000年4月20日)
 ご承知のことと思うが、タイでは4月中旬にSongkran Festival Dayいわゆるタイのお正月があり、日本の正月のように実家に帰り家族で過ごすというのが一般的のようだ。現在タイで働く自分も当然この期間はお休みとなり暇をもてあそぶため、アンマダンの真珠「プーケット」にでも旅行をしようかと思い立ち、ドムアン空港へ向かったのがソンクラン初日の4/13であった。今回の目的地は、一番賑やかと言われている「パトンビーチ」。昼間の「パトンビーチ」は、ビーチボーイが観光客をパラセイリング等のマリンスポーツに誘う、いわゆるリゾート地の表の顔がある。が反面その裏の顔として「soiバングラ」を中心とした第二のパタヤとも呼ばれている夜の歓楽街としての顔。この2つを併せ持つのがプーケット最大のパトンビーチなのである。当然、この裏の顔に最大の関心を示して今回の旅行を計画したのであった。

4月13日
ドムアン空港からプーケット行きのTGに乗る。機内は、西洋人や日本人の家族連れやカップルで満員である。夕方の出発であったため空港へ着いたらもう真っ暗で少し小雨が降っている。1時間後ホテルへ到着。雨が強くなりだしたので本日の出陣は断念。ホテルのレストランでタイ飯を食べて体力温存のため早めの就寝。

4月14日
昼近くまで寝る。レストランではもう朝食のサービスが終わってしまったため、しょうがなく「セン ミー レック ナム(タイ風白い麺のラーメン)」をたのみ腹ごしらえをする。香草のパクチーが程良く利いてうまい。腹ごしらえが済んだところでビーチへ出る。早速ビーチボーイがマリンスポーツを誘ってくるが断り浜辺で横になる。と、やはりリゾート地、辺りを見回すと西洋人の金髪ギャルからおばちゃんまでがトップレスで浜辺を闊歩している。おばちゃんは遠慮して、ギャルに目をやると本当に20代前半と思われるセクシーギャルが胸を露わにして波と戯れている。さすがに10代と思われる娘は、トップレスではないが、それでもこんな子がと思われる様なギャルがトップレスで歩いているなんて(^o^)天国のような思いで、見つめては慌てて目をそらし、見つめては慌てて目をそらし...を繰り返してしまった。特に白人の高校生ぐらいの髪の長いカワイイ子が波に水着のブラの部分をさらわれて、慌てて手で隠しながら走って帰ってくる姿が見れたときはホント興奮もの。近くに来たときに指の隙間からピンクの乳首まで見えてしまってラッキーだった。ホントに期待をしていなかった昼間のリゾート顔にも充分お世話になった。4時頃ビーチを後にして街の散策に出かける。今日のゴーゴーの場所の確認だ。soiバングラを中心に散策したが、やはりオープンエアーのカウンターバーが主体のようだ。お目当てのゴーゴー密集地「シードラゴンプラザ」も確認できた。さて、目的地が確認できたところで夜の腹ごしらえをする。オープンエアーのシーフードレストランに入り、「プーケットロブスターの炭火焼き」と「ヤンムンセン(タイ風辛味春雨サラダ)」を注文する。やはり、海沿いだから新鮮だ。エビの実がプリプリしてうまい。さて、出陣だ。
「Flash a go go」
soiバングラの北側のカウンターバーの密集地の一番奥にあり、割とわかりづらいが看板が出ている。急な階段を上がると店の入り口に着く。店内は割と狭く、ダンスフロアーは典型的な中央タイプであるが、10人程度しか踊れない。ダンサーは25人程度のようだ。レベル的にはカーボーイレベルか?特に目を引く子がいなかったためビール1本で出る。
「Play School a go go」
ここは、soiバングラ「シードラゴンプラザ」の左手中央に位置する。「シードラゴンプラザ」自体がナナプラザのようでありナナを平面にしたような規模だ。ただし、ゴーゴーは、7〜8件ほどでカウンターバーが大半を占める。このゴーゴーは、思わずネーミングで入ってしまった。ナナのプレイスクールも好きだがどうも制服ものに弱い。ここの店内も割と狭く「Flash a go go」と同じレベルだ。ダンサーは、白いセーラー服を胸の下までカットしたものに超ミニのスカートを履いて踊る。私的好みとするどく合致する。入ってすぐ、左手に腰掛けている結構カワイイ感じの2人組に捕まる。
「どこからきたの?」
と英語で聞くので、
「クルンテープ」
と言ったら目を丸くして本当か?と聞き返してくる。
「タイ語しゃべれるんだ」
という質問に
「少しね」
とタイ語で答える。
会話が弾んできたので、その中のカワイイ方といろいろな話をした。
「クルンテープのどこにすんでいるの?」
と聞くから
「スクムビットに住んでいる」
と言ったら、
「カーボーイに行くの?」
と言うので、
「いや良く行くのはナナだ」
と答えた。
彼女は、前にディンデーンに住んでいたそうだ。
「ペイバーする?2階でショートが出来るから。ペイバー500B、部屋使用料
200B、私に1000Bどうする?」
ビールは100Bとパッポンに比べても高いので、やはりペイバーも高いが、本人に渡す金が少ないのでどうしてかと迷っていると
「ねーペイバーしよう」
と催促するので、まあ良かれと思いOKした。
すると彼女は小声で
「ラッキー」
と言った。ところが、この一言が本日のアンラッキーの始まりだった。
二階に連れて行かれて部屋に案内される。
まずショックだったのは、蛍光灯の下で明らかになった、その化粧の濃さだった。ゴーゴー店内では20代前半に見えたに(手とか足とかもさわって確認していたのに)どう見ても30は越えている。次は、ブラを取ったその胸の垂れ方だ。こんな垂れ方には未だ勝手巡り会ったことがない。へそに届きそうな垂れ方だ。又、部屋には木製のどこかに落ちていそうな壊れたロッカーがあり、その上には買い物かごに入っている200個ぐらいのコンドームがある。照明は、蛍光灯が明々と照らしている。女を抱けるような雰囲気ではない。シャワーは、トイレと共同であるがトイレの横に大きなブリキの洗面器というかドラム缶が置いてあり、そこに溜めてある水を、底が茶褐色に変色した汚い洗面器ですくってかぶる。当然トイレも汚いので小便の臭いがしてさっき食べたプーケットロブスターをもどしそうになる。シャワーが終わり帰りたい気分になってなっていると、「何照れてるの。明るくても恥ずかしくないよ」と悪魔の囁き。もうどうにでもなれとベットに横になりマグロ状態でサービスを受けた。茄子の様にたれる胸を見ながら、こんな状況で出来るのだろうか?と疑問であったが、1週間以上溜めている息子は現金なものでしっかりと反応していた。しょうがないので昼間ビーチで見たカワイイコの胸を思い出しながら、フィニッシュした。
終わったら速攻で金を払い、
「良かった?」
と言う質問に答えもしないで、ホテルへ逃げ帰り、暖かいお湯で体の隅々まで洗って、傷心のままベットに入った。

4月15日
昨日のショックが拭えない。ゴーゴーは、バンコクで場数を踏んでいると自負していたが、その自信が根底から覆されたような気分だ。昼間浜に出て昨日のようにビーチを見渡すが、昨日のようなラッキーには当然巡り会えなかった。日が沈むまでには、若干気が晴れてきたので本日も夜の街に繰り出す決心をした。
「Rock Hard a go go」
soiバングラの交差点に位置する。外からも店内が見えカップルとかもいるのでゴーゴーかどうかわからなかった。昨日の2件と比べて大きな店で倍ぐらいのスペースだ。女の子も40人ぐらいはいそうな感じでカワイイコも多い。
ウエイトレスから
「一人でしょう。女の子はいかが?」
と言われたが、
「飲むだけでいい」
とお断りした。
帰りに入り口の所に女の子が10人ぐらいいて、その中で割とカワイイコに手を引っ張られた。そのときは手を振りほどいて帰ったが、後から考えると少し惜しい感じがした。ここは、カップルとかがいなければ、女の子の質も良いし、割と垢抜けていて良いゴーゴーだと思う。
「Extasy a go go」
上のゴーゴーの交差点を山側に渡った所にある。ここも大型店のようだったが、入り口が空いていたので覗くと3人しか踊っていなくて客もいそうでなかったから覗くだけで終わった。
「○○○ a go go」
名前を忘れてしまった。昨日に懲りず「シードラゴンプラザ」の昨日と反対側の右手中央に位置する。カーテンで締め切って客を出入りさせるので興味を覚えて入ってしまった。ここでもすぐ2人組に捕まる。結構捕まる。騙されやすそうな顔をしているのだろうか?割とカワイイ感じであったが、昨日のことがあるので今日は絶対にペイバーしないぞと心に言い聞かせた。股間を触ってくる誘惑にうち勝って店を出た。ここは、40歳ぐらいのおばちゃんが、あそこでコーラを飲んだりとか、吹き矢で風船を割るとか、あそこで笛を吹くとか、という場末なショーをやっており白人客が大騒ぎで楽しんでいた。人間いろいろできるものだと感心した。今日はもうこれで帰った。やはり昨日のことが頭に残りすぎている。

4月16日
午前中の飛行機で帰路についた。傷心の中でクルンテープの街がやけに懐かしく感じる。ほっとしたというのが今回の旅の感想だ。

追記
その夜、ナナに出陣。3Fのハリウッドストリップのウエイトレスをペイバー。同じ1000Bとは思えない。やはりナナが良い。クルンテープが良い。カワイイ20歳の子に心と息子を消毒してもらった。やっと安眠につけそうだ。



不死鳥の思いで・・・15年前のナナ

(秋山7段構えさんからの投稿 2000年4月3日 )
15年前のBKKですか・・・・実は私の初めての海外旅行がBKKでした。
その頃、私はリーマンで知合いの会社のスケベエな担当者がかってにチケットを購入しそのスケベ担当者の付合いで行く事になりました。BKKではその担当者の知合いが店をやってるとの事です。BKK到着お迎えが来る予定でしたが来ません・・・やっと来ましたパンチパーマで色付眼鏡です、その時あまりお付き合いしたくないような円坊主で首の後の脂肪が気になる方に声をかけられました。

円坊主「ニイチャンらも一緒かいな!」
私「ウッ」
パンチパーマ「取り合えず風呂行きますか?」
スケベ担当者「それよりホテル行きましょう」
やっと出発ですが迎えの車の前に何故かパトカーが止まってます。
パンチパーマ「こいつらに先導さすから」

その頃すでにBKKの渋滞は有名でしたが、パトカー先導の為快適に店に向かいました。ホテル到着、それが今から思えばナナホテルでした。(確か500B位だったか?1B=¥5)そんでもってパンチパーマの店はナナの1階正面日本人専用クラブ不死鳥。その頃のナナは今とは違いGOGOもポツリポツリ程度、広場は今はビアバーですが、あの頃は駐車場で今の派手さでは想像出来ません。ナナホテルも前にオープンバーなどなく簡単なカフェに数名のオネエがたむろしている程度です。さっそくクラブ不死鳥で御挨拶ですが、その時すでに数名のオネエサンが私達を囲みニコニコしてます。私はその頃BKKのシステムは何も知らない状態でしたが察しはつきました。

パンチ「内の店は普通持ち帰り無しやけど日本人の知合いは特別にOKですわ、それに日本人専用の店やから安心してや」
私「ほんまかいな?」心の中でつぶやきました。

その店は確かに日本人ばかりです、タマにタイ人を見かけるとあれは警察官などど言ってます。しかし客層ですが、いかにも極道チックな方3割と日本人駐在員らしき人が店の中ではお互いの両域を犯さず共存共栄する不思議な雰囲気です。

後で聞いた話ですが極道チックな方はタイで免許書を取る為らしいです・・・それと射○のお練習!その日、オネエチャンらとお食事&飲み会が終わりホテルでしっぽりしたのは言うまでも有りませんがオネエチャンに片言の日本語で自分の家族の事なども言いながらも、明るい振舞いは今でも鮮明に憶えています。次の日オネエチャンらと定番の観光後お風呂屋さんへ、私ビックリしました。店の名前は忘れましたが、雛壇には100名弱その左手に歌手が歌ってるホール、エレベータ横にはこれまたオネエチャンが椅子に約30名程座ってます。(これってサイドラインですよね)椅子に座ってるカワイイ子タイプ選びました、部屋に入りピックリ・・・・若すぎる!サービスも何でも有りで、今のラチャダのお風呂屋もチョットは見習えと今思います。行為の後(生でキツメリ)も入念なマッサージで確か500Bだったはずです。その後ナナのGOGOめぐりですが、確か1階には無く2階に4,5件だったと記憶してます。ダンスホールでは今も同じスッポンポンですが、とにかく空いてる!そしてオネエチャンも少ない、客はクズーイなファランばっかり。日本人は1人も見ませんでしたし、オネエチャンも記憶に残ってません。その頃もパッポン・タニアは有名でしたが、パンチパーマとの関係上行く事出来ません。またもや不死鳥に戻り、今夜の姫のピックアップです。私の選んだ子は今の趣味(巨乳)とは違いスレンダータイプですが、パンチは「あの子はエエで」などどと言ってます。部屋に戻るといきなり何処かに電話してます。この姫はチェンライ出身で妹とアパートに住んでるとの事で、妹に電話してます。いきなり俺に電話出ろと

妹「○X△*○○」
私「さっぱりわからん」

そうこうしながら1発終わり、ベットでへたっているとオネエチャンが鞄から「ハ〜イ」と言いながらビニールに包まった私の大好物を差し出しました。私「わ〜俺も大好きよ!」オネエチャンが丹念のお掃除し2人でボンです。物は今の物とは比べ物になりません・・・・知らない間にベットに減り込みました。私、長年やってますがあの時の物には当った事有りません、ヒョットして何かまぶして有ったか?次の日の朝、お別れですがオネチャンの帰って行きました。私「あ〜この子とずっと居たい」と真剣に思いました。しかし今日は帰る日でかつ、私には時間も金も無い。自分に言い聞かせながら、初の海外旅行(2泊3日)が終了しました。なお、ボンの残りを持ち帰ったんですが日本の税関ではミッドナイトエクスプレス状態でしたが、何とか突破し、私のアホツレに大感謝されたのは言うまでも有りません。その後何度か訪泰の誘惑にかられましたが、自分自身では泰への思いを封印しました。私のような快楽至上主義な人間は社会復帰は無理だと思ったからです。

しかし去年の初めヒョンな事からBKKに行く事になり、またもや昔の気持ち復活でそれからは訪泰を繰り返しています。それにもうオッサンですのである程度分別がつきますので。でも、昔のオネエチャンの方が情が有ったように思えますが、仕方ないですね。
外道紘感想・・・ついに出た15年前のナナ!オレは1990年からしかタイを知らないので興味深かったです。オレが最初にタイに来たときにも「昔はもっと良かった」って聞きました。この調子で、どなたか20年前30年前のタイの話を聞かせて欲しい・・・昔話のコーナーになっちゃうのもなんだけど、なかなか聞けないでしょこういうこと・・・一番知りたいのは終戦直後のタイ風俗・・・その頃からやってたんだろうかこんな事?



楽しかったなア〜!思いでの日々

(越後のノブナガさんからの投稿 2000年3月27日 )
 これは投稿ではなく、オレと越後のノブナガさんとの間で交わされたメールです。興味深いので掲載の許可を頂きました。15年前のバンコクは、こんなだったそうです・・・

PS:15年前のバンコクってどんな感じだったの??
僕が知っているのは1990からだけど、その当時も
「昔はもっと良かった!」って聞きました。
古き良き時代のお話を聞かせていただければ嬉しいのですが・・・
外道紘


外道 紘様

返事が遅れてすみませんでした。
帰国後に仕事が続いたもので。
昔話をすると笑われるので恥ずかしいのですが、若かりし頃を思い出して当時のことを書いてみます。

 当時は日本人はほとんど置屋に通っていたように思います。バックパッカーはヤワラかマレーシアホテル周辺で冷気茶屋やホテル専属の
お姉さん(旅社のお抱え)と遊んでいたと思います。中にはパッポンやカーボーイでお持ち帰りなんて事もあったのでは。

 私はボーナスを貰ってはバンコクに通っていたのでペッブリーのファーストホテルに泊まっていました(火事になる前)。ファーストはジョイナーフィーが無く日本人はほとんど居なかったので使いよかったです。その後はスクムビットのヒルトンの裏のフェデラルが定宿でした(ここで日本人にあったことはありません)。フォーチュナも良いのですが日本人が多くて、結構恥ずかしかった思い出があります。

 置屋は確か3軒有りました。スリウオンのマノーラホテルの近くに「NO1」という店シーロムのナライホテルの近くに「華」、ニューロードのスワンホテルの1階に「みかど」がありました。オールナイトで100ドルと当時のレートが130円位だったので高かったのですが私は60ドルで買っていました。日本語が出来た、洗濯が上手な子が多かったように思います。中にはじゃぱゆき経験者が居て日本語がペラペラですごくタイ語の勉強になりました。

 タニヤは今よりも街が小さく店も少なかったように思います。置屋の女をホテルに残しタニヤを流して必死に口説いて歩いたこともありました。タニヤの女も結構食いましたが金を払った記憶はありません。決めた子に2日で4回くらい通い最後に閉店前に入って飯を誘う。長時間居ると金が掛かるので短時間の入店を繰り返し、その度に指名すると飯には付き合ってくれます。その後は言葉と気持ちで攻め続ければ、だいたいの子はいただけます。帰りにタクシー代といって500バーツも払えば喜んでくれます。一度食べたらもう2度と同じ店には行かない。後を引くと面倒になるので。だから1回の訪タイで15日滞在してタニヤの子は3人が限度ですね。結構失敗も有りますから。

 タニヤも今ほど観光客が多くなかったし、店が少なかったので賑わっていました。何よりも女の子が今ほどスレていませんでした。オフ出来ない子も多かったし、そういう意味でのプライドも高かったように思います(女の子が少なかったので)。

 アジアホテルの奥の旅社というかモーテルというか、今でもあるのですね。当時は100バーツでした。若い田舎から出て来たばかりの芋ねーちゃんばかりだけど、結構楽しめました。ここに行くときだけは必ずゴムを使ったのを覚えています。

 当時はエイズが話題に上りだした頃で、まだ実感はなく生が当たり前でした。置屋の子は当たり前のようにピル(タイの変な薬)を飲んでいたし、タニヤの子もMPの子(ラチェリーにも良く行きました)も生が当たり前でした。10年前くらいからタイのエイズが有名になってきたのでやばいかなと思いましたが、私は大丈夫でした。この頃からはどこへ行っても必ずゴムをつけるようにしています。

 ゴーゴーでやらなかったのはファランが多くて病気が心配だからです。ゴムを付けるようになってからゴーゴーやMPも平気になりましたが、当時はそんな面倒なことはしていられませんでした。若かったからかな!

 結構置屋の子を連れてパタヤに遊びに行ったり、置屋の子のアパートに行ってルームメイトとやったり(みんなで昼寝をしている時に隠れて)して楽しんでいました。

 当時一番良かったのは観光客でもなく貧乏しながらの長期滞在でもなかった事かな!持って行ったお金が無くなるまで遊んでいたので帰りいつも京成の急行でした。 タイの女の子の思考は当時も今も大して変わっていないと思いますが、ホスピタリティとお金の関係に若干のズレがあるように思います。当時の子はマイペンライを基本思想に日本人と付き合っていたように思います。今は金、金、チップ、チップが多くて!私の付き合っていた子がすれていなかったのかも。

 長々とお付き合い頂き有り難うございました。当時を思い出して書いていて、すごく楽しかったです。こんな機会でもないと当時を振り返りませんもんね!嫁さんにばれないように当時の写真を隠し持っています。久しぶりに引っ張り出して見ました。

楽しかったなア〜!




旅行者のながーい一日

(Still Crazy さんからの投稿 2000年03月23日 )
 朝8:45・・ホテルに戻ったのがもう5時ころだったのに、なぜか本日の同行者Tちゃんに起こされる。帰らなきゃいけないと言うのでお小遣い2000btをわたすと、割とあっさり「じゃね」と帰ってゆく。全然寝てないのに目が覚めてしまった・・・。

 仕方ないのでプールサイドの日陰でアイスコーヒー飲みながらごろごろする。しかし、そこもだんだん暑くなってきたので「そうだ!」と思いつきホテル内の床屋へ。300bt かなり高いような気もするがまあホテルの中だし丁寧だったからまあこんなものなのか?よくわからんがさっぱりして気持ちがいい。結局部屋に戻ってお昼寝。

 3時ころ起きてシャワーの後、夕方から行動を開始。同行の友人Kが聖地(?) カオサン のあたりを見てみたいと言うのでタクシーでカオサンへ。

 二人で最近のバックパッカー事情を視察。二人とも帰り際に「なんだかここにいたらいろんなことがみんなどーでも良くなっちゃうような気がするナー」との感想。

 「でもうちの子供とかにはバンコクには遊びに来させないようにしよーっと」
 「そうだねー」
などとまた無責任なことを言いながら歩く。

 その後Kが「夕飯は、またタイスキがいい」と言うので、昨日までの二日間バンコク風俗ツアーのアテンドをしてもらった外道紘さんに教えられたサイアムスクエアの カントン へ・・・うまい!食後のコーヒーをノボテルのロビーラウンジでのんびりと飲む。

 「今日は何する?」
 「ナナの入り口のバーでビール飲みながら人物観察するってのはどうかなあ?なんか南国情緒感じられそうな気がしない?」
ということでタクシーにてナナへ。

 入り口右側の(店名不詳)バーから流れるクラプトンのギターに誘われてすわり クロスター 女の子に引っ張られて出てゆく日本人の若い子とか訳のわからんドイツ人のおやじとか店の女の子とかを相手にだらだらとすごす。

 そうこうするうちにだんだん夜遊びのパワーがよみがえってきた。
 「せっかく来たからどこか入ったことない店に入ってみようぜ!」と今度は スモーク・オン・ザ・ウォーター のリフに誘われて プレイスクール へ・・・。いやー、しかしこの店はどう考えても経営者が質より量と考えているらしく、人数はすごいんだけどねえ・・・これじゃねえ・・・うーん・・・とはいえ、トイレに行って帰ってくると友人Kの隣には、ちょっとだけインド系のはいったエキゾチック顔のオムちゃんが来て売り込み中。

 以下いい加減な英語もどき会話を著者意訳。

オム「ねえ、ペイバーして・・・。どこか一緒に行こうよ」
K 「うーん」
私 「けっこういい感じじゃない!」
K 「そう?」
私 「じゃさ、僕もだれか探してみんなでディスコ行くってのはどお?」
K 「うーんまあ行きたいんだったらつきあってもいいヨ」
オム「ねえ、あそこにすわってる子・・・私の妹なんだけどどう?」
私 (ふりかえって)「ダメ」
オム「すごくいい娘よ!」
私 「ダメ。ねえねえあっちで踊ってる向こうから3番目の娘イイ感じなんだけど・・」
オム「え?だれだれ?あーあの子結構クレージーな子だよ・・・」
私 「クレージーなの?おもしろそう・・手振っちゃお・・ハーイ」(ウインクが戻ってくる)
オム「あーあー」


 暫ししてステージよりクレージーといわれたミーちゃん登場。派手目な顔の割に話すと「根がまじめ」な印象のオムちゃんに対し、ミーちゃんはいかにも脳天気で遊び好きといったルックスのまんまタイプ。

私 「ハーイ!きみかわいいね!何か飲む??」
ミー「コップン・カー」
私 「実はさあ、友達とオムちゃんとディスコ行こうって話ししてたとこなんだけど一緒に行かない??」
ミー「えー!私ディスコ大好き!!ペイバーしてくれる??行こう行こう!!」
私 「どこかいいお店知ってる?きみが良く行くお店とかがいいなあ・・・」
ミー「OK!友達がDJしてるとこがあるからそこでもいい??」
私 「いいよ。じゃこれでペイバーとチェックもしてもらってネ(1000bt札)」
ミー「わーい。じゃすぐ着替えてくるネ」

 というわけで外へ出た4人はタクシーでディスコ Bossy 2000 へ

ミー「友達が割引券もってたからもらってきたのーーほらこれ!」
私 「これなんて書いてあるの?」(タイ語表記につき全く意味不明)
ミー「良くわかんなーい・・・でも割引券よ・・・・」
私 「うーん(黙)変なの連れてきちゃったかなあ・・・(悩)まあいいや」

 とはいえその割引券のおかげなのか4人でボトルいれて飲んでも580btしか請求されない。なんか安いような気がする・・・ラッキー!!

 ここ[Bossy 2000]はそれなりに箱はでかいが外国人客は一人たりともいないような感じで、かかる曲も「タイハウス」というべきタイのヒットソングの哀愁感とハウスサウンドと、どこか「盆踊り」を感じさせる不思議なグルーヴをまぜこぜにして、なおかつハイテンション・・・。いいのか悪いのか私には判断つきかねるような曲をめちゃくちゃ大音量で回しまくる・・・。かと思えば「タイオルタナティブ」(勝手に言葉をつくるナ)ちょっとミスチルみたいなバンドがでてきて(でもこのバンドのベースのやつはやたらかっこよかった)のあと今度はやたら芸達者なカマの歌手が出てきて・・・そのあとまた「タイハウス」という具合でめちゃくちゃなんだけど今日はやたらノリのいいパートナーにも恵まれた私はつい日常を忘れて途中であきれて帰ってしまった友人カップルのことも気にせず朝の4時まで遊んでしまったのでした。

さてそれから・・・

 ふと我にかえってみると、いつの間にか私のパートナーミーちゃんは、飲み過ぎでへろへろ状態。「ホテル行くーー」とか言ってるのでタクシーに乗せてホテルへ戻る。しかし着いて車から下ろしてみると、すでに1人ではまともに歩けない。IDカードを要求するベルキャプテンのお兄さんにも「えー!なーにー〜〜??」とからんだあげくにエレベーターの前にヘナヘナと座り込むというどうしようもない状態。仕方ないのでとにかく抱えて部屋につれて上がり横にして休ませる・・・。「あーあ疲れた・・・(ハー)」ため息をつく私。とはいえまあ、「こんなもんでしょ・・・」と自分を納得させつつバッグからお茶目なタバコを取り出し、ほとんど死んでる状態のミーちゃんを横目に一服。一人コーラを飲みつつMTVなど見てしみじみとなごむ。(バカ)

 すると、なぜか突然むくっと起きあがるミーちゃん・・・・!

ミー「えー!?もしかしてあなたそれ好きなの???」
私 「え・・いや・・まあ・・好きというか・・・」
ミー「やだーもーそれならそうと先に言ってくれないからこんなに飲み過ぎちゃった
じゃない!!プンプン!!すこし控えればよかったわ・・・もー!」
私 「あ・・そうなの・・・?」
ミー「まあいいわ。これもらうわヨ!!」
私 「はいはい。どうぞ・・シュポッ」
ミー「すーーーーーー。はーーーーーーー。」
私 「(黙)なんだかまた訳のわからん展開になってきたナー・・・・」
ミー「すーーーーーー。はーーーーーーー。」
私 「なんだかなあ??(悩)」
ミー「すーーーーーー。はーーーーーーー。」
ミー「はいあなたもどうぞ・・・」
私 「あーこりゃどうも・・すーーーーーー。はーーーーーーー。(ばか)」


 このあとの出来事は、もう自分でも良く覚えてないんだけどまあ一応することはした(?)と思う・・・たぶん??・・・でもあんまり特別良かったという記憶もないような?・・・うーん・・・わからん。

 で、死んだように寝ているとまたもや・・・・朝8:45

 友人Kの部屋に滞在中のオムちゃんからの電話で起こされる。「かわって」というので起こすがほとんど寝たまま話している。電話がおわるとかすれた声でひとこと

「Water!」

 ”うーむ!やっぱり二日酔いの朝に水を飲みたいのは万国共通なんだナー”・・・と100%どうでもいいようなことを考えているとミーちゃんは、ふらふらしながらお着替え・・・。なんだか「大丈夫かなー?」っていう感じなので、私も着替えてお小遣いを2000btわたす。ロビーへ下りて行くと昨日のベルキャプテンのお兄さんに「大丈夫ですか??」とかえって心配され・・・”あー恥ずかしい国辱モノだね”などと、またくだらんことを考えていると、ミーちゃんこんどは預けたIDカードを受け取らずに出口に向かって行く・・・!

私 「ダメダメ!ほら忘れ物!!」
ミー「あれ?わたしこれ預けたっけ?いつ??」

などと言っている。

それでも「今晩かならず来てね!!そしたら今日は別のディスコ行こう!!」と最後は少し元気になって去って行く・・・・ハァーーーーつかれた・・・

ま、今晩のことは今晩になってから考えればいいや・・・マイペンライだね!部屋にかえって寝ようーーっと。それにしても長い一日だったなあ・・・。ぐーぐー。



また行くぞ・・・バンコクへ!!

(トシさんからの投稿 2000年03月18日 )
 メリーそしてナタリーに投稿しているトシです。
皆さんの投稿を読んでると、みんなハマってるんだなぁと思い自分だけじゃないんだと少々安心もしました。ここにいる人はある意味みんな仲間なんですね。どれだけ伝えても行ったり、経験した人しかわかりません。
とういわけで、僕の2月の旅行記を聞いて下さい。

 2月1*日名古屋発でしたが、あいにくの雪で午前10時30分が午後7時15分発と大幅に予定が変わりました。ちなみに今回は僕がメンバーを集めた仕事関係の1*名です。

 バンコクへは12時頃到着し空港からホテルへ・・バスの中ガイドさんも今日は疲れてるだろうし夜遅いだろうから休むようにと言われ少々寂しいなと思いつつホテルへ、そして寝ようとしている矢先、仲間のひとりが「マッサージがあるぞ」と言いちょうど疲れてるからと頼んだところなんでこんな子がマッサージなのと思う感じの若くてまあまあかわいい子です。そしてごく普通のタイ式マッサージだったのですが、持っていったタイ語の本で片言単語で会話してるうちに、盛り上がってしまい、そのうちにその子も僕におおいかぶさってくるようになり、僕のあそこも盛り上がってしまい結局いたしてしまいました。お金も3000バーツも払いました。後からくる日本人の仲間にも悪い影響ですね、許して下さい。

 2日目は半日観光して有志を募っての速攻のナタリーです。フロントで日本語少し通じてほしいと言ったら100番の子でした。サービスも良かったと思いますし時間が過ぎても添い寝をしてかわいいところが、ある子でした。そうしてるうちに夕方です、その足でまた有志を募って今度はクラブ愛というところに行きました。店の女の子はみんな日本語ペラペラで日本人専用のクラブだそうです。店一杯に女の子がいて気に入った女の子と店内でお酒を飲み、おしゃべりを楽しむ所です。気に入ったら連れ出せますが、クラブに入るのに1500バーツ、連れだしに3000バーツかかりました。それで明朝までのつき合いです。僕はその子の友達と僕の仲間の2対2でその翌日その子の車でバンコクから2時間のカンチャナブリに連れていってもらいました。映画の戦場に架ける橋の舞台のクワイ川橋にも行きましたが、一度訪れても良いところだと思います。その子にはお礼として1500バーツとガソリン代500バーツを払いました。思い出しましたがその子を連れ出した夜シーフードの店でみんなで食事しましたが、そのうちの二人が生がきを食べて次の夜は発熱と下痢でした。やはり生は女の子だけにしておきましょう。

 話は戻ってクラブの女の子と別れたその夜今度はメリーに行きましたあまり女の子は居ませんでしたが、その中で大人っぽくてグラマーな子にしました。タイ語の本を取り出して話そうとすると、日本語ペラペラでした。年はあまり若くないみたいでしたが、スタイル、顔立ちがタイプの子だったので気に入ったのです。世間話をし、お決まりのコースでしたが、まだ勤めて二日目だというのにとても官能的でした。タイ式マッサージもフルコースでしてくれました。帰りにこの店のネームカードがほしいというとフロントでカードに名前と携帯電話の番号を書いてくれました。まさかと思ってましたが、次の日ちゃっかり僕はその子に電話してました。そしてもうひとりの仲間と3人でその日ショッピングにつきあってもらいました。その仲間がパソコン好きでパンテックプラザと言う?ソフトとかのコピー商品とかなんだかかんだかとにかく、ビル全部がパソコン関係のにとりつかれてしまい、その子と二人で恋人のようにブラブラしました。皆さんに告白しますと僕はその子に今ハマっているんです。別れるときもさみしいと涙ぐまれ、ついつい本気になってしまったバカなやつです。だからはまっちいけないのGKさんや半年後に君は・・・のYさんの気持ちわかります。だから日本に帰ってきて彼女から携帯に電話があったとき、心に誓ってしまいました。

 また行くぞ・・・バンコクへ!!

 彼女からは週に1,2度の割合で電話があります、やりとりしてるうちに情がうつってしまい、また5月に行くと約束してしまいました。又行ったらこの続き聞いて下さい。 そして外道さんは本当に的を得た人です。実をいうと僕は世間でいう中年で41才です。海外旅行は好きで何度か行ってますが昨年行ったタイがこれの始まりで今は行くのならタイと言う感じです。また同年代の方そして同じ気持ちの方このコーナーを大事ににしましょう。それではまた・・・・その時まで



駆け足で行ったバンコク旅行

(横浜のシビルさんからの情報 2000年03月14日 )
外道様
どうしようもない、行きタイ病に憑かれた馬鹿な男のショート旅行記をひとつ
3/10 17:00 羽田出発  3/11 1:00 バンコクドムアン空港着
3/11 1:30 ルメリディアンプレジデントホテルに向かう途中エアポートタクシーの運転手にこの時間でもひらいているMPを聞くと、何とJONEが開いているとの事、半信半疑で、ホテルチェックイン後、即JONEに向かう。ところが JONE は丁度終わりだと 顔なじみの駐車場係りにいわれ、あきらめて外道さんに教えてもらったメルキュ−ルホテルに行こうとタクシーを拾うが、タクシーの運ちゃんにオープンしている所があるとの事、つれていってもらう。何とそこはボッタクリで名高いエンガラではないか。案の定コンシアが3000Bとボッタクッテくるではないか。時間的に余裕のなかった私は結局1500で手をうちました。選んだ女の子は可もなく不可もないというところです。
3/11 5:00 就寝 3/11 9:00 起床  3/11 10:00 スクムヴィットのフォーチュナホテルの地下のタイマッサージを2時間行う。(チップ込みで500B)
3/11 12:00 ランドマークホテル日本食屋で昼食
3/11 13:30 お気にのいるJONEに到着。しかしお気にのNO10は休みでチェンマイに帰っているとの事。もう1人のお気にのN026はやめたとの事。コンシアに前回タマダー1500,VIP2000といわたが本当値段は1200と1700だろうと問い詰めたところ、それはタイ人値段で日本人と中国人の値段は1500と2000だとの事、また白人は3000から4000とるとうまくごまかされました。結局やめて近くのチャオプラヤー2に行きました。
3/11 14:00 チャオプラヤー2にて
No69を選ぶ。この女の子は日本人好みの顔をしているせいか日本人の指名が多いせいかある程度日本語が話せるしまた部屋もちのコでしたがほどほどのサービスがあるものの、それほど熱くなるような感じではなかったですね。一発抜いて、二発目をチャレンジしましたが結局出ませんでした。
3/11 16:00 プラザエンターテーメントにて
この店はタイのMPにはじめてきたときに入った店ですが、最初に選んだ女のコとあたらしい女のコがおりどっちにするか迷ったので、軽食をたべているあいだに最初に選んだ女のコが売れてしまったのであたらしいNO97の女のコにしました。このコはハジャイ出身で年は24さいで多少日本語が話せてサービスもマアマアで足の爪まで切ってくれよかったです。
3/11 18:00 タニヤ会館2Fの菜の花で夕食
3/11 19:30 ラコスタ2にて
この店の新人NO24を選び併設の海風庵にいく。ウボン出身゛のナーラックな子でサービスはよかったです。日本風呂ははじめてらしく熱がっておりましたがそのしぐさがかわいらしくまたお気にがふえてしまった。
3/11 22:00 メリーにて
前回指名したNO64を再び選ぶ。やはりサービスは前にもまして良かった。
3/12 0:00 疲れて就寝
3/12 9:00 バンコク出発
3/12 18:00 羽田着
以上駆け足で行ったバンコク旅行でした。



ディクちゃんを求めて

(プンプイさんからの投稿2000年03月12日 )
 私は15年前位からのタイフリークですが、ここ7年くらいは年1回がやっとで、情報が少なく困っていました。今回は外道さんの御陰で最高の経験をしました。3月の*〜1*日までバンコクに行って来ました。

 外道さんヒロポン軍曹が絶賛していたメリーのディクちゃん目当てで3日間通ってやっと1*日にお手合わせいただきました。

 メリーのコンシアで日本語を話すミスターティムはなかなか商売熱心で、こちらの要求に応えるためにホールを走り回ってくれます。見た目はパンチパーマの薄い頭、ちょび髭にグラサン眼鏡でダブルのスーツを着ているのでチンピラやくざのような風貌です。

 *日 22:00 雛壇に40人くらいで再度は5人くらいか?ディクちゃんはお休みでした。ティムに進められた50番の21歳の小柄でデカパイの子を指名しました。お湯が貯まる前にキスをしたらデープキッスになりそのまま服を脱がせ合い乳くり合いました。エッチ・サービス・スタイルは最高ですが、マッサージなどの付帯サービスが今イチ!若い子好きにはおすすめです。結構好き者です。

 ゴルフの後スクムビットのチャワラー温泉に行ったのですがボラレました。2時間 600Bをフロントで払おうとしたのですが後払いにされました。いつも現地の日本人と行くと先払いです。サービスが終わってチップを300B上げようとすると1500B要求され、抗議すると全部インクルードで私がフロントにも払っておくと言いました。ゴルフの後で5人で行て全員同じ料金を請求されたことを考えると店ぐるみでの行為だと思います。みなさん注意してください。現地の友人と一緒によく利用していたのですが、これならMPの方がコストパフォーマンスが断然高いです。

 *日 21:30 人数的には8日と一緒位でした。ディクちゃんにお客が着いているので30分くらい待ってくれとティムに言われたので日本語の出来る子はいるかと聞くと9番のバンちゃんを勧められる。顔は綺麗系でスタイルも良いがキッスは触れるだけ胸は触らせず、年は28歳でした。ハズレではないと思いますが今イチでした。

 メリーに行く前にプラザに寄ったのですが地下のキューピットのコンシアの態度が悪いので、すぐに1階に移動しましたがここも日本からの団体がいて今ひとつ。

 1*日 22:00 最後の夜にやっとディクちゃんとお手合わせできました。最高でした。HPの写真とはイメージが違い女優の服部まこさんに似ていると思いました。タイのホスピタリティーを体験できます。精子をを使い果たしていたのですが何とかいきました。もし初日だったら3回はいけたと思います。それくらいに最高でした。

 外道さん本当に有り難うございました。



15件入浴記念にあたり独り言

(長谷川さんからの投稿 2000年03月06日 )

 最近は、ここに投稿することが趣味になってきている。つまり、次々にまだ行ったことのない新しい風呂屋を巡ることで新しい投稿をしようということである。

 これを自称「一人風呂ツアー」と呼んでいる。なぜこのように呼んでいるかというと、その昔「風呂ツアー」というものを敢行していたからである。「風呂ツアー」というと、私は、学生時代貧困であったため、風呂のない下宿に住んでいた。よって銭湯に通っていたが、ある時、近所の行きつけの銭湯が改装で休業してしった。そこで仕方が無く他の銭湯に入りに行くのだが、ただ入るだけではつまらないと言うことで生まれたのが「風呂ツアー」である。内容は、今のMP巡りとは違い、クラブの先輩たちと市内中の銭湯という銭湯を自転車で廻るだけの物である。ツアー実施の次の日あそこの風呂はメチャ熱いとか、そこの風呂屋は体に絵の描いてある人たちが多く入浴しているとか、ここの風呂屋は湯が巡回していないため垢が浮いているとかを批評することを唯一の楽しみにしていた。当時私の住んでいた某市にはクルンテープのMPと同じくらいの銭湯があり、今日はこの地区明日はあの地区...そうまるで現在のMP巡りと同じようなことを昔は健全な銭湯でしていたことを思い出した。

 そう、今やっていることは風呂こそ違うが、まさしく「風呂ツアー」である。現在、「一人風呂ツアー」も北からポセイドン、ハイクラス、エマニュエル、シーザー、JOne、チャオプラヤー2、プラザ、メリー、ビワ、ビクトリアシークレット、ジュリアナ、ホノルル、ニュークレオパトラ、ビバパレス、サハラサウナと15件での入浴を果たしている。今後更にこの件数を増やせるように努力して、更に投稿を増やしていきたいと思っている。

 そこで密かにその手助けをしてくれる良き助っ人を紹介しよう。彼は、××と言い、私のコンカプロット(会社の規則で自分で運転をしては行けないことになっているので、仕事帰り等彼と一緒に行くことがたまにある)である。彼は、昔のネハン(旦那)が相当の風呂好きだったらしく私が言う店の名前を知らないことはない。よって、普段地理がわからないような所(ビバパレス等)については彼の力が大きく役立った。彼とは同じ風呂には一度も同行しないので、私が風呂ツアーをしていることを察してか、「ネハン、ティニープージンスワイマイカップ」と前に行ったことのある店と比較してどちらがいいかと聞いてくる。彼も若いからなぁー(^^)。時々は彼との二人三脚にはなるが、ほとんど一人で敢行している「一人風呂ツアー」。まだ15件とすくないが、これからもますますいろいろな場所をまわりたい所存である。



爆乳テメ紀行

(おさむ@大阪さんからの投稿 2000年02月25日)
2/9〜14BKK&PHNへまたもや短期で行っておりました。
今回はテメでの出来事の報告です。

前回BKKに行った時も、テメには顔出したのですがロクなのが居なくサイアムでピックアップしたんですが、それは私がテメの本当の過ごし方を知らなかったのが原因だった様です。

その日(2/9)キングスコーナーのサイボーグを持ち帰り、やはり本物が欲しくなりAM3:00位テメに向かいました。
とりあえず一周したんですが好みが無く、サイアムへ移動・・・何カフェが閉まっている!道端のネエチャンの顔もよく見えん、テメへGOBACKです。入口の所で巨乳ネエチャンに突付かれて、あっ良いなと思ったら見失いました。店内は相変わらず万杯で物色してると、先程の爆乳ネエチャン居ました。おいでおいですると私の体に乳を押しつけクネクネします。椅子が空いたのですかさず座ると、私の膝の上に尻をドッとおろしペチャクチャ喋ってます。
それじゃホテル行こうか・・・OKよ・・・いくら・・・UP TO YOUホテルで爆乳をパフパフしながら頑張りました・・・・・で終わると帰るのかと思っ
たらそのまま爆睡・・・・翌朝頑張ったのは言うまでも有りません。

私、今迄テメとかサイアム苦手だったんですよ、誘って断られるの嫌だし。しかし今回の経験で考え逆転です、コストパフォーマンス良し、ゆっくり品定め出来る、断られてもオッサンだからクヨクヨしない。今迄GOGOの持ち帰りは何か高いなあと思ってました。(下手すりゃお風呂よりずっと高くつく)

次の日ラチャダのお風呂でドンチャン騒ぎの後、またも行ってしまいました。今度はもう大丈夫、回遊魚の様にお気に見つかるまでローリングで見つかれば一目散にその子に向かいます。何か飲む?(オッサンだからすぐ奢る)適当に喋って気に居ればホテルへGOです。(なお私はタイ語全くダメ、英語は幼稚園レベルです)ただしテメにも弱点が有ります、それは服を着てると言う事です。(当たり前だ!)巨乳はわかるんですが、普通位のは難しい・・・・もし失敗だったら再度行けば良いんですが^_^;

もちろんその次の日も行きましたが、顔はエキゾチックなタイプでしたが身体は子孫に栄養素を吸い取られた状態です。しかしそこはお口のテクニックでカバーしてましてBKK始まって依頼初めて○内発射相成りました。

今回カフェの面白さがやっと解った次第です。
なおお支払はオール1000Bでした。



ハマっちゃいけないと分かってるけど・・・

(GKさんからの投稿 2000年02月13日)
 1月23日、4泊5日での訪タイ。今回で4度目である。友人と2人深夜のドンムアン空港に降り立ちホテルを予約後、足早に向かう。部屋で2人で今からどこに行くか話し合う。
この時間じゃマッサーも閉まっているので、取りあえずホテルから近いサイアムホテルを覗いてみようということになった。サイアムホテルへ行くのは今回が初めてである。薄暗いペップリー通りを眺めていると、「おお〜っあったあった。なんだよ外にゾロゾロいるぞ。中は空いている席無いんじゃねえの」と2人、はしゃぎながらコーヒーショップへと向かう。中に入り一回りしてみると、以外にも空席が目立つ。しかも女の子よりもタイ人の野郎達の方が多い。取りあえず空いている席に座り、2人ビールを飲みながら今後の事など話し合う。隣のテーブルに目をやると、6人組の女の子達が熱い視線を送ってくる。「・・・あ、あ熱すぎるっ・・・」そのうちの1人はメチャ俺好みのイケてる子だ。エレクトしてくるモノを足を組んで隠しながらどうしようか考えていると、突然背後から
「コンバンワ アナタ達ハ、日本人デスカァ」
まあまあ悪くない子だ。
「そうだけど、あなた日本語わかるんだ?」
「ハァイ コノ前マデ、カラオケクラブ 働イテマシタ。ココ座ッテモOKデスカ?」
「いいよ 何か飲む?」
「ドーモアリガトウ ソレヨリモ今日、私ノ友達一緒ニ来テマァス。呼ンデモイイデスカ?」
「OK、呼んできなよ」―――すると後から2人やって来た。どうも彼女達はセミプロの様だ。2人は日本語は少ししか分からない様だ。その内の1人は「味ノ素ーッ」とか訳の分からない事を言っている。でも英語はかなり上手だ。3人共けっこうノリはいい。5人で少しおしゃべりして、僕は「味の素」ちゃんを、友人はもう一方の子をお持ち帰りしようという事になった。彼女達の言い値は1500Bだと言う。すると、
「オーウ 私モ、アナタノ部屋行キタイデス。ダメデスカ?」
「君には悪いけど、この子1人でいいよ」
「私アナタノ事好キデス。アナタイイ男。アナタトSEXヤリタァーイデス。」
「いやぁ1人だけでいいんだ。ゴメンネ」―――結構しつこい。
「アナタSEX 私マッサージ出来ル 気持チイイー 3P 3P 1人1000Bデイイデス。ホント オ願イシマァース」
 ・・・・結局3Pで2000Bという値段に負けてホテルに持ち帰り、極楽なひとときを満喫したのであった。帰り際に、
「明日 2人デ、アナタノ部屋ニ遊ビニ来テモイイデスカ?」―――「味の素」ちゃんだけでいいんだよっ と言いたかったけど
「いいよ、じゃあ2時ごろおいで」と言ってしまった。その後彼女達は部屋を後にした。・・・・・・

 次の日、友人とマーブンクローンで昼飯を食って簡単な買い物をしブラブラして、暇つぶしにプラザで一発抜いて早めの夕食を食ってから、ちょっと仮眠をしようとホテルに戻った。
部屋の鍵を受け取り、部屋へ向かおうとするとレセプションのオバチャンが僕を呼び止めメモを渡す。――――ゲゲッ それは昨日のサイアムの子達からだった。どうやら昼の2時に来たらしい。僕は夜の2時のつもりで言ったのに、うまく伝わらなかったようだ。ひらがなで書かれているのだが、全く意味不明で良く分からない。ただ1つ分かったのは、ロピーで2時間待ったらしい。後ろめたい気持ちがしながら数時間仮眠の後、ナナやテルメーを散策するが、これといった子がいない。特にテルメーはメチャ混み芋洗い状態。まるで日曜日のドンキホーテ並。女の子も白人好みの『結構グロい』のしかいない。
時間も時間だしパッポンに行ってもいい子はいないだろうと思い、再びサイアムホテルに2人で向かう。―――「そうだあの子達に謝ろう。それにあの“味の素”ちゃんに会えるかもしれない」    サイアムホテルに着き、ざっとあたりを見回してみる。どうやら昨日の子達はいないようだ。まっいいかと思いながら空いている所に座る。座って2・3分もしないうちに、なんと“味の素”ちゃんが、すっ飛んでやって来た。
「もう〜2時間も待ったのよ。何処に行ってたの〜っ」―――幸い怒っていないようだ。
「僕は君の友達に夜の2時のつもりで言ったんだけど、今日は君1人なの?」
「そう、私の友達カンカンに怒って家に帰っちゃった。」
「そうなんだ。それよりも今夜部屋においでよ」―――するとピッタリと体を寄せてきてニコニコしなが・BR> 「うんっOK!OK!」・BR>    決めゼリフにタイ語で耳元にささやいた。
「僕、今夜は君と一緒に居たいんだ。朝までいいでしょ?」
「オォ〜ッ あなたタイ語上手。なんでそんな言葉知ってるの?アハハハ」
 結局、僕は彼女を連れて帰り 友人は好みのタイプの子がいないので3人でタクシーに乗りホテルに帰る事にした。その日は昨日の3Pの時よりも激しいSEXをした。隣の部屋で友人が1人寂しく寝ているのを尻目に・・・・・

  翌日、昼前に起きてとりあえず一発かました後、3人でワールドトレードセンターに行った。友人がドューティーフリーでお土産を買って、その後M.Kでタイスキを食べる。やっぱり野郎同士で食べるより、地元の子がいると適当に見つくろって注文してくれるし、安く済むのでとても助かる。店を後にし、友人がマーブンクローンで買いたい物があるというので、じゃあマーブンクローンにでも行くか、ということになった。が、味の素ちゃんが僕の耳元でささやく。
「私、アパートに帰って服を着替えたいの。あなたも一緒に来てよ」
「じゃあ3人で行こうか?」
「違う。あなただけ。ねっいいでしょう。」―――友人1人置き去りにするのは気が引けたが、せっかくのお誘いを断るのも気が引ける。僕は小声で、
「OK―!OK―ナ〜!」
彼女は、ムフフフと笑いながら、タクシーに駆け寄り行き先を指示し、僕達に早く乗るようせかす。タクシーに乗り込み、しばらく走る。……んっマーブンクローンって こんなに遠かったけ?……どうやら彼女は先に自分のアパートに行ってから、マーブンクローンに行く様指示したらしい。全く逆方向のスクンビット通りをしばらく進み、とあるソイを入ってタクシーは止まった。僕は友人に訳を話し、2人タクシーを降りた。アパートというより、ワンルームマンションといった感じ。入口にはガードマンもいるし、部屋も僕らが泊まっているプリンスホテルより広いし全然きれいだ。聞けば、家賃は5000Bだという。お互いシャワーを浴び一戦交えた後、部屋に飾ってあった一枚の写真を指さして彼女に訊ねた。
「君の他に写ってる子達は友達?」
「そう。ほらこの前のサイアムの・・・」―――よく見るとこの前の子達だった。化粧してない写真だったので気が付かなかった。こっちの方がカワイイんだけど・・・
「ここの海は何処?」
「パタヤ。ほら海きれいでしょう?」
「ふ〜ん」―――しばらく考えて彼女にこう切り出した。
「ねえ 今からパタヤに行かない?」
「えっ 今から?」
「うん 疲れてるんだったら別にいいよ」
「OK!OK!大丈夫、大丈夫 本当?」
「本当!」―――実は昨晩ベットで、明日2人でパタヤに行こうと誘われていた。以前パタヤにいた事があって詳しいという。僕もパタヤは行った事が無いので行きたいとは思っていた。でも友人を置いて行くのは悪いと思い断っていた。でもこうなったら行くしかないでしょ。彼女ははしゃぎながら仕度を始めた。僕は手ぶらでホテルから来たので後でホテルに寄ればいいやと思い、コーヒーを飲みながらボーッとしていた。すると、
「ほら、早くこれに着替えて」
「な、何これ?」
「前の彼氏の。大丈夫、サイズはOKだと思う。そんな格好じゃ暑いわよ。はいパンツはこれね」―――手渡されたのは、プリント部分が色落ちたダブダブのTシャツ。ヨーカ堂の紳士服売場でも売ってなさそうなオレンジ色のアロハっぽいショートパンツ。純白のLL?サイズのオヤジブリーフ・・・・・・前の彼氏(韓国人)とは別れたとはいっても、なんでこんな物持ってるんだよ?それにしても何だよこれ。韓国の男のセンス疑うぜ、まったく。こんな格好でパタヤ行けってかよ・・・・・
「いや〜俺、ホテルに着替えあるし。ほ、ほらお金もあんまり無いからホテルに行かないと。」
「大丈夫。お金は私持ってるから さぁ早く、早く」―――渋々着替える。ブリーフはまるでアテントのようだ。そして一路パタヤへ 到着したのは、ちょうど日が落ちた頃。400Bの安ホテルにチェックイン。バスターミナルの近くの『ミニサイアム』がおすすめだというのでそこに行き、ロイヤルガーデンプラザで夕食を取り、テーマパークで騒ぎまくる。その後アルカザールへ行って2人大爆笑。ムエタイのリングがあるカウンターバーで2人で酒を飲みまくり、海沿いのシーフードレストランで夜中の3時まで語りあった。

  翌朝とりあえずバンコクにいる友人へ電話する。一睡もしないでヤリまっくたので、チェックアウトまで少し寝たかったのだが、彼女が海へ行こうとせかす。しかし、ちっちゃい体でなんてタフなんだろうと関心する。海で遊んだ後、バスでバンコクへ、夕方に着いて韓国料理店で焼き肉を食ってアパートへ、バスで寝たし、骨付きカルビも死ぬほど食ったのでエレクト全快、『21対20のシーソーゲームのセ・パ オールスター戦をダブルヘッダーでこなしたような』SEXも無事終了した後、お互いちょっぴりしんみり。そう明日の早朝には日本に帰国だ。
「明日日本に帰るんでしょ?」
「うん」
「あなたタイ語いろいろ知っているけどタイ人の奥さんいるの?」 
「いないよ。今は彼女もいないし、タイ語はテープやCDで自分で覚えたし、ほら東京や横浜にはタイ人いっぱいいるでしょ」
「じゃ東京にいるタイ人といっぱいSEXしてるんだ」―――ギクッ
「違う 違う・・・タイレストラン・・・」―――実際、朝4時5時に黄金町に出没してはタイ人の姉ちゃん達と友達になって、タイレストランでメシでも食いながらお話する。
「うそつき〜ウフフフ あなたハンサムだから女の子いっぱいいるんでしょ・・・・」
「いないって 本当!本当!」
「本当なの?・・・・・」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・・・」―――うわ〜っ なんかヤバイな、お〜い。
「ねえ帰らないでよ ずっとここにいて さみしいよぉ〜」―――彼女の目から大粒の涙が・・・マジやばいっスよ・・・なんとかなだめて、また必ず会いに来るからとか何とかいって泣き止んだ所で、2人さすがに疲れ果てて眠りについた。・・・・・・・3,4時間寝て僕は起きた。ホテルに戻って置きっぱなしの荷物とチェックアウトをしなくてはならない。彼女は空港まで見送りに来てくれるというので2人でホテルに向かった。大した荷物も無いのであっという間に仕度は整い、空港に向かうまで十分時間はあった。一服してると彼女が迫ってくる。・・・ま、またですか・・・といいつつも彼女の胸をもみしごく『俺』 長いディープキスの後、怒濤のお別れSEXとなった。

   帰国後も彼女からは毎日電話がある。多い時は1日に4・5回もかかってくる。昼も夜も家にも携帯にも。もうこれは油田に火をつけた様なものですかねぇ・・・・
   早く目を覚まして仕事に打ち込まなければ・・・でもすぐまた彼女に会いに行っちゃうんだろうなぁ〜やれやれ。




ARE YOU JAPANESE?

(長良川さんからの投稿 2000年02月08日 )
外道殿

 昨日は、外道の細道でヒロポン軍曹も絶賛してい・B>メリー・/B>へ行きました。タノンペッブリータットマイにある風呂屋についてはは、「汚い、ボル」というイメージが強くなかなか足が向かなかったのは事実です。よって、ラチャダー、プララム9、シーアユタヤが中心になっていました。

 ここは、コンシアの態度も良く、ボラれる心配もほとんどなさそうな感じです。当然正規の料金(タマダー1300B、ピーセット1600B、スーパースター2000B)を説明してくれました。時間が早い(午後3時半)のに雛壇には30名ぐらいの姫がいました。スーパースターは2名しかいなかったのですがその中でS17番のサイちゃんを指名しました。ここで働いて2ヶ月しかたっていない19歳の子でテクはありませんが、ずっと寄り添ってくれて恋人気分でした。綺麗な大きな胸(DかE)は若いだけあってすごい張りでした。思わず2回戦してしまいましたがそれでも時間が余ってしまいました。コストメリットの割には日本人好みの姫が多くサービスも良いです。帰り際に雛壇を覗きましたが、50名ぐらいに増えサイドも10名ぐらいいました。

 と、2回発射して今日はもう家でじっとしていようかと思ったのですが、少しビールが飲みたいと思いカーボーイに顔を出しました。カーボーイでは久々にロングガンに行きました。

 カーボーイでは一番知名度の高いロングガン、ナナの1Fと比べてもあまりレベルは落ちない感じでした。特に非常に綺麗でスタイルの良い子が若干一名いたからかもしれません。その子をペイバーしたかったのですが、横についた子がまあまあ可愛かったのでそのことショートをしました。ショートは、アソークへ出て右に曲がったところの2階へ上がって行くところ(名前は忘れました)。ナナと比較して部屋は綺麗で良かったです。部屋代300B。この選んだ子が顔から想像できないような非常に強烈な淫乱。好きで好きでたまらないらしく、何回も求めてきて殺されそうでした。

 この子は、本当に強烈でした。ロングガンで働いて3日目らしい(他のウエイトレスに確認してもそう言っていた)が、英語も堪能、日本語も少しできて、そのくせカーボーイ内にたくさん友達がいる。また、前の会社は給料が少ないのでここに変わったと言っていた。昼はコンピューターの学校に通っているらしい。それなのにものすごい淫乱。どれがほんとでどれが嘘か全くわかりませんでした。 また、Hはこちらが昼2回してるのでもういいと思っているのにすごい勢いで求めてきます。この子との1回戦20分ぐらい突いた頃さすがに疲れてきたので、強引に出したのですがいかなかったらしく「なぜそんなに早く出るの!」と怒っています。仕方がないのでもう1回戦つき合いました。上になったくればいいのに上は嫌らしく、仕方がないのでこちらが上で攻めました。ゴルフ→風呂や(2発)→ゴーゴー(2発)というハードスケジュールの最後が淫乱娘だったため股関節が痛くなりました。「明日も来て!2回しようね!500Bディスカウントするから」と言うので返事をしなかったら、「絶対ね!」といって指切りを何度もさせられました。(殺されそうなのでいきません)

 そう言えば、この前ナナのR2で見た日本人のおっちゃん(50歳ぐらいか?)が今日はロングガンにいる。うちの社長と顔が似ているので忘れもしません。いつも一人で飲んでいる。きっとかなりのゴーゴーフリークなのであろう。隠れたフリークがたくさん存在していることは微笑ましいですね。

 地獄から解放されて、ほっと一息ついているとなにやら向こうから話しかけてきます。

 午後11時、帰宅のためアソークをスクムビットロードへ出るために歩いていると
・B>@「EXCUSE ME」
 何やら旅行者風の若い東洋人の2人組が声をかけてくる。彼らは更に続ける。
・B>@「ARE YOU JAPANESE?・/B>v
 私は答える。
・B>@「日本人です。」
 彼らの表情に安堵感が広がる。
・B>@「ソイ4にいきたいのですがここから遠いですか?・/B>v
・B>@「ナナに行くの?」
・B>@「そうです。歩いていくとどれぐらいですか?・/B>v
 そんなの歩いたことはないのでわからない。
・B>@「15〜20分ぐらいかな。」
 そしてアソーク駅を指さしながら続ける。
・B>@「BTSで行けば1駅でいけるよ」
 でも旅行者の彼らにとっては、BTSにのることはとてつもなく難しいと感じるようだ。そう言わんばかりの表情で更に続ける。
・B>@「いくらですか?」
 彼らは、お金があまりないらしい。
・B>@「15Bだったかな?」
 「そしたら2人だったらタクシーも変わりませんよね・/B>v
 最も楽だがコストのかかるタクシーを選んだ。
・B>@「横断歩道を渡って向こうでタクシーを捕まえて方がいいよ。こちらからだとUターンしなければいけないから」
 「有り難う御座いました」
 「どういたしまして・/B>v
 それから、彼らとは逆方向に向かってスクムビットロードを歩きだした。
 と、1分もしない内に声をかけられた。又、彼らである。
・B>@「どこかおもしろい所知りませんか?」
 「どこかおもしろい所ってどういう関係の?・/B>v
 知っていて聞き返す。
・B>@「タイの風俗関係です」
 若者らしいストレートな答えが返ってきた。
 私は、この時間だとタニヤ関係は閉まるし、風呂屋も閉まる。あとは、ゴーゴーかカフェぐらいだろうと言う話をした。話をしている間最近スクムビット界隈にも現れる象が横を通り、彼らの内の一人と危うく接触しようとするが、日本では考えられないそんな非日常的なことに驚くことなく、私の話にすごい集中力で聞き入っている。だんだん言葉がくだけてきた。
・B>@「やっぱ安くて綺麗な子がいるところがいいっす。どこか知りませんか・/B>v
 そんなところがあれば私とてとっくの昔に行っている。
・B>@「風呂屋が安くて綺麗な子と言う要望に対して一番リスクが少ないと思うよ」
 という提案に対しては、
・B>@「ソープは、なんか嫌っす」
 結構頑固でわがままな若者だ。
・B>@「この時間からだとゴーゴーは綺麗な子はペイバーされてしまい期待が薄いかもしれないよ」
 「そっすか。残念です・/B>v
 本当に残念そうである。
・B>@「連れて帰る時、同じ部屋に連れ込むのはやっぱやっぱやばいっすかねー・/B>v
 彼らはフアラムポン駅の安宿に2人一緒に泊まっているらしい。
 あれこれ15分ぐらいも立ち話をしてしまった。結局、ナナからサイアムホテルコースにしたらしい。サイアムホテルについては、
・B>@「やっぱこちらから声をかける方が選べるからいいっす。声かけられるのはうっとうしくて嫌っす・/B>v
 ゴーゴーで声もかけられないおっさんに向かって言う言葉にしてはあまりにも失礼すぎる。 最後にタクシーの運ちゃんにはホテルの語尾をあげて言うんだよそれがタイ式の英語だからと言うことを教えてあげた。
・B>@「ほんとに勉強になりました。有り難う御座いました・/B>v
 解放されて帰路に戻った。

 今日は、わずかな時間ながら、若き将来のある日本人2名を外道の道へ誘う手助けをしてしまったことを外道の細道の投稿者として少し誇りに思った。又、少しの情報しかないのに見ず知らずの海外で、特攻隊のように通りすがりの人からも自分の目的の情報を聞き出すバイタリティー...見習わなくてはならない。 しかし、最近の若者は勉強が嫌いらしい。

PS:若き2人、君たちとの会話を投稿のネタに使ってすまん。もしこれを読んだら連絡くれ。今日は疲れすぎていたのでつきあえなかったが今度は是非案内して差し上げよう。

 超ハードスケジュールのあとにこんなオチまでついたおもしろい一日でした。ではまた次回まで。しかし、最近遊びすぎちょっとペースを落とさなければと考える今日この頃です。


半年後に君は・・・/B>E

(Yさんからの投稿・/B>@2000年01月31日 ・/B>j
ヒロポン軍曹殿

 今回は報告になるのか、ただの身の上話になるのか判らないですが、昨日の日曜の話をさせてもらいます。昨日は、相変わらず朝早く起きて芝刈りに行きました。芝刈りとゴルフの境は、やはりスコアーが100をきればゴルフ、きれなければ芝刈りと勝手に自分で決めております。そういう意味で言えば昨日はゴルフをしたといえます。(ここ数回かなり調子が悪く芝刈り状態に陥っていました)そのゴルフもいつもより早く終わったので、さて今日はどこに行こうか?と迷っていましたが、時間もあることだし、外道日記でも紹介のあった、遠い遠いビバ・パレスに行ってみようと思いました。

 今回は、2回目です。以前行ったときもあまりの遠さになかなか足が向かなかったのですが、今回行くのは特別な理由があります。

 私が来泰してすぐの頃、タイに対する緊張感がまだとけていない時期でしたが、それよりも、用事があり日本へ電話したときに、必ずと言っていいほど「えーなー。毎日定時に帰って女抱きまくりやろーなー」と言われることに対しての自分自身の防御に奔走していた頃でした。当然、会社の人間と遊びに行くような気分になれず、さてどうしようかと自分自身悩んでいた時期でした。今のように自由にどこでも行けるわけではなく、毎日10時には寝ていた記憶があります。(今では考えられませんが)こんな右も左もタイ語も判らないときに、とある親切な知人がラチャダーのポセイドンに連れていってくれました。

 ここに来るまでは、何件か風呂屋さんには行っていましたが、「ここはできたばかりで日本人の客も少なく、会社の人と会うことはないだろう」という知人の暖かい言葉に、やっと気にせず遊ぶところが見つかったと肩の荷が下りたような錯覚に浸りました。(大袈裟に聞こえるかもしれませんが、この頃は本当にナーバスになったいたので、ほんとに暖かい気遣いに対してとてもありがたく感じたんだと思います)
 
 そこで、最初に指名したのが、×××番の○○ちゃんです。もう、一目見た瞬間にコンシアに×××を告げていました。ちょっと色黒ですが小柄でカチューシャのよく似合う子で、日本のアイドル並といっても過言ではないくらいかわいいと思いました。部屋に入ってからもおどけたりして見せてくれてすさんだ心を温かくしてくれました。Hの方も最高でした。私は、綺麗な子よりもむしろ少し”ロ”がつく系統のかわいい子が好きなのですが、○○ちゃんは、まさしく私の好み通りで、大きくない胸、小さな乳首、くびれかけた腰、小さなお尻と言うようなスタイル。口での奉仕はあまりいいとはいえませんが、挿入の時の周期的に締めてくるあそこが、まるで早く出したらとも言わんばかりに私の息子に丁度良い刺激を与えます。おかげで彼女とするときは、いつもより3倍も早く出てしまいます。
 そんなことで、完全にハマってしまい。1週間に3回通う生活を約3ヶ月過ごさせてもらいました。よって、当然のことながらコンシアにも、姫を選んでいる最中に飲み物を頼むウエイトレスのお姉さんにも、部屋には入ってからお風呂道具を運んでくるお姉さんにも、部屋に飲み物を運んでくるお姉さんにも、私がいつも××3を選んでいることがバレバレでした。
 たまに○○ちゃん不在で(1回だけですが)別の姫を選んだときなどは、選んだ姫からも、「あなたいつも×××でしょ。なぜ今日は私なの?」と言われる始末。なんかポセイドン全体に知られているようなそんな感じでした。

 しかし、やはりそんな生活にもピリオドを打つ時期が来たのです。
 ある日、○○ちゃんの携帯にでんわをいれます。
・B>@「今から行くけどいい?・/B>v
・B>@「今、アパートだから2時間後にポセイドンに来て・/B>v
 そういういつものやりとりをして、2時間後、ポセイドンの2Fで○○ちゃんを待っていました。

 ところがです。いつまで待っても○○ちゃんは来ません。1時間が過ぎた頃、コンシアに「来ないから帰るわ」と言うと「彼女が来ると言ったんだろ、だったらぜったいくるからもう少し待った方がいいぜ」と言う言葉に乗せられて待ち続けました。その間、ポセイドンのサイドラインから「あの日本人あほじゃないの?もう2時間以上も女の来るのを待っているわよ」(タイ語が判らなくてもそう言っているのぐらいはわかります)と他のコンシアや客のタイ人に陰口をたたかれることに耐えながら、日本人魂(なにが日本人魂かわかりませんが)を見せつけてやる。絶対来るまで粘るぞ。と心に誓ったのですが、とうとう4時間が経過したとき断念しました。その間、彼女の携帯には絶えずコールし続けたのですが、全くつながりませんでした。結局これがポセイドンに行く最後の日となり、彼女との最後の日でもあったのです。その数日後も、何度か彼女の携帯をならしましたが、つながることは一回もありませんでした。

 月日は流れて、タイ語もそこそこ話せるようになり、一人で外出しながらいろいろな夜の遊びを覚えて、精神的にも安定してきた頃、ネットサーフィンをしていると「タイ・バンコク風俗情報 外道の細道」というホームページにぶち当たりました。おもしろそうだなーと思いトップページを見ていると、ななんと○○ちゃんがいるではないか。しかも以前の店ではなくビバ・パレスの×××番として復活しているではないか?私は、とっくにいい人ができてお風呂やさんから足を洗ったと思っていたので驚きでした。また外道風呂のコメントを見てびっくり「○○○○。×××××」当を得ています。

 ということで、いつか行こう、いつか行こうと思いながらなかなか行けない状況が続いて今日を迎えたのでした。

 さて、2回目といえどもさすがに遠いビバ・パレス。やっと西友が見えてきたので着いたと言う感じです。しかし、本日早く着きすぎました。時計を見ると午後一時半。一応中を覗くと、まだ誰もいません。ウエイトレスがいたので、「開いてるのか」と聞くと「ちょっと待って下さい」といい、コンシアを迎えに行きます。しばらくすると背の低いコンシアMr.TAMが出てきて流暢な(?)英語をしゃべりまくります。コンシアは、あまり相手にせず、ビールを頼み、ウエイトレスに聞いてみると、だいたい2時半頃にならないと女の子は出てこないと言います。まあ、○○ちゃんの顔だけでも見れればいいと思い、持久戦を覚悟してタイ風ラーメン鶏肉入り(バーミンナムガイ)を注文して待ちました。その間タイ人客が2名ほど来て予約した姫のお持ち帰りの交渉をしていました。といことは、やはりここは予約の店なのか?という不安にかられましたが、とりあえず待つことにしました。

 2時半、やっと姫が4名現れました。もし、○○ちゃんに会えなかったら他の子を指名しようと考えていましたが、好みの子でないのでもう少し待ってみようと思いました。3時、5人目の姫が現れました。これがなんと○○ちゃんではありませんか。なぜか急に私の心臓がドキドキ音を立て始めました。すかさず、Mr.TAMに「×××」を告げました。Mr.TAMはマイクで番号を告げて彼女を呼び出します。私は、その場から立ち上がることができずしばらく呆然としていました。Mr.TAMが私を呼びます。彼女との半年ぶりの再会です。彼女は、私の顔を見るとにっこり微笑んで、持っていたショルダーバッグを私のおしりにぶつけます。彼女なりの照れ隠しか判りません。そのためか、部屋へ行くまでの間はお互い無言でした。

 部屋に着くなり・B>A「なぜ、ここで働いているんだ?・/B>vと聞きます。
 すかさず彼女は・B>A「どうして、私がここで働いているのが判ったの?・/B>v
 お互い第一声は、質問からです。

 私は、インターネットで紹介されていたのを偶然発見しここへ来てみた。だけど予約が必要と書いてあったので。多分いないだろうと思い、もしいなかったら帰るところだった(嘘です)ということをはなし、彼女は、ここは、ポセイドンと違って、休暇のペナルティーもないし、一日当たりの客も多い、又、食事を急かされることもない、アパートも近くて綺麗だからここがいいのだといいます。

 更に続けます。
 「俺の名前覚えている?・/B>v
 すかさず
 「○○○さん。忘れる訳ないでしょう。・/B>v

 そんな会話をしている内に、お湯が溜まりまずは、お風呂タイムです。半年前と同じ方法で、体を洗ってくれます。私の息子を胸に当てて乳首の先で刺激する方法も、以前のままです。そして、ベットタイム。少し恥ずかしかったので部屋を暗くしてもらい、長いディープキスをした後、まずこちらから攻めました。全身を舌で愛撫しましたが、肌の感触は半年前と全く変わっていません。久しぶりなのかあそこも以前より濡れています。舌でクリを攻めながら指マンで攻めると相変わらずのハスキーボイスで声を出し始めます。程良いところで攻守交代。今度は、攻められる番です。69の体制で相変わらず下手でも一生懸命なフェラをしてもらい、挿入です。突くたびにそれよりも短い周期的に締めてくるあそこは顕在です。今日も又いつもより早く出てしまいました。出た後もしばらく抱き合いました。半年前に帰ったようです。帰り際、又来ることを告げて別れました。彼女は、以前よりもはしゃいでいるようで、なんか不思議な感覚の時間を過ごした気分でした。

 帰り道、もう来ないかもしれないなーと言う気になりました。というのもあの頃の淡い記憶に留めたいと言う気持ちが少しあるからです。(外道とは呼べませんね)というよりも、他においしい遊びを覚えてしまったために、もうあの頃には帰れないと言うのが正確なところでしょうか?



払い過ぎかな・/A>H

(kyさんからの投稿 2000年01月27日 ・/B>j
2000年1月7日(金)

バンコク到着後 PM9時ナナに。。。レインボー2へ
たいへんな混み合いで活気にあふれていた yuuuuuさんからの情報ではママさんらしきおばさん。。。??名前は。。バードではなく!!GOD(ゴード)では?? GODはちゃんと本人から書いてもらいましたので確かです。その日は ??と言う25才くらいの彼女をベイパー ショートでホテルに。。。費用は yuuuuuさんからの情報のとうりただ あまり可愛かったので。。。2000Bかかってしまいました。

2000年1月8日(土)

今回は 村の旅行 30人のツアー。。。あらかじめ私は 個室料金を払い参加したわけですが。。。昼の部観光終了後レインボー2へPM9時昨日 例のママさんらしきおばさんに帰りがけ今後のことを考え100Bチップを渡しておいたので行くなり おばさんとめがあう!!特等席へ??愛想良く。。案内される。中心部分中は (土)とあって昨日よりもより混んでいた!!おばさんに(日本語は話せない英語ははなせる) 英語か日本語ができる子はいないかと訪ねる。3人ほどつれてくる。しかし 好みの子はいない!!踊っている子で20才くらいの可愛い子発見!!ベイパーを払い ホテルへ。。。そして朝まで。。これまた可愛い子だったので1万円と1000Bを渡す ちょっと出しすぎたかな?

2000年1月9日(日)
 
レインボー2へPM9時 中へ入ると やはり 例のおばさん!!俺を待っていたようで。。。(昨日も100Bチップを渡しておいた。)中の様子は、5から6人が踊っている。金 土 から見るとだいぶすいている。お客もあまりいない!!おばさんにきくと日曜日は お客が少ないらしいこの日は タイ最後の日なので NO1をと思っていたが期待がはずれてしまった そうこうしていると 1日目の彼女が。。。近寄ってくる。とりあえず 彼女をベイパー ホテルへ。。。。そして朝まで。。。彼女に4000B払うこれまたはらいすぎか?(ちょっと情がからんでしまいました。)


ポン引き小・/B>カ

(taroさんからの投稿0/1/6・/B>j
アンバサダ-ホテル前の路上で暑さでキゲンの悪い俺とポン引きの会話
ポン引き

「ハロー アタミ アタミ」
俺    

「・・・・・」
ポン引き

「ハロー アタミオンセン ハロ-」
俺 

「・・・・・!」
ポン引き

「ハロ-!アタミオンセン ソ-プランド ツ−サウザント バーツ!」
俺 

(これから先はタイ語の会話)「おじさん アタミっていくらなの?」
ポン引き

「1500」
俺 

「900じゃねえのか」
ポン引き(大声)

「ちがう!」
俺 

「俺知ってんだよ」
ポン引き(大声)

「ちがう!そんなことできるわけがない!!」


「知ってるよ 900だろ」
ポン引き(大声)

「ちがう!1100だ!!!」




てんこ盛りバンコク風・/FONT>ュ

(yuuuuuさんからの投稿・/B>j

1)テルメ・/B>[
訪問日時・・・12月3日、深夜2:00頃
店内は大盛況。大混雑で、いったい何人くらいの人がいるのか分かりませんでした。ネットで知り合った日本人と2人であれこれと観察しておりますと、店の一番奥の席に超美形が2人。どう声をかけようかと悩んでいると、別の方向から「日本人ですか?」と声をかけられる。結局、美形はあきらめて、声をかけてきた二人組みに決定。オールナイトで2000B。ちょっと高かった・・・・・・。小柄なタイ人顔の女の子で本人曰く、20歳との事。しかし、翌朝、高校生だと判明。ちょっと、罪悪感が残る・・・・・・。
ナナあたりに泊まると便利な場所にありますが、女の子はテルメからナナホテルまでのわずかな距離を歩こうとしない。12月4日も行きましたが、12時過ぎと早かったせいか、あまり人はいませんでした。やはり2時から3時あたりが良いようですね。
2)サイアムカフ・/B>F
訪問日時・・・12月4日、深夜1:00頃。
かなり広い店内。席の6割くらいが埋まってました。テルメーの混雑に比べると、落ち着いた雰囲気。しかもテルメーに比べ店内が数倍明るいので、相手の顔が非常に良く見えて、チェックしやすいのがGOODです。日本でいうと、さしずめ「深夜のデニーズ」と言ったところでしょうか。3人の女の子と話をしました。1人目は私好みの巨乳系でしたが、日本語も英語もまったく駄目で、コミュニケーションが取れず断念。2人目は背の小さな超ロリ系。英語が少しできましたが、おとなしい性格で話のテンポが合わず、断念。3人目は背中の開いた服を着た色っぽいおねーちゃん。英語がかなりできて、しかもノリが良かったので、この子に決定。ショートで1500B。仕事熱心(??)で、なかなかイカない私を何とかイカせようと、頑張ってくれました。電話番号を交換して別れました。
テルメーとサイアムカフェの2つを比べると、確かに利便性はテルメーの方が上ですが、明るいところでゆっくりと選べて、白人が少ないという点で、サイアムカフェの方が良かったと思います。
3)レインボー・/B>Q
訪問日時・・・12月2日、PM10:00頃。
思ったより店内は広くないですね。店内は30人くらいの女の子と20人くらいの白人で埋まってました。ちなみに日本人は、というより、アジア系は私1人だけでした。お立ち台?の上では10人くらいがダンス中。私好みの巨乳系は3人ほど。その内、1人が推定Gカップ。さっそくママサンらしきオバサンに呼んでもらう。名前は忘れましたが、確か「鳥(BIRD)」という意味だと言ってました。ショートで1000Bで決定。すぐにナナホテルの自室に連れ帰りました。ペイバーは500B。飲み物代は250Bほどでした。
4)ハリウッドロッ・/B>N
訪問日時・・・12月3日、PM11:00頃。
店は広くて、きれいで、女の子もかなりの人数がいましたが、デブとオバサンが多い。一人すごくかわいい子がいました。ダンサーではなくウェイトレスです。年齢を聞くのを忘れましたが、16〜17歳くらいだと思います。身長も140CMくらいしかなく、日本のコギャルのように厚底のブーツを履いてましたが、それでも小さかったです。キャッキャッ言いながら抱き着いてきたり、つねってきたりと大忙しで、ハシャギまくってました。一緒に外に行こうと言いますが、ホテルでエッチしようというのではなく、ディスコに連れてってと言ってました。ただ、彼女の行きたいディスコがラチャダビセークのほうだそうで、ちょっと遠いなーと思い、断りました。一発やる気が無く、ただ女の子と楽しく話しをしながら飲みたい、と言う時には非常に最適な女の子でした。あえて言えば、「吉川ひなの+若い時のアムロ」というところです。
※パッポンとナナを両方ともグルグルと徘徊しましたが、ナナの方が良いですね。パッポンのゴーゴーの「オゴレ攻撃」と「ペイバー攻撃」にはうんざりしました。もちろん断っていかなければきりがないのでしょうが、断るのも面倒なほど次から次へとやってきます。それを補って余りある程、美形の女の子が揃っていれば話しは別ですが、そんなにレベル的に変わらないというのが私の率直な意見です。

1)チャオプラヤー・/B>Q
訪問日時・・・12月4日、PM5:30頃
確かに今まで見てきた中では、最大級の大きさで、100人近い女性が座ってました。中の女性は4つのランクに分かれていましたが、その違いが今一つよくわかりませんでした。ただ、100人のうち70人くらいの人は何故か白衣のようなものを着ており、単なるマッサージ師のような感じでした。しかも、白衣の女性はみんな母親のような年齢の人たちばかりで、中には60歳を過ぎているんじゃないかと思われるような人がいました。よって、結局、人数が多いとは言っても、残りの30人くらいから選ぶ事になります。ただ、この30人もレベルが低く、15分ほど眺めただけで、店を出ました。
2)J−ON・/B>d
訪問日時・・・12月4日、PM6:00頃
チャオプラヤー2よりは小さいものの、改装したてのためか、きれいでした。女性は40〜50人ほど。値段を聞くと1700Bと2000Bだとか。私好みの巨乳はいなかったのでどうしようかと思いましたが、途中でかわいい子が1人入ってきたので、その子に決めました。結構、途中から女の子が補充されてくるもんですね。名前を忘れてしまいましたが、確か239番だったような気がします。着ているドレスが変わらないのだとすれば、明るいピンクのドレスです。身長は155〜160cmくらいで、少々ロングヘアです。顔もタイ人と言うよりは、日本人に近く、あえて言うなれば、ベトナム系?といった、日本人好みの顔立ちです。色っぽさよりも、かわいらしさのある少々ロリ系です。 体つきも幼児体形ですし。残念な事に、彼女は日本語はおろか、英語もまったくできませんので、話があまりできませんでした。でも、私の顔をいつもじっと見て、にこにこしてくれてましたので、その点は少し助かりました。身振り手振りで何とかチェンマイ出身の23歳だと分かりましたが、年齢は少し偽っているような気がします。体つきと肌の張りなどから、おそらく10代だと思われます。すごく丁寧にサービスしてくれましたが、マットの滑り方などがまだあまり慣れていないようで、この仕事を始めて日が浅いのだと思います。この子は2000Bでしたが、確か上級クラスは1700Bのはずですよね。店を出てから気づきました。 300Bぼられた!!
3)キングスキャッスル ・/B>P
訪問日時・・・12月5日、PM9:00頃
国王の誕生日なのにパッポンは思いっきり営業中。しかし、女の子は非常に少ない。1人、超美形の子発見!!しかも日本語が結構話せる。あまりの美人度に、逆にレディーボーイでは?と疑いましたが、どうやらちゃんとした女性のようです。旅行の最終日で時間が無く、連れ出す事もできませんでしたので、名前を忘れてしまいました。身長は165cmくらい、年齢は21だと言ってました。顔は「梅宮アンナ+遠藤賀子」?????
4)キングスキャッスル・/B>Q
訪問日時・・・12月4日、PM9:00頃
うっとうしいほど女の子の数が多い。人数がたくさんいる割に、ブサイク多し。挙げ句の果てに、松尾伴内そっくりのママさんにやたらとコーラをせがまれ、嫌な気分になって、店を出た。

訪問日・・・・12月3日の午・BR> 1)モナリザ・/B>
表に大きく「HAPPYHOUR」とあり、40%引きの表示ありました。中に入ってみましたが、女の子はほとんどいませんでしたのですぐに出ました。PM3:30頃。
2)バンコクコージ・/B>[
女の子は10人ほど。日本語を良く話すコンチアに激しく迫られるも振り切って出ました。2時間で1700Bと彼は言ってました。少々上乗せされていますよね? ババア度が高かったです。
3)リビエ・/B>
汚い外観とは裏腹に中は非常にきれいですね。PM4:30頃で女の子は15人くらい。料金は事前の情報通りで、ぼったくり無し。2人ほど好みの女の子がいましたが、メリー最優先の為、保留に。
4)メリー・/B>
表の大きな看板に「EVITA」とあったので、少し迷いましたが、入口のオヤジが「同じだ」というので、入りました。PM5:00頃でしたが、30人くらいの女の子がいました。見たところ、71番を付けた女の子がいなかったので、コンチアに「71番はいるか?」と聞くと、何故か「???」という顔をするので、「背が小さくて、胸の大きい娘だ」というと、通じたのか、奥の方へ引っ込んで行きました。しばらくすると、「今、食事中だから、20分ほど待ってくれ」との事。約20分後、彼女は現れました。確かに小さな娘でしたが、教えて頂いた通りの巨乳でした。実際に部屋に入って生の乳を見ると、大きすぎず、小さすぎず、張りのある美巨乳で大満足でした。英語は少し話せる程度でしたが、何とかコミュニケーションは
取れました。体を洗うのも非常に丁寧で、感じが良かったです。一瞬病気が頭をよぎりましたが、生フェラありでした。本番行為そのものは20分ほどで終了し、1時間くらいはずっといちゃついてました。「くすぐったい」はタイ語で「チャカティー」と言うらしく、腋をくすぐると、「チャカティー」と言ってキャッキャッと喜んでました。これで2時間1300Bとは最高でした。
後日談:どうしても、もう一度会いたいと思い、旅行最終日の5日にメリーに行くと、国王の誕生日で休業とか。チクショー!!今回の訪タイで一番の心残りです。半年以内に絶対再チャレンジします!
性格良し、巨乳度良し、部屋はきれいで、しかも安い。5つ星ですね。




バンコク・タクシー小・/B>

(お風呂屋大魔王こと、デジャブ氏からの投稿)・/B>
夕方、日課のようにラチャダにある高級店を見に行こうと思いタクシーに乗ったときの出来事。
道はいつものように渋滞していた。
無事タクシーを拾い行き先を告げたときである。
運転手はいつものようにセールスにはいった。
バンコクでは必ずといって良いほどタクシーは自分がコミッションのもらえる店に連れて行こうと一生懸命言葉巧みに「綺麗な子が多いから行かないか?」などとセールスを始める。いつもは一言「行かない!」と冷たく言い放つのだが、なぜかたまにはちょっとだけ話を聞こうと思った。
すると、早速
タクシーの運ちゃん ・B>uアタ・/B>~に行かないか?」
俺            「なんで?」
タクシーの運ちゃん 「綺麗な子が多いぞ!」
俺            「ふ〜ん?」
タクシーの運ちゃん 「おすすめだから行こう」
俺            「でも、アタミっていくらするの?」 
タクシーの運ちゃん 「あんたは何処人?」
俺            「日本人だけど・・・」
タクシーの運ちゃん 「それなら2000だよ」
俺            「それならって、じゃタイ人はいくらするの?」
タクシーの運ちゃん 「2000さ」
俺            「へ〜。一緒の金額じゃん。」
タクシーの運ちゃん 「当たり前じゃね〜かよ。同じアジア人なんだから」
俺            「へ〜〜〜。そうだったんだ。」
そんなわけね〜だろと思いながら・BR> 俺            「ところでアジア人じゃない白人は? いくらするの?」・BR> タクシーの運ちゃん 「3000さ」
俺            「えっ? 3000もするの? 何で高いの?」
タクシーの運ちゃん 「そんなの白人はチンチン大きいから高いに決まってるだろ!」
俺            「そうなんだ。 じゃ、アジア人て得なんだね。」
タクシーの運ちゃん 「仲間だからなぁ」
俺            「それじゃ、俺のチンチンは小さいから1000にしてもらえるかなぁ?」
タクシーの運ちゃん 「そりゃ無理だよ」
俺            「なんで? だって大きくて高くなるから小さかったら安くなるそれ常識でしょ」
タクシーの運ちゃん 「2000はスペシャルプライスだから無理なんだよ」
俺            「へ〜、それじゃ仕方ないね」
タクシーの運ちゃん 「行こうか?」
俺            「やめとくよ」
タクシーの運ちゃん 「見るだけでも行ってみれば?」
俺            「行かない!」
タクシーの運ちゃん 「それなら・B>Aノ・/B>Aはどうだ?」
俺            「いくらするの?」
タクシーの運ちゃん 「同じ金額だよ」
俺            「白人はチンチン大きいから3000?」
タクシーの運ちゃん 「そうそう」
俺            「高いからやめておく。 だってラチャダ近辺は1700〜1900だから」
結局予定どおりにラチャダに行った。
でもこの運転手のアイデアはなかなかのものだと思った出来事である。